今回は橘さんの今後のお話です。別にこのまま士郎宅預かりでもいいんですが…彼女にそれは合わないなという事で色々修行してもらいます。
では!
「そうです。そのタイミングで返して・・・」
「こ、こうか?」
橘天衣がやってきて数日。彼女は士郎の指導の下料理の修行に励んでいた。
「いいですよ。後はほどよく火が通るまで弱火です」
「そうか・・・ふぅ、緊張した」
「返す時が一番緊張するでしょうからね。でもここでも気を抜いちゃだめですよ」
弱火でじっくりというのもタイミングを逃せば焦げ付いたり硬くなったりする。
「いつもありがとう。私があんな職を選んだばかりに・・・」
「そんなことないですよ。実を言うと、俺も揚羽さんもあれを選ぶと思っていたんですよ」
彼女が選んだ次の職種。それは・・・
「そ、そうなのか?」
「ええ。ぴったりだと思っていたので」
彼女が選んだ次の職業とは寮母。九鬼で新しく作る寮の管理人を探していたのだ。
「なんで私が寮母を選ぶと思ったんだ?」
「簡単ですよ。料理に興味を持っていたじゃないですか。料理が活かせるし、面倒見もいい。となると自然と候補は減ります」
料理屋などもいいかもしれないが、彼女は面倒見のいい人柄だ。今までは不運で余裕が無かったからか個性が分からなかったが、不運が極端に減ってから彼女はとても面倒見のいい人間だと分かった。
買い物に一緒に出る時も何かと気が利くし、何より士郎や衛宮邸に住む皆の為に必死になってくれる。
そんな彼女が次に目指す職と言ったら寮の管理人しかなかった。
「そうか・・・なんだか恥ずかしいな」
「なんでです?立派なことじゃないですか」
「私がこうして平穏でいられるのは士郎のおかげだ。この剣のネックレスを貰ってから急に不運に遭わなくなった。不運に見舞われても、後からきちんと幸運がやってくるようになった。私がいくら鈍くてもコレのおかげだという事はよくわかる」
「・・・まぁ、否定はしませんが、それは橘さんが卑屈になるのをやめたからでもありますよ。必要以上に不運に怯えなくなったのは良いことだと思います」
人間あれもこれも運が無かったと思うと卑屈になるかやけっぱちになるかのどちらかだ。そういう意味では彼女は良い変化をしたと言えるだろう。
「新しい寮か・・・どんな人が来るんだろうな」
「まだ先の話ですよ?確か・・・一年後くらいを目安に建設が始まってるので新入生じゃないですか?」
「そ、そうだよな・・・はぁ、なんだか緊張してしょうがないんだ」
早く自立したいという焦りもあるんだろう。彼女なりに必死なのが伺える。
「そうだ。まずは大和達の寮・・・確か島津寮だったか。そこで体験というか修行させてもらうのはどうですか?」
「それは名案だ!でも、迷惑じゃないだろうか・・・?」
「多分大丈夫ですよ。ガクトの家も近いし何か起きてもすぐフォローしてもらえます。ここで料理の練習だけきちんとしていけば即戦力じゃないですか?」
寮生活で何よりも大事なのはルールの順守と食事の用意だ。
特に食事は食べ盛りの学生たちに出すのだからクオリティが高ければその分学生たちの健康にも一躍買うだろう。
「そうだといいな・・・色々ありがとう、士郎。お前のおかげで私も何とかやっていけそうだよ」
「袖振り合うも他生の縁、って言うじゃないですか。大丈夫ですよ。それより、今はしっかり料理を身に付けましょう」
そう言って士郎は後ろを振り返った。
「お姉ちゃん、今日は士郎先輩とお料理しないの?」
「今日は橘さんの日ですから・・・」
「お、まゆっち何気に対抗心燃やしてるね」
「今日のお昼ご飯は何かしら・・・じゅるり」
「こらワン子。めっ!」
「くぅん・・・」
「本当に犬みたいだな・・・」
「士郎ーピーチデザートくれー」
「あ!キャップテメェ!珍しく最後まで残ったと思ったら最後に爆弾を・・・!」
「そりゃ俺にかかればこんなもんよ!BBでも俺は速いぜ!」
「うわぁ・・・リアルでDボム作るの初めて見たよ」
「・・・。」
なんとも自由極まりない様子が目に飛び込んできた。
「大和。橘さんが島津寮で寮母の修行するの麗子さんに許可貰えないか?」
「ん?橘さんってそこのグレーの髪をした人だよな?」
「ああ。いきなり新築の寮に一人放り出すのもあれだからな。頼めないか?」
「そう言う事なら・・・ガクト、麗子さん、許可出しそうか?」
「あ?あー多分大丈夫じゃねぇか?モモ先輩と九鬼の姉ちゃんの知り合いなんだろ?母ちゃん単純だからなー」
「一応何か持たせてもらった方がいいかも」
「わかった。この前頂いたメロンがあるからこれ持って行ってください」
「えええ!?これは士郎がもらった物だろう!?」
「いいんですよ。俺結構こういうこと多くて・・・食べられなくなる前に使いましょう」
士郎はなにかと人助けを行い、お礼として色んなものを貰ってくる。本人は断るのだが助けてもらった方も心苦しいという事でこうして頂いている。
(それに、多分これ大和達にも行きますから)
(な、なるほど・・・)
網目細やかな模様のいい匂いのするメロンをみてごくりと喉を鳴らす天衣。
「途中でお、落としたりしないだろうか・・・」
「一応バスケットに入れていきますか。紙袋が良いようにも思いますけど、破れたら困るという事で。後で買ってきましょう」
「本当に何から何まですまない・・・」
「橘さん、士郎は人助けがデフォルトなので謝るより感謝した方が良いですよ」
「そうだな!士郎こそ本物のサムライだ!困っている人を見るとすぐに助けに行く」
「この前、おばあちゃん背負って病院行ってたわね」
「その前は怪我した子供に絆創膏を張っていたな」
「木に引っかかったボールと降りられなくなった猫助けてた」
「猫って言えば、多摩川に段ボールに入れて捨てられてた子猫も助けてたな」
とにかく突けば出て来る出てくる士郎の人助け。仲間達も半ばあきれ顔だ。
「士郎先輩なんでも助けちゃうんですね」
「それは違いますよ沙也佳。士郎先輩は本人の為にならないことは断ります」
「ただの甘えだったりすることもあるからなぁ・・・」
「でも、最近は学園が間に入ってくれてるから問題ない・・・ぞ?」
「学園の外で助けまくってるでしょ!」
「ぐぬ・・・」
モロの鋭いツッコミに士郎は黙るしかない。もちろん由紀江の言う通り、本人の為にならないなら断るのだが、どうしたって助ける回数の方が多い。
最近では評議会なるもの(最上旭)が、士郎への依頼として整理してくれているので、士郎はそれを片っ端から受けるだけでいいというなんとも言い難い循環が出来上がっていた。
「士郎は学園でどんなことをしてるんだ?」
「まずは早朝から変態の橋の狙撃でしょ」
「おい」
最初からとんでもないことが出てくる。
「いや、レオニダスも出張ってくれてるんだけどな・・・どうにもあそこは鬼門なんじゃないかと思うくらいだからな・・・」
言い訳・・・になっているかどうか怪しいものである。
「その後は休み時間の度に修理してるよな」
「修理?」
「士郎は壊れた物とか直すの上手いんですよ。時計もばらして直します」
「ええ・・・」
「それは俺の特技と言うか・・・」
解析を使えば何とでもなるので士郎としては苦痛に感じていないのだった。
「で、昼になると衛宮定食だな」
「え、衛宮定食?」
「名前は気にしないでください・・・俺もそれはちょっと、って言ったんですから・・・」
「栄養満点!ボリュームも良し!さらに食券半券でいいっていう川神学園の名物料理!」
「名家の人も必死に確保に向かう数量限定定食です」
「それと初めての人にはデザートが付く」
「このデザートも毎日決闘騒ぎになるくらい美味しいです」
「それが終わって放課後はまた修理修理!」
「学園の本棚増設とかエアコンの修理とかやってるね」
「だからそれも俺の特技だって・・・」
もう苦笑しか出ない士郎。
「士郎・・・いつ休んでるんだ?」
「・・・今とかですよ」
何とも苦しい言い訳だった。
「私が見た限り、士郎は朝早く起きて鍛錬して、夜遅くまで鍛治仕事をしてるイメージなんだが・・・」
「ワーカーホリックですね」
「それもあって学園側で強制休暇させられる時もあるよな」
「もうされない程度にしてるって」
「そうでもないぞ。ジジイはいつも頭を悩ませてるからな」
「え、そうなのか?」
「気付かないのは士郎だけよう・・・」
「うーん・・・」
流石にそれは初耳だと士郎は悩んだ。自分の人助けで別な人が苦しむのは非常に良くない。
「私が言うのもあれなんだが、士郎はバランスが取れてないんじゃないか?」
「橘さんの言う通りだ。士郎はすぐ全力だからな」
「いや、余力は残してるつもりだけど・・・」
「全力の繰り返しでキャパシティーが広がってるだけだろ」
「ぐぬぬ・・・」
大和の一撃で遂に撃沈する士郎。
「と、こんな奴なんですよ。士郎って奴は」
「助けられる側がバランスとりにいかないとダメなやつなんです」
「そこまでいうことないだろ?」
さしもの士郎も言われたい放題でむっとするが、それはすぐに苦笑へと変わる。
「でも、みんなと遊ぶのは優先させてもらってるぞ?」
「それは当たり前!」
「まったく、これだから・・・」
結局ガクリと肩を落とすのだが。
その日の夜。士郎と共に晩餐を作り上げて、食卓につく。
「今日は橘さんと作ったんだ。感謝して食べるように」
「いつもの事ですが、感謝します」
「ありがとう。橘天衣」
「ありがとうございます!」
「礼を言う。私が出来るのは精々非常食程度だからな」
各々天衣に礼を言って食事を始める。
「おお、なんだか誇らしいな・・・」
「誇っていいんですよ。これは橘さんが作った。それをありがたく頂く。そういうことです」
「でもまだ士郎に助けられてばかりだからな。私一人でも出来るようなりたいな」
「結構出来てると思いますけど・・・」
士郎は困ったように笑う。
「士郎の言う通りだ。士郎程の腕前になろうとしたら専門の修行が必要だと思う」
「私も林冲さんに同意かな。士郎君の料理はプロだもん」
「そうだろうか・・・士郎はいつも特に特別なことをしていないように思う」
「特別なことをしていないように見えるから腕前がすごいのです。今回貴女がやった手順も、余程に丁寧なものでしょう」
「そうなのか・・・士郎は凄いんだな」
天衣は改めて士郎の凄さに感服した。これできちんと収入もあるというのだから本当に学生とは思えない。
「そういえば黛大成と黛由紀江の刀は打ち上がったのですか?」
「ああ。もう渡せる状態になった。由紀江と大成さんは後日、直で受け取りに来るそうだ」
「・・・。」
その言葉を聞いて天衣が真剣な表情で黛由紀江、と呟いた。
「橘さん、どうかしたか?」
「ああ・・・私を負かした相手が黛由紀江なんだ」
「なんだって・・・?」
彼女は四天王だと聞いた。という事は今の四天王の一角は由紀江だという事だ。
「だから四天王がどうのと言われたのか」
以前、由紀江と戦った時、川神鉄心が四天王がどうのと言ってきたが面倒なので断ったのだ。
「士郎は黛由紀江と戦ったのか!?」
「ああ。あれは確か・・・一子の薙刀の奉納祭の時だな」
「あの時ですか。クリスお嬢様がいたく感激していたので何かと思いました」
「干将・莫耶が正しく本領を発揮した戦いでもあった。士郎は自分の事を
「そうか・・・士郎が黛由紀江を・・・なら、士郎は今四天王の一人なのか?」
当然の質問に士郎は平然と否を言い放った。
「いや?そんな面倒そうなものはお断りしたよ」
「断った!?そんな、四天王だぞ?名誉なことじゃないか!」
「士郎は戦いに良い感情を抱いていない。むしろ・・・」
「戦いなんてまっぴらだな」
「この様子です・・・」
はぁ、とため息を吐く一同。そんな中史文恭が、
「それは問題だな。川神の四天王と言えば絶大な知名度と強さを持つ。そんな男に負けたのなら納得がいくが、まさか称号を足蹴にした奴に私が負けるとはな」
「価値観の違いだ。俺は戦いを好かない。四天王なんて称号をぶら下げたらどれだけ戦闘に巻き込まれることか」
「まぁ確かに。腕自慢はこぞって挑んでくるだろうな」
「そういうのはごめんだ。俺は必要に迫られた戦いに備えているだけで進んで戦いなんてしたくないからな」
そう言って士郎は自分のことは終わりだと天衣を見た。
「それより、何で俺が由紀江と戦って橘さんが驚くんだ?」
「それは・・・」
恥じるように口籠もった後、
「私は・・・黛由紀江に負けて四天王を降りたんだ」
「そうなんですか!?」
「なるほど。それで黛由紀江に反応していたのですね」
納得がいったとマルギッテは頷き、清楚は驚いた。
「自分を倒した因縁の相手というわけか。しかし、まだ成長途中の小娘だぞ。お前の足なら黛由紀江が卒業するくらいまでは四天王の座にいれただろうと思うのだが」
史分恭が晩餐を口にしながら言った。
「あの頃の私は調子に乗ってたんだ・・・誰も私には追い付けなかったし、不運で自棄になっていた。その結果・・・」
このザマだ。そう言おうとした彼女を遮るように、
「ここにいる」
「・・・え?」
彼女は何を言われたのか分からなかった。
「不幸も幸運もそうですが貴女が今まで理不尽に抗い続けたからここに貴方は居る。そう俺は思います」
「士郎・・・」
「そうだよね。橘さんうんと頑張ってたんだもんね!」
「隕石すら呼び寄せる不運とはにわかに信じがたいが・・・それ抜きにしても、確かに橘天衣が理不尽に抗い続けたから、というのは私も同感だな」
「天衣は凄いと思う。私だったら何もできずに野垂れ死んでいたと思う」
清楚や史文恭、林冲にもそう言われて熱いものがこみ上げた天衣はそれを隠すように、らしくなくご飯を掻きこんだ。
橘天衣が衛宮邸に来て料理や家事の修練に勤めている中。一度北陸に帰っていた黛大成と由紀江と沙也佳が訪ねてきた。もちろん、魔剣仕様の刀を受け取りに来たのだ。
「いらっしゃいませ。遠い所から遥々お越しいただいてすみません」
「やあ士郎君。なに、私もこれから付き合っていく愛刀が恋しくてね。家内には怒られてしまったよ。むしろ、押しかけて申し訳ない」
そう言って大成は頭を下げる。どうにもこの人に頭を下げられると居心地の悪さを感じてしまうのは本人の気質というかお佇まいからだろうか。
「あの、これ私の家からの贈り物です」
そう言って由紀江が発砲スチロールの箱を差し出した。
「もしや、北陸の?」
「はい!今回も、いーぱい持ってきましたから!」
「流石にこの気温では早々に傷んでしまうだろうからね。比較的大丈夫なものを持参した。残りは、宅配便で送ってもらうことにしたので楽しみにしていてほしい」
「どうもありがとうございます!とても嬉しいです」
増えてきた住人の食事のおかずにもなるし、天衣の訓練としても魚介は必須だろう。とても嬉しい贈り物を貰った。
「こんな所ではなんですからどうぞ上がってください。すぐお茶をお持ちしますね」
「うむ。では」
「お邪魔します」
「お邪魔します!」
父と姉妹が衛宮邸に上がると不思議な光景が目に映った。
「あれ?士郎先輩、書斎・・・なんてありましたか?」
異様に和風屋敷なのに中は洋風というなんとも言えない空間があった。
「ああ・・・作ったんだ。そういえば由紀江が見るのは初めてか。あそこの住人は滅多に襖を開けないからな」
完成時点で彼女は家に訪れているだろうが、いつも閉まっていたので分からなかったのだろう。
「作った・・・あの立派な書斎をかね?驚きを隠せないな」
「士郎先輩のもの作りのスキルはどうなってるんですか・・・」
さしもの剣聖も自力で書斎をコーディネートしたと言われてびっくり眼で書斎を見た。
沙也佳は士郎の飛びぬけた技術力に呆れてしまう。
「ううむ・・・私の家にもほしいものだ・・・これでも詩を作るのが最近の趣味でね」
「ダメですよ父上。母上に怒られます」
「そうだよー。ただでさえ今回の事で大目玉だったんだから今度は雷が落ちるよ」
ううむ、と唸って大成は額に汗を浮かべる。確かに娘たちの言う通り、これ以上家内を怒らせるのはまずい。
「剣聖、黛十一段だな?」
ふっと、書物に目を落としていた史文恭が顔を上げた。
「恥ずかしながら。貴女は?」
「私は史文恭。傭兵稼業を引退したロートルだ。書物に関心があると見える。用事が終わったら来るといいのでは?」
「おお!それは嬉しいお誘いです」
「丁度作家や和歌の勉強をしている者がいるのでそれなりに揃っている。興味があればみるといい」
「では後程伺わせていただきます。心遣いに感謝を」
とりあえずその場はそれで過ぎた。
(史文恭は挨拶したいって言ってたもんな。どうにも一部堕落部屋みたいになっているがいい機会だろう)
あの部屋を作ってから本当に史文恭は我が物顔で一日居座る。何なら自分で布団を敷いて、必要な小物を買いそろえているくらいだ。
(布団片付けても持ってくるからなぁ・・・)
何度か布団を片付けたのだがそれでも彼女は新しい布団と入れ替わりだと、これ幸いと言わんばかりに他の部屋から持ってくる。
それでも汚部屋にはなっていないので管理はしっかりしているらしい。
「どうぞ。何もない家ですが寛いでください」
「かたじけない」
「あ、士郎先輩、お茶の準備・・・」
由紀江が手伝おうと声を上げた所で、
「ど、どうぞ・・・」
グレーの髪の天衣がお茶を持って現れた。
「え?ええええ!?」
「どうしたの、お姉ちゃん」
「由紀江。人様の家でそんな大声を出すものではない」
「ええっと・・・すみません・・・」
彼女達の間には因縁がある。どうやら決闘以来顔を合わせていなかったようだ。
「由紀江、橘さん、今のところは抑えてくださいね。それではご注文の品をお持ちするので席を外します」
「ああ。急がなくていいよ。こうして涼んでいるだけでもとても心地良い」
「あ、あの、それなら私も取りに行っていいですか?」
「ん?ああ、構わないぞ。由紀江は自分の魂を作り直したからな。ハラハラしてるだろ?」
「お恥ずかしながら・・・」
恥ずかしそうに、しかし心もとなげに手が宙を彷徨う。いつもの刀が無いからだろう。
「もう。お姉ちゃん手が彷徨ってて変な人だよ」
「さ、沙也佳!」
「まゆっちにも剣士の心ってもんがあるんだぞー!」
「・・・今松風いたか?」
テレパシーです(キリッ)と言うのでもう士郎も慣れたもの。武器庫に降りて目当てのもの取り出す。
「由紀江のはそれな。結構重いぞ。気を付けてくれ」
「はい・・・!」
例によって黒いケースに納められたそれをショルダーベルトに腕を通して担ぐ。
そうして上に上がってみれば沙也佳と大成が談笑していた。
「橘さん、お姉ちゃんと戦ったんですね!」
「うむ。故に由紀江は四天王の称号を――――」
そこでピタリと大成さんの声が止まった。
「あの、どうされました?」
突然巌の様に固まった大成に天衣は心配そうに声をかける。
「ま、まさか私のお茶がまずかったのかな・・・」
オロオロとする天衣に士郎の声が届いた。
「違う違う。
「ううむ・・・ここまで存在感を感じるとは・・・」
「え?お父さん、もう士郎先輩の刀が分かるの?」
沙也佳も想定していなかったようで驚いている。
「うむ。私に共鳴するような波動を感じる。私は魔法使いでもなんでもないのだが・・・そうか。これが私の一部を使った刀か」
「お姉ちゃんも?」
沙也佳の問いにしっかりと頷く由紀江。
「はい。士郎先輩の武器庫ですぐに分かりました」
実を言うとあのそれほど明るくなく、沢山の武器が収められている中で、彼女は士郎に言われるまでもなく自分の刀のケースの前に立っていたのだ。
「ああ、急がなくてもいいと言いながら早く手元にほしい。すまないがいいかね?」
「ええ。そう言われて職人冥利に尽きます。橘さん、一度お茶をおさげしてテーブルを空けてください」
「わかった!」
そう言って空けられたテーブルに黒いケースが置かれ、スッと大成の前に出された。
「どうぞ。お納めください」
「・・・。」
大成は無言で黒いケースを開ける。そして、
「おお・・・」
手に取って感嘆の声を上げた。
「何という・・・君は何という素晴らしい鍛冶師なんだ・・・!」
鞘から抜かず、しっかりと様々な角度から刀を見て大成は見入っている。
「由紀江、どうだね?」
「はい・・・士郎先輩にお願いしたのは正しかったです」
スラリと抜かれた刀身は霜が乗っているかのように美しく刃文も実に美しい。
「試し切りは出来るかな?」
「もちろんです。準備しますので外で少し慣らしていてください」
士郎はそのままござを巻いたもの、丸太、そして厚い鉄板を用意した。
「恐らく二人の力ならこれくらいじゃないと試し切りにならないと思い、準備しました」
「どれも分厚いよ!?お父さん、お姉ちゃん、大丈夫・・・?」
心配する沙也佳に二人は何の問題もないと言わんばかりに刀を振るった。
一時遅れてどれもが綺麗に両断される。まさに名刀ここにありという感じだった。しかし・・・
「あの鉄板は無理だよ!刀が折れちゃう!」
最後の鉄板は中々の厚みがある。いくら斬鉄が出来てもあれでは刀にダメージが行くだろう。だが・・・
「士郎君。確か内に流すように、だったね?」
「そうです。集中して刀の中に己の一部を、気の流れる道を感じてください」
「・・・。」
大成が刀を正眼に構えて意識を集中する。すると・・・
「お父さんの刀、光ってる!」
確実に、しっかりとした光が刀を走った。
「これは・・・確かに辛いな。だがより一層境地に至れそうだ」
玉のような汗を浮かべながらゆっくりと彼は鉄板に歩み寄り、ゆっくりと刀を下した。
「あれじゃ・・・え?」
ゆっくりと振り下ろしたのを見て無理だと思った沙也佳の前に衝撃が走った。
ガランと。鉄板はバターで出来ていたかのように綺麗に両断されてしまった。
「え?え!?今のなに!?士郎先輩、あれ鉄じゃないんですか!?」
「正真正銘、鉄だぞ。何なら拾ってみるといい」
それを聞いて思わず沙也佳は縁側から外に出て落ちた鉄板を拾った。
「うわっ・・・本物だ・・・」
沙也佳が拾ったものは確かに鉄でできた板だった。
「斬鉄の経験はあるがこのように鉄を切ることは私でもあり得ない。気というものは誰にも宿っているというが・・・まさかこれほどとは」
切った大成自身が驚愕していた。
斬鉄と言えば鋭い太刀筋によって鉄を切る技術であるが、今の大成の様にバターを切る感覚で出来るものではない。
「しかし消耗が激しいな。確かにこれは修練が必要だ。それに
大成の言葉に沙也佳は首を傾げた。
「切れすぎるって・・・切れる方が良いんじゃないの?」
彼女の問いは当たり前のものだった。だが、
「沙也佳。それは違います。刀は切るべき時に切れなければなりません。逆に、切れてはいけない時に切れるのは剣士として未熟と、私は父上に教わりました」
「その通りだ。切るべき時に切れ、それ以外では薄い紙でさえも切れない。そうあらねばならない」
もう一度大成は鉄板にゆっくりと刀を下した。次はカツン、と金属同士が鳴るだけだった。
「これは私もまだ未熟ということ。あの気を流すという動作を素早く、いかなる時も冷静に、然るべき時に使う。そういう修練が必要だ。今の私は流すので精一杯。それではこの刀を御せているとは言えない」
刀を鞘に納めて大成は改めて士郎に頭を下げた。
「ありがとう。これで私はまた一つ、いや、数段上に上がることが出来る」
「いえ、俺は貴方ほどの剣士に自分の作った刀を使えてもらえて嬉しいです。これからも頑張ってください」
それは士郎の本心だった。初めて手にして第一段階を御せたのは大成が初めてだ。それだけ、彼は剣に真摯に向き合ってきたという事なのだろう。
「由紀江はどうだ?いけそうか?」
「お待ちください・・・」
何度も何度も深く呼吸し、精神を集中させている。そして、
――――キンッ
と鉄板が両断された。
(速いな)
士郎の感想は鋭く、速い。そういう感想だった。
「あれは奥義では?」
士郎の問いに大成は頷いて答えた。
「『涅槃寂静』。あれこそが私を越えた証。由紀江はあれを使わないと刀に気を流せないようだな」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
荒い息を吐いている姉に沙也佳がそっと水を持ってきた。
「ありがとうございます沙也佳。これは想像以上に難しいです。私は父上の様にただ振り下ろすだけで発動できません」
「そこはそれ、経験の差だろう。如何に技を極めようと実戦経験が無ければ技術は磨かれない。私もそうだが、御せるようになるまで刀の真価を発揮した戦いは禁ずる」
「はい父上。これからはこの刀を扱えるよう精進します」
「うむ。士郎君。これは気を込めなければ使えないわけではないのだね?」
「はい。気を込めた強化が出来るだけで、気を込めなければ普通の刀です」
とはいえ、士郎の刀は飛びぬけた完成度であるのでそれでも十分に強力なのだが。
「ということだ。また一から修練が必要だな」
「はい!」
そう言いながらも大成と由紀江は晴れ晴れしい顔をしていた。
「気に入って頂けて何よりです」
「もう大満足って顔ですよ士郎先輩」
これからの事を早速話し合う二人を見て沙也佳はそう言った。その彼女をみて、あ、と士郎は声を上げた。
「そうだった。沙也佳ちゃんのも作ったんだ。大成さんのケースに入ってるぞ」
「えええ!?」
言われて慌てて居間の黒いケースを覗く沙也佳。
「・・・?何もないですよ?」
「ヒント。忍者と言えば?」
「忍者・・・ああ!?」
ガコッと底が外れ、そこに忍者刀が収められていた。
「お父さん!お姉ちゃん!」
嬉しそうに二人の下に駆けて行く沙也佳。それを苦笑を浮かべながら士郎は追う。
「これは・・・なんとかたじけない。まさか沙也佳の分までとは・・・」
「勝手にしたことですから気にしないでください。彼女のは普通の忍者刀です。気の強化も出来ないし、刃引きされているので易々とは切れません。しかし、これから必要になるのではと余計なことをしました」
「沙也佳も来年は高校生だ。確かに必要になるだろう。ご慧眼恐れ入った」
「これは沙也佳もしっかり鍛錬しないといけませんね」
「うん!私も中学校卒業したら川神に来るから!しっかり稽古するよ!」
満面の笑みで語り合う三人を見て、士郎も満足気に笑みを浮かべた。
大成らに注文の品とおまけの忍者刀を渡し、日が暮れた頃、三人は帰路につこうとしていた。
「それでは、素晴らしい品をありがとう。また挨拶をさせてほしい」
「こちらこそ。これからもよろしくお願いします。何かあれば遠慮なく言ってください」
「士郎先輩!ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
そうして三人は帰って行った。
「ふう。静かなのに賑やかだったな。橘さん、我慢させてすみません」
後ろに立つ彼女に士郎は言った。
「いや、いいんだ。今の私じゃ黛由紀江に勝つことは絶対に不可能だ。全盛期くらいに戻さないと勝負にすらならない」
悔しそうに天衣は拳を作った。
「私は馬鹿だ。負けたからと言って自暴自棄になって鍛錬を疎かにした。それがこの結果だ。黛由紀江は私の先にいる」
悔しさと悲しみの混じった言葉に士郎はゆっくりと向き直り、
「ならまた鍛錬に励めばいい。橘さんだってまだ若いんですからこれからでも遅くありませんよ」
「・・・そうだろうか」
自信なさげに言う彼女に士郎は、
「もちろん、橘さんが本気にならないと不可能ですよ。鍛錬を怠っていた分、由紀江は先に進みました。全盛期の橘さんがどれほどのものかはわかりませんが、+αの力を身に付けないといけません」
「士郎は厳しいな。でも言う通りだ。・・・よし!私も寮母の修練だけじゃなく武術の鍛錬もする!」
そう意気込む彼女に士郎はやっぱり苦笑を浮かべる。
(なぜこうも対抗意識を持つんだろうな・・・)
だがそれは血を見るようなものではなく、己の向上心から来ているのだと士郎は納得する。
「それじゃ、戻りましょう。まずは今晩の夕食ですよ」
「もちろんだ!」
――――そうして夏休み最後のイベントが終了した。数日後にはまた学校が始まる。橘天衣も新しいステップへと歩み出し、士郎の日常は新たな色を見せるのだった。
ようやっと50話お送りできました。皆様ただいま戻りました。
もうね、病院がしんどくてしんどくて・・・やっと自由に書けます。
今回やっと橘さんの先行きが決まりました。原作通り島津寮でもよかったんですが、私、あれにはすっごい疑問が残ってて、キャップ卒業後大丈夫なん?て思ってたのでそうではない方向に行きました。
大分減速してしまいましたがこれからも頑張っていくのでよろしくお願いします!