ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:福笑いとフクキタル

『今回は私の負けか』

 

 細かく地区分けされた欧州の地図が広がるパソコンを前にシンボリルドルフがそう呟いたのを聴いて、東条隼瀬はほっと一息ついた。

 

「なんとか勝ったか……」

 

 欧州の殆どを赤色に染め上げた自軍と、ベルリン近辺しか残っていない敵軍。

 現状の圧倒ぶりからは想像もつかないほどの激闘が、昨夜から繰り広げられていた。

 

『ここまで押し込まれては、ね。腕を上げたな、参謀くん。私がドニエプルラインを抜くのにあそこまで手間取るとは』

 

「まあ、今日の為に練習したからな。これで47勝47敗、五分と五分か」

 

『となると歯切れが悪いな。また、夏にでもやろうか』

 

 イヤホンから聴こえてくる声は、いかにも眠そうである。

 ゲームの世界的に言えば首都を大軍に包囲されかけている状況なのだが、現実を見てみると大晦日の17時から元日の8時までぶっ通しでストラテジーゲームをしていただけ。

 

 当然ながら、徹夜である。パスタの国担当の副会長が寝落ちした後もこの二人は頑張って独ソ戦をしていただけに、その疲労と眠気の色は濃い。

 

「いいね。またやろう」

 

『うん。というわけで、私はもう寝るよ。あけましておめでとう』

 

「ああ、今年もよろしく」

 

『うん……よろしく……』

 

 死ぬほど眠いであろう通話相手がグループ通話から抜けたのを確認して、通話を切る。

 時報のように『もう食べられないぞ……』という副会長の寝言を、そういつまでも聴いているわけにもいかない。

 

「さて、仕事でもするかな」

 

 腕を伸ばして肩の凝りを解消し、水を飲む。

 去年1年で得た経験とノウハウの文書化は済んだが、そのレイアウトにもこだわりたい。

 

 妙に凝り性なところを発揮しながらゲームを開いていたパソコンを閉じ、仕事用のものを立ち上げる。

 そんな中で、ドアがコンコンと叩かれた。

 

(誰だろ)

 

 訪ねてくるほどに親しい相手と言えば、ルドルフである。師匠である東条ハナとも親しいが、訪ねてくるというより呼び出されることの方が多い。

 そしてシンボリルドルフはたぶん今寝ている。

 

「あの、トレーナーさん」

 

「スズカか。どうした」

 

「入っていいですか?」

 

 ああ。

 そう頷く前にガチャリと扉が開いた。

 

「あ、開いてたんですね」

 

「お前が開けたんだ。で、なんの用か」

 

「今日お暇でしたら、初詣に付き合ってほしいと思って」

 

 別に暇ではない。必要最低限なことはこなしているが、基本的にやることは尽きない。

 だが、暇じゃないから駄目、と断るほど人間の情が枯渇しているわけでもなかった。

 

「別に暇ではないが、そういうことなら時間を割くのもやぶさかではない。だが、行く当てはあるのか?」

 

「フクキタルに初詣に適切な神社を占ってもらったんです。そこに行きませんか?」

 

「今年の運勢を占う神社を占ってもらったのか……」

 

 じゃあむしろマチカネフクキタル本人に今年の運勢を占ってもらった方が効率がいいのではないか。

 そう思わないでもなかったが、常に最効率を極めるような生き方をしているわけでもない。

 

「ま、いいや。行こうか」

 

「はい。では、着替えてきますね。正門前、8時半でお願いします」

 

「わかった」

 

 要は30分後というわけか。

 時計を見て、東条隼瀬は計画を立てた。

 

 一応、外出するのである。公的な場ではないにせよ、多少の身嗜みというものが必要になる。

 風呂に入り髪をセットし、服装を整え直してコートを羽織る。暫しの逡巡の末にいつも使っている手袋を卓上に置き、新しいものを手にとった。

 

 黒い、薄手の手袋。指を動かしやすいように、しかし寒さは遮れるように作られたそれを初めて手に通し、東条隼瀬は5分前に正門まで来た。

 

「なんだ、早いな」

 

「私も、今来たところですよ」

 

 ちらりと、サイレンススズカのつま先から頭までをしげしげと見る。

 ジャージ、制服、勝負服。それくらいしか、彼女のレパートリーを知らない。

 

 しかし和服というのは、いかにも彼女らしくなかった。無論それは似合っていないという意味ではない。

 むしろ、似合っている。しかし、死ぬほど走りにくそうである。

 

(毒されてきたかな、俺も)

 

 他人の服を見て初めに考えることが、速く走れるか否かというのは。

 

「で、車か? 電車か?」

 

「電車です」

 

「わかった。では、先導を頼む」

 

 はい、と返事をしてすぐ、尻尾が揺れる。

 初めて行くところだから不安があるのか、少し気持ちが揺らいでいるような具合だった。

 

「……その、どうですか?」

 

 駅まで行き、電車が着いて、降りて。

 そして神社へ向かう最中、サイレンススズカは珍しく自ら口を開いた。

 

 その名の通り静けさを好む彼女は、基本的に黙っていることが多い。少なくとも、おしゃべりではない。

 彼としてもおしゃべりではないから、必然的にこの二人が共有する時間の殆どは沈黙に彩られている。それはある種当たり前のことで、互いに焦って口を開き、場を和ませようと話し出すことはほとんどないと言っていい。

 

 故にどちらにしても話しかけるときは、用件が存在するときだった。

 

「らしくないな。速く走れないだろう、それは」

 

「……まあ、そうですね」

 

「だが、似合ってはいる。古式ゆかしいというのかな」

 

 しおれた耳がピーンとなったのを見ながら、東条隼瀬は心の中で僅かに笑った。

 

(年頃らしい、そういうところもあるのか。良かった、というべきなんだろうな)

 

「なぜ笑うんですか、トレーナーさん?」

 

 その心の笑いが顔に出たのか、あるいは心を読まれたのか。少しムキになったように語尾を上げながら、サイレンススズカは角席に座る男の方に目を向けた。

 

「いや、走ることしか考えていないものだと思っていたからな、俺は。他のことにも興味があるようで、何より」

 

 ウマ娘というのは、走ったあとの方が長い。走る為に生まれてきたような生粋のアスリートタイプからすれば、その時間を無為であると感じる者も多いのだ。

 

 そういうことを言っても、サイレンススズカはいまいちピンとこないらしい。

 

「私が走らなくなる日は来るんでしょうか。少なくとも、私には想像がつきません」

 

「俺もまあ、そうだ。だが案外すんなりと走るのをやめる日が来るかもしれんぞ」

 

 そういうものかしら、とサイレンススズカは思った。

 走る為に生きてきて、生まれてから今まで大半の時間を走る為に費やしてきた。謂わば彼女にとって走ることは、人生の中核である。

 

 その中核がなくなり、そしてすんなりと明日に向けて歩いていけるのか。

 その人生の赴くべき先を見つけられるのか。

 

 そのことはまだ、サイレンススズカにはわからなかった。

 そしてその答えが見つかる前に、聞き覚えのある甲高い声が緑の耳当てを貫通して突き刺さる。

 

「おはようございますスズカさん!」

 

「うそでしょ……なんでフクキタルがいるの……?」

 

「ここは私の実家ですから!」

 

「敏腕だな。やりおるわ」

 

 うそでしょ……してる担当ウマ娘を他所に、東条隼瀬は得心がいった。

 サイレンススズカは今年、勇躍することになる。去年まで低迷・迷走していたが、今年こそはその才能のすべてを発揮できる年になることだろう。

 

 そんな彼女が活躍前にこの神社に詣でたとなれば、それなりの宣伝にもなる。

 

 トレーナーらしいと言えばらしい実利一辺倒な思考を巡らした結果、彼はマチカネフクキタルを称賛した。

 しかしマチカネフクキタルの脳裏にそんな実利的な思考はなく、純粋に占いの結果として最高の神社を薦めた。そしてその薦めた先が、たまたま自分の神社だったのである。

 

 そういうスピリチュアルさが多分に含まれた結果であることを、彼は知らない。

 

「今年の占いは三種です! 【甘味で元気いっぱい! おしるこ占い】! 【全てを運に任せよ! おみくじ占い】! 【新たな技を身につけよ! 福笑い占い】! どれにしますか!?」

 

「ええ……と、トレーナーさん。どれがいいと思いますか?」

 

「どれにするかを占ってもらったらどうだ?」

 

 とんでもなくマトリョーシカ的な発想に感嘆し、サイレンススズカはそうしようと思った。

 そしてマチカネフクキタルに向き直ると、例の甲高い音の強襲に見舞われたのである。

 

「選ぶところまでが占いです! ささ、どうぞ!」

 

「…………じゃあ、福笑い占いで……いいでしょうか?」

 

 横を見て、見上げる。白いコートが似合う芦毛の男は、なんとなく適当に頷いた。

 

「いいんじゃないか。お前の運勢を占うのだから」

 

「あれ、トレーナーさんはいいんですか?」

 

「いい。運否天賦ではなく、俺は自分の力で道を切り開いてみせる」

 

 マチカネフクキタルの気の抜けたような、いいんですか?に対して断固とした答えを返したのを見て、スズカは思った。

 

 じゃあ私もそうしようかしら、と。

 

 しかし占いの価値を否定された形になってちょっと凹んだようなマチカネフクキタルを放っておくわけにもいかない。

 

「フクキタル、福笑いでお願い」

 

「はいっ! 少々お待ちを!」

 

 十何秒の間の後に、卓上に福笑いセット一式が置かれる。どこぞのスーパーやらなにやらで買えそうなチープなそれと、目隠し。

 

「占いとは! 自然の中にある事象を拾って全体を読むものと、その人に触れて当人の運勢を読むものがあります! それら2つの要素を兼ね備えたのが、この福笑い占いなのです!」

 

 笑顔でガシャガシャと福笑いの納められた箱をシェイクし、マチカネフクキタルはどうぞとばかりに突き出す。

 それを手にとって目隠しをし、サイレンススズカは福笑いをはじめた。

 

 眼、鼻、口、眉。

 なんとなく触れてわかる形でパーツの内容を把握し、並べていく。

 

「……できたわ」

 

「そう思いましたら、目隠しを解いてください!」

 

 しゅるりと、緑色の目隠しを解いて福笑いの面を見てみる。

 眉が跳ねて口がズレているが、まあそれなりに顔と呼べるようなものになっていた。

 

「やるじゃないか」

 

「ええ。自分でもビックリしています」

 

 ふんにゃかーだの、はんにゃかーだの言いながら目を瞑り占うマチカネフクキタルを他所に、なかなかの出来の福笑いを見る。

 

「ここをこうやっていればもっと……」

 

「ああ、そうだな。それと、眉をもう少し左にすればいいんじゃないか?」

 

「確かにそうですね」

 

 なんとなく暇つぶしに二人して色々いじっていた福笑いが少しずつまともな顔になっていくのを観察し、二人して逆剥けをきれいに剥けたときのようなちょっといい気分になっている中、マチカネフクキタルが眼を開けた。

 

「福笑いよ、示せ〜示せ〜今年の運勢ーってああーーーッ! なにやってるんですか!!」

 

「え?」

 

 奇声に慣れているのか、サイレンススズカに動揺はない。

 え?とか言いつつ、さらりと眉を完璧な位置に移動させてから、若干の満足感と共に手を離す。

 

「直しちゃだめなんですよ! 確認できないじゃないですか!」

 

「ああ……」

 

「確かにそうだな」

 

 なんとなく顔を見合わせて肩をすくめたトレーナーとウマ娘のコンビに占い結果の確認を破壊されたマチカネフクキタルは、健気にも記憶の中にある福笑いの相を変質した現実の福笑いに投影し、もったいぶって結果を示した。

 

「降りてきました! キーワードは『絆』! 絆が導く大きな分かれ道が、 近いうちに訪れる、と思います! ハイ!」

 

「絆が導く大きな分かれ道……」

 

「勝ち負けのことかな。それに関しては俺がなんとかするから問題ない。安心しろ」

 

 たぶん、そうではないと思います。

 何となくそう言い出しづらくて、サイレンススズカは口をつぐんだ。




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