【完結】水月に手を伸ばす   作:どら水天

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12 盗人と怒れる女王と狩人と

 目標のクルルヤックは、戦闘が始まろうとも卵を持ったままだった。

 あの種の生態からすれば珍しいことだ。

 大抵の個体は、突然ハンターに攻撃を受ければ、卵を取り落とすなり放り出すなりした後岩を掘り当てて持ち替えることが多い。

 

 岩を持った状態ではいくらか気性も荒くなり、岩を武器や盾とした行動が厄介なので、こちらとしてはやりやすいが、やはり妙なことである。

 

「左行くぞ!」

 

 向かって右側から斬り込みながら、背後のランゼに呼びかけた。

 直後、シオが誘導した掻鳥の横っ面にランゼが放った矢が突き刺さる。

 声を掛ける前から準備していた早さだ。彼もきちんと周りが見えるようになってきたらしい。

 

 続け様にレイが放った大手裏剣の追い打ちもあって、大きく怯み体勢を崩したクルルヤックは、しかし卵を手放さない。

 続くシオの一太刀を、大きく飛び退って回避する。

 

 相手は先ほどからこちらの攻撃を避けてばかりだ。シオの攻撃は武器の性質とシオ自身の戦い方の関係でどうしても大振りが多く、中々芯を捉えられない。

 ガンナーが一緒で助かった。シオ一人ではおそらく苦労する羽目になっただろう。

 

 幸いランゼがしっかり連携してくれているおかげで、落ち着いて動けばこちらは何事もなく終わりそうだ。

 であれば、焦る必要はない。シオはランゼの射線が通りやすいよう、誘導に徹するべきだ。

 

 警戒すべきは、もう一体――リオレイアが乱入してくること、くらいか。

 しかし、巻き込まれぬように注意さえしてしまえば、カムラのハンターにとってはそれもまた好機である。

 

 敢えて太刀筋を見せるように、それでいて当たればまずいと思わせるほどの気迫をまとわせて、大きな動きで円弧を描く。

 一歩跳んで回避したクルルヤックを追わず、シオもまた後ろへ軽く跳んだ。

 入れ替わるように大きく飛び込んできた彼は即座に矢を放った。吸い込まれるように横腹に突き立った矢は、再び掻鳥を大きく怯ませる。

 

 ぐしゃ、と嫌な音がした。

 割れた殻とその中身が、地面に飛び散っていた。

 

 クルルヤックは、取り落として駄目になった獲物をしばらく見つめ、顔を上げシオたちを見て、

 

「……あ、」

 

 脱兎のごとく逃げ出した。

 

 

 

 

 その場に残されたのは、割れた卵と二人のハンター。それから、二匹のオトモ。

 卵に気を取られて逃走を許すなど、とシオは苦い顔をした。

 

 追うか、とランゼに声を掛けようとするが、その前に彼は卵の残骸の前に歩み出た。

 何も言わずに見ていると、彼はわずかに頭を垂れて目を閉じる。ごく控えめに、その両手が胸の前で合わせられる。

 黙祷、だ。

 

 ハッとした。

 シオとて自分が命を奪うものへの敬意は忘れないようにしていたつもりだが、果たしてこの場に一人であったならあの卵のことに思い至ったかどうか。

 気付かぬうちに、命を奪うということに慣れてしまったのかもしれない。

 

 彼に(なら)うようにして、シオも目を閉じた。

 祈る。クルルヤックの糧となることができなかったその命が、せめて土に還ることができるようにと。

 

 シオが顔を上げたときには、ランゼも既に黙祷を終えていた。

 触れずにはいられなくて、ろくに言葉も選ばずに声を掛ける。

 

「……律儀、なんだな」

 

 彼は驚いたように軽く目を見開いた。

 

「…………。ん、癖で」

 

 しばらくの沈黙のあと、ごく短い返答。

 そういえば初めてランゼと狩猟に行ったときも、彼は仕留めた蛮顎竜に手を合わせていた。

 

 きっと、根が素直で真面目なのだろう。そう思わせるような一面を、彼は時折覗かせる。

 親御さんの教育だろうか、などと考える。詳しくは知らないが、彼の父親もまたハンターだったらしい。

 

「行こう。あまりのんびりしていると日が暮れてしまう」

 

 気まずい沈黙を破るように声を出す。

 この時期日が出ている時間は短くなっていくばかりで、もたもたしていればあっという間に辺りは暗くなる。日没直後の目が慣れない状態では、人間は自然の中に生きる生物には敵わない。

 

 何も言わずにハヤテに飛び乗るランゼを追って、シオもレイの背に跨った。

 

 

 

 先導するフクズクを追う役目はレイに任せ、シオはその背で得物を砥ぐ。

 携えるは夜刀【月影】。重量こそ控えめだが、鋭さと取り回し易さに優れる彼女の愛刀である。

 砥石でその刃を軽く撫でるようにして整え、背の鞘に収めて大きく深呼吸。

 

 逃げたモンスターを追うこの時間は、シオにとって戦闘で昂った気持ちを落ち着けるための時間だった。

 戦闘中に観察したクルルヤックの様子を思い返し、整理する。

 盗んだ卵にあそこまで執着するのは異常だろう。ここは大社跡なのだから、仮にあの卵を失ってしまっても、水辺に向かえばガーグァの群れくらいいるはずだ。

 

 その上、あの掻鳥の動きはすぐさま逃げ出して安全なところで卵を食べようといったものではなかった。

 卵を何としても必要としているが、それはそれとして敵にも対処する必要がある。そんな意図が透けて見える、というのはシオの考え過ぎだろうか。

 戦闘前に感じた違和感を踏まえれば、あれはもしかすると――いや。

 

 シオはそこで考えるのをやめる。

 何を考えたところで、結局ハンターには殺すことしかできないのである。

 目の前の事実に対して目を曇らせることなどあってはならないが、真実を追求するのはハンターの仕事ではない。

 

 それよりも、今はランゼのことだ。

 彼と前回までに多少なれど積み上げてきたものがちゃんと残っているか、という点は、実際に戦闘を始めるまでシオの中で懸念として燻っていた。

 

 しかし蓋を開けてみればどうだ。今日の彼は、まるで常にシオを視界に捉えているかのような動きをする。

 こうしてまた同行してくれている以上、初めて二人で狩猟に行ったときのような無茶で勝手な動きをすることはないだろうと思ってはいたが、ここまでとは全く予想外だった。

 

 加えて、放たれる矢の精度も上がっている。

 普段のランゼは、当たれば良いとばかりにある程度ざっくりとした狙いで手数を優先してばらまくように矢を射る。それが今日は、本数を絞ってその時々に最大限の効果を発揮する一点を狙って放たれていた。

 射線の確保にこれまでほど気を張る必要がなくなるので、前衛としては非常にやりやすい。

 

 ある程度形になるまでは面倒を見よう、と思っていたが、この調子ならもうシオから言うことは何もないかもしれない。全く飲み込みの早いことだ。

 

 もし仮に、彼がもうシオの言葉を必要としなくなってしまったら、そのときはこの一時的な相棒のような関係も終わりだろう。

 そのときが思ったよりも早く訪れることを予感したシオは、複雑な色のため息を吐いた。

 もう少し、ランゼ自身のことをよく知りたかったのだが。

 

 しかし、シオが深く踏み込む必要もなくランゼが他人と上手くやっていく術を身に着けるのならば、彼の人生にシオの存在は必要ない。

 不自然に発生した関係が拗れてしまう前に、大人しく身を引くべきだ。

 

 シオの“知りたい”という気持ちも、それに比べれば些末なことである。

 結局のところ、彼女の自己満足的な感情でしかないのだから。

 

 

 

 考え事をしているうちに前方に追っていた掻鳥の影が見え始め、シオは気持ちを戦闘へと切り替えた。

 

 そのとき、ガルクを走らせる二人の上に不意に影が差す。

 ぱっと見上げれば、目に入るのは大きな翼膜、緑の甲殻、尻尾の毒棘。

 

 陸の女王と名高い、雌火竜リオレイアである。

 

 突如として現れた飛竜は二人のハンターの頭上を悠々と滑空していったかと思えば一転、脚を大きく前方に突き出し、その鋭い鉤爪からクルルヤックに突っ込んだ。

 

「止まれ、巻き込まれないところで様子を伺おう」

 

 前を行くランゼにそう呼びかけると、レイの背から降りたシオは太刀の柄に手を掛けた。

 

 クルルヤックとリオレイア、二頭の体躯の差は歴然だった。

 掻鳥も岩を掘り出して応戦するが、雌火竜の攻撃は多彩で間合いを選ばない。距離を取ればブレスや突進、近寄れば尻尾の振り回しに弾き飛ばされ、劣勢なのは誰が見ても明らかだった。

 

 やがてリオレイアの突進を真正面からまともに受けたクルルヤックは、大きく後方へ吹っ飛ばされた。なんとか倒れずに着地したは良いが、その鮮やかな冠羽がふらりふらりと揺れている。

 好機だ。見逃すわけにはいかない。

 

「操竜する! リオレイアに衝突させるからお前も準備しろ!!」

 

 疾翔けで飛び出して、空中で鉄蟲糸を展開しながら叫ぶ。

 暴れるクルルヤックをなんとか御しながらランゼとしっかり目が合ったのを確認して、手元の糸をするすると指に絡めた。

 一方リオレイアはと言うと、既に姿勢を低くして突進の体勢に入っている。その顎の隙間から、火の粉がちろちろと零れていた。

 

 真っ向からぶつかろうとすれば、クルルヤックの体格では押し負ける。そう判断したシオは、鉄蟲糸を引いて突進を横っ飛びに回避した。

 翼の先端に生えた鋭い棘が、シオの頬を掠めるようにして通り過ぎる。

 

 リオレイアが振り返って再び突進を始める前に素早くクルルヤックの身体を反転させ、鉄蟲糸を目一杯引いて先にこちらから突進させる。

 掻鳥の文字通り捨て身の突進は、振り向きかけたリオレイアの頭をまともに捉え、飛竜はたまらずといった様子で大きくよろけた。

 

「ランゼ!!」

 

「あぁ、下がってろ!」

 

 飛び込んできたランゼと入れ替わるように離脱。ついでとばかりに四肢を操っていた糸でクルルヤックを地面に張り付ける。

 いくらカウンター攻撃を得意とする太刀でも、二頭のモンスターを捌きながら戦闘を行うのは難しい。大人しく後方に着地して、呼吸を整えながら見守ることにした。

 

 ランゼは翼の先端と両脚に鉄蟲糸を絡め、ぐいと強く引いて暴れるリオレイアを器用に御する。

 次の瞬間、雌火竜は大きく飛び上がって宙返りし、鋭い棘の並ぶ尻尾がクルルヤックを強く打ち据えた。

 

 サマーソルト。陸の女王の、代名詞とも言うべき攻撃である。

 

 棘による単純な外傷に加え、尾棘から滴る出血毒を傷口にまともに受けて、地に縫い留められたクルルヤックはじたばたともがきながら大量の血をまき散らす。

 操竜されながらもどこか優雅な所作で着地したリオレイアは、ようやく立ち上がったクルルヤックから大きく後方に距離を取ってブレスで牽制(けんせい)する。

 火球を受けて怯んだクルルヤックに滑空突進で追い打ちを掛け、倒れたところに大きく踏み込み。

 

「大技行くぞ!」

 

 ランゼの声に合わせて力強く地を蹴ったリオレイアの尻尾が、再び強烈にクルルヤックを痛打する。

 雌火竜の背を蹴ってランゼが離脱すると同時に、駄目押しとばかりにもう一度サマーソルト。クルルヤックを背後の岩壁に叩きつける。

 

 掻鳥はなおも立ち上がろうとしたが、それは叶わず自らの血溜まりの中に崩れ落ちる。一度だけ大きく痙攣して、そのまま動かなくなった。

 

 

 

 操竜を終えたランゼが、疾翔けでシオの隣まで戻ってくる。

 それとほぼ同時に、振り返った雌火竜の黄色い瞳がぎらりと二人を睨んだ。

 

 クルルヤックを排除した今、新たな敵として認識されたらしい。残念ながら、狩猟せずに済むのではないかという目論見は外れてしまった。

 

「……一息つく時間はなさそうだな。連戦になるが、体力は大丈夫か」

 

「人の心配なんざしてる場合かよ」

 

 憎まれ口はいつも通り。彼は手慣れた様子で弓を展開し、ぱちんとビンを装填する。

 

「来るぞ」

 

「あぁ」

 

 ランゼの言葉に頷いてシオも抜刀。

 多少の疲れはあるが、その分身体は暖まっている。

 

 挨拶代わりの突進をバックステップで回避。リオレイアは勢いそのままにシオの背後のランゼに向かって噛みつき攻撃を繰り出したが、その顎は空を切る。

 返す一矢が竜の鼻先に叩き込まれるが、怒れる竜が怯む気配はない。

 

 大きく息を吸い込むような動作。口腔の隙間から零れる炎の勢いが増す。ブレスだ。

 雌火竜の視線は相変わらずランゼを見据えたまま。彼の背後は岩壁で、前方を広くカバーする連続ブレスが来ればどこかで被弾せざるを得ない。

 

 中断させたいところだが、今のシオの立ち位置からできることはほぼない。以前蛮顎竜のときにやったように尻尾を切断しようにも、無傷の尻尾を一撃で切断せしめるほどの技量はシオにはない。

 必然的にランゼの被弾とその後のカバーまでを一瞬で脳内に思い描く――が、それが現実になることはなかった。

 

 一瞬シオに目を向けた彼の顔には、焦りも恐怖もなく。思わず手を止めた瞬間、彼は抜刀したままその手から翔蟲を放った。

 今にも着弾しようかというタイミングで、ふわりと舞うように火球を回避する。

 そのまま大きなステップで雌火竜の背後に回り込み、リオレイアの気を引くように翼を狙ってもう一射。

 

「シオ」

 

 短い呼びかけで意図を察したシオは、手で「下がれ」と合図して、特殊納刀の構えを取った。

 ランゼがシオの後ろに下がると同時に叩きつけるように振り回される尻尾をすんでのところで回避し、目の前に現れた頭に大振りの一太刀を叩き込む。

 雌火竜は、大きく怯んでふらついた。

 

 正念場だ。出来れば早めに仕留めたい。

 

「畳みかけるぞ!!」

 

 背後のランゼに呼びかけて、ぐっと姿勢を低くする。左手から伸ばした鉄蟲糸に引かれて一気に飛び上がる。

 空中で太刀を大きく振りかぶって、無防備な頭に向かって思い切り振り下ろす。

 

 ――気刃兜割。

 

 大振りで隙が大きいため当てるのが難しいが、絶大な威力を誇る太刀の奥義とも言うべき技。

 その一撃に確かな手応えを感じたシオは、着地した後すぐには身体を起こさず静かに息を吐く。

 大きな身体がゆっくりと横倒しになる、その振動が少し遅れて伝わってきた。

 

 

 

 

 

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