「墜とせるか!?」
シオの問いかけに、ナギトは
「――もちろん」
洞窟の天井に張り付いた異形の竜は、生き物として不自然な動きで首を伸ばして振り回した。
太刀を携えるシオよりも、弓を持つナギトを脅威と判断したらしい。鞭のようにしなる首は、彼だけを集中的に狙う。
しかしナギトは、それを軽やかに躱しながら一本また一本と置くように矢を放っていった。吸盤のように発達した脚を、ひとつずつ丁寧に剥がすように。
「構えて。墜ちるよ」
彼がそう言った次の瞬間、その言葉に違わず白い体躯が墜落する。
ナギトの言葉に迷わず太刀を構えていたシオは、目の前に落ちてきたフルフルに縦振りの一撃を叩き込んだ。
奇怪竜は大きくよろめいて、顔なき顔をこちらに向ける。
反撃を警戒したシオは、一歩退いて深く息を吐いた。
無理に踏み込むことはしない。ナギトに合わせて、堅実に攻める。
ナギトに合わせて――とは言っても、こちらの方が本来シオが好む戦い方に近い。むしろナギトの方が、今日は正体を隠す必要がないからと以前よりもしっかりとシオに合わせてくれていると言った方が正しいかもしれない。
一撃入れて退けば、次の瞬間には正確な一射が突き刺さる。
標的が一人に集中しないよう、互いの立ち位置と攻撃に気を配る。
淡々と、しかし確実に繰り返すうち、竜の身体には徐々に細かな傷が増えていった。
攻防に僅かな隙間ができた瞬間、不意に竜は素早い動きで踵を返した。そのままよたよたと、しかし見た目に反して機敏に走り去る。
「追いかけようか」
弓を畳みながらそう言ったナギトに、シオは頷きを返した。
呼ぶまでもなく傍に控えているレイの背に乗り、遠くから戦いを見守っていたフクズクを指笛で呼び寄せる。
フルフルを追うように指示を出すが、行き先は知れているも同然。この辺りにあの竜が好んで狩り場とするような洞窟は、今いる場所を除くと一か所しかない。
だが――あちらは、少々都合が悪い。
「倒し切りたかったね。向こうは水場だ」
彼の言う通り、ベースキャンプのちょうど裏に当たるこの場所に対して、もう一つの洞窟は
フルフルの場合、足元の水を伝って放電の範囲が広くなるのが厄介だ。
ハンターの靴はしかるべき絶縁処理が施されているが、モンスターの電撃を完全に防ぐことは難しい。
「そうだな。互いのカバーを優先して慎重に立ち回ろう」
洞窟を抜けると、目の前が一気に開けて光が差し込んだ。
眩しさに思わず目を細めながらも、見上げると飛び去って行くフルフルが目視で確認できる。
飛行ルートを見るに、移動先は二人の予想通りだ。
追跡はフクズクとレイに任せ、シオは背中の愛刀を抜いて砥石を取り出した。
件の調査員は安全な場所に身を潜めていると聞いていたが、今頃他の調査員に救助されているだろう。
とはいえ人を襲う個体が居座っているようでは調査を継続することは難しく、あのフルフルはこのまま狩ってしまう必要がある。
「シオ」
そんなことを考えていると、シオとレイの少し後ろを走っていたナギトに声を掛けられた。
「何だ?」
シオが振り返ると、彼は「いや、大事な話ではないんだけど」と前置きして言う。
「シオは、普段――僕らと一緒に狩りをするようになる前は、いつも一人で狩猟してた?」
彼女のことをもっと知りたい、というのは本当らしい。単なる世間話だとわかって、シオは少し肩の力を抜いた。
「いや。その時々だが、他のハンターと狩りをすることも多い。決まったメンバーはいなかったが、皆よく知っているから同じようなものだ」
里で活動するハンターは、せいぜい二、三十人というところである。訓練時代の先輩であるとか、近所に住んでいるとかで昔から見知った顔ばかりだ。
主に使う武器や戦い方は互いにおおよそ把握しているから、即席のパーティーであろうと連携に困ることはまずない。
そういう意味では、周囲との関わりを全く持たない彼らの方こそ異質と言える。
いや。ゴコクの計らいで他人と組むこと自体はあったようだが、どれも実を結ばなかったということなのだろう。
シオだって、きっかけ――花結びの一件がなければ、ランゼとここまで続いていたかは怪しい。
「そっか、そうだよね。……僕らもなぁ、もう少し上手くやれたら良かったんだけど」
ため息交じりの言葉に、そんなことはない、二人は十分よくやっていると否定の言葉を返すのは簡単かもしれない。だが、シオにはそれはできなかった。
軽々しく掛けた言葉で、彼らが歩んできた道を貶めたくなかった。
「後悔、しているか?」
簡単に手入れを済ませた太刀を背中の鞘に収めながら、代わりにそう問いかける。
驚いたような一瞬の沈黙の後、彼は笑って言った。
「っはは、ごめんごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」
その言葉ではたと気付く。どうやら、自分はナギトの言葉を深刻に捉えすぎていたらしい。
「あ――すまない。忘れてくれ」
しかし彼は、「いや」と言って穏やかに続けた。
「シオのそういうところに、きっとランゼも救われてるよ」
遭遇時と同様、シオたちは洞窟に入る前にガルクの背を降りた。――が、その必要はなかったらしい。
音もなく水面を歩いていたフルフルは、こちらに気付いてのっそりと振り返った。
天井の穴から差し込む光を受けて、独特の質感をした皮膚がてらてらと光る。
二人が先程の狩人だと気付いた竜は、弾かれたように身体ごと振り向いて咆えた。
耳をつんざく声に思わず怯む。奇怪竜の動きは生物の息遣いを感じさせないため、どうにも読みづらい。
ばちばちと口の端から電撃を散らし始めるフルフルに、ブレスを警戒しながら抜刀。ナギトの前に出る。
ぐにゃりと伸びる首を一歩下がって回避し、下がった以上の距離を一気に踏み込んで斬り上げを返した。
横に回り込んで射線を空けると、ナギトの矢とガルクたちが放つクナイが殺到する。
竜はたまらずといった様子で大きく後ろに跳躍し、電撃のブレスを放った。
「跳ねるよ、気を付けて!」
ナギトの声に、余裕を持って距離を取る。
地面に落ちた雷球は、彼の言う通りそこから変則的に跳ねた。
一拍遅れて反撃に移ろうとするが、次の攻撃の予兆を捉えて踏みとどまる。
真っ直ぐ後ろに回避すると、目の前でがちんと歯が噛み合う音と雷撃。もうひと噛み来るか、というところに複数の矢が続け様に突き立ちフルフルを怯ませた。
消耗した様子を見せながらも、のそりと踏み出すところを目にして後退する。
次は、何が来る。そう思った瞬間のことだった。
すぐ目の前に、白い身体が迫っている。
突進か、いや。
刃で流そうとして、その身体が雷をまとっていることに気付く。
突進自体は避けられても、一歩退く程度では放電から逃れられない。
慌てて後方に身を投げ出し、派手に飛沫を上げながら水面に突っ込んだ。
一回転して身体を起こすと、濡れた防具や髪からぽたぽたと水が滴る。
被弾こそしていないが、これは長引くとまずい。
「ナギト、」
振り返ると、すぐ後ろにいた彼も同じような有様だった。
「僕は平気! シオこそ大丈夫、一旦退こうか!?」
気遣いの言葉に、首を振る。
「いや、問題ない! 流れを止めたくない、続けても構わないな?」
狩猟において、一般的に深追いは禁物と言われている。が、あと一押しというところを見誤り逆に泥沼と化すことも珍しくはない。
着地したフルフルが未だ動かないのを見て、シオは至って冷静に今は機を逃すべきでないと判断した。
「わかった」
ナギトがしっかりと頷くのを確認して、太刀を構え直す。
二人は特に示し合わせることもなく、フルフルの左右に散った。
奇怪竜の首がシオの方を向いたのを見て、ナギトが先に斬りかかる。竜の気が逸れた一瞬に、シオも間髪入れず一太刀。
ぐ、と身体を低く沈ませたフルフルが体当たりの体勢に入ったと見て、シオは勝負を決めにかかった。
キンと刃を鳴らして特殊納刀。細く静かに息を吐きながら、真っ直ぐ竜を見据える。
衝撃の瞬間、すれ違うように一閃。
背後で竜が崩れ落ちる音を聞き届けて、シオは残心を解いた。
背中の鞘に刃を収めたシオが振り返ると、ナギトは既に弓を畳んでいた。
シオが声を掛ける前に、彼は一歩踏み出して竜の亡骸に丁寧に手を合わせる。
自然と、得心が行った。
「――意外だったんだ。ナギトの影響だったんだな」
思えば、ランゼは毎度と言っても良いほど奪った命にこうして手を合わせていた。
シオの言葉に答えずしばしじっと祈っていた彼は、顔を上げて言った。
「否定はしないけど……でも、ランゼは優しい子だよ。僕がいなければ、なんてことは別にない」
「そういうことにしておこう」
シオは肩をすくめると、自分も軽く手を合わせてから剥ぎ取りに移った。
身体を動かすのを止めてしまうと、ずぶ濡れになった装備の重さと冷たさがどっと押し寄せる。
それは同行者も同じだったらしい。シオが彼の方を見遣ると、同じタイミングでこちらを向いた青い瞳と目が合った。
「このまま帰ったら風邪引いちゃいそうだね。キャンプで暖まってからにしよっか」
苦笑交じりに告げられた言葉に頷く。
「僕らも
ナギトの視線の先を辿ると、ハヤテがぶんぶんと身体を震わせて水を振り払っていた。
「ガルクだって暖かい場所で休めるならそれに越したことはないさ」
シオの言葉に、「それは、そうだけど」とナギトは口を尖らせた。ハヤテを呼び寄せ、ぽんぽんと軽く撫でてその労をねぎらう。
「ごめん、もう少しだけ頑張ってね」
隣で待っていたレイをシオが同じように撫でると、彼はふんと鼻を鳴らした。これくらい当然だとでも言いたげな態度である。
「じゃ、行こうか」
「ああ」
冷たい風に凍えそうになりながらも、ガルクを走らせる。
なんとかベースキャンプまでたどり着くと、シオはそそくさとテントの中に入った。
ベースキャンプはサブキャンプと違って狩り場との渡しも兼ねた人員がほぼ常駐しているため、中の焚火にも火が入っている時間の方が長い。
ふわりと身体を包む暖かい空気にほっと一息ついて、シオは太刀を下ろしその場に腰を下ろした。
出来る範囲で装備を解いて、早く乾くように可能なものは吊り下げる。シオが端に寄せたそれらの隣に自分も外した装備を掛けながら、ナギトが呟いた。
「しばらく時間掛かりそうだね。遅くなってもいいなら晩御飯も済ませた方がいいかも」
同意の頷きを返すと、彼はテントの入口近くに置いてあった包みを指した。
「なんとなーくそんな予感がしてたから、お肉持ってきてるんだ。シオも食べる?」
今からポポを狩るような気力も体力もないので、てっきり携帯食料の干し肉を軽く炙ってかじる羽目になると思っていたのだが。
ナギトの準備の良さに感謝しつつ、「ありがたくいただこう」と返答した。
その場で焼き上げた肉を、二人でただ黙々と食べる。
ちらりと隣を見る。
「どうしたの?」
「いや。思いの外――しっかり食べるんだな、と」
ランゼが食事するところばかり見てきたのだから知らないのは当然と言えば当然なのだが、ナギトの方は意外にも健啖家らしい。
弟の方は小食な印象を受けていたから、少々不思議だった。
「ん、ああ――これね」
口元に付いた脂を拭いながら、ナギトが答える。
「ランゼはちゃんと食べないからね。僕が食べておかないとって」
「なる、ほど」
想像を完璧に裏切る理由が出てきて、返答に詰まる。
しかしその後出てきた言葉は、素直なシオの本心だった。
「やはりすごいな、ナギトは」
それを聞いてぴたりと固まった彼は、やがて大きく息を吐きながら力なく笑った。
「シオがそう思うなら、それでいいけどさ」
シオはそこに言葉を返すことなく、二人の間には再び沈黙が流れる。
それなりに量のある骨付きの肉を一本、食べ終わろうという頃。
今度はナギトが、おもむろに口を開いた。
「シオにさ。聞いてほしい、話があるんだけど」
寂しげな横顔に、焚火の光が柔らかく踊る。
「五年前、ここで起きたこと」
それは。私が、聞いて良いことなのか。
一瞬そんな考えが頭をよぎるが、シオがそれを口に出すことはなかった。
彼が話そうと決めたことなのだから。自分が、口を差し挟むべきではない。
「私で、良いなら」
「うん。――