俺「……勘のいいカフェも好きだよ」
らいすしゃわーかわいいね
レース後、マンハッタンカフェの周りには人集りが出来ていた。スカウトに来たトレーナーだけではない、先ほどのレース相手やレースを見ていた他のウマ娘までカフェに詰め寄っていた。……唯一、レース場に降りれないごく一部の一般観客は来ないのが幸いか。
「素晴らしい走りだった!短所を補うレース勘にあのスタミナ、是非チームに入ってくれ!」
「見事としか言えない末脚だ、あんな場所を走って良く体力が持つものだ」
「本当に凄かった……勝てないからヤケクソになったのかと思ったわ。次は負けないから」
新バの中で特に期待されていた一番人気のウマ娘[ブレイブオンリー]にまで声をかけられてしまった。トレーナーからの声はまあ、基本彼女の耳に入ってこない。
第3レースまで散々「加速が足りない」「長距離だけでは」「ハズレかもな」などとほざいていた輩まで掌を180度返して賞賛を投げかけてきているのだ。顔を覚えていないとでも思ったのだろうか。
あぁ、こんな奴らどうでもいい!
あの白髪のトレーナーは何処だろう。
唯一、私に適切なアドバイスをくれて、私の本質を見抜いて勝たせてくれたあのトレーナー。およそ有り得ない指示だったし、無愛想にも程があったが、事実として彼女は勝てた。
四方八方から向かってくる声を無視して、レース場をその金眼で見回し続けた。そして見つけた。
少し遠くで、彼は気怠げに、腰に右手を添えて仁王立ちしていた。
青年トレーナーとしては『人が多すぎて掻き分けていくのが面倒くさい』し、『新人の自分が強引に割り込むと更に面倒くさい』事になるのを見越して黙っていたのだが、マンハッタンカフェは『自分から僕のところへ来い』というメッセージなのだと解釈した。隣の【あの子】も行けと言ってくれている。
ちょっと掛かっている様ですね。
どうあれ、人集りの中から無理矢理脱出したマンハッタンカフェは周りの目も気にせずに、一目散に青年の元へ向かった。
「……私、勝てました。貴方の、いう通りにしたら……!」
「勘違いするな、アレは99%奇襲、子供騙しの戦術だ。メイクデビュー前だからこそ通用しただけで、身体の出来上がっているウマ娘相手なら逃げられて終わりになる。」
「しかし、私が貴方のアドバイスで勝ったことは揺るがない事実です。」
「…………まあ、それはそうだな。良くやったよ、おめでとう、マンハッタンカフェ。」
雑に手を叩いて、レースに勝った事の賛辞を贈る。無愛想なのは間違いないのだが、それは逆を言えば彼女に媚びを売らない姿勢を見せているという事でもあった。無自覚ではあるが、周りから見た目だけ、或いは結果だけで尻尾を振るトレーナーに失望していたカフェにはその態度が好意的に感じられた。犬の様に尻尾が揺れているのは黙っておこうか。
「……それで、僕の所にきた理由はなんだ。勝利報告なら受け取った、あとは好きなトレーナーの所へ行きなよ」
「ですから、貴方の元へ来ました」
「……スカウトしてくれと。要するに逆スカウトに来たと言いたいのか」
「はい」
はい、じゃないが。
一瞬、この場で蹲って頭を抱えそうになってしまった。眼をギラギラさせているカフェの様子ではとても断れない、というより断っても無駄だろう。この手合いは意外と話を聞かないし、頑固な一面がある。
正直、マンハッタンカフェをスカウトするかどうかは悩んでいた。彼女を担当ウマ娘にする場合、色々問題が起こる。
まず一つは、癖ウマがすぎる。自分はトレーナーになったばかりの新人とはいえ、別にウマ娘を育てた経験が無いわけでは無い(サブトレーナー、又は訓練教官としてだが)。中には勿論適正範囲が狭いウマ娘もいたが、彼女ほど極端なわけではない。あとぶっちゃければ、おそらく彼女は【気性難】なウマ娘だ。果たして扱い切れるだろうか。
二つは、我々トレーナーが人間である故のしがらみと言うべきか。無能な奴ほど目の前の事しか見ないが故に、ここでマンハッタンカフェの申し入れを受け入れると今まさに睨んできている無能筆頭の古参トレーナーと揉める事になるだろう。
有能なトレーナー、例えばリギルやスピカ、此処にはいないがカノープス、知り合いならシリウス。その辺りのトレーナーは、マンハッタンカフェが強い癖を持つと見抜いている、或いは此処に居れば見抜いただろう。事実としてリギルとスピカのトレーナーはマンハッタンカフェを賞賛こそすれど、スカウトの為の声はかけていない。少し残酷だが、選抜レースなどこんなものだ。
さて、青年には二つの選択肢がある。 マンハッタンカフェの逆スカウトを受け入れるか蹴るか。
まあ癖ウマなのは間違いないが、ステイヤーとしては一級品も良いところ。実際、マンハッタンカフェを棄てるというのはかなり惜しい。ゲームで言えば、特定の場面でだけだが確実に役立つと分かっているSSRキャラクターを手放すようなもの、といえば多少なり伝わるだろうか。散々悩んだ挙句……青年は、カフェに手を差し出した。
「……………………マンハッタンカフェ、君をスカウトする。僕と契約して、一流のステイヤーになってくれ」
「ええ、勿論。貴方のために走ります……大丈夫、怖がらないで。私も、【あの子】も、噛み付いたりしませんから」
正面から向けられる針の様な多数の視線と、熱を帯びた恋する少女のようなマンハッタンカフェの視線。ああ、ちょっとだけ地方に帰りたいと思ったのは許されるだろうか。許されたい。
今すぐに駅まで走りたい気持ちを堪えて、白髪の青年ーー【黒崎 冥】はマンハッタンカフェの手を取った。
ーーー☆ーーー
「……なんですかこれ」
「お前のデータだよ、マンハッタンカフェ。……酷いな。……うん、いや、本当に酷いな」
「2回も言わないで下さい……」
トレーナーとウマ娘全員に、個室が与えられるわけではない。そんな事をしていては流石に中央トレセンと言えど、敷地や建物が足りなくなってしまうからだ。今は事情があって特別にチーム・シリウスの部室を使わせてもらう事が出来ている。
大型チームであるシリウスのトレーナーとの付き合いというか接点も、いずれ語る必要があるかもしれないが、今では無いだろう。
さて、マンハッタンカフェがげんなりして顔を落とした資料に何が書いてあるのかとはいうまでもないだろう。彼女自身のデータ、所謂【ステータス】が事細かに書かれていた。謎の数値や用語もいくつか見受けられるためカフェに全て分かるわけではないが、割と酷評なのは何となくでも分かる。
[マンハッタンカフェ]
【バ場適正】
芝A/ダートG/洋芝 “未測定”
【距離適性】
短距離G-/マイルG/中距離E/長距離C
【脚質】
逃げG/先行C/差しB/追い込み/D+
【速/体/力/根/賢】
93/213/101/80/144
【スキル】
・【Darkness-ghostliner】Lv1
・昇り龍
・深呼吸
「……差し評価、Bですか」
「言っておくが脚質に関してはそれでも高い方だ。本当に酷いやつになると、オールDとかEなんて奴もいるからな。問題は距離適性と、身体の方だよ」
マンハッタンカフェと契約してから3日。トレーニングを通して得たデータから、教員室でいくつかのやっかみも受けながらシリウストレーナーと合同で作った資料が上記のものだ。数値に関してはシリウストレーナーと黒崎が算出した特別な方法を用いて割り出している。
問題があるとは言ったものの、決してマンハッタンカフェのステータス数値が低いという意味ではない。むしろ、総合で見れば素晴らしいとすら評価されるべきものだ。問題があると黒崎が言ったのは、ステータス数値の偏りがあまりにも激しすぎるという事だ。
更に言えば距離適正。日本のレース、彼女がこれから出バするであろうトゥインクルシリーズ・レースに於けるG1の殆どはマイルから中距離だ。短距離ならスプリングステークス、長距離なら菊花賞や天皇賞・春などが有名だがG1ではかなり数が少ない。
いや、短距離で言えば、G2以下なら探せば幾らでもあるだろう。OP戦という手もあるが、長距離にはその理屈が通用しないということが何よりも問題だ。
およそマイル以下でマンハッタンカフェを走らせるのは無茶無謀とかそういうレベルの話ではないし、まだマシと言える中距離にしても現時点では絶望的と言っても差し支えない適正評価。
当たり前だが、誰彼構わず"G1"という夢の舞台に立てるわけではない。出バするなら相応の実績、具体的には"どのレースでどれだけ稼ぐ事が出来たのか"だったり、"どれだけのファンを魅了する事が出来たのか"だったり、だ。
弱くても、と言うと少し語弊があるが、結局見るのはレースの外側にいる人間や走らないウマ娘。勝つことと人気があることは直結せず、別問題だったりする。今、その事は置いておくが。
なんにせよ、距離適正の壁を壊さなければ、そもそも得意とする長距離レースに出る事が出来ないというぶっ壊れクソゲー状態だ。RTAなら間違いなく再走案件であり、とあるゲーム実況者なら勇気の切断をしていたかも知れない。
"ステイヤー向けの賢いウマ娘"という黒崎の評価こそ間違っていなかったものの、癖の強さが思っていた倍以上も飛び抜けていた。
……まあ散々言っては見たものの、これは自分が担当して正解だったかも知れないと、黒崎は密かにそう思った。その辺にいるゴミトレーナーどもが担当したのでは、マンハッタンカフェの才能という原石が原石のまま、或いは砕けて中央トレセンから去る羽目になっていたかも知れない。
幸いにもコースを走り切る為のスタミナ自体は間違いなくあるのだ、これがもしスタミナの無いスプリンターで、中/長距離を走らせろと言われたら無理というしか無いが、逆であれば中距離へ乗せることも出来るだろう。唯一の救いと言えば救いであった。
「……兎に角、距離適正を何とかしなくてはそもそもマンハッタンカフェの得意レースという舞台そのものに立てない。理解したか、自分の尖り方を。」
「…………はい。しかし、聞いた所ではもう手遅れというか、どうしようもない気がするのですけれど。」
「そこを何とかする為の僕らだ。まあ、今日君をトレーニング場ではなく、シリウスの部室に呼んだのは資料を渡すためだけじゃ無い。君を走らせるに当たって、一番大事な事を聞く為だ。」
「……一番大事な事、ですか。」
さて、いったい何だろうか。
首を傾げて考えては見るものの、一向に思いつかない。脚質や適正の話は終わったし、そうなるとトレーニング内容だろうか。考えられるものとしてはメイクデビューの時期をいつにするか、とか。
何もない様に見える空間を見上げるマンハッタンカフェ。【あの子】に聞いても分からないと自分と同じ様に首を傾げていた。こうなると、素直に思い付いた事を伝えるしかないのだが、黒崎は小さく首を振った。
「まあ、どれも大切な事ではあるけれども。違うかな」
「……では、いったいなんでしょうか」
マンハッタンカフェの問いに帰ってきた答えは、およそ彼女が想定していたものとはかけ離れていたものだった。いや、正確に言えば、この無愛想で理屈責めが好きな黒崎には似合わない質問だったというべきだろうか。
「……マンハッタンカフェ、お前はどんなウマ娘になりたい」
「…………えっ」
「一つくらいはあるだろう。例えばサクラバクシンオー。彼女は最高速度を出すウマ娘としての名誉を求めている。例えばメジロ家。あの名門は天皇賞を勝つ事を目標としている。」
様々なウマ娘が、自分や他人の願いをのせて走るのがレースというもの。およそ5分にも満たない僅か過ぎる時間、その中で勝つために走るのなら"目標"が必要だと、考えている。
メンタルが肉体に及ぼす影響はバ鹿にならない。特に最後の競り合いや加速状態ギリギリの根性勝負などでは、勝つのは気持ちが強いほうだと黒崎はこの性格ながら本気で信じていたのだ。人間もそうだが、何か掴むためのものが無くては頑張り続ける、というのはどんなにメンタルが強くても難しい。だからこそ、何か一つ、目標を……どんなウマ娘になりたいのかを問うた。
「別に深く考える事はない。例えば……まあ、有マ記念2連覇とか天皇賞・春の3連覇とかな。もしくはいっそ、海外含めて全ての長距離G1制覇した長距離無敵のウマ娘」
「……とんでもないハードルを掲げて来ましたね。私、まだメイクデビューもしてないのですが」
「僕は出来ると思ってるよ、本気で。それだけステイヤーに特化したマンハッタンカフェなら、不可能とは思わん。少なくとも有マ記念2連覇くらいはさせてやる」
「…………そういう所です、貴方についていこうと思ったのは」
あくまでも本気で言い放たれた言葉に対して、薄く笑うマンハッタンカフェ。隣の【あの子】も、彼女にしか見えないが微笑んでいるのが良くわかる。狙ったのかどうかは定かではないが、黒崎の言葉でカフェのやる気も良い状態となり、明日からまたトレーニングも頑張れそうだ。
……しかし、マンハッタンカフェの笑った顔を見るのは初めてになるが。こうして笑顔をみると本当に綺麗だなこいつ。女優と間違えられるのも無理はない。
「……は?」
「…………?……どうした」
マンハッタンカフェにしては珍しい、間の抜けた声。パソコンに色々と打ち込む作業に戻ってから僅か数秒で、また振り向く羽目になった。尚、当の本人であるマンハッタンカフェはまるで熱でも出たかと思うほど頰が朱色に染まっていた。まさかこの一瞬で体調不良を起こしたわけでもなし、どうしたというのだろうか。
「……どうしたんだ本当に」
「……えぇ……。……いえ、何でもありません……少しだけ、走って来ます。御安心を、オーバーワークにならないようにはしますので」
「分かった。念のため、明日でいいから走った距離だけ教えてくれ。タイムは……加速しすぎなければ何でも良い。一人で測るのも面倒だろう。」
頰も赤いまま、"嘘でしょ……"とでも言いたげな表情をしたまま、マンハッタンカフェは出て行った。本当に何事だろうか。まさか、チープな漫画でもあるまいし思っていた事が声に出た訳でもないだろう。……無いはずだ。
今度は黒崎が首を傾げる番となってしまった。釈然としないまま、パソコンに向き直って再び担当バの為に指を動かし始めた。これだから、癖ウマは難しい。
「…………不意打ちというのは、いささか卑怯です。そう思いませんか。」
ターフの上、黒崎のいない所で、マンハッタンカフェと【あの子】は顔を見合わせて呟いた。
見た目を褒められるのは好きではなかったはずなのに、心臓が煩いのは気のせいだろう。高くなったような気がする体温を誤魔化す為に、マンハッタンカフェは許される範囲の中、走り続けた。
[マンハッタンカフェ]/やる気↑
【バ場適正】
芝A/ダートG/洋芝 “未測定”
【距離適性】
短距離G-/マイルG/中距離E/長距離C
【脚質】
逃げG/先行C/差しB/追い込み/D+
【速/体/力/根/賢】
93/215/102/81/144
【スキル】
・【Darkness-ghostliner】Lv1
・昇り龍
・深呼吸