ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:同族の匂い

「知っているかルドルフ。地方のトップトレーナーが来るそうだが」

 

「ああ、聴いている。私としては少し意外だったが……我々はオグリキャップの件で随分騒いだ。そして先年、地方から中央への移籍を果たしたトレーナーも出た。未だに珍しい例ではあるが、なんらおかしなこともない」

 

 普通のトレーナーであれば、そして普通のウマ娘であれば地方から中央への転身を『昇格』と表現してしまうところを敢えて『移籍』と言いかえるあたりに、この二人の感覚の細やかさが窺えた。

 

「俺としては、騒いだことについて後悔はない。現にオグリキャップは最後の最後でスーパークリークに阻まれたものの、赫々たる成果を残した。正当な権利を付与することの大切さを身を以て示してくれた」

 

 もっとも、本人にその自覚はなさそうだが。

 彼もシンボリルドルフも、未だに彼女のトレーナーに会うたびに頭を下げて感謝される。

 

 確かに、オグリキャップに求められたからこそ起こした運動だった。

 彼女はクラシック路線に登録できなければ、その後は一切参加できないという制度の問題点を浮き彫りにし、そしてサクセスストーリーに由来する圧倒的な人気で民衆を動かし、URAをより良い方向へ改善するための嚆矢となってくれた。

 

「だが、地方にとっては中々困難なことになりつつあるな。個人にとっての利益と権利を追求することは、組織の利益と権利を侵犯する。俺としてはそれをわかっていて無視したわけだが、実際見てみると申し訳なく思わないでもない」

 

 ウマ娘が移籍できるなら、トレーナーもできるべきだ。それはまったくもって正論ではあるが、地方からすればスターウマ娘のみならず、地方にとっては貴重な一流のトレーナーをも奪われることになる。

 中央と地方とでは、まず待遇が異なる。メディアへの取り上げられ方も、給料も。そしてなによりもトレーナーであれば持っているであろう欲望。より強いウマ娘を育ててみたいという欲を満たすには、やはり中央へ移籍しなければ話にならない。

 

 中央へ行けなかったものが、地方に行く。

 言い方は悪いが、これは事実なのだ。

 

「私としては組織より個々人の幸せを追求したかったから、これはベストと言わないでもベターだと思う。君はどうだい?」

 

「そりゃあ俺にとってもベターではあるがな」

 

「なるほど。君としては、地方にもなにかしらの利益を分配するべきだと思うわけか」

 

 自分の足を食う蛸のようなもので、先細りしかねない。

 地方トレセンは中央に入れなかったウマ娘の夢の受け皿として、極めて有能有為な存在なのである。

 オグリキャップの移籍を皮切りに中央への流入が進みつつある現在、地方トレセンは人材の流出が止まらない。

 

 もっともこれまたオグリキャップの移籍のおかげで、ネクストオグリを探し『儂は最初から目をつけてたんだよ』して古参ぶりたいファンの需要を得て、地方の収入自体は良化しているが。

 

「そうだ。利益の分配とまではいかなくとも、活性化させるべきだとは思う。着想だけだが、地方ごとに半ば組織が分裂しているのはよろしくない。思うにそれぞれの地方対抗で年末、有馬記念後にチームレースをして、その結果でランク分けする。それを入れ替え戦のようにする。そうすれば注目が集まるのではないかと思わないでもないが、どうも」

 

 短距離、マイル、中距離、長距離、芝。

 各地方のトレセンがこの5レースに沿って選抜メンバーを選出し、対抗戦のように競い合う。

 

 有馬記念後であれば基本的に中央しか見ない新規のトゥインクルシリーズファンたちも、見るものが無いだけに釣られるのではなかろうか。

 そして地方にも、一度釣ってしまえば取り逃さないだけの魅力はある。距離別のチーム戦にすることで多くのウマ娘を知ってもらえるし、長いには長いなりの、短いには短いなりの楽しさがあることを布教できる。

 

「よく思いつくな、参謀くん」

 

「即興なだけに、粗は多いがね。実際にやってみないとどうにもならないあたり、企画としてはよろしくない。ある程度の具体的な見通しと公算がなければな」

 

「取り敢えず書面の形にして見せてみてはどうだろうか。君の脳の中にあるものを覗けるのは、君だけだ」

 

「そうしよう。暇を見て、だが」

 

「うん。そうしてほしい」

 

 一瞬、沈黙の帳が降りた。

 そしてどちらともなく振れた視線が交わり、同時に瞬く。

 

「で。何か相談があるんだろう?」

 

 大体の見当はついているが、それでもシンボリルドルフは彼に問うた。

 予測してペラペラと話すのもいいが、直接向き合い、相手の言葉を待って話すというのもまた、大切なことなのである。

 

「……すまんな。長々と話して」

 

「いいさ。君と話すのは嫌いじゃない。私の好悪は他所に置いても、雑談とは言えないほどに役に立つ会話だったしね」

 

「まあもうバレているだろうから単刀直入にいうが、サイレンススズカのことだ。昨日、俺はレースについての悩みを打ち明けられ、言った。別にやめたいのならばやめたらいいと。そして、言われた。『トレーナーさんは、引き止めないんですね』、と」

 

 凄まじい省略ではあったが、聞き手の方の優秀さと、話し手についての理解度も凄まじいものがある。

 

 入り口と出口しか存在しないような散文的な情報からこんな感じだろうと脳内で彼とサイレンススズカの会話を組み立て、そしてその組み立てられた会話は大体事実に即していた。

 

「あいつは、基本的に束縛やら指示やら、そういった厄介なことを嫌うと思っていた。そしてその希望に沿うように走らせてやるのが1番いいだろう、というのもな。だが、違ったらしい。お前からどう見えているのか、それを訊きたい」

 

「君の見立て自体はあっていると思うよ。彼女は走るために走っているのであって、レースに勝つために走っているわけではない。だからレースに勝つための束縛やら指示やらを嫌う。人格的な揮発性はないから反発はしないが、静かに精神が摩耗していく」

 

 その結果、走ること自体が嫌いになる。

 東条ハナとしてはその見る目のなさを悔いているところだが、彼女は基本的に静かで何を考えているかわからない。ついでに言えばトレセン学園に来るウマ娘たちの根底にはまず、『レースに勝ちたい』という闘争本能がある。

 その結果として求めるものは違うとしても、過程には必ずレースで勝つことがある。

 

 彼女は全く明後日の方向に夢があり、普通ならば必須の中継地となるはずの『レースに勝つ』という目的すらない。

 

 サイレンススズカはチームに入るのがそもそも間違っていたのである。基本的に彼女は、個人のトレーナーに向き合われてこそ輝ける。

 無論世界に例外は存在する。管理能力はともかく、不調から好調に導くことにかけては天才的なスピカのトレーナーがそれである。

 

「ではやはり、このままがいいのか」

 

「もうこの際だから言ってしまうが、君の見立ては過去の見立てであり、君の理屈は過去の理屈だ。過去正しかった物が、今も正しいとは限らない。

より直接的に言えば、人間というのは誰に言われるかによって態度の頑なさや言葉の意味を判断する。私は君に言葉で殴られてもいつものことと思うだけだが、他の人にとって君の言葉は凶器以外の何物でもない。つまりサイレンススズカにとって、君は指示をされたい、してほしい相手になったのだろう」

 

 この際だからという裏に『どうせ気づかないだろうから』という意味がありありと存在していることを知覚しつつ、東条隼瀬は首を傾げた。

 

「君のことは信頼しているが、それは論理に翼が生えてやしないか。俺が彼女に何をやったというんだ」

 

「敢えて問うが、君はなにをやった?」

 

「放置した」

 

「随分、露悪的な言い口だね。正しく言えば、君はスズカがやりたいようにやらせてやった、と言うべきだ」

 

 放置したというより、才能を伸ばすための自由を与え、才能が生きる為のトレーニングメニューを与えた。

 

 これまでのような管理の檻の中――――と言っても、東条ハナの管理主義は本来柔軟性を併せ持ったもので、檻などというお硬いものに例えられるようなものでもない。

 

 サイレンススズカの大き過ぎる才能の翼を広げるには狭すぎた、というだけのことだった。 

 その翼が傷つかない程度の弛い管理の中に入れて、割と好き勝手やらせている。それがサイレンススズカと東条隼瀬の現状である。

 

「然程の違いでもないだろう」

 

「その然程が大幅な差異を生むことがある。数字をひとつ打ち間違えるだけでも計算結果が大きく違ってくることを、君はよく知っているはずだ」

 

 一応、経理も担当しているのだから。

 そう言うルドルフの言葉に頷きつつ、東条隼瀬は頭を回した。

 

「となると、あいつは俺のやり方を気に入ったということだろう。つまり俺はやり方を維持するべき、ということだ。違うか?」

 

「そうではない。今や彼女は君のやり方ではなく、君をこそ信頼している。私としても半々だったが、引き止められたいというあたりでわかった」

 

「そうかね。というより俺の能力ならともかく、俺の人格を信頼するというのはどうなんだ?」

 

「正しい論評ではあるが、私の前でそれを言うのか……」

 

「お前は間違いなく奇特な人間だ。全てのウマ娘に幸福を、などという夢を描いて実行しようとする人間だからな。まず間違いなく世間一般でいうところの正気ではない。これは絶対に間違いない」

 

 3回も同じようなことをいうあたり、話者の本気の度合いが窺える。

 しかしそれはバカにしていたり、笑っているのではなかった。その狂気を、壮大な夢を真正面から受け止め、肯定しているからこその念押しだった。

 

「だが、正気な人間には正気な世界しか描けない。そして正気ではない私だからこそ、君は付いてきた。そうだろう?」

 

「その通り。だがサイレンススズカもその類いかな」

 

「私はそう思う。なんというか」

 

 ――――同族の匂いがする

 

 その同族が何を指すのかはわからなかったが、東条隼瀬としてはシンボリルドルフのギャグセンスを除いた万事に全幅の信頼を置いている。

 

「……あとは、やはり自分で考えるべきだろうな」

 

「それがいい。私も少し、喋りすぎたような気もする」

 

 じゃあなと言わずに手を振って、樫の木の扉を開く。すっかり相談室と化した生徒会室から出て、東条隼瀬は背筋を伸ばした。

 

「あいつは何を思っているのやらと、考えるのはいいが」

 

 やはり直接訊くべきだろうな。

 そう思いつつ、機会をいつにすべきかと思案を巡らす。

 

(まあ、そう急ぐことでもないか)

 

 まだ時はある。次回のレースは2月の中旬で、現在は冬もはじまったばかり。そしてなによりも、ルドルフと話す時は雑談のような形にしてしまった、移籍してくるトレーナーのための資料も作らなければならない。

 

 ――――君の脳の中にあるものを覗けるのは、君だけだ

 

「一々、訊かれて答えて訊かれて答えてというわけにもいかないだろうしな」

 

 サブトレーナーも、中々どうして仕事が多い。

 軽く慨嘆する男だが、実際のところチームを率いるトレーナーの方が仕事が多い。

 

 そしてその仕事の多いトレーナーを補佐するためにこそ、サブトレーナーがいるわけで。

 

「移籍してくるやつが有能であることに、期待するかな」

 

 そしてそのつぶやきは、現実になる。

 時は冬。11月21日のことだった。




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