やっとこさこの人まで来れました。冬にならなくて本当に良かった。他の事は冬や来年でもよかったのですが、こればかりは冬になったらBAD END間違いなしなので結構急ぎました。
ということで今回はあの人の回です。では!
それは唐突だった。偶然、多摩川の方を歩いていた時である。
ガサガサ・・・
「ん?」
妙に雑木林をかき分ける音に士郎はそちらを見る。
(気配を絶っているわけでも殺気を向けてきているわけでもない)
となれば何かを落としてしまった困りごとを抱えた人物か。
「あのーどうされました?」
士郎の声に反応したのか、がさつく音が大きくなる。そして、
「あの、つかぬことをお伺いするが貴方は男性だろうか・・・?」
意味の分からない問いに士郎は首を傾げ、
「はい。確かに俺は男ですが・・・その声からするに貴女は女性ですね?男の俺だとなにか不都合があるんですね?」
ガサガサ。恐らく頷いたのだろう。
「一応聞きますが困り事があるという事でよろしいですか?」
ガサガサ。
また頷く感じだ。
「わかりました。知り合いの女性に掛け合ってみるのでしばらく待っていてください」
「!」
ぱあっと喜ぶような雰囲気がする。
(こんな時もある・・・か?)
なんとも不思議なことがあるものだと士郎は不思議そうにしながら携帯を鳴らす。
しばらくして現れたのは百代と一子だった。
「士郎、どうしたのー?」
「私が恋しくなったか?しょうがない奴だなぁ・・・」
「百代は一体何を言ってるんだ?メールにも書いただろう。助けてほしい人・・・がいるんだ」
百代の事はさらりとスルーして士郎は草むらに目を向ける。
「あの、女性の友達が来たので変わりますね」
ガサガサ。
承諾した、という事らしい。
「頼む。誰かは知らないが困ってるらしい」
「その様子だと女じゃないと困るってことだな?」
「ああ。声からしてそこにいるのも女の人だから、俺じゃまずいんだろう」
「OK、人助け人助け!」
そう言って二人は林の中に入っていく。すると、
「貴女は!?」
「え、えええ!?」
驚きの声が上がった。どうやら知り合いらしい。
「どうしたんだ?」
「あ、ああ・・・問題ない。けど服が必要だな。ワン子、余ってる服ないか?私じゃ多分合わない」
「うん!丁度いいのがあるからそれ持ってくる!」
一子はそう言って飛び出していった。
(服・・・という事は二人を呼んで正解だったな)
確かに男の自分ではどうにもできない事態であるようだ。
少しして一子が服を持ってやってきてガサガサと林の中で着替えて、
「!これはまずいな」
出てきたのは銀髪の女性。一子の服を着て出てきたのだが、ぐったりとしていて百代に肩を借りている。
赤みを持った顔。明らかに熱を持っている。風邪程度ならばいいが、いつからこの状態でここにいたのか分からない。
「救急車呼びますか?橘さん」
橘、そう百代は呼んだ。
「いや・・・呼ばれても治療費がないんだ・・・大丈夫、このくらいは、へっくし!」
「橘さんと言いましたか。俺は衛宮士郎と言います。正直、貴女の状態は非常に悪い。ここは治療費など後回しにして病院に行くべきです」
やむをえず解析をしたが、発熱、各部炎症、栄養失調、その他もろもろ酷い状態だ。少なくとも風邪以上の状態なので早急に治療が必要だ。
「しかし・・・」
「橘さん、なぜ貴女がこんな所に?それとなんであんな格好で・・・」
聞けば何やらござのようなものに包まってミノムシのような状態でいたらしい。
「四天王を降格されてから色んな職場についたんだが、私の・・・不運が災いしてどこもクビになってしまったんだ・・・そんな時九鬼が私を拾ってくれたんだが・・・」
熱に侵され、ふらふらとしながら彼女は語る。
「やはり危険極まりないという事で援助という形になったんだ」
「援助?じゃあお金はあるんじゃ・・・」
「それが財布を落としてしまって・・・まだ住む所も決めていなかったし、食べ物も・・・とにかくどうしようもなかったんだ」
「なるほど・・・不運ですか。それはとりあえず後から聞くとして、今は病院に行きましょう。九鬼が援助しているなら九鬼の病院で治療が受けられるはず」
「ダメだ・・・!救急車、ましてや病院なんて行ったら犠牲者が出る・・・!」
「犠牲者・・・?」
橘という女性の切迫した言葉に士郎は首をまた傾げる。
(なんだ?彼女は一体何にそんなに怯えている?)
考えても答えは出ない。なので百代に問おうとしたその時。
「危ない!」
パシン!と飛来した何かを士郎がキャッチした。
「野球ボール?」
「すみませーん!」
すぐに野球ボールの持ち主だろう少年がやってきた。
「ボール飛んできませんでしたか?」
「あ、ああ、これだろ?気を付けてな」
「はーい。ありがとうございます!」
そう言って少年は去って行った。
「・・・ここに野球が出来る場所なんてあったか?」
「いや、多摩大橋のほとりならまだしもここじゃ満足に出来ないだろ。多分、遊んでて偶然いい当たりをしたか何かしたんだろう」
「相変わらずなのねぇ・・・橘さん・・・」
「相変わらず?どういう――――」
ことだと聞こうとして、士郎はそれをやめ、すぐさま黒鍵を投影。飛来した石を黒鍵を投擲して砕いた。
「・・・今の隕石じゃないよな?」
「うう・・・すまない・・・」
「橘さんは究極に運が悪いんだ。キャップの正反対と言えばいいか・・・」
「・・・なるほど」
その例えは凄く腑に落ちた。つまり彼女は己の不運に怯えていたのだ。
「昔、友達の家に遊びに行ったとき、友達の家に隕石が落ちてきて・・・みんな無事だったけど家が崩壊してしまったことがあるんだ・・・」
「それはまた、筋金入りですね・・・」
人に隕石が降ってくるなんてなんの冗談か。ただ、キャップのような異常な幸運の持ち主がいるなら、同じく不運を持つ人間もいておかしくないと士郎は考えを改めた。
「仕方ない。まずは家に運ぼう。とにかく栄養のあるものを食べて休まないと危険だ」
「士郎の家にか?隕石振ってくるかもだぞ?」
百代の言葉に士郎は嘆息して、
「本当ならよくないんだろうけどな」
――――
そう言って士郎は小さな剣とチェーンを投影して柄の輪にくぐらせて彼女の首にかけた。
「これで問題ないはずだ。急ごう」
「士郎、今何作ったの?」
先を急ごうとする士郎に一子が聞いた。
「・・・宝具だ」
「え」
「んな」
思わず百代が魔眼を開放して橘天衣にかけられた小さな剣を見る。
「これ・・・持ち主に幸運をもたらす宝具なのか・・・」
「ああ。それでとりあえずは打ち消せるはずだ。他にも手はあるが今は時間が無い」
とにかく時間が惜しいと士郎は先を急いだ。
「ふむ。一応ただの風邪ですが、栄養失調、各部炎症が酷いですな。本当ならば検査入院するべきだと思いますが・・・」
「それは本人が頑として譲らないのでこちらでなんとか面倒を見ます」
「君がそう言うなら仕方ないな。君には非科学的な回復能力があるようだし、なにか手があるんだろう?」
そう問うのは士郎もお世話になった九鬼の医者だ。主に外科の先生にお世話になったが、この先生は内科の先生だ。
「一応。ただ薬の処方はお願いできますか?事情ありとはいえ民間療法だけでは心もとないので」
「わかった。処方箋を出しておくよ。・・・では、私はこれで失礼いたします」
最後に敬語を使ったのはこの場に揚羽が居るからである。
「まさか橘天衣がこんなことになっていようとは・・・我の迂闊よな」
「いえ、九鬼はきちんと彼女に援助をしたのでしょう?なら揚羽さんのせいではないと思います」
それなりにやり取りをした仲であるので士郎も以前のような口調ではなくなっていた。
「うう・・・すまない」
「お前は少し卑屈が過ぎるぞ橘天衣。確かにお前の運の悪さは我も納得しているが、そう卑屈になっては余計に不運を呼び込むぞ」
「揚羽さんの言う通りですよ。士郎の家なら安心できるでしょうからまずは回復に努めてください」
「しかし・・・」
「しかしも案山子も無いわ!とにかくお前はここで養生しろ!後の事は我らで考える」
「ううん・・・」
納得がいかない、という風の天衣だが、今は何を言っても無駄だと口を閉じた。
「士郎。リンゴをすりおろしてきた。彼女は食べられそうか?」
「林冲、すまない。橘さん、食欲はありますか?」
「ああ・・・ずっと何も食べてなかったから空腹だ・・・」
「よかった。食欲はあるのね」
「みたいだな。とはいえこれまでずっと空腹状態だったなら胃腸も弱ってることだろう。まずは果物のすりおろしやお粥がベストかもな」
「流石、大怪我をよくする衛宮だな。心得ている」
「・・・全然嬉しくないですが」
一応士郎だって怪我をしたくてしているのではないのだ。結果的にそうならざるを得ないだけなのである。
「食欲があるならお粥・・・いや、雑炊にするか。風呂は無理だろうから百代、一子、お湯とタオルを準備するから拭いてやってくれ」
「わかった」
「わかったわ」
いきなり食べさせるのも良くないかもしれないが、少しずつではあるものの、やっと食事にありつけた、という風にリンゴのすりおろしを口にする様子を見て、士郎は予定を変えることにした。
「我も数日通うとしよう。このまま放っておけぬからな。明日我が薬を持ってくる。それまで頼むぞ衛宮」
「了解しました。ということで俺は席を外すよ。入る時は声をかけるから安心してほしい」
そう言って士郎はさて何を雑炊に入れるかと考える。とにもかくにも今は彼女の回復が最優先だ。
橘天衣が衛宮邸に来て数日経った。処方された薬と士郎たちの暖かい看病のおかげで、彼女もまだまだ病み上がりではあるがよくなっていた。
「橘さんも大分よくなったからみんなで食べよう」
「そうだな。もう後数日すれば完治できるように思う」
「ありがとう・・・士郎のおかげだ」
「私達の看病で回復しないはずがないと知りなさい」
「マルギッテさん、もうちょっとマイルドに・・・」
「・・・回復出来てよかったです」
「私などは特に何もしていなかったからな。むしろ薄情ですまなかった」
「いやいや!史文恭さん・・・には本を借りたし、マルギッテさん達には本当に手厚く看病してもらった。改めて感謝する」
もう一度頭を下げる天衣に士郎は苦笑をこぼしてパン!と手を鳴らした。
「このままだと橘さんのお礼合戦になる。それよりも食べよう。折角作ったんだ。冷めたらもったいない」
「ゴクリ・・・本当に私がこんなご馳走を食べていいんだろうか・・・」
「ご馳走、ってわけでもないでしょうけど、力作です。さ、いただきます」
いただきます、とみんなで言って各々好きなように取り分けて食べる。
「んー・・・魚に肉、野菜・・・衛宮の作る食事は毎度のことながらよく考えられているな」
「みんなよく食べてくれるからな。作る側も力が入る」
そう言って魚を綺麗に食べる士郎。
「史文恭さん、お醤油取ってください」
「ちょっとまて、私も使う。・・・そら」
「ありがとうございます!」
「うあー!とろとろの照り焼きだ・・・!ハッ!鳥に取られる前に食べないと!」
「あはは・・・大丈夫ですよ。これでも結界が張ってあるので」
今回、彼女を家に迎えるにあたって、士郎は様々な結界を張り巡らすことになった。
結界、とはいっても病魔を退けるとか災厄を振り払うとかそんなものである。
だが、これも結構馬鹿にならないらしく、宝具を身に付けているのに時たま不運が彼女に降りかかるので、士郎がその都度増やしていき、結果強力な守護のかかった屋敷になった。
(不運ていうのも馬鹿に出来ないもんだな)
ここまで極端な運の持ち主たちは一体どうなっているのかたまに不思議に思う士郎である。
「美味しい・・・どれもこれも美味しい・・・」
「橘さんはいつもそれですね」
これもまた、衛宮邸で見られる不思議な光景である。とにかく飢えに飢えていたらしく、ご飯を食べて、汁物を啜り、おかずを食べては泣きそうになりながら食べている。
一体どれだけの不幸体質なのかと思うが、揚羽からもたらされたデータによると、かなり恐ろしいほどであるようだった。
(まぁこれだけ厳重にして宝具も持っているのだから問題ないだろう)
しかし、これから自活するにはどうしたらいいものか。宝具さえも凌駕する不運。幸運をもたらすと言われる宝具をもってして、それでも尚時たまあり得ないような不運を被る彼女。
普段の生活からして支障があるだろう。本当に参ったものである。
「ごちそうさま。私は一足先に風呂を頂くとしよう」
「ああ。食器は水につけておいてくれればいい」
「心得ているさ」
そう言って史文恭はさっさと食器を片付けて風呂に向かっていった。
「大方、また読む本があるんだろうけど相変わらず早いな」
「史文恭さんずっと書斎にいるからね。・・・私もだけど」
清楚と史文恭は本当に本の虫だ。とにかく何処からともなく仕入れては読みふけっている。
とは言いながらも、互いに長物の使い手という事で鍛錬も欠かさず行っている。実に健康的な生活を送っているのだった。
「食事くらいゆっくり食べればいいと私は思うのですが」
マルギッテが生卵を丸のみしながら言った。
マルギッテは日夜クリスの為にあちらこちらと忙しい。
任務で外国へと赴きながら、クリスの会いたい、の一言であっという間に帰ってくる。
任務の方は大丈夫なのかと思うのだが、どうやら毎回クリスの呼び出し込みで任務を遂行しているそうだ。
(無茶苦茶だよなぁ・・・)
いつか大変なことにならねばいいのだが、と士郎は思う。
ピピピ・・・
「おや?失礼・・・お嬢様ですか」
『マルさん!今日泊りに来ないか?』
「いいですよ。はい・・・はい。では後程」
「またクリスの呼び出しか?」
「呼び出し、というのは不適切です。クリスお嬢様のお願いです」
「さいですか・・・」
いい加減この親バカ軍人共も何とかしなければいけない気もするが余計なお世話はしない。
いつかクリス共々自身に跳ね返ってこなければいいが。
「二人とも忙しいな。・・・私はこうしているだけでも幸せだというのに」
林冲はとにかく士郎にくっついてくる。イベント、ボランティア今回の看護、士郎が行くところ彼女ありと言ったところだ。
一度、無理しなくてもいいと言ったのだが、
『無理なんかしていない。私は士郎を守りたいんだ』
と言って頑なに譲らない。なんだか大和に対する京の様でなんともくすぐったい士郎である。
「士郎の家は賑やかで楽しいな・・・私もなにか恩返しが出来たらいいんだが・・・」
「恩返しなんていいですよ。それよりも橘さんがちゃんと回復してくれる方が嬉しいです」
「もう大丈夫・・・と言いたいところだけどまだ本調子じゃない。もう少し甘えさせてもらっていいだろうか・・・?」
「ええ。むしろ、回復しないまま飛び出したら捕まえに行きますからね。本調子じゃないスピードクイーンなんていくらでも捕まえられます」
「あはは・・・面目ない」
なんでもこの橘天衣は昔四天王の座にいたそうだ。その俊足は誰も追いつけないとか。
ただ、それでもある人物に負け、四天王の座を降りてから不運の連続らしい。
(卑屈になりすぎると不運を呼ぶっていう揚羽さんの言葉もその通りなのかもな)
負けたのがきっかけならそれもまた事実だろうと思う。とはいえ、天然の不運持ちなので何かしらの対策は必要だろう。
(封じ込めるのは歪みが生じるだろうな。となると結界と同じ効果のアミュレットでも準備するか)
内側に作用するのではなく、外側に作用するものだ。それでバランスを取ってもらうしかない。
「マスター。何やら思案顔ですが、料理が冷めてしまいますぞ」
「ああ。悪い。どうにもな」
歯切れ悪く士郎は言った。
「揚羽さんと橘さんの今後を話してたんだが・・・いい場所が見つかりそうでな」
「初耳だぞ!?」
「そりゃあ言える状態じゃありませんでしたから。いくつか候補を上げて・・・その中でよさげな物をピックアップしてるところです」
「・・・でも、私は・・・」
そう言ってシュンとする天衣。
「大丈夫ですよ。魔よけのアミュレットとかを今作っています。そのペンダントと、アミュレットをいくつか用意すればここにいるのと同じ生活はできるでしょう」
「本当か!?」
「ええ。それでも油断は禁物なのでお金の類は九鬼に預けるのがいいでしょうね。その辺はまた後程橘さんを交えて話して行こうということになってます」
「なにからなにまですまない」
「橘さん。こういう時は違う言い方をするんですよ」
清楚がニコニコしながら言った。
「ああ。士郎、ありがとう」
「いえいえ。乗りかかった船です」
そう笑って箸を止めていた士郎は食事を再開した。
橘天衣が衛宮邸に来て二週間ほどが経過した。八月半ばではあるが、まだまだセミは元気いっぱいに鳴いている。
「ふっ!はっ!」
「随分とスピードが上がりましたね・・・!」
天衣とマルギッテが組手をやっている。回復しきった彼女は、衰えた肉体を元に戻そうと鍛錬を再開した。
流石、スピードクイーンの名をほしいままにしただけあり、まだ全盛期ほどではないのに随分と速い。
(このままスピードが上がり続けたらランサーの域まで行く・・・か?)
まさかなと士郎は頭を振って組手をする二人を改めてみる。マルギッテは既に眼帯を外して本気モードだ。
「ですがまだ私には追いつけないと知りなさいッ!」
「ぐっ・・・!」
いい一撃が入った。これはそろそろ止めるべきだろう。
「そこまで!マル、もう少し手加減をだな・・・」
「彼女に手加減は不要と理解しなさい。それに、手加減という意味ではもう私は眼帯を付けたままではいられません」
そう言って汗を拭うマルギッテ。どうやら思いのほか、彼女も本気だったらしい。
涼しい顔をしながらも結構苦戦を強いられたようだ。
「橘さんもお疲れ様です。タオルをどうぞ」
「ああ・・・ありがとう」
彼女も荒い息を吐きながらタオルで汗を拭う。
「それにしても橘さん、速いですね」
「それが私の取り得だからな・・・でもこうして鍛錬して分かる。私は鈍りすぎてる」
その言葉にまだスピードが上がるのかと驚く士郎。今の彼女でも十分に速い気がするのだが。
(流石、百代と肩を並べる四天王ってことか・・・)
常識を打ち破ってこないと四天王とやらにはなれないらしい。
「とりあえず無理だけはしないでくださいね。まだ治ったばかりなんですから」
「もちろんだ。出ないと看病してもらった士郎たちに申し訳が立たない」
まだまだ病み上がりなのだ。必死になられて体調をまた崩しては元も子もない。
「しーろーうー」
ヒューンドン!と百代が飛んできた。
「・・・百代。頼むから普通に来てくれないか?」
「え!?美少女は空から「くるか!!」ぶー」
唇を尖らせる百代の頭をよしよしと撫でて苦笑する。
「でないと庭が荒れるだろう?百代は強いんだから周囲への配慮もだな・・・」
「・・・してるもん」
プイとそっぽを向く彼女にやっぱり苦笑をこぼしながら士郎は問う。
「そういえばどうしたんだ?確か、川神院の行事の手伝いをするんだろう?」
八月と言えばお盆がある。それまで自由に遊ばせてもらう代わりに行事、祭事の手伝いを百代と一子はしなければならないのだ。
「もちろん、橘さんの様子見だ。ジジイにも許可はもらってある。様子どうだ?」
「回復したよ。ただ、本人としては前の自分くらいには鍛えたいんだそうだ」
そう言ってふうふう、と息を落ち着けている天衣を見る。
「あ、百代」
そして目が合った。
「橘さんお久しぶりです。その後どうですか?」
「ああ。士郎達のおかげでなんとか治ったみたいだ。不運も士郎のおかげで少ないし・・・頭が上がらない」
「そりゃ士郎ですから。私達の常識を超えてくる」
フオン、と魔眼を開放して解析する百代。そして士郎に耳打ちする。
(おい士郎。あれ本当にいいのか?橘さんの不運と相殺するなんてとんでもないぞ)
(それはどっちがとんでもないって話なんだ・・・とにかく大丈夫だろ。幸運を引き続けてるならまだしも相殺されてるんだから)
そう返して士郎は百代の魔眼を封じる。しかし一体いつになったら自分でオンオフ出来るようになるんだろうか。
「士郎と百代は・・・その、特別な関係なのか?私は居ない方が良い気が・・・」
「ふひゃい!?」
「あーこれはちょっと特殊な能力に百代が目覚めてしまって。それが制御できないんで俺が止めてる・・・いたっ!?」
由紀江の様に変な声を出してビクーン!としたと思ったら尻を思いっきり蹴られた。
「そ、そうか。ならいいんだ。私がお邪魔かなと思ったから・・・」
「いつつ・・・そんなことありませんよ。百代も橘さんの様子を見に来たんですから」
蹴られたところを摩りながら士郎は言った。
「橘さんの無事が確認できたからいいや。士郎!ピーチジュースを持て!」
「なんで毎回ピーチジュースなんだよ・・・」
はあ、とため息をついて縁側に向かう士郎とウキウキとした様子の百代。
そんな二人を見て天衣は、
「・・・。」
なんとなく、居心地の悪さを感じるのだった。
百代が来てしばらく、鍛錬を終えた一子も合流し、晩御飯をともにすることにした。
「まぐまぐ・・・それにしても橘さんが元気になってよかったわー」
「だな。最初に見たときは驚いたけど」
「恥ずかしいから言わないでくれ・・・あれでも必死だったんだ」
「必死具合はすごく伝わりましたよ。むしろ良く生きてたなって感じです」
確かに、日によっては30度を超える日もあった。そんな中をあの格好で乗り越えたのは奇跡に近い。
とは言え、もし士郎が見つけなければ最悪の事態になっていただろう。
「なんとか回復してよかったよ。病院の先生も言っていたけど、本当にヤバい状態だったからな」
「士郎はその辺見てすぐわかったよな。やっぱり経験があったからか?」
百代の問いに難しい顔をして言った。
「・・・ああ。疫病が広がっている地域を通ったことがある。橘さんからはその時と同じ感じがした」
「え、疫病?」
「あー・・・士郎はちょっと特殊なんです」
「・・・間違ってないけどその頭のおかしい人みたいな言い方はやめてくれ」
まるで妄想癖のある人みたいないい方だった。
「とにかく!回復してよかったよ。百代と一子もありがとうな」
「士郎の頼みだからな」
「困ってる人を助けるのに理由なんかいらないわ!」
「・・・。」
二人の言葉に士郎はなにか気恥ずかしいものを感じた。特に一子の言葉はとても響いた。
「では、これからの事を話してはどうでしょうか。橘天衣も、ずっとこのままというわけにもいかないでしょう?」
「そうだな。揚羽さんも自活に向けて動くように言っていたからな。飯を食べ終わったらその辺の話もするか」
「うう・・・私に出来る仕事などあるだろうか?」
「心配しなくても絶対いい仕事が見つかりますよ。この料理だってできたでしょう?」
「ええ!?これ、士郎が作ったんじゃないの?」
その言葉に一子が驚いた。てっきり士郎が手掛けたと思っていたのだ。
「ん?俺の家では特に珍しくもないぞ。マルや林冲も手伝ってくれるし、清楚先輩も最近は手伝ってくれるぞ」
「そうだね。私も最近士郎君の料理に興味が出て、手伝わせてもらってるの」
「私は下ごしらえなど程度ですよ。あくまでメインは林冲と葉桜清楚です」
「いや、下ごしらえもとても重要だと士郎から学んだ。マルギッテが手伝ってくれるから私達も美味しく仕上げられる」
清楚や林冲、マルギッテは互いに褒め合っている。とてもいい環境だ。
「私も出来る限り手伝わせてもらっている。けど、流石に三人には敵わないな・・・」
「橘さんは手伝うようになってまだ日が浅いじゃないですか。それでも士郎の料理について行けるんだからすごいですよ」
「そうよー。士郎の料理なんてそこらの料理屋なんか目じゃないんだから!橘さんも、自信もっていいと思うの」
「そ、そうか?確かに士郎の料理はとても丁寧で・・・食べる人の事を良く考えてるんだなって感じるんだ」
「衛宮の料理は確かにそうだな。私も毎日高級料亭で食べている気分だ」
史文恭も認める士郎の料理。流石、元の世界で数多のシェフとメル友なだけある。
「俺の事はいいよ。大事なのは橘さんも料理を作っていたってことだろう?」
「確かにそうだけど士郎は自分の事を認めないからなぁ」
「そうそう。いつも俺なんかーって言ってる気がする」
「そうか?」
本人は全く理解していないが他人から見れば一目瞭然である。
「マスターは謙虚ですからなぁ・・・もう少し己を誇ってもいいと思いますぞ」
「れ、レオニダスまで・・・そんなにすごいことなんか「「「してる」」」そうか・・・」
はっはっは!とレオニダスは笑って残りのご飯を掻きこむ。
急な来訪者だが衛宮邸は変わらず暖かい空気を保っているのだった。
橘さんとの出会いでした。いやもうほんとに急ぎました。だって暑さもそうですが橘さん冬迎えたら凍死しちゃうと思って。
橘さんの話はもう一話続きます。その後は…どうしようかな。修学旅行にするか、源氏総選挙なんていうのもありましたね…とりあえず一話一話、落ち着いて書いていこうと思います。
それでは次回お会いしましょう。