【完結】水月に手を伸ばす   作:どら水天

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24 信じること、共に在ること

「ヒオウが、雷神討伐戦の指名を受けた」

 

「雷神?」

 

 ナギトの問いに、文の内容をそのまま答える。

 

「風神龍の”対”だそうだ」

 

 ヒノエの共鳴により、存在がほぼ確実であると考えられていたイブシマキヒコの”対”。

 あまり具体的な情報がなかったことから調査は難航しているものと思っていたが、水面下ではしっかりと進んでいたらしい。

 

『近隣のハンターが先んじて向かうも、大きな被害を受け撤退。彼らが持ち帰った情報から、ギルドは龍をナルハタタヒメと命名。正式な討伐隊を組むに当たり、イブシマキヒコとの戦闘経験を買われその一員となることに相成りました』

 

 (ふみ)には、ヒオウの読みやすく整った字でそう書かれていた。

 先に雷神龍の元へ向かったハンターたちが戻ってきたのは昨日のことだと言うから、動きの迅速さからギルドの本気度が窺える。

 

 手紙の内容は最低限の事実だけだった。フクズクによって届けられる文は、元より長々と書き連ねるのには適していない。

 二度、三度と読み返すのにそう時間はかからず、しかしそれ以上に意味のある情報は得られなかった。

 

「……ナギト」

 

 表情を伺うようにシオが彼の顔を覗き込むと、ナギトは穏やかに微笑んだ。

 

「構わないよ。急いで帰ろうか」

 

 

 二人が集会所に戻ると、ヒオウは大河に面する奥の席で数人のハンター――(ふみ)にて名前が挙がっていた、共に雷神の討伐に行くメンバーだ――と話していた。

 すぐにでも話を聞きたい気持ちはやまやまだが、その前にクエストの報告をしなければならない。と、思っていると、ナギトが行ってこいとばかりに彼らの方を顎で指した。

 

「ありがとう」

 

 軽く手刀を切って謝意を示し、足早に彼女の元へ向かう。

 

「おかえり、シオ! ……あれ、もしかして急いで帰ってきた?」

 

 声を掛ける前にこちらに気付いたヒオウは、シオを一目見てそう言った。

 話の途中だったであろう他のハンターに小さく頭を下げてから、顔をしかめて言う。

 

「あんな文が送られてきたら誰だって急ぐだろう。最悪既に出立しているかもしれないと思ったぞ」

 

「――あ。私、もしかしていつ出るか書き忘れちゃった……?」

 

 引きつった笑みを浮かべる彼女に、シオは苦い顔をした。

 昔からそうだ。しっかりしているようでいて、どこか抜けている。

 

「嘘、ごめんなさい! 急な話で、私もちょっと慌ててて……」

 

 結果として取り越し苦労になってしまったが、逆――見送り損ねるよりはずっと良い。

 ヒオウは他のメンバーを横目でちらりと見て言った。

 

「出発日はまだ調整中なの。決まったら、また連絡するから」

 

 そのときは見送りに来てね、と言う彼女に、シオは複雑な色のため息をついた。

 討伐に行くことを真っ先に知らせてくれるのがありがたいのは確かだ。しかしその場で即決せず、参加を決める前に一言くらい相談してくれても良かったのに、とも思う。

 

「もう、決まったことなんだな」

 

「……うん」

 

 いつもそうだ。大事なことに限って自分だけで決めて、大丈夫だからと笑う。

 

「私が行かなくちゃ。ううん、違うかな」

 

 穏やかに目を細めて、どこか遠くを見ながら彼女は言った。

 

「私が()()()()って、そう思った」

 

 地位や名誉でも義務感でもなく、行きたい、か。

 彼女らしいことだ。文句を言いたいくらいの気持ちだったのに、つい笑ってしまいそうになった。

 

 ヒオウが”わがまま”を言い出すことはそう珍しいことではない。一度言い出したら、どれだけ荒唐無稽なことでも絶対に諦めない。

 これだけ重大なわがままは初めてだったが、今回もきっと決意は固いのだろう。

 であれば、シオがそれを邪魔してはいけない。

 

「そうか。ヒオウならきっと大丈夫だ、私も応援している」

 

 ただ、ささやかにひとつだけ。

 

「無理だけは、するなよ」

 

「うん、ありがとう」

 

 ――心配、などという余計なもので彼女を煩わせてはいけないから。

 

 

 

「……もういいのか」

 

 ナギトの元に戻ると、彼はそう言って小さく首を傾げた。

 

「ああ」

 

 報酬の分け前を受け取りながら、しっかりと頷く。

 

「大丈夫だ、話は十分できた」

 

 これ以上話すべきことはない。それは本当のことだ。

 

 ナギトが何も言わないでいるうちに、暖簾(のれん)をくぐって集会所を後にする。

 外はすっかり暗く、空には三日月が輝いていた。

 

 無言で歩みを進めていると、少し後ろを歩いていたナギトに声を掛けられた。

 

「シオ。何か思うところがあるでしょ」

 

 足を止めて、ひとつため息。

 

「さすがに、誤魔化せないな」

 

「僕で良ければ聞くけど」

 

 思わず振り返った。

 他人に話すのは少々憚られると思っていたが、ナギトであればそこから他の人間に伝わることも考えづらい。

 彼の好意に、甘えてしまっても良いだろうか。

 

「場所を移そうか?」

 

 シオの心が揺らいでいるのを感じ取ったナギトが問う。しかし、おかげで思いは固まった。

 あちらも大事な話をしてくれたこのタイミングで、というのにも何かしらの縁を感じる。

 彼の提案に「いや」と首を振って、歩みを再開しながら口を開いた。

 

「腰を落ち着けるほどの話でもない。お前さえ良ければ、そのまま聞いてくれ」

 

 回りくどいのは好かない。単刀直入に、話題の核心に触れる。

 

「ナルハタタヒメのことだ」

 

 キャンプで文を受け取って以来、シオは一抹の不安を拭い去れずにいた。

 ヒオウが失敗するところなど、想像もつかない。彼女はシオの年上の幼馴染で、何より信を置く友人で、憧れのハンターの一人で、常に一歩先を行く(ひと)だ。

 けれど、そう思ってなお安心できない自分がいる。

 

「神、と。大した意味はないのかもしれないが、少し気になってしまって」

 

 自然現象や生物、果ては人が使う道具のひとつひとつに至るまで、この世にあまねく万物には神が宿る。里の子供たちの例に漏れず、シオもそんな話を聞いて育ってきた。

 シオは特別信心深い方ではないが、その言葉が持つ『人智の及ばぬ存在』という印象には根拠のない不安を持ってしまう。

 実際に()()の存在を実感したことはなくとも――もしかしたら、と思わせるような底知れなさを持つのが、古龍という()()だ。

 

「神、ね……」

 

 ナギトは考え込むように大きく息を吐きながら言った。

 

「これは、僕の意見なんだけど」

 

 そう断ってから、心なしか疎ましそうな顔をして続ける。

 

「神様なんて、この世界にはいないよ。だからそんなに不安に思うことはないんじゃないかな」

 

 彼にしては珍しく、はっきりと言い切る口調だった。

 

「僕もランゼを通してイブシマキヒコを間近に見たけど、()()は僕らと同じ生き物だ」

 

 どういう根拠が、と口に出せるような雰囲気ではない。

 だが、彼がそこまでの確信を持ってそう言えるのであれば、それを信じてもいいかもしれない。そう思った。

 

「どうなるかは、ヒオウたち次第。でもきっと、生き物として敵わないとか、理不尽に蹂躙(じゅうりん)されるとかはないと思う」

 

 大丈夫だ、とは言わない。しかし、安易にそう断言しないことで、むしろ彼が真摯に向き合ってくれていることは伝わってきた。

 

「そうか。ありがとう、ナギト」

 

 その気持ちだけで、今のシオには十分ありがたかった。

 

 

 

「――あ、」

 

 不意に声を上げて足を止めたナギトを振り返る。

 何があった、と問いかけるまでもなかった。

 

「ランゼ?」

 

 目が合った()は、気まずそうに頭を掻いた。

 

「あー……、悪い。聞くつもりはなかった」

 

 どこからかは知らないが、ナギトとの会話を彼も聞いていたらしい。

 

「ふふ、そんなことか」

 

 妙に殊勝な態度がなんだかおかしくて、つい笑ってしまう。

 彼は不愉快そうに顔をしかめたが、それはもうすっかり見慣れた表情で――見た目ほど不愉快でないことも、知っている。

 

「ランゼに知られたくないことはナギトに話したりもしない」

 

「……ちッ」

 

 目を逸らして舌打ちすると、彼はぼそりと言った。

 

「俺が口出していい話なら、ひとつ聞きてぇことがある」

 

 少々意外だった。彼が、シオのことにここまで興味を示すのは珍しい。

 シオが無言で先を促すと、ランゼは静かに言う。

 

手前(てめぇ)、それで後悔しねぇのか」

 

「……後悔?」

 

 シオが首を傾げると、彼は眉間の皺をさらに深くした。

 

「行かなくていいのか、って聞いてんだ」

 

 全く思いがけない言葉に、返答が一拍遅れる。

 

「ヒオウと、か?」

 

 たどたどしく返答すると、ランゼは言いづらそうに続けた。

 

「自分がいねぇところで何かあったらって思わねぇのか」

 

 シオは首を傾げてしばらく考え込んだ。今この瞬間まで、考えてもいなかったことだ。

 

 ランゼはぼかして言ったが、相手は古龍。最悪の事態は、十分に考えられる。

 自分がヒオウと共に行けば、それを避けられるのだろうか? ちらりとそう考えて、しかしシオはすぐにかぶりを振った。

 

「私は……ヒオウの助けになれるほど強くない」

 

 ヒオウは強い。それに、他の三人のハンターもシオなどとは比べるべくもない。

 シオが行ったところで、むしろ足を引っ張るのが関の山だ。

 

 真っ直ぐにシオを見つめる青い瞳を見つめ返す。

 自分がいないところで、何かあったら。

 どこかで聞いたような話だ、と思った次の瞬間に気が付いた。今日、ナギトに聞いた彼の過去。

 

「そう、か。お前は――」

 

 きっと、あのとき()()()()()しまったことを悔いているのだ。

 彼のときと今のシオでは、状況が違う。それでも、思い出さざるを得なかったのだろう。

 

「あ? 言いたいことがあるならはっきり言えって言ったろ」

 

 言葉を切ったシオにランゼがそう噛み付くが、彼女は黙って首を振った。

 

「なんでもない、大したことではないから気にしないでくれ」

 

 これ以上言うのは、野暮というものだ。

 

「……ありがとう。心配してくれたんだろう」

 

「あ!? 馬鹿言うんじゃねぇよ、誰が手前(てめぇ)のことなんか、」

 

 元気な怒鳴り声に、これでこそいつものランゼだ、と笑う。

 シオはランゼの抗議を遮って、前方に見えてきた分かれ道を指差した。

 

「お前はあっちだろう。今日はここまでだな」

 

「おい、話はまだ――」

 

「じゃあ、また。次の狩りで」

 

 なおも言い募るランゼに、シオはひらひらと手を振った。

 

 

 

 

 

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