ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:嵐の前

 サイレンススズカが、バレンタインステークスに出ることを決めた。

 そう伝えられたときの他陣営の動揺は、決して小さなものでは無かった。

 

 バレンタインステークスはGⅠではない。GⅡでもない。それどころか、重賞ですらない。

 バレンタインステークスは、OPクラスのレースである。

 

 OP戦とは、なにか。

 

 それについて説明する前に、まず軽くウマ娘がどうやって出られるレースの幅を広げていくかについて説明する必要がある。

 

 まずトレセン学園内の模擬レースを走る。そしてトレーナーと契約するか、チームにスカウトされる。

 この模擬レースは文字通り模擬的なもので、公式のレースではない。だから模擬レースに出る前にスカウトされるウマ娘もいる。だが大抵のウマ娘は、ここでいい結果を出さなければスタートラインにすら立てない。

 

 そのスタートラインにあたるのが、メイクデビューである。トレーナーと契約するか、あるいはチームに加入するか。そうしたあとにデビューを決めると、メイクデビューのレースに出られる。

 

 ここで勝つと、ランク的にはPreOPクラスというものがある。

 そしてここで負けると、未勝利戦というレースに挑むことになる。

 

 ここでは未勝利戦は無視して話を進めるが、先程挙げたPreOPクラスの上が、OPクラス。

 つまりサイレンススズカは、下から3番目のクラスのレースに出ることを決めたのだ。

 

 因みに彼女は、国内最高峰のレースたるGⅠ、それもマイル最強決定戦たるマイルCSに勝ったウマ娘である。

 つまり、去年マイルを主戦場にしたウマ娘の中で最強なのが、サイレンススズカなのだ。

 

 そんな彼女が、マイルのOPクラスに出る。重賞に挑戦できるほど強くはないけど、あと一歩で挑戦できるかもしれない。そんな娘たちの集まりの中に出る。

 

 つまり、後のサイレンススズカ(砂)がやるような地方ドサ回り行脚がかわいく見えるほどの一方的な虐殺になること疑いなし。

 

 未来に存在するサイレンススズカ(砂)の名前こそ思い浮かばなかったが、他陣営はこのレースがどうなるかを正確に予測することができた。

 

 ある者は心の中で『新世界より』が流れるような絶望と共に、ある者はGⅠに出るならばこのクラスの相手をしなければならないという覚悟と共に、ある者はこのレースの為に調整をしてきただけに退くことも出来ずに挑み、そしてある者は出走を回避した。

 

 覚悟を決めて回避しなかった者や調整をしてしまって引き返せなかった者は回避した者の志の低さを見て眉をひそめた。

 

 シニア級以上だけしか参加できないOPレースの、バレンタインステークスである。ここにはサイレンススズカと同期と、先輩しかいない。謂わば互角か、少し有利か。それくらいの相手しかいないのである。

 そこから逃げるようでは、未来がない。その目算は、正しかった。

 

 だからと言って、回避した者が間違っている、というわけではない。

 回避した者は出走を決めた彼女たちを見て哀れんだ。

 

 ――――未来はともかく、今は勝てるわけがない

 

 その判断は正しかった。だがその正しい判断が正しい未来と正しい結果につながるかどうかは、誰も知らない。

 

 絶望と未練と覚悟と、そして先頭を走りたいなーという生物的習性。

 バレンタインステークスは、様々な思惑と共に幕を開けた。

 

 ハナを切ったのは、サイレンススズカ。

 彼女を止めることができるようなウマ娘は、この場に存在しなかった。ゴムのように弾力のある筋肉が休みで疲れの抜け切った脚を更に弾ませ、続くウマ娘たちとの間に3バ身程の差をつけて第1コーナーを曲がる。

 そしてコーナーを曲がるたびにその差は開き、一瞬だけ減速したように見えたが、またも加速する。

 

 どうしようもないほどの差をつけて、サイレンススズカは幾人かの心を圧し折った。

 

「どうだった?」

 

「やっぱり少し、距離が短いというか……もっと長く走っていたいというか……」

 

 勝利への喜びを噛みしめるどころか噛むことすらなく呑み込んで、サイレンススズカは注文をつけた。

 

 1800メートルは、やはり短いらしい。

 

(やはり2000メートルからの方がいいのか)

 

 『かもしれない』を『やはり』に変える為に、東条隼瀬はこのバレンタインステークスというレースを選んだのである。

 

 バレンタインステークス。東京レース場、1800メートル、左回り。

 

 自分の予測だけで動くな、現実を見てから動け。

 そういうことを、彼は上司であり師匠である東条ハナから言われている。

 

 これで短くないということであれば、彼は安田記念に出すつもりだった。だが短いとなると、勝手が違ってくる。

 おそらくは、安田記念に出しても勝てるだろう。スズカ得意の左回りだし、逃げ戦法は距離が短ければ短い程勝ちやすい。

 

 勝つことが目的ならば、無理矢理にでも言いくるめて安田記念に出すところだった。

 だがスズカの最大にして至高の目的は、スピードの向こう側に行くことである。

 

「走り方に関してはどうだ?」

 

「いいと思います。ですけど慣れていないのでまた少し、レースに出たいと思います」

 

「そうか。まあ、一応考えてある。安心しろ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう頷いたサイレンススズカは、自分でも気づかないところで他人の心を粉砕していた。

 もっともここで粉砕されるような心の持ち主は遠からず大成せずにトレセン学園を去っていただろうし、彼女はただ走っていただけであるから、それほどの責任はない。

 

 しかしこれまた気づかないところで、彼女は熱烈なファンを獲得していた。

 

 スペシャルウィークと言うウマ娘が、それである。

 トレセン学園への編入試験に合格し、上京したばかりの彼女はサイレンススズカというクールそうで美人なウマ娘に一目惚れした。それはなによりも走るのが速かったからではあるが、ウイニングライブでの見事な歌唱とダンスもあった。

 

 そう。走ることしか考えてないようで実際走ることしか考えていないサイレンススズカは、それなりに歌唱力とダンスの練習をしていたし、相当巧い方だったのである。

 

 それは走ることのように純粋な才能の発露ではなかったが、懸命な努力の結果だった。

 

「で、付きまとわれているわけか」

 

「付きまとわれていると言うほどでは……」

 

 付きまとわれている。

 その言葉が持つ破壊力を肯定するほどではない。ただ、熱烈なファンが同室にいる。そんな感じらしい。

 

「よかったじゃないか、友達ができて」

 

「友達というよりは……」

 

「よりは?」

 

「かわいい後輩、と言うか」

 

 友達の行き着く先がマチカネフクキタルに対するそれのような、そして彼女が彼に向けるような雑な扱い。

 しかしスペシャルウィークに対する扱いの果ては、そういう雑な扱いではないらしい。

 

「それにしてもお前、案外コミュニケーション能力が豊かなんだな。マチカネフクキタルといい、スペシャルウィークといい」

 

「そういうトレーナーさんはどうなんですか?」

 

「俺に友人はいない」

 

 沈黙。

 なんとなく気まずそうにエメラルドグリーンの瞳が揺れて、定まる。

 

「……きっと、できますよ」

 

「根拠のない激励はよせ」

 

 それにしても、と。

 彼女のコミュニケーション能力を褒めたものの、彼の比較的優秀な観察眼はスペシャルウィークと言うウマ娘が持つコミュニケーション能力の高さ、もっと言えば他人の懐に飛び込む強さを大きく評価した。

 

 それが自分にはないものだと理解していたからこそ、ダイヤモンドより貴重なものに見えたのである。

 

(獲得を進言してみようかな)

 

 スペシャルウィークというウマ娘を、彼は知らなかった。

 しかしそれは、彼の怠慢を表すものではない。スペシャルウィークはこれまで地方トレセンにすら所属したことがなく、義母と共に独自のトレーニングを積んでこの日本最高峰の精鋭たちが集まるトレセン学園に合格した。

 

 しかも面接や試験ではなく、実技でである。

 実際に走るところは見ていないが、これだけでもある種の天才であることがわかる。

 

 トレセン学園とは、独学でさらりと編入できるような生易しいものではない。

 

 独学で走りを学ぶどころか、所謂名門に産まれて適切な指導を受けても、あっさりと落ちる。地方にすら入れないこともある。それほどの狭き門なのだ。

 しかも、編入である。入学試験よりも編入試験の方が、より難易度が高い。

 

 これだけで、相当な実力者。あるいは、原石であることがわかる。リギルが抱え込んでもおかしくないほどに、彼女の実力は高いはずだ。

 

(なによりも……)

 

 その人格だ。実際会ったわけではないが、他者へ心の扉の鍵をそう軽々に渡さない質のスズカが、あっさりと心を許している。

 潤滑油としての働きも、期待できるのではないか。

 

「スズカ」

 

「はい」

 

「その娘、リギルに入る気はあるのか?」

 

「さぁ……ただ、日本一のウマ娘になりたいとは言っていましたから」

 

 だから、リギルに入る動機自体はあるのではないか。

 直接的ではないにせよ、そういう言い方をした彼女を見て、東条隼瀬は頷いた。

 

「日本一のウマ娘、か」

 

 ことさらに、そう呟く。

 

 そうなれば、リギルに入るのが最短距離ではある。彼女にとっての日本一のウマ娘と言うのが、どういうものかは知らないが。

 

「トレーナーさんは、笑わないんですね」

 

 その言葉の意味を完全に理解できず、彼は反射的に『お前は笑ったのか?』と言いかけた。

 しかし、そんなわけはない。大方、笑われたところでも見たのだろう。

 

「俺は気宇壮大なバカは嫌いじゃない。全ウマ娘に幸せをとか言う無理難題を語るやつとか、スピードの向こう側に行きたいとかいうやつとか、な。日本一のウマ娘も、気宇の壮大さでは然程変わらないだろう。夢は大きく持つべきだ。無論、実現する為の努力を怠ってはただのホラ吹きで終わるが」

 

「スペちゃんは、頑張ってますよ」

 

「なら、笑わんさ」

 

 明るい栗毛の尻尾が、左右に揺れる。

 ご機嫌そうなそれをちらりと見つつ、東条隼瀬は手元の資料に目を落とした。

 

「何故2月に編入してくるのか。それは全く以てわからないが、ともあれ将来に期待はできそうじゃないか」

 

「リギルの試験を受けるように言いましょうか?」

 

「いや、そりゃまずいんじゃないかな」

 

 彼はスペシャルウィークというウマ娘を知らないが、サイレンススズカから『ここに入れば?』と推薦されれば彼女はリギルに入る為にだけしか動かなくなるだろうということはわかる。

 それはリギルにとってはいいことかもしれないが、管理主義を標榜しているチームに、スペシャルウィークが合うのか。

 

 リギルの試験に落ちたあと、拘って道を誤りはしないか。そこが心配だった。

 しかも、編入してすぐである。尊敬すべき先輩からの薦めに、無邪気に従いかねない。

 

 その無邪気さは美徳だが、視野を狭めてしまう。となるとまず事前知識のない状態でチームの見学に向かい、そこで冷静に見定める。そういうプロセスの果てに、自ら選ぶのが肝要だろう。

 

 現に目の前の栗毛は、なんとなくリギルに入って――――なんとなく、で入れるチームではないのになんとなくで入れるあたり傑出した才能である――――その為に苦労した。

 その苦労を無駄と切り捨てるわけではないが、必ずしも必要だったかと言われると、そうでもない。

 

 彼女は放任主義とのシナジーが期待できる。最初から放任主義――――例えば沖野トレーナーのスピカ、キタハラジョーンズさんのシリウスあたりに入っていればまた違った現在があり、これまた違った未来が描けていたかもしれないのだ。

 

 この通りかなり色々なことを考えて、東条隼瀬は『いや、そりゃまずいんじゃないかな』と言った。

 

「なぜですか?」

 

 そしてそう問われて、彼は自分の思考を余すところなく開帳した。

 

「自分で決めるべきだからだ」

 

 少なくとも、彼自身はそう思った。

 

 冬から春へと季節が移りかけ、そしてこれから巻き起こる嵐を予感させる、2月16日のことである。




35人の兄貴たち、感想ありがとナス!

PNKO兄貴、豊房兄貴、ジューダス兄貴、咲夜兄貴、ウツボン兄貴、カグラ兄貴、枕臭いヤツ兄貴、SerProv兄貴、評価ありがとナス!

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