21 おのれ面を見せい
見上げた空の天頂の辺りに、太陽が輝いている。
里では相変わらず寒い日が続いているが、今日は日差しのおかげでここ数日のうちでは暖かかった。
自宅を出たシオは、装備の感触を確かめるようにその場で軽く膝を曲げ伸ばしした。
百竜夜行より二週間と少し。シオにとっては、あれ以来初めての狩猟になる。もちろん、手頃な
まだ復帰していないハンターもいるようだが、修練は欠かさないとはいえあまり実戦を離れていては勘が鈍る。それに、先の戦いで八面六臂の活躍を見せた
日頃から無茶なペースで狩猟に出ていたランゼも、とうに動き始めているだろう。シオばかりが遅れを取っているわけにはいかない。
彼女が集会所の
「お前の方が早いなんて、珍しいな」
ちょうど食事をしていたらしいランゼは、口の中のものを飲み込んでから不満げに言う。
「悪いかよ」
久し振りに聞くと、この憎まれ口すら心地よく感じられるのだから不思議だ。
何も言わずに微かに笑うシオを見て彼はますます眉間の皺を深くしたが、それ以上は何も言わなかった。
「今日は――」
「ある」
いつものように
してやったりという顔をする彼に、むっと眉を寄せて抗議する。
「最初から決めてかかるな、違う話だったらどうする」
「じゃあ何の話だったか言ってみろよ」
しかしランゼから思わぬ反撃を受け、その先を考えていなかったシオは言葉に詰まった。
「今日は……どこに行こうか、とか」
視線を泳がせながら言い訳じみた言葉を並べるが、お見通しだと言わんばかりにランゼは青い瞳をすっと細めた。
「依頼も確認しねぇうちにか」
シオが返答できないでいるうちに、彼は視線を戻して茶を啜る。
「……底意地が悪いぞ」
「誰のがうつったんだろうな」
呆れたようなランゼの声と、湯呑を盆の上に置く音が重なった。
※
肌を切り裂く冷たい風に、思わず身震いした。
寒冷群島は年中いつでも凍てつくような寒さだが、この季節はひときわ寒いような気がしてしまう。
せめて少しでも暖まってから、とシオはベースキャンプの目の前にある窯の火に手をかざしていた。
しかしもう行かなければならないらしい。状況確認のために放ったフクズクが戻ってきて、近くの手頃な枝に止まり高く一声鳴いた。
仕方なく立ち上がったシオは、気持ちを切り替えるため背筋を伸ばして後ろにいる彼に呼びかける。
「――で、今日はお前なのか、
移動中に入れ替わっていたことには気が付いていた。
船頭の目があるためその場で触れることはできなかったが、今日は彼が狩猟をするということなのだろうか。
「話が早くて助かるよ」
装備のベルトが全て締まっているかを確かめながら、彼は微かに笑う。
以前のようにランゼが出てこられない状況なのだろうか。
そんな考えがちらりとシオの頭をよぎるが、先のランゼは確かに本人だったように思う。
「どういう風の吹き回しだ?」
「僕がランゼに頼み込んで来たんだ。この前話してから、シオのこともっと知りたくなって」
無邪気にそんなことを言うナギトに、肩をすくめながら答える。
「別に何も面白いことはないぞ」
「気にしなくていいよ。僕が勝手に見てるだけだから」
しかし彼はシオの素っ気ない返答など気にも留めなかった。
準備を終えたらしい彼は、ハヤテを呼び寄せてその背に跨る。シオもナギトを追ってレイと共に駆け出した。
今日の依頼は、奇怪竜の狩猟である。
多くの犠牲を払いつつも、風神龍は確かに里周辺から去った。しかし、百竜夜行の兆しであると捉えられていたモンスターたちのざわめきは未だ鎮まる気配がない。
風神龍の”対”の影響であると考えられているが、実際その皺寄せが行っているのは他の大型モンスターで、そちらを放置するわけにも行かない。
ギルドは調査を急いでいるが、それすらも環境の不安定さで思うように進んでいないのが現状だ。
この依頼もその一環で、調査員の一人がフルフルに襲われて立ち往生しているらしい。
「ナギト、フルフルを狩猟したことは?」
吹きすさぶ風にかき消されてしまわないように、いつもより少しだけ声を張って問いかけた。
奇怪竜はギルドが定めた危険度こそ低いが、飛竜種どころか大型モンスター全体で見ても特異な行動が多く、対策を怠れば机上の格付けよりもずっと危険な存在になり得る。
「僕自身はないけど、ランゼは何回か。平気だよ」
経験。ハンターにとって、装備と同等かそれ以上に重要なものだ。
ナギトの口振りからするに、二人の中でその全てが共有されているというわけではないらしい。
以前リオレイアとクルルヤックを狩猟した際もランゼと遜色ない――どころか、ともすればランゼより洗練された――立ち回りを見せた彼の実力は疑いようもないが、そうなるとまた別に疑問が出てくる。
「ナギトは――武器の使い方も、モンスターとの戦い方も、ランゼを見て覚えたのか?」
彼が死んだとされているのは、五年前だったはずだ。当時の兄弟は十四で、里守の訓練の一環として自身で武器の扱いを学ぶにも、その歳では限度というものがある。
ランゼはその後ハンターになるためウツシの元で鍛錬を積んだのだろうが、ナギトにはそれは不可能だ。
「うーん、そうとも言えるけど微妙に違うかなあ」
ナギトはシオの隣でハヤテを走らせながら、言葉を探すように言った。
「お互いのことは、単純に“見てる”とはちょっと違う感覚なんだ。だから他人の動きを見て学ぶよりは簡単だった」
それがどのような感覚なのか、シオには知りようがない。だから本当に彼の言うようにそれが簡単なことなのか、それとも彼の要領が良いのかはわからないが、そういうものかと思うほかない。
「とは言っても、僕の方が経験が浅いのは確かだからね。知識と道具で誤魔化してるだけだよ」
「……知識?」
「昔から本を読むのは好きなんだ。必要なことはランゼにも教えるけど、やっぱり自分でやる方が知識が活きる」
へえ、と感心の声を零した。兄弟は互いに持っている知識まで違うらしい。
身体が一つであろうとも、本当に違う個なのだと改めて実感する。
そんな話をしている間に、二人は黒々と口を開ける洞窟の前までたどり着いていた。
「シオ、ここで降りようか」
ナギトが背中の弓を確かめながら言う。
フルフルの狩猟において一番危険なタイミングは、接敵する瞬間だ。
彼らは洞窟の天井などに張り付いていることが多く、目が退化している代わりに暗闇で獲物の気配を察知することに秀でている。
万が一こちらから気付くのが遅れて奇襲を受けることなどがあれば、ショック状態を引き起こす雷撃や身体を痺れさせるブレスによって抵抗も許されぬまま嬲られることになるだろう。
故に、フルフルが潜む洞窟に入るときには細心の注意を払う必要がある。
定石をしっかりと抑えたナギトの提案に頷きながら、シオもレイの背を降りた。
「ナギトは上を。私は壁面を見よう」
しっかりと頷いた彼と、慎重に洞窟の中へ足を踏み入れる。
湿気を含んで重くひやりとした空気が、足元からじわりと這い上がるような感覚を覚えた。
「――っ、シオ! いた、上だ」
鋭い声に、抜刀しながら顔を上げる。呼びかけた彼は既に弓を構えていた。
二人に気付かれたことを敏感に察知して、奇怪竜は伸ばそうとしていた首を引っ込める。
真上からの攻撃に警戒して距離を取ったシオは、ナギトに目配せした。すぐさま「大丈夫」と声が返ってくる。
剣士のみのパーティーや即席の連携では、多少無理をしてでも翔蟲を使うなどして引きずり下ろした方が安全だが、今回の相方はガンナーのナギト。
焦る必要はない。ここは、観測手に徹するべきだ。
一射、二射。
放たれた矢は真っ直ぐに飛び、竜の首の根本を捉えた。
竜の咆哮というよりも人の叫びに近い不気味な声を上げて、フルフルは身を捩らせる。
「落下攻撃来るぞ!!」
ナギトはもう一射、と矢筒に手をかけていたが、シオは竜の動きに攻撃の前兆を捉えて声を上げた。
「ありがと!」
取り出そうとしていた矢を手放し、大きく後ろへステップ。次の瞬間、彼の目と鼻の先に電撃をまとった白い身体が落ちてくる。
異形の頭で辺りをぐるりと見渡すような動作を見せた直後、二人と二匹の狩人を捕捉したと思しき竜は大きな口から怒りの声を上げた。
シオにとっては、ここからが本番だ。
彼女のことを認識しつつも、なおナギトの方へ意識を向けるフルフル。その側面から、大きな縦振りの一撃を叩き込む。
よろめくように一歩下がった竜に、追い打ちの突きを。
シオを振り払わんとばかりに繰り出された回転攻撃を、余裕をもって後退し回避。
できた隙を縫うようにして差し込まれる矢が煩わしかったか、竜はその発射点に向かってぐにゃりと首を伸ばした。
頭自体は当たらずとも、止まったところから口を大きく開く。直後、がちんと歯が噛み合う音。
回り込むようにそれを回避したナギトは、長い首を上から串刺しにするように矢を突き立てた。
弟と違って上品な戦い方をすると思っていたが、意外と大胆な真似をする。
矢は弾力のある表皮を貫通することはなかったが、フルフルは思わぬ反撃に驚いたように飛び退った。
首を大きくもたげる。尾の先が丸く広がり、地面をしっかりと噛む。
「ブレス来るぞ!」
奇怪竜は、性質や軌道の違う何種類かのブレスを器用に撃ち分ける。発射される前からそれを判別するのは難しい。
今回は同時に複数方向に拡散するものだったようで、雷をまとった塊が地面を舐めるようにしてシオとナギトに向かってきた。
それぞれの方法で、同時に回避。
返す刀で竜の脚を横一文字に切り裂く。芯を捉えた手応えと共に、バランスを崩したフルフルは転がるように倒れた。
頭側をナギトに譲り、畳みかけるように気刃斬り。ここぞとばかりに二匹のガルクたちもそれぞれの武器で攻め立てる。
猛攻を受けつつもやがてよたよたと立ち上がった竜は、身体を低く沈めると一気に飛び上がって再び洞窟の天井に張り付いた。
「墜とせるか!?」
相方をちらりと一瞥して問う。
答えるナギトは、珍しく挑戦的な笑みを見せた。
「――もちろん」
引き絞られた弓の弦が、ぎり、と音を立てた。
早いもので連載を始めてから気付けば半年が経ちました。
いつもありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。