ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:どんより

 ――――ああ、そうやるんですね

 

 恬淡とした、その言葉。

 その言葉を聴いてキョウエイマーチは戦慄した。

 

(見えているのか、こいつ)

 

 領域。ウマ娘としての極み。

 発動させるにも数多の困難を乗り越え、多くの経験を積まなければならないそれは、誰でも知覚できるわけではない。

 

 領域に、入りかけている。

 あるいは、入る素養がある。

 もしくは、入っている。

 

 そういうウマ娘しか、感じ取ることはできない。

 

 天才。

 サニーブライアンも、キョウエイマーチも、トレセン学園に入ってからはそう呼ばれたことがなかった。

 

 生まれてからは、何度も言われたことがある。だが、中央のトレセン学園という天才しかいない魔境に入ってからは、そう形容されたことはない。

 

 それは、そこに居るみんなが知っているからだ。天才と手放しに褒め称えることはすなわち、負けを認めることだと。

 そして天才と呼ばれてきたであろう自分たちが積み重ねてきた努力の量を。

 

 あの娘は、天才だから。

 努力とは、その一言で片付けられるべきではないことを知っている。

 

 だから、彼女らは言わないのだ。天才だね、とは決して。

 そして選びぬかれたトレーナーたちもそんな迂闊な口はきかない。地方の迂闊さが残る牧歌的なトレセンであればともかく、ここは国内最高峰――――いや、疑いなく最高のウマ娘養成機関。

 

 そんな凡ミスは、しない。

 しかしそんな彼らが、サイレンススズカの走る姿を見たときに口を揃えて言った。

 

 

 ――――あれはもう、天才というしかない、と。

 

 

 あるいはトウカイテイオーであれば、その才能の総量はサイレンススズカに勝るかもしれない。

 だがトウカイテイオーの才能は、様々に分配されている。駆け引きであったり、環境を自分に適応させるための人当たりの良さであったり。

 

 それは総合的に見れば、走る為の才能である。

 だが、サイレンススズカは本当の意味で走る為の才能しか持っていない。

 

 ゴムのように靭やかで、並大抵の速度では自壊しない身体。

 あとは全部、速くなるために才能が費やされている。

 

 駆け引きとか、環境を引き寄せるコミュニケーション能力とか、天運とか。

 そういうものを持った選ばれし者を、単純な速度で圧倒し、粉砕するための才能しか、彼女は持ち合わせていない。

 

 

 ――――ウマ娘。彼女たちは、走る為に生まれてきた。

 

 

 いつかどこかで、誰かが言った。その言葉が正しいならば、サイレンススズカこそが、もっともウマ娘らしいウマ娘だった。

 

 夜空に包まれた世界が、明度を増す。

 明るく。明るく。明るく。光の中にこそ、自由があり、そして、新たな地平がある。

 

 虹に向かったら何があるのか。橋の欄干のような空の根本には大樹の幹のような七色があって、そこには自分の知らない景色があるのか。

 

 誰もが思ったことがあるであろう、自分の知らないところへ行きたいという冒険心。

 子供の活動範囲など、たかが知れている。だが、ウマ娘の活動範囲は広い。その広さにすら退屈を覚えた幼かったころの彼女は、思ったのだ。

 

 走っても走っても、果てはいつかやってくる。

 暇つぶしに府中のお屋敷から横浜まで走って海にまで行って、彼女はそのことに気づいた。

 そして、思ったのだ。なら、果てのないものの果てを目指そうと。

 

(やっと見えた……)

 

 雪景色と、無音の間。

 

 本来ならば2番目にこそ開くはずの領域を相手を呑み込む形で発動させ、サイレンススズカはスタートラインに立った競技者のような安堵と緊張が半々の心持ちで前を見た。

 

 領域を以て極みとする。

 

 母から、そんなことを教わったことはあった。だが、この領域が極みだとは思えない。

 

 極みではない。これは、入り口だ。

 領域を構築できた喜びなどまるで感じず、サイレンススズカは笑った。

 

 

 ――――もっと、もっと先がある

 

 

 完璧にレースから意識が逸れたサイレンススズカは、キョウエイマーチを突き放した。

 

 領域を塗り替えられて、そして自分のものにされて、キョウエイマーチは失速したのである。

 サイレンススズカの領域に、速度を低下させる何かがあったわけではない。

 今まで自分を助けていた領域が無くなった。そして、サイレンススズカには翼が生えた。

 

 彼女は、決して遅いウマ娘ではなかった。このマイルチャンピオンシップに挑むまでに完璧に体調を整えた。

 

 ――――今の私ならば、メジロドーベルにも勝てる

 

 ティアラ路線で立ちはだかった、より直接的なライバルすら捻れる。

 そんな自信すらあったし、その自信は誇張であっても虚構ではなかった。現に彼女と、その一歩前を常に走っていた怪物が刻んだ前半4ハロンのタイムは、43秒台と凄まじい。

 

 だが単純に、それよりサイレンススズカの方が速かった。

 

 同じタイプ、同じ世代のウマ娘に正面から立ちはだかって、押し切られた。それも、完膚無きまでに。

 勝負から逃げたわけではない。駆け引きに負けたわけではない。読み負けたわけでもない。なにか来る、と思った。それはごく当たり前な気構えであり、それを言い訳にしてしまう程彼女の精神は弱くなかった。

 

 だがその精神の強さこそが、彼女を苦しめた。現実を正しく認識できるマトモさが、レースと言う――――なにもかもが高速で過ぎ去る過酷な環境下にあって耐えてきた彼女の精神の均衡を崩した。

 

(勝てない)

 

 一瞬差した絶望に、集中力が切れる。

 領域のせめぎ合いが完全に傾き切り、瞬間的に前を駆ける栗毛が加速した。

 相手の領域の影響下から完全に解き放たれ、1秒ごとに突き放されていく。

 

 しまった、と思った。

 負けを認めるようなことを、一瞬でもした。

 

 しおれかけた自分に鞭を入れ、追う。追う、追いすがる。

 それでも、届かない。影すら踏めない。

 

 最後のコーナーを曲がる、その刹那。

 

「Are you ready?」

 

 いつもの朗らかな、底抜けの明るさに蓋をした、底冷えのする声がした。

 

 タイキシャトル。

 アメリカ生まれの、生粋のマイラー。

 

 コインが宙を舞い、高く上がっていた陽が落ちる。アメリカ西部の、昔。保安官としてのウマ娘、カウガールが荒野を闊歩していた頃の、始原の風景。

 

 それを広げて、タイキシャトルは一気に差し切るつもりだった。

 キョウエイマーチとサイレンススズカの領域のせめぎ合いを、彼女は見ていた。

 

 万全ならともかく、消耗しているスズカの領域なら打ち勝てる。

 そういう冷静な判断は、リギルのウマ娘であれば当然できた。故に彼女はこれ以上ないタイミングで仕掛けた。

 

 そして。

 

「readyできてないわ、タイキ」

 

 ――――少しの間だけ、静かにしていてね

 

 ひたすらに簡素な、あぜ道。どこにでも続いていて、どこまでも続いている、速さの道。

 静寂の名を冠する彼女の領域は雪からはじまり、そしてこのあぜ道に終わる。

 

 世界を自分の色に塗り替える。強烈な自我同士が暫しぶつかり、そして一方の自我が世界を満たす。

 2回目。そして2種類目の領域を広げて、サイレンススズカは逃げ切った。

 

 はぁ、と。

 やや切れた息を整える為のため息をついて、サイレンススズカは自分だけにしか見られないであろうその先に繋がる景色を見て、感嘆の吐息を漏らす。

 

 自分だけの、自分のための世界。

 その世界に身を浸して、走る。こんなことを、皆はしていたのだろうか。

 

 ずるい。素直に、彼女はそう思った。

 景色がマーブルのようになって過ぎていく。それだけでも見ていて心地良いのに、自分だけの世界を作ってそこを走れるなんて。

 

「気持ち良かった――――」

 

 飛び疲れた鳥のように両手を斜め後ろに反らして息を吸い、思わずの言葉と共にそれを吐く。

 

 少しして、聴覚が戻る。

 凄まじい歓声に包まれて『今気づいた』とばかりに肩を跳ねさせ、耳を畳んで尻尾が逆立つ。そんな彼女はキョロキョロと所在無さげにあたりを見回し、取り敢えず少しだけ手を振った。

 

(そういえば、なんでこの人たちは私なんかの走りを見ているのかしら)

 

 走るのを見て、歓声を上げて。

 それよりも、自分で走る方が速くて、楽しくて、気持ちいいはずなのに。

 

(トレーナーさんに訊いてみよう……)

 

 あと、耳当てをもう少し厚くしてくれませんかと頼んでみようかしら。

 

「サイレンススズカ!」

 

 そう思ってトコトコ歩き出す彼女の背を、キョウエイマーチが呼び止めた。

 

「え、はい」

 

「次は、勝つ」

 

 全力を超える全力を出して、何もかもを使い切ったように疲労した脚の様子を悟られないように踵を返し、去っていく。

 

 別に鈍感ではないスズカも、彼女が疲れていること、そして悔しがっていることはわかった。

 

「すごかったデス、スズカ! 最近変わったと思ってマシタが――――」

 

「タイキ」

 

「What?」

 

 タイキも、悔しいの?

 そう言おうとして、割と無神経な質問であることに気づいて、口をつぐむ。

 

 負けて、悔しい。それはわかる。

 だが自分の場合はそれは、他ならぬ自分に負けたからだ。相手より遅い自分でいることに甘んじた自分が、許せない。勝負から逃げた自分が許せない。

 

 そういう、あくまでも自分の求道を根幹においた思考回路でしか、サイレンススズカは悔しさを感じられない。

 そして異なるメカニズムによって生み出された悔しさを、目の前で見た。

 

「ありがとう、タイキ。私と走ってくれて」

 

 それはあるいは、みんなにわかることがわからない私と、という意味が含まれていたかも知れない。

 だがその内心は、当人にすらわからなかった。

 

「こちらこそ、デス! スズカと走って、もっと強くなれた気がしマス!」

 

「うん。それは、私もよ」

 

 勝った。それも、ほぼ完璧な形で。

 ゴール前、やや失速したが新たな世界も見えた。このまま進めばいずれはと、思えるほどに。

 

 しかし、サイレンススズカの心は晴れきらなかった。




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