【完結】水月に手を伸ばす   作:どら水天

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7 改めまして

「ランゼ、緊急クエストだ。昇格だぞ」

 

 目が覚めたら当然のように自宅にいるその女を目にして、ランゼは思い切り顔を(しか)めた。

 

「出てけ。誰の家だと思ってんだ」

 

 寝起きでなければ叩き出していたところだ――起きたばかりのランゼにはそんな気力はない。

 

「なんだ、私とお前の仲じゃないか」

 

「んな親交深めた覚えなんざねぇよ。なんで今日に限ってわざわざ来やがった」

 

 ランゼは渋々布団から這い出して適当な上着を羽織った。目の前の女はというと、軽く装備を整えればもうすぐにでも狩猟に行けそうな格好をしている。

 

「言っただろう、緊急クエストだと。一刻も早く、とは言わないがある程度は急を要する」

 

 だから迎えに来たのだと、女はこともなげに言った。

 であればわざわざ自分を指名するような真似をしなくても、と思う。

 

 緊急クエストとそれに伴う昇格の話はありがたいが、それ以上に叩き起こされたのが不愉快だった。

 そんなランゼの心情を察してか、女は経緯を説明し始めた。

 

「今日明日にでも里に百竜夜行が来るらしい。里のハンターはほとんどそちらに動員されていて、今さらその人員を動かすよりも戦力として浮いているランゼに、という話になったようだ」

 

 しかし、そんな話は初耳である。近々という話は聞いていたし、非常事態なのだから当然自分にも声が掛かるものとランゼは思っていたのだが。

 

「……なんで俺は呼ばれてねぇんだよ」

 

 百竜夜行を『多くのモンスターと戦える機会』としてしか見ていなかったランゼは、柄にもなく少々期待していたのだが、結局蓋を開けてみればこれだ。

 不満げな態度を隠しもしないランゼに、女は鼻で笑った。

 

「里を挙げての防衛だぞ、お前のような不確定要素を入れられると思うか?」

 

 小馬鹿にするような調子で告げられたその言葉は、しかし全くの正論である。ランゼはぐうの音も出ずに黙り込んだ。

 

「私と二人での狩りすらあの体たらくで、ハンターでない里の衆もいる中足並み合わせられるようには見えないな。個々の力だけでどうにかなるものであれば、話に聞く五十年前の夜行もああは苦労しなかっただろう」

 

「……ちッ、わかったからもういい」

 

 言うまでもなく自分でもわかっている追い打ちに白旗を上げる。

 

「で、お前は今回も来るのかよ」

 

「“お目付け役”のようなものだ。まぁ今までと変わらないな」

 

 大した意味はないとわかっていながらも申し訳程度に抗弁すると、彼女はそう言って肩をすくめた。

 試験官を気取るならそれ相応の資格はあるのだろうな――と、じっとりした視線を向ける。

 

「何やら失礼なことを考えているようだが……あぁ、そういえばギルドカードすら交換していなかったな」

 

 そう言って懐を漁った女が取り出したのは、一枚のカードだった。

 差し出された“それ”をまじまじと見つめてから、ランゼはやっと女の意図に気付く。ギルドカードの交換なんて今まで全くと言っていいほどしてこなかったので、その存在自体をすっかり忘れていた。

 

 本当はいけないことなのだが、普段持ち歩いていない自らのそれをどこへやったか、と思い出そうとして、

 

『引き出しの中にあるよ。上から二段目の左奥の方』

 

 こっそりとそう言った兄に助けられた。

 

 しかし自分のギルドカードを最後に更新したのはいつだっただろうか。ギルドの処理の仕組み上、ハンターランクが上がったときには確実に更新されるが、ランゼが今のランクに上がったのは確か半年以上前だ。

 主に身分・実力の証明や他のハンターとの交流のために使われるギルドカードは、今までのランゼにとって全く無用の長物だったのである。

 

 兄が教えてくれた場所を漁ったランゼが肩越しに差し出したカードを受け取って、女は拍子抜けしたように言った。

 

「なんだ、ほとんど何も書いていないじゃないか」

 

「そういう手前(てめぇ)は面白ぇことでも書いてんだろうな」

 

 噛みつくようにそう言って、受け取ったギルドカードを見る、が。中身はランゼと変わらない、こまめに更新されているんだろうなということ以外には特に変わったこともない質素なものだった。

 

「人のこと言えた口かよ」

 

 文句を言いつつも視線は文字を追う。刻まれたハンターランクは5、主に使用する武器は太刀。

 わかってはいたが、それなりの腕だということは客観的にも確からしい。

 

「む……そうか。いや、そんなことよりも早く行くぞ」

 

 女は少ししょんぼりした様子を見せたが、すぐに表情をきりりと引き締めた。

 

「食事はまだだな? うさ団子でいいなら早く着替えろ」

 

「もうわかったからとっとと出てけ、いちいち監視してなくてもちゃんと行くから集会所で待ってろ」

 

 この場ですぐ脱げとでも言いだしそうな女を玄関の方へ押しやる。着替えだけならず何をするにしても、ランゼは他人に見られるのが嫌いだ。

 

「大丈夫か? ちゃんと準備するんだぞ」

 

「あぁ!? 馬鹿にすんじゃねぇよクソア、……っ‼」

 

 全力で怒鳴ってぴしゃりと扉を閉め――ようとしたら、思い切り舌を噛んだ。

 

「痛ぇよ……ここまですることねぇだろ」

 

 抗議の相手は兄。今のは偶然でもなんでもなく、彼の仕業である。

 

「今のは言い過ぎだったよ、ランゼ」

 

 幸いにして追い出した女に気付かれた様子はないが、これからすぐ食事であることを考えると少々気が重かった。

 

 

 

「早かったな」

 

 軽く準備を済ませたランゼが自宅を出ると、集会所で待っていろと言ったはずの女がすぐそこに立っていた。

 

「なんでいるんだよ」

 

「せっかくだから集会所まで話でもと思ってな」

 

 どうせ待つ時間は変わらないのだから、と彼女は笑う。

 

「それに、私が先に聞いたクエストの情報も共有しておきたい」

 

 何をそんなに話すことが、と思っていたランゼだが、クエストの話となればまた別だ。

 

「あぁ――緊急クエストだって? 対象は何だ」

 

 どういう経緯でとか、場所はどこだとかは聞く必要もない。そんなものはランゼにとって無意味である。

 だから彼はただその一点のみを女に尋ねたが、返答は意外なものだった。

 

「アオアシラ、だ」

 

「……あ?」

 

 女がなんでもないことのように告げたその名に、ランゼは己の耳を疑った。

 アオアシラと言えば、牙獣種の中でも比較的狩りやすく危険度も低いことで知られている。それが上位の、まして緊急クエストの対象になるなんてことがあるのだろうか。

 

「まぁ聞け。ただの青熊獣であればこんなことにはならない」

 

 そう言って、彼女は声を潜めランゼの方に身を寄せた。離れれば聞き逃しそうで、嫌々ながら彼もそのまま聞く姿勢を取る。

 

「他の個体と比べてもその様子が尋常でないらしい。遥かに凶暴で攻撃性が高い、とのことだ」

 

「じゃあなんだよ、“特殊個体”ってやつか」

 

 特殊個体とは、一定の条件下で通常個体とは著しく異なる性質を手に入れ強力になったモンスターのことを指す、らしい。らしいというのも、カムラの里周辺では今までそういった個体は確認されておらず、ランゼ自身は風の噂でしかその存在を知らない。

 

「他の地域で言うような特殊個体に当たるかどうかはわからないが、カムラのギルドでもそういう区分を正式に設けるか検討する必要があるとゴコク様は言っていた。何はともあれ狩ってみないことには、というのが今の見解らしい」

 

 ランゼはふん、と鼻を鳴らす。見くびるつもりはないが、結局やることは変わらない。

 

「つまりいつも通り狩ればいいって話だろ」

 

 何気なく言った言葉に、女はランゼの顔をまじまじと見つめた。

 

「そういうブレないところはお前の美点だな」

 

 驚きに思わず足が止まる。いつものように揶揄(からか)われているのかと思ったが、その目に面白がるような色はない。

 それにしたってその内容が不可解で、ランゼは眉をひそめた。

 

「……美点なんて」

 

 ぼそりと呟くと、彼女は首を傾げる。

 

「謙遜か? らしくないな」

 

「ちッ……知ったような口利くんじゃねぇ。ほら着いたぞ、おしゃべりは終わりだ」

 

 やけに馴れ馴れしい態度に不愉快になったランゼは、無理矢理話を切り上げて集会所の暖簾(のれん)をくぐった。

 

 

 

「ところで」

 

 隣り合って団子を食べているさなか、女が口を開く。その一言から、ランゼは何とも言えない嫌な予感を感じ取った。

 

「今日は花結持ってきたか?」

 

 半ば予想していたその言葉に、ランゼは深々とため息を吐いた。

 

「……それ毎回やんのかよ」

 

「うん?」

 

 女はわざとらしく聞き返す。

 

「そのくだらねぇ茶番をやめろって言ってんだよ」

 

 彼女の態度に苛ついたランゼはそう凄む。

 だが女はそんなことを全く気にする様子もなく、首を傾げると悪戯っぽく笑った。

 

「はて、それは誰に言っているんだ?」

 

「あ……?」

 

 ランゼが思わず怪訝な顔をして女の顔を見ると、彼女は少し拗ねたように口を尖らせた。

 

「全く呼んでくれないじゃないか。自己紹介はしたはずだが?」

 

 その言葉で、ランゼは彼女の意図をようやく察する。

 つまり名前を呼べと、そういうことらしい。

 

「ちッ。わかったからもうやめろよ、あー……」

 

「シオ」

 

 そういえば確かに聞いたかもしれない、と思いながら、彼女が口に出したその名前を復唱する。

 

「……シオ。これで満足か」

 

「ふむ……まあ良いだろう。もう忘れてくれるなよ?」

 

 念押しに肩をすくめて答える。

 確かにランゼの中で彼女の地位は『名前を覚えてやってもいい』くらいまでは上がったが、それと実際に覚えるかどうかはまた別問題だ。

 

「はぁ、全く仕方のない奴だ」

 

 シオがぼそりと零した一言に、どっちがだよ、と心の中で返す。

 

『さすがに名前くらい覚えなよ』

 

 ナギトはやけに彼女に肩入れするし、一緒にいると面倒ばかりで、好き好んでランゼに付きまとう真意も知れない。

 

『うるせぇな。俺は仲良しごっこがしたいわけじゃねぇんだよ』

 

 

 大社跡に向かっていると、ぽつりぽつりと雨が降り出した。

 ここのところ、天気の優れない日が多い。冬を目前に控えたこの季節、雨が降るのは特に珍しいことでもないが、ここまで荒れた天気が続くことは中々ない。

 

 二人がベースキャンプに着く頃には、雨は土砂降りと言えるくらいに激しくなっていた。

 

「嫌な天気だ」

 

 そう呟いた女は、ランゼと同様垂皮竜の皮で作られた雨具を身にまとっている。

 

「なら止むまで待つか?」

 

「いいや。急を要すると言っただろう」

 

 状況を確認するためにフクズクを放つシオは、皮肉を言うランゼに見向きもしない。「とはいえ」と彼女は深緋の目を細めた。

 

「普段とは違ってギルドすらまだよくわかっていない相手のことだ。ある程度の準備は必要だろうな」

 

 その言葉の意図がよくわからなくて、ランゼは首を傾げる。

 もう狩場まで来たこのタイミングで、“準備”とは。ヒトダマドリを探して花粉を集める程度であればいつもしているし、かといって他に何ができると言うのか。

 

「――まさかとは言わないが」

 

 返事がないことを不審に思ってか振り向いた女が、ランゼの顔をまじまじと見つめて口を開いた。

 

「ランゼお前、初めて相対するモンスターでもそのまま戦闘を始める性質(たち)か」

 

「他にどうするってんだよ」

 

 即答すると、シオは言葉を失ったように瞠目した。

 

「……なるほど。なるほど、そうか」

 

 何を言おうか決めかねるように繰り返す彼女の表情からは、その感情は伺い知れない。

 

「んだよ」

 

 ランゼは半眼になってシオを睨みつける。しかし彼女はついと目を逸らして肩をすくめた。

 

「何でもない」

 

 そのとき、あまりにも都合の良いタイミングで彼女のフクズクが戻ってきて、女はそちらに目を向ける。

 

「よし、行くか。私のやり方で良ければ、準備を教えてやろう。――ついてこい」

 

「あ、おい」

 

 返事もせずに疾翔けで飛び去る彼女を追いかけて、ランゼも慌てて鉄蟲糸を伸ばした。

 

 

 

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