スライム狂いの錬金術師姉ちゃんに人体改造される事になった 作:丸米
こちらは転生なしのふつーのファンタジーにしようと思います。
「いいか、シュタッシ。本来我等人間は──魔法が使えない」
そう、姉は言った。
「.....そうなんだ」
と。そう姉の言葉にシュタッシは返していた。
そこは地下室であった。
近くにある川底の温度を引っ張り込んでいるというその地下はとにかく寒い。二人とも夏なのに防寒着を着込み、そこにいた。
今までその地下室の存在をシュタッシは知ってはいたが、姉から入るなと厳命されていて、その命令を背くほどにシュタッシは子供ではなかった。
そして今日。漸くその地下室に足を踏み入れることが出来たという事で。シュタッシは少々の興味と共にこの場所を訪れていた。
姉──ライゼは車椅子に乗り、それをシュタッシは背後から押して、のんべんだらりと会話を繰り広げていた。
ライゼは生まれつき足が悪い。
膝から下の感覚が非常に曖昧で。歩こうとしても膝に力が入らず、倒れ込んでしまう。その為、基本的に彼女は車椅子と共に生活をしている。
されど。その痩せた足に反して──その表情は何処までも生の充足に満ち満ちていた。不敵で不遜な態度から醸成される堂々とした雰囲気は、病弱とは程遠い力強さを感じさせている。
「そうなのだ。──魔法は精霊種の特権。我等人間は彼等の技法をどうやっても習得する事は出来ない」
「精霊種というと.....エルフとか?」
「うむ。エルフが一番有名かな。後はオーク、竜あるいは竜人、アンディーネ。今のところ、この四つが現存する精霊種」
聞いたことはある。
人間では、どうしようもなく使えない技法。顕現しない奇跡。それが──魔法なのだと。
「エルフが風。オークが炎。竜が地。アンディーネが水。──彼等は別世界に存在する神様と契約をする事で、その神様の因子をその身体に受け入れて、魔法を使う。我々人間には、そういった神様の因子は存在しない。それ故に、魔法が使えない」
「因子ってなに?」
「因子は.....そうだな。我々でいう所の感覚器官のようなものかもしれない。我々は皮膚で受ける感覚から触覚を得るように、彼等は彼等の、我々とは違う世界を感じ取っている。その感じ取る為の器官のようなものが、精霊種には存在しているんだ。こればかりは説明が難しいな.....」
「難しい話だねぇ」
「難しいだろう。なにせ我々では知り得ない、彼等の感覚の話だ。それ故に我々人間は、長らく精霊種に太刀打ちできずにいた。彼等は魔法が使えて、そして大抵が人間よりも頑丈で優れた身体を持っているから。──されど」
それでも人間は。人間という種は。諦めなかった。
諦めなかった末──魔法”もどき”の技術を生み出した。
「人間は人間として別の技法を生み出した。──それが錬金術」
「成程ねぇ」
へぇ、とシュタッシは呟いた。
この姉が夜な夜な寝る間もなく研究していた事物の名称が錬金術と呼ばれている事は知っていた。ただ、そういう背景があるとまでは理解が及んでいなかった。そうか。精霊種が扱う魔法に対抗する形で生まれたのか、と。
「うむ。──シュタッシは、錬金術とはどういったものであると?」
「魔法とは違うんだよね?」
「うむ。はっきり言って真逆のものだと言ってもいいな。錬金術とは──”物質が変化するまでの過程を排除する”技術だ」
「.....?」
物質が変化するまでの過程を、排除する。
一言で要約されたが、それだけで理解するのは中々に難しいものがあった。
「難しかったか? まあまあじゃあ一つ例えを出そうか。例えば一つの剣が出来るまでの過程を考えてみようシュタッシ。ほら、鍛冶屋で見た事があるだろう」
「ああ.....うん」
「鉄を溶かして、鋳造して、ハンマーで何度も叩いて.....みたいな。元々の鉄の塊から剣になるまで、幾つもの工程を経なければならないだろう?」
「そうだねぇ」
「錬金術は、その工程を無くす技術だ。鉄から、剣を作る。ここまでの工程を排除する」
こうしてたとえ話が出てきて、ようやく腑に落ちた。
要は――鉄の塊から、剣を生み出す。その間にある工程や過程を、すっ飛ばす技術が錬金術なのだと。
「.....凄い技術だね」
「まあここまで排除できるようになれば、錬金術の達人と言ってもいいだろうね。──つまり、私も達人な訳だが」
「それって、もう魔法じゃない?」
「いいや。魔法ではないな。──魔法は、本当にただ”効果”だけをもたらすんだ。魔法用の詠唱を唱えれば、後は因子から現象を引き起こす。無から有を生み出す技術が魔法。錬金術は基本的に変化させる物質を自前で用意しなければならない。そこに大きな違いがある」
そして、と。
漸く──独自の錬金術を生み出すことが出来た、と。そう言った。
「それが──これ?」
「そう。これだ」
眼前には。
大量の透明な容器に収められた──ジェルのような生物が存在していた。
眼前には五つの棚があって、そして等間隔に容器が並んでいる。多分全部合わせて三桁はあるだろう。その光景はとにかく異様であった。
その姿形は、シュタッシにも見覚えがあるものだった。
「スライム?」
「そう。スライム。いやぁ、素晴らしいだろう。見るだけで心が洗われるようだ」
「いや普通に気持ち悪いんだけど.....」
ゼリー状の液体が何やらうにょうにょしている。生物としての造形はおろか輪郭すら存在しないのに自律行動していてうにょうにょしている。何が素晴らしいのだろう。ここにどうしようもない価値観の差異が存在しているなぁ、などとシュタッシは思ったのでした。はい。
スライム、とは。
魔獣の一種である。
危険と言えば危険であるが。直接的な攻撃能力は持たず、時折毒を持ってたり、強酸のジェルを操る種族がいてそれらが危険というだけ。そんな危険種はあまりにも希少故に滅多に出会う事も少なく、やっぱり別に危険でもない。
その生物が──こうして大量の容器に大量に封じ込められている。
「最初は、ちょっとした疑問から始まったんだよ──こいつ等は、ジェル状の液体が指向性を持ち自律行動をしている。この仕組みは何だろうな、と思っていたらね」
容器に敷き詰められたスライムの、ジェルの中心。
植物の球根の如き形をした物体が、中心に存在している。
「”核包”と呼ばれる部分で。こいつがスライムのジェルに指向性を持たせ、操り、行動を指揮する司令塔な訳だ。というか多分周囲のジェルは生命体ですらない。生命であるのは、恐らくこの核包だけだ」
ライゼは一つ容器を取り出すと、ジェルで満たされた容器に手を突っ込み、その中心に位置する”核包”を取り出す。
そうすると。
ジェルは即座に”核包”へと向かって行き、ライゼの腕にジェルが纏わりついていく。
「このように──ジェルは核包に向けて動く。核包から離れられない。これはスライムというものの性質なのだろう。──ほら、シュタッシ。お前も持ってご覧」
そう言うとライゼは、シュタッシに核包を手渡す。
手渡された瞬間。──シュタッシの手から、ほんの少し。ピリ、とした痺れが走る。
「.....なんか。電気が流れたね」
「そう。この電気こそが、ジェルに指向性を持たせている元凶であり――核包という物体の役割その物」
ピリピリと電気を放つと共に、ジェルはうねうねとシュタッシの腕に纏わりついてくる。
「電流を放ち、それを以てジェルを操る。これこそが──スライム、という生物の仕組みなのだよ」
「要は、これがスライムにとっての脳、ってこと?」
「脳であり心臓であり神経、というのが正しいかな。──そしてこの核包の仕組みを知った私は、こう考えたんだ。この核包を制御できる手段を得れば。このジェルを操る手段となる。もしくは、新たな液体をジェルに変化させて支配下に置く事すら出来るようになるのではないか、と」
「.....成程」
「これが──私の開発した錬金術。スライム法術だ。シュタッシ。その核包を握りつぶしてごらん」
言われた通り、シュタッシは核包を握りつぶす。
その瞬間──腕に纏わりついていたジェルは、即座に腕からぼたぼたと落ちていく。
「核包が無くなれば、こうなってしまう。ジェルは指向性を無くしたただの液体となる。──が」
ぼたぼたと落ちたそれを、ライゼが触れる。
瞬間──
「核包が触れると──またジェルは動き出す」
ライゼが触れたジェルは──また更に、その腕に纏わりついていく。
「今私の両手両足──全てに”核包”が埋め込まれている。この前自前で手術して埋め込んだんだ」
「.....え? 初耳なんだけど」
「そりゃあ、今まで黙っていたからね。──例えばだが」
ライゼの周囲にあるジェルが──唐突にその色を変えていく。
透明な中に草を磨り潰したような濁った緑色が、インクを落としたように染み渡っていく。
「スライムには毒性のジェルを纏っているものや、強酸を纏っているタイプもある。──これは核包が放つ電流の種類によって、ジェル自身が変化をしている。私の錬金術により、核包そのものを作り替えることにより、ジェルの性質そのものを切り替えられるんだ。あ、ちなみに今このジェルは毒を持っているから触れないように」
「ええ....」
「これが私の錬金術だ。スライムの司令塔である”核包”を取り入れ、これを利用し、スライムジェルを操る。埋め込んだ核包そのものの仕組みも錬金術で切り替え、ジェルの性質すらも変化させる。──どうだ? このライゼ・ボアラスキの天才的な発明は」
「いや.....本当に凄いね」
凄いか凄くないかで言えば、本当に凄い。
この辺鄙な村の中。姉はここまで実践的な錬金術を作り上げたのかと。本当に凄まじいまでの研究を行ってきたのだろう。
「さて。まあここにお前を呼んだのはただ自慢する為だけではないんだ、シュタッシ」
「.....?」
そうなんだ、と。内心シュタッシは思った。
「シュタッシ。お前は間違いなく天才だ。頭脳面も悪くはないが、それよりも突出して武術の才能がある。だが哀しいかな。お前の身体は、どうしても人間の範疇を超えられない」
「.....そうだね」
「グリューゼのように天性の怪力がある訳でもなく。オーク族や竜人のような圧倒的なフィジカルもない。技術でそれを補おうとも──生身ではどうしても限界があるだろう」
「うん。解っているよ」
だからだ、と。
ライゼは言う。
「お前も──この”核包”を手足に埋め込んでみないか? そうすれば、お前もこのスライム法術を使えるようになる」
「.....出来るの?」
「十全に使用出来る訳ではないだろうがな。だが、補助的に使うだけでも相当な手助けになるだろう。──安心しろ。ちゃんと私が指導してやる。必ずお前を強くすると約束する」
「.....」
シュタッシは、一つ顎に手を置き、思考する。
「──迷いがあるのだな」
「ああいや。ライゼの言う事を信じていない訳じゃないんだ。俺がその施術を受ければ、間違いなく強くなれるんだと思う。──ただ」
「ただ?」
「そうまでして強くなる理由が、今の俺にあるのかな──って」
「何だ。そんな事か」
ライゼは笑みを浮かべて──シュタッシを指差す。
「強さを得る理由が出来た時に強くなろうとしても──手遅れになる事なんて珍しくないぞ。シュタッシ」
「......ああ」
「理由があって強くなるんじゃないんだよシュタッシ。この先に生まれるかもしれない理由の為に強くなるんだ。お前がその力を必要としたときに、必要な分だけの力を引き出すために。──まあでも、そうだな。こうしようか」
「うん?」
「お前の力が私に必要だ。私がこれから立ち向かうものの前には、純然たる力が必要となる。その時に頼れるように──強くなってくれ。シュタッシ」
「.....何をしようとしているのさ?」
「それは暫く秘密にさせておいてくれ。──まあ、アレだ。この先割と命を狙われる可能性があるような。そんな事をするつもりだ」
「えー...」
「私がやりたい事は、当然私が死ねばやれなくなる。今となっては唯一の肉親の願いだ。聞いてくれないか?」
──唯一の肉親。
そう言えばそうだった、と。シュタッシは思い返した。
「まだ生きている可能性はあるだろう。父さんも母さんも」
「可能性としてしか存在しえないものを肉親とは言わないさ。──まあはっきりと”死んだ”とは明言できないけどね。何せ失踪したのだから」
四年前。シュタッシが三歳で、ライゼが五歳だった頃。
共に歴史研究家であり、小説作家であった両親が──皇国首都に向かったタイミングで、失踪したのだ。
「....」
両親ともに失踪したとなれば。何か理由があってのものだろう。何か理由があって殺されたか。何か理由があって国外に逃亡しなければならない羽目になったか。
もし。
両親に何らかの力があれば──そういった失踪しなければならない理由が潰せたのではないか?
そんな事を──その瞬間にシュタッシは思った。
──ああ。
──確かに。力が必要な理由が出来てからでは、遅いのだ。
「ライゼ」
「うん?」
「──俺にも、核包を埋めてほしい」
力を必要としない理由が存在しない、というのは。幸運な事だ。
されどこの幸福が永続するとは限らない。
理由がないのならば──その理由に備えなければならないのだ。
こうしてシュタッシ・ボアラスキは錬金術により肉体の構造が改変された――いわば改造人間になった。
やはりというか。
力を必要とする理由というのが後々出てきたので――この判断は正しかったなぁ、などとしみじみ思う事になる。
設定とかキャラとかちょい解説
スライム ジェルと、球根みたいなナニカ以外に存在しない生物。この球根みたいなナニカが超絶ハイパー生命の神秘で、液体をジェル化して神経を通して電流を流し指向性を持たせるというよく解らない機能を持っている。この球根みたいなナニカである”核包”を維持するためにジェルでそこら辺の虫とかを窒息させて殺し、ジェルの中でぐずぐずになるまで溶かし、核包に取り込むという生命維持活動を細々と行っている。人間に対しては基本的に無害だが、水場でこのジェルを踏みつけて頭打ったり川に落ちたりなどで割とシャレにならない程の死者出している上に酸やら毒やら吐き出すヤベー個体も稀にいる為に魔獣扱いされている。
ライゼ・ボアラスキ 主人公その一。姉。イカレポンチ錬金術師お姉ちゃん。スライム大好きで趣味が高じて生態研究する間に核包の機能分析をして肉体に埋め込むという発想に至る。そして弟にも純粋な善意で同じ施術をする。一時期スライムに性的興奮を覚えていたこともあったが流石に研究するうちに純粋な知識欲に流されていった。本当は、ある目的の為に真っ当に錬金術の勉強して真っ当な錬金術を修めるつもりだったがスライムとの出会いでこうなってしまった。好きなものはスライムと弟。
シュタッシ・ボアラスキ 主人公その二。弟。唯々諾々系改造人間。得意な事は殴る蹴る。もっと得意な事は投げる折る。人体の構造や急所を姉から教えられた事で知識として理解し、結果生命体の壊し方を本能で理解した。バイオレンスな才能に溢れているが本人は至って素直な性格。素直なので姉の口車に乗せられて肉体改造を受け更にヤバい生命体に進化する。人間か人間ではないかで言えば間違いなく人間を辞めている。好きなものは人に頼られる事と姉とお菓子作り。