今回は鍋島さんが来たという事で学園中心になるかなと思います。
では!
パン!という空砲の下校庭のトラックを走る士郎達。今回の体育は短距離走となっておりいつも装備している重りも軽めに設定されている。
「いけ!一子!」
「負けんな!京!」
士郎のバトンが一子へ、キャップのバトンが京へとタッチされる。
「すまねぇクリス!」
一呼吸置いてガクトのバトンがクリスへと渡る。この短距離走は男女隔てなく組まれた総合競技。
レオニダス監修の体育は基本女子と男子別にはならない。スパルタ育ちの彼からしてみれば女性には女性の強みがあり、男性には男性の強みがある。
それを如何に生かすかを念頭に置いているので男女合同の事が多い。
「流石士郎!いい感じー!!」
「くっ・・・ワン子が速い・・・!」
「ぬぬ・・・!この距離をカバーするのは厳しい!」
チーム分け、組み分けもランダムではなくレオニダス監修のチーム編成だ。その人物たちにとって逆境となる形に調整されていることが多く、ファミリーとて気を抜けない形だ。
「マジかよ。こんな体育見たことねぇぞ」
白いスーツの恰幅のいい男、天神館館長、鍋島正がそう呟いた。
レースは常に個人個人の自力が試される配分となっており、脚の速いものだけで組まれたりしているわけでない。
そしてこのレース。実は開始十数分の基礎トレーニングの後に開催されている。
最初鍋島が来た時には、既にオーバーだろうと言いたくなるようなアップを個人がしており、その上で基礎トレーニング、そしてこの短距離走である。
「距離は稼いだわ!モロ、頑張って!」
「うーん離されはしなかった。大串君、はい」
「何とか巻き返したぞ!走れ福本!」
今度は男子へとバトンが回される。一人一人が必死だ。
「これ、順位は付けねぇんだろう?」
「ええ。順位が重要なのではなく足りない部分を補ういわば平均化の訓練ですからな。とはいえ、血気盛んな子らですので勝手に順位をつけておりますが」
「うわあ!?」
「あ!モロー!!」
モロが足をもつれさせて転倒した。今日から彼も非常に軽めではあるが九鬼製バンドを付けているのでうまく走れないのだろう。
「あいたた・・・」
「師岡殿!無理はいけませんぞ!傷はありますか?筋は痛めておりませんか?」
「は、はい。ちょっと擦りむいただけです」
「ではこのランだけ許しましょう!走り終えたら保健室に行くように!」
「了解です・・・!」
そう言って大分離されてしまっても、モロは落ち着いて土を払い、また新たに走り出す。
「なーるほど・・・平均化が狙いだから別に遅れてもいいのか」
「もちろんです。5しか走れぬ子に10走れとは言いませぬ。ただその子の地力を上げてあげるために6を目指さないといけないよう調整しているだけですので」
その辺がスパルタっぽいのだが、彼の見切りはとても鋭いので、いい具合にギリギリを攻めている。とはいえ、今回のモロのように無理はさせないのがこの男の凄いところである。
「なんとか抜いた!いけ不死川!」
「ひゅほほ。任せるのじゃ!!」
「すまねぇ縮められなかった!」
「別にいいよー僕が全部抜いちゃうからー!」
「マルギッテさん!ごめんなさい!」
「いえ、貴方は頑張りました。あとは私に任せなさい・・・!」
武士娘の多いこの学園の特性上女子に切り替わるとぎゅんとスピードが出る。だが短距離なので逆にそこまで差は広がらない。
「はい、ハゲー!」
「ハゲ呼ばわりはやめなさい!坊主だけど」
「行きなさい!直江大和!」
「任せろ!」
「ぬぬっ・・・!行くのじゃ九鬼!」
「良いぞ不死川!この逆境、王たるこの我が覆してやろう!」
短距離ながらレースはデッドヒート。遂に最終ラップの組が待機する。
「弁慶、負けないからな」
「主こそ。こそっと抜けちゃうよ~」
「英雄様・・・!このあずみが勝利を・・・!!」
抜きつ抜かれつを繰り返し遂に最終組へバトンが渡される。
「義経!頼む!」
「ああ!義経、参る!」
「あーあー順位関係ないのに必死になっちゃって」
「紋ちゃんみてるよ?」
「走れ弁慶!俺の熱いハートとともに!」
「あずみ!後は任せたぞ!」
「かしこまりました英雄さまああ!!!」
グンっと最終組がトラックを駆ける。そしてほぼ同着にてゴールテープが切られるのだった。
「一子、マルギッテ、大和、義経、よくやったな」
「士郎こそ。そんなに重りつけてよく走れるな」
「士郎君のスタートダッシュが無ければ危うかったと、義経は恥じる・・・」
「そんなことないじゃない。義経すっごく速かったわ」
「あとはモロが帰ってくるかだけど・・・」
「あの転び方であれば筋を痛めたりはしていないでしょう。上手く受け身が取れていました」
マルギッテの言う通り、膝に絆創膏を張ったモロがすぐに戻ってきた。
「みんなーごめん!」
「いいっていいって。ナイスファイト」
「士郎の言う通りです。よく走りました師岡卓也」
「初めてのバンド着けなのに頑張ったなモロ!」
「そうよ!モロは今日初めてだったんだから!」
「師岡君はとても頑張ったと思う。義経は感激した!」
パチパチと拍手されるモロ。本人は照れ臭そうに後ろ頭を掻いていた。
「アフターケアも万全てか?こりゃ差がつくわけだぜ」
「鍋島殿はどのような体育(訓練)を?」
「うちの?うちのは普通に陸上やったりスポーツやったり好きにさせてるぜ。お前さんほど徹底した内容じゃねぇよ」
「それはもったいない!折角コーチングのある科目なのですからしっかりと育成すべきと、私は思っております」
「だなぁ・・・卒業しちまったらほぼ自主訓練なわけだし、勿体ねぇことしてるかもなぁ」
彼としては青春を謳歌してもらいたいという思いからそうしているのだがあのさっぱりとした笑顔を見ているとこちらも悪くない気がした。
体育が終わりお昼時。士郎は相変わらずの衛宮定食を提供していた。
「はい。通常定食。次の方~」
今も弁慶が受付嬢をしてくれているので士郎は調理に専念できる。
「衛宮定食、生卵付きで」
「はいよ~マルギッテはいつもそれだねぇ」
「個人の自由ですから」
ツンとそっぽを向きながら奥で作業する士郎を見つめる。
「士郎は大丈夫ですか?」
「今のところはね。実はトッピングを私の方で準備するようにしたから大将は同じ内容の定食を作るだけでいいのさ。しかも売り切れるの分かってるから先に先に作ってるしね」
そう言って手元に生卵を準備する弁慶にマルギッテはほっと溜息をつき、
「もし、士郎が無理をしている時は知らせなさい。私も手伝います」
「おお?だってよー大将」
「マルが心配するほど酷使してないぞ」
苦笑を浮かべながら士郎は定食をもってやってきた。
「本当ですか?貴方はすぐに無理を・・・」
「本当だって。作るのは一種類だけなんだからあるとしても盛り付けくらいだよ。それも林冲が手伝うって言い始めたからな」
「・・・先を越されましたか。まぁいいでしょう。学園にいる間は私も忙しいので」
「あはは・・・ほどほどにな」
忙しいと言うのはクリスに縣想する男子への牽制だろうことは容易に想像が付くので、何とも言い難い士郎であった。
「はいはい。定食受け取ったらズレておくれよ。まだまだいっぱいいるからね」
「そうですね。では」
マルギッテは去って行った。
「お次の・・・わお」
「衛宮定食、でいいんだよな?」
次の客はなんと鍋島正であった。
「鍋島さん。ここ普通の学食だよ?」
「生徒が切り盛りする学食ってのも珍しいじゃねぇか。それに、美味いんだろ?」
「まぁ売れ残ったことは私の知る限り一度もないですけどね」
あるとすれば売り切れるまでのタイムラップである。
「上がったぞ。鍋島館長だったのか」
「おう。邪魔してるぜ。こりゃまた豪華な定食だな」
内容を見て目を見張る鍋島館長。その間に後ろに引っ込んだ士郎は手に初回のデザートを持ってきた。
「鍋島館長、甘いのは大丈夫ですか?初回の人にはデザートが付くんですが、今日のは抹茶プリンなんです」
「おう!是非とももらうぜ!これも一個を争う超レアものなんだろ?」
そう言って嬉しそうにカップに入った抹茶プリンを見る鍋島館長
「それじゃあはいこれ。取られるからこっそり食べた方が良いですよ」
「俺相手に飯奪おうなんざ逆にやってみろってんだ」
豪快にそう言って鍋島館長は去って行った。
「んー抹茶プリンかー。今日の放課後はやんごとなき人が多そうだねー」
「弁慶もそう思うか?俺も作ってからそう思った」
結構上品な物にできたと思うので富裕層の人間が買い求めそうだ。
「衛宮定食!ご飯大盛で!」
「一子・・・大盛はやってないって言ってるだろう?」
しょうがないなーと士郎はご飯を追加で盛ってやる。
「ねえねえ士郎、今日の放課後は忙しい?」
「うん?いや、今日は特にないな。逆に依頼を受けに行こうかと思ってたから丁度良かった。どうした?」
「あのね、お姉さまが・・・」
一子が控え気味に言ってきたのは百代の事だった。
「・・・それは俺の責任だな。すまない。放課後、秘密基地に来るよう伝えてくれないか?」
「うん!わかったわ!ありがとう!」
一子は嬉しそうに去って行った。
「なんだい大将。主の事もわすれないでやってよ」
「わかってる。んー・・・義経に合う宝石はなにが良いかな」
「え?宝石?ちょっと大将。その辺詳しく!」
呼び止める弁慶に応えず士郎は引っ込んでしまった。
「あー・・・大将ってこれと決めたら全力だからなぁ・・・」
その全力が空回りしなければいいが、と懸念する弁慶だが、それもいっかと考えるのをやめる。
(私も大和ともっと一緒に居たいなぁ・・・)
幸せそうな義経を見ると弁慶もやはりそう思ってしまうのだった。
学園が終わって放課後、百代はガチガチと変な動きで秘密基地に向かっていた。
「ほらお姉さま!もうちょっと!」
「わかってるーわかってるけどー・・・」
一番に襲い掛かっておきながら、いざこういう場面になるととことん弱い百代であった。
(断られたらどうしよう断られたらどうしよう断られたらどうしよう)
と真っ青な百代。対して一子はそんなことないのにーと楽観的である。
「お姉さま、あの夜成功したんでしょ?なら大丈夫よ。士郎は無責任なんかじゃないわ」
「わかってる。・・・でも怖いんだ」
ブルリと震える百代の顔はやっぱり青い。だが悲しいかな、彼女は秘密基地に着いてしまった。
「私は中で待ってるから・・・ほら、頑張って!」
「うん・・・」
元気なく百代はカンカンと階段を上がっていく。そして屋上の扉を開けると――――
「士郎・・・」
「ああ。どうした?百代」
泣き出しそうな表情の百代を見てやっぱり苦笑を浮かべて士郎は近づく。
「ごめんな。俺がはっきりしないからいつまでも怖い思いをさせて」
「・・・違う。私が悪いんだ。いつも自分の思うように動いてきたから・・・」
今回ばかりは百代も、もう少しやりようがあっただろうと反省しているようだが、その姿が似合わなくて士郎はクックと笑った。
「なんだよぅ・・・私だって乙女なんだぞ・・・」
「初めて百代にあった時とはまるで違うなと思ってさ」
「あれは・・・!その・・・」
「わかってる。もう百代は昔の百代じゃないんだもんな。・・・懐かしいな。まだ半年くらいしか経ってないのに」
初めて会った時の獰猛な笑みを浮かべていた女性が、こんなにもしおらしくなってしまうというのは、昔の士郎も百代も想像しなかったことだろう。
「・・・思い出も沢山あるな。それはそうと今日は――――」
「ま、まて!すぅーはー・・・すぅーはー・・・」
何度も繰り返し深呼吸をする百代に今度こそ士郎は笑い出した。
「あははは!あれだけ場の勢いに任せて襲っておきながらなんで今更深呼吸なんだ!」
「い、いいだろう!こういうの慣れてないんだ!それに、断られたら――――」
どうしよう、そう思った時だった。士郎が百代の左手を取って――――
「大丈夫。もう俺も心決めたから。百代。一緒に幸せになってくれ」
スゥっと百代の薬指に指輪が通された。
「・・・え?」
「どうした?まさか気に入らなかったか?」
困ったように言う士郎に百代は呆然と左手の薬指に通されたソレをみる。
「士郎・・・これ」
「あー・・・俺は言葉がつたないからな。変な誤解を生むよりそうして形にした方がいいだろ?」
士郎は赤みががった頬をパン!と叩いて指輪について言った。
「それは契約・・・いや、婚約か?その証だよ。俺は誰か一人を選ぶことが出来ない。でも全てを断ることも出来なくなっちまった。こんな俺でもよかったら受け取ってくれ」
「じゃあ・・・」
「ああ。好きだぞ。百代」
笑顔で告げた士郎に百代は、
「・・・。」
ポロポロと涙をこぼして笑った
「お姉さま大丈夫かしら・・・」
「大丈夫だろ。そう心配しなくても」
いつの間にかファミリー全員が秘密基地に集まっていた。
「・・・。」
そんな中、由紀江はじっと何かに耐えるように黙していた。
「まゆっちも大丈夫だよ。いざとなったら多重婚出来る国で結婚してくればいいんだから!」
「け、けけ結婚!?」
「おい、そういうの一段階踏むだろ?普通」
「そうだよね。お付き合いしてから・・・あ、でも士郎だからなぁ・・・」
「いきなり直球で愛の告白しそう。てか、してるんじゃね?」
「・・・。」
「ああ、まゆっちがまた硬い顔に・・・」
そんな一喜一憂する皆の所に、士郎と百代が戻ってきた。
「ただいま・・・って、みんないるのか」
「姉さんが心配でさ」
「ちなみに士郎の心配はしてない」
「お前らな・・・」
困り顔の士郎にぴったりとくっついた百代が姿を現した。
「・・・なんか、士郎が初めて秘密基地に来た日みたいだねぇ」
そんな風にクッキーが言った。
「あの時もモモ先輩士郎にくっついてたからなぁ」
「その様子だと成功、みたいだね」
「おめでとう!お姉さま!」
口々におめでとう!と言われてニヤケながら照れ笑う百代。
「モモ先輩」
「まゆまゆ」
そんな中二人がバチリと火花を散らした。
「正妻の座は――――」
「ああ。いつかきっちりな」
そう言って二人は笑顔になる。
「おめでとうございます。モモ先輩」
「ありがとう。まゆまゆも早く行ってこい」
「はい・・・!」
困り顔で待っている士郎の元に由紀江は駆けて行くのであった。
しばらくして、由紀江も涙を流して帰ってきた。
「まゆっちもおめでとう!」
「おめでとう、まゆっち」
「おめでとさん!」
「おめでとう!」
皆の言葉に一層涙をこぼしながら嬉し気に笑う由紀江。
「・・・もう。ティッシュが無くなっちゃうよ?」
「ご、ごめんなさ「いいのいいの」ふえ~ん!」
ズビー!と何度も鼻をかむ由紀江に皆笑った。
秘密基地からの帰り道、話題は二人の左手に輝く指輪に話が向いていた。
「なぁ士郎、あれどこで買ったんだ?」
「買った?いや、作っただけだぞ」
「ええええ!?」
まさかの返答に一同騒然とする。
「いや士郎の物作りスキルどうなってるんだよ・・・」
「俺は担い手じゃなくて創り手だからな。それにみんな忘れてるかもしれないけど、これでも10歳年上なんだぞ?」
「いやいや。いくら10年あっても結婚指輪普通に作れるようにはならねぇだろ・・・」
「ガクトに賛成・・・」
「なんでさ・・・」
カクリと肩を落とす士郎。そんな会話の中、
「・・・。」
「・・・。」
クリスと京の二人が無言で大和を挟んでバチバチしていた。
((大和は))
(私の物!)
(自分の物だ!)
空気の読める大和は恐縮して固まってしまっている。
この二人も長いこと取り合っているが何か変化は無いのだろうか?と士郎はのんきに思っていた。
・・・そののんきな時間が致命傷だった。
「マル――――」
「大和!!」
クリスを迎えにきたマルギッテに気付いた士郎だったが、クリスが突然大きな声を上げた。
(まずっ・・・!)
そう思ったが遅かった。
「自分は・・・自分も!大和が好きだ!!!」
「「「!!!」」」
こちらに向かって歩いていたマルギッテの足が止まった。
「大和は・・・その、姑息な所もあるけれど、思いやりが強くて・・・!」
クリスは必死に大和にどう好きになったのかを説いている。
その様子をじっと眺めて、マルギッテは悲しむような、辛い目をしている。
(・・・マル)
ギュッと彼女の為に用意した指輪を握る。彼女にとって、これは特別な意味を持つ状況だ。
だが士郎は。
「――――」
「!」
まっすぐに彼女を見た。もう認めてやれと。自分達が恋仲になるように。彼女にも好きな人が出来たのだと。
士郎の瞳を見て、マルギッテは俯き、踵を返した。
「士郎、どうしたの?」
「・・・なんでもない」
一波乱ありそうだなと士郎は思った。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「おかえり!」
「おかえり」
「史文恭!今日退院だったのか?」
出迎えてくれた中に久しぶりの顔を見つけて士郎は笑みを浮かべた。
「いや、本当はもう少し先だったのだがな。お前の薬が効きすぎたせいだぞ。あの傷で傷跡も残らぬとは、どんな霊薬だ」
霊薬、と言われて士郎は全力で目を逸らした。まさか本当に霊薬級の万能薬だったとは言えない。
「医者にお前の関係者は皆こうなのかと鬱陶しいほどに聞かれた。私を心配してくれるのは嬉しいが、もう少し加減をだな・・・」
「ああ、悪い。でもよかったよ。こうして治って」
「まったくですな。まさか見舞いに行った日に退院とは。なんとも言えぬ心地です」
そう言って奥からレオニダスがやってきた。
「いい荷物持ちが居て助かったぞ?」
「そう言う問題ではないのですが・・・まぁ、マスターの言う通り、早いご回復おめでとうございます」
「今日はお祝いしないとな。冷蔵庫、何入ってたかな・・・」
そう言って買い物が必要かどうか確認に行く士郎。その後を、
「・・・(そわそわ)」
落ち着きのない林冲がついていく。その変化を史文恭は当然見逃さなかった。
「おい林冲。何をそんなにそわそわしている?」
「こ、これは・・・その・・・」
「なんだ?どうせ衛宮の事だろう?さっさと言わぬか」
急かされて、モジモジしながら林冲が言ったのは士郎が婚約の指輪を配っているという事だった。
「ほう。ようやくあの男も決心したか。これは私も急ぎ作ってもらわねばな」
「史文恭!その・・・」
「わかっている。お前から聞いたのは秘密にしてやる。しかし、指輪か。大したものではないか」
大事な意味を持つそれを作成し、渡すという事は、士郎はもうカチリと決意が固まったことを表しているのだろう。
「お前も早くもらえるといいな」
「・・・うん」
林冲もあの夜を過ごしたのだから士郎は彼女だけをのけ者になどすまい。そう信じて史文恭は早速自分の指を測ってもらうべく後を追う。
「衛宮!指輪の事なのだが・・・」
「直球!?」
「・・・なんで知ってるんだ」
「風のうわさで聞いた。なに。どうせ作ってもらうなら自分の要望を聞いてもらった方がよかろう?」
楽し気に、嬉し気に史文恭は笑って士郎に要望を伝える。林冲はそんな二人を見て、
「士郎の、バーカ」
頬を火照らせながらそう呟くのだった。
その日は史文恭の退院祝いという事でいつもより豪勢な食事が作られていた。
「うむ・・・うむ・・・病院の味気ない食事とは雲泥の差だな」
「そりゃ病院食と同じじゃな。それよりも本当に大丈夫なのか?そんなにガツガツ食べて」
胃腸も少し弱っているだろうと士郎は心配したのだが、そんなことはお構いなしと史文恭は食べる。
「何事も食わねば良くならぬ。切られた溝を埋める肉も、そこを通う血も、全ては食事からくるのだ。そも食えなくなった時点で終わりよ」
「史文恭は凄いな・・・私なんか、士郎の家に来た当初はリンゴのすりおろしや雑炊しか食べられなかった」
「それが普通です、橘天衣。史文恭は特殊な訓練を受けているのですから、真似しないように」
「マルはその辺どうなんだ?やっぱり食べないと治るものも治らないって思うか?」
林冲の問いにマルギッテは、
「状況によりけりでしょう。食べる力が、栄養を吸収する力が無いものに普段通りの食事を出しても非効率です。回復したのなら、しっかりと食事をとるべきだとは思いますが」
「おい、私は何も療養が必要な段階から無理やり食べろと言うわけではないぞ」
一方的な取られ方をしている史文恭はムスッとした顔で言い返す。
「わかってるさ。ただ、食べられなくなったら終わりって言うのは否定できない所だな」
と、士郎は昔を思い出すように言った。
「・・・士郎は時折昔の事を考えるようなしぐさをするな。士郎は何か特殊な環境にいたのだろうか?」
「そう言えば、士郎君のこと知らないの橘さんだけ・・・かな?」
「そうだった。橘さん。俺今年で29歳なんですよ」
「え・・・?えええ!?」
士郎の言葉に飛び上がる天衣。
「だ、だって士郎はこんなに若い・・・」
「うーん・・・訳ありなんですが事情で18歳になってしまいまして・・・」
「どうしてそうなるんだ!?」
グイグイと突っ込んでくる天衣に士郎は苦笑して、
「事情があるんですよ。秘匿しないといけないので詳しいことは言えないんです」
「・・・みんなは知ってるのか?」
「成り行き上な。何もお前を仲間外れにしているわけではないぞ」
「そうそう。それに、若返っちゃった理由なんかも分からないんだもんね?」
「ああ。その辺はさっぱりだ。何故か体だけ若返っちまって・・・それで高校に通わないと、ってとこです」
「・・・私にもちゃんと教えてくれればよかったのに」
「隠す必要があったんですよ。今は九鬼が動いてくれてるのである程度言えるようになりましたけど」
あの追い詰められていた頃の事を懐かしそうに思い出す士郎。
「そう言うわけで、10年分、年齢に見合わない経験を積んでるんです。正直高校生やってるのが恥ずかしいくらいです」
「そうかな?でも士郎君、何でも出来ちゃうからなぁ・・・」
清楚の言う通り、士郎は出来る範囲が広すぎた。なにせこの家も士郎の手でリフォームされたものである。
「年齢的には一番年上になるわけだな。よかったではないか。行き遅れにならずに済んで」
「史文恭・・・行き遅れとか言わないでくれ・・・」
元の世界では気にも留めなかったが、平均年齢としてはギリギリだったのだろうかと、士郎は思う。
「まあ良いではないか。・・・さて、久しぶりの露天風呂だ。私は先に行かせてもらうぞ」
「ああ。是非堪能してくれ」
「言われずとも」
そう言って史文恭は上機嫌そうに食器を片付け、風呂へと向かった。
「林冲、この後時間あるか?」
「!ある!あるぞ!!」
グイっとこれまた食い気味に言う彼女に士郎はまたも苦笑して、
「渡したいものがあるんだ。良ければ時間をくれないか?」
「うん!うん!!待っている!」
期待大、という風に反応する林冲に、やはり士郎は苦笑して他の人にどう指輪を渡していくか考えるのだった。
林冲に指輪を渡し、改めて想いを告げられてから、士郎は一人、露天風呂でぼーっと考えていた。
(俺に婚約者か・・・考えもしなかったな。それに複数人なんて)
どの女性にも士郎は浅からぬ縁を持ち、どの女性も自分に好意を抱いてくれる。自分には大したことなど出来ないというのに。
「いや、この考え方が悪かったか」
何度も揚羽に言われた通り、あまり自分を卑下するのは彼女等に対する侮辱と考えて士郎は思考を止める。
と、
ガチャリ
「・・・。」
いい加減この流れにも慣れてきた士郎。だがしかし。一応、万が一を考えて――――
「入ってるぞー」
「知っています」
堂々とマルギッテが入ってきた。
「なんでみんな同じことをするかね・・・」
頭が痛そうに士郎は頭を振って目を閉じた。
「い、いい判断です。褒めてあげます」
「そう思うのならなんで俺が入ってるのに入って来たんだ」
パシャ、と湯が鳴り、そっと自分の横に来るマルギッテ。
「指輪・・・ありがとうございます。私に何が出来るのかまだ試案していますが・・・貴方を愛し続けることを誓います」
「・・・ここで誓わなくてもいいんだぞ?これから俺を見放す時だって来るかもしれない。その為に『婚約』指輪にしたんだから」
「なっ・・・あれは結婚指輪ではないのですか!?」
驚くマルギッテに士郎は首を傾げて、
「だって宝石がついてないだろう?本当に結婚するときはアレに台座をつけて似合う宝石を取り付ける予定なんだ」
士郎の言い分に呆れたと言わんばかりに嘆息するマルギッテ。
「あれにまだ手を加えると言うのですか・・・なんだか、婚約よりもそちらの方が気になってしまいます」
「なんでだよ・・・婚約の方が・・・よっぽどだろ」
ふてくされたように言う士郎にクスリとマルギッテは笑って士郎の腕を取る。
「・・・お嬢様のこと、どう思いますか?」
急な話題転換だった。
「大和がモーションをかけたんじゃなくて、クリスが大和を認めて好きになったんだろう?なら誤魔化すのも、他人がちゃちゃを入れるのも、間違いなんじゃないか?」
「そう・・・ですね。お嬢様は最初直江大和に敵意すら抱いていました。それが今では――――私と同じように、悪い男に掴まってしまったようです」
はぁ、とため息を吐くマルギッテに、
「マルは二人の仲を否定するのか?」
と問いかけた。
「・・・未来の話になりますが、いいですか?」
「ああ」
士郎は頷いた。
「仮にお嬢様に直江大和を無理矢理諦めさせて、将来・・・中将の紹介やお見合いでご結婚が決まったとして・・・それでお嬢様は幸せになれるでしょうか?」
「・・・どうだろうな。本人の気持ちを殺して諦めさせるならそれは悲惨な結末になるだろうな・・・逆に、その程度で諦められるなら他にも幸せを掴む機会はあるように思う」
士郎は一言一言大事に答える。
「俺には人にどうこう言う資格はない。こんなにたくさんの、マルみたいな女性が出来た俺が言うのもなんだけど、どちらかが決める、って言うのがよくないんじゃないか?」
「というと?」
どうゆう事だとマルギッテは問う。
「俺たちで置き換えてみよう。俺がマルの・・・ご両親に挨拶に行って、ご両親は良い顔をしてくれるだろうか?」
「・・・。」
日本は独自に多重婚の準備を進めているが、マルギッテの所属するドイツはそうではない。
「良い顔は・・・しないでしょうね」
「俺もそう思う。でも、俺たちは今の近況全部ひっくるめて、恋仲になろうって決めたわけだろ?そこに間違いはないはずだ」
誓って言うが、士郎は浮気をしているつもりは無いのだ。むしろ彼の方が、この状況をよしとする彼女達に戸惑いを覚えている。
だが、これも己に芽生えた新たな感情だと決めて士郎は言う。
「マルのご両親は良い顔をしない。でも俺とマルはその、恋人になろうとしてる。どっちも間違いじゃなくて、すり合わせると言うか・・・お互いが納得できるまで話し合う・・・べきなんだと思う」
「士郎・・・」
それは、士郎が、いずれ来るマルギッテの両親との邂逅の時、必死で説得するという気持ちが込められていた。
「そうですね・・・」
それが嬉しくてマルギッテは、ほうっと息を吐いた。
「すまん。これ以上は俺も言葉が思いつかない。なにせ元の世界でも多重婚は無かったし、俺自身、恋人とか結婚とか、考えたことなかったから」
「ふふ・・・それなら士郎は、とても混乱していることでしょうね」
クスクス笑うマルギッテに士郎は困った顔をして、
「誰が混乱させてるんだよ・・・」
と、むずがゆいように言った
「私は明日、ドイツに戻ります」
「!」
「まだどうするかは決められていません・・・が、お嬢様に悪い虫がつかないようにする任務は果たさなければなりません」
「マル・・・」
「なので士郎も警戒をしておいてください」
それは、致命的な情報漏洩だった。
「・・・首が飛ぶぞ」
「わかっています。その時は・・・いえ、その時も。未来の旦那様は私を奪いに来てくれるでしょうから」
そう言ってマルギッテは晴れやかな顔で夜空を見上げた。
ちょっと詰め込み過ぎたかな?という日常回でした。鍋島さんは今後の為に授業見学です。
婚約指輪渡すの端折りすぎじゃないかと思う方もいると思いますが、作者的にはあまり甘いシーンをくどくど書く気はないというか…想像してもらった方が楽しいよねって思うのであっさり書いてます。こんなやり取りがあったのかなぁと想像してほしいです。
次回はなにやら不穏な空気が!ってそりゃそうよクリスの告白にマルギッテがバッタリですもん。という事でまた次回!