ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート 作:ルルマンド
悩める天才という言葉が一番似合うのは、誰であろうか。
傑出した才能が有りながらも、それを充分に活かすことができない。
おそらくその条件を満たすウマ娘は、数多くいる。そもそもトレセン学園に入れるというだけで、世間一般で言うところの『天才』にあたるのである。
しかしその天才の群れの中でも、ひときわ輝くダイヤモンドの原石。
石であっても玉と見違える程の玉石混交の中でも、磨かれていない宝石であるとわかる珠玉。サイレンススズカは、それだった。
「その宝石を、預けていただけるわけですか」
「ええ。帰国早々、悪いとは思っているけれど」
だいぶ悩んだらしい東条ハナが重々しく言った先には、青年がいた。
世界に冠たる皇帝の付き人兼雑務係(自称)として日本からアメリカへ、アメリカからイギリスへ、イギリスからフランスへと、この半年で常人の5年分くらいの国境を跨いだ男。
リギルの懐刀。親族としてのコネを活かして、日本トゥインクルシリーズ最強のチームのサブトレーナーとして採用されたとその名も高きこの男は、所謂参謀役として働いていた。基本的に誰かの下で働いていたわけである。
そんな男を野放しにして、挙げ句の果てにその下に繊細極まる思春期のウマ娘を預けるというのは、やや博打の趣すらある。
だが、それ以外にはない。少なくとも預ける側の東条ハナは、そう思っていた。
「まあ、なんとかしましょう」
「ありがとう。助かるわ」
そのさらりとした返答に危うさを感じ、事ここに至っても東条ハナの懸念は晴れなかった。
この男が持つ、入れ込めばすべてを捧げてしまいそうな危うさで、彼女の危うさを包み込んでしまいたい。そう思い、かつできると思って預けることを決めた。しかし、一歩間違えれば危うさと危うさが相乗効果でとんでもないことになる可能性すらある。
(年が明けるまで、待つべきだったかしら)
話を振っておいて、そんな考えが彼女の脳裏を過ぎった。
年が明ければ、地方でトップトレーナーとして鳴らしていた男が来る。
最近更に忙しくなってきた自分に代わる現場指揮官として。そして、この甥と双璧を為すであろうサブトレーナーとして。
直接見て、話して、招聘することを決めた。その人格にも重厚さがあり、経験という面でも不安はない。
あの悩める天才の危うい才能を、一途すぎる気質を抱き止めて保護できるのはベテラン故の経験の豊かさなのではないか。
しかしこのまま放置するのも、良くない。取り返しのつかないスランプの沼に陥ってしまう可能性もある。
何よりもあの才能が、走ることに向いた気質が、潰れてしまうというのは許されざることだと、東条ハナは知っていた。
なによりも、ウマ娘という全盛期の短い存在が無為に数ヶ月を過ごすということの影響を考えて、東条ハナは決断を下したのである。
しかしそれは、まさしく苦渋の決断だった。
「で、どなたですか。早めに顔を合わせるに越したことはないと思うのですが」
「……サイレンススズカよ」
「なるほど」
指を三度鳴らして、東条隼瀬は立ち上がった。
「わかったと思います。やりたいことも、やらせたいことも」
「……一応、言ってみなさい」
理路整然、立て板に水。
自分の思惑を正確に推測し、サイレンススズカの現状をまるで見てきたように述べる。
その才知の豊かさ、現状把握能力の確かさに安心しつつも、やはり一抹の不安はある。
「あっていたでしょう」
少し自分の能力を誇るように、胸を張る。
稚気、というのか。まだ人間的に成熟していない。あと5年程経つか、あるいはその自信を根底から引っこ抜かれてへし折られるような衝撃的経験をしなければ、このやや自信家なところは治らないだろう。
ただし、単なる自信家ではない。
実力に見あった自信を自らに持ち、それを誇る。まあそれは個性と言えばそうだが、ベテラン中のベテラン、一流中の一流である東条ハナから見れば、それは紛れもなく青さだった。
誇るよりは、遜った方がいいのである。
「あっているけれど」
「けれど、なんでしょう」
「過去を見て情報を集積させ、未来を見る。お前はそうしているが、今にも気を払ったほうがいいわよ」
「はい」
素直に頷いてから退室していく甥を見て、東条ハナは思った。
この素直さがあれば、一度失敗すれば成長するだろう。結果としての失敗と、失敗に至るまでの過程を余すところなく糧として。
しかし、トレーナーが一度失敗すれば、ウマ娘の選手生命が左右されかねない。現に自分の失敗で、サイレンススズカの選手生命は揺らいでいる。
(私が偉そうに言えることでもないけど……)
ベテランと呼ばれるようになるまで。そして、最強の代名詞たるリギルを引き継ぎ、発展させるまで。東条ハナは数多の失敗をして、乗り越えてきた。
だが失敗しないにこしたことはないのだ。人格的成長のために失敗させるのはよくある手だが、それは一般的な社会人に限ってのこと。
一般的な社会人とは違い、トレーナーはより直接的に誰かの夢を、願いを、過去を背負って立っている。転んで害を被るのが、自分だけでは収まらない。
(……気付くのが先か、あるいは後か)
こればっかりは、言ってみてもわからない。真に理解するには、自分で感じてみるしかない。
自分のいたらなさに思いを馳せて、東条ハナはため息をついた。
さて、その頃。
若く青く、そして未熟なサブトレーナーは何をしているかと言えば、言われた通りにサイレンススズカを探していた。
(今を見ている、つもりなのだが)
そうは、見えていない。どこか浮ついて見える。未熟に見える。そうなのだろう。
自分をそれなりに客観視して、東条隼瀬は指を鳴らした。思考を切り替えるために、である。
自分の未熟さをどう改善するかは、夜にでも考えればいい。ひとまず今すべきことは、サイレンススズカを探すことである。
(暇さえあれば走っていたから、グラウンド。あるいは河原かな)
ちょっとだけだが、見たことがある。
東条ハナがどう育てるかの指針を決め、それに合わせた練習メニューを決めるのが、この男の仕事だった。ここ1年は海外を駆け回る羽目になったわけだが、ともあれそういうことを仕事にしていただけに、どういう性格であるかは知っている。
が。
走りやすいであろう場所に――――学園から少し出た河原にすらも、サイレンススズカの姿はなかった。
(昼休みにも走り出す、そういう生態をしていると聴いたが)
外れだったかな。
そう思い、一息入れにカフェテリアに向かう。
コーヒーをバッグから出して軽く甘いものでも注文しようと、彼はメニュー表を見た。
こう見えても、甘いものは好きなのである。その理由はコーヒーに合うからというなんとも解し難いものではあったが。
「ショートケーキ……」
「はぁ……」
退屈そうな、戸惑うようなため息が左から聞こえた。
なんとなくスタンダードなショートケーキを選んだ自分の底の浅さを看破されたようで、メニュー表を捲る手の動きを再開させる。
「レモン……」
ため息。
「チョコ……」
ため息。
「巨峰……」
「うそでしょ……」
もう昼休みが終わってしまうわ。フクキタルの占いが外れるなんて……と。
そう続けた、悩ましいため息を連発する声の方を振り返る。
どうやら自分のケーキのチョイスに文句をつけていたわけではないらしいため息の主は、明るい栗毛をしている。
耳あてはない。薄いエメラルドグリーンの瞳が、視線を向けると同時にこちらを見た。
「サイレンススズカ、ここに居たのか」
明らかに探していた、というような言葉をかけられ、サイレンススズカの尻尾が背筋に沿ってピーンと縦に上がり、耳が内に寄る。
しばしの沈黙を経て尻尾をへたりと戻し、サイレンススズカはこてんと首を傾げた。
「…………あの、どなたですか?」
結構悩んだ挙げ句にわからなかったらしい。
別に覚えられて居るだろうとは思っていなかったが、自己紹介からやらなければならないというのは率直に言って面倒である。
「俺の名前は東条隼瀬。リギルのサブトレーナーだ。そして今日から君の面倒を見ることになった」
「今日から」
はぁ、とため息をついて、サイレンススズカは耳をへたれさせた。
そして視線を両手で持っていた逆三角形の紙の包みから顔をぴょこんと出しているたい焼きにやり、何かを思いついたようにピンと耳を立たせて、立ち上がる。
「たい焼き……」
「ああ。見たところ、冷めているな。個人の好みにとやかく言う気はないが、温かいうちに食べたほうが良かったのではないか?」
目算、購入されてから42分くらい経っている。出来立て至上主義ではないが、冷めて、味が落ちていることは間違いない。
「たい焼き、食べますか?」
「……買ってくれるのか?」
「いえ、これを」
目の前に突き出されたたい焼き。力なく口を開け、眼がかっ開かれた哀れな鯛を模した焼き菓子。カリッとした生地の内にあんこを秘めた甘味。
コーヒーに合う……だろう。たぶん。
「まあ、もらえるものならば」
「え……冷めてますよ?」
――――じゃあなんで『食べますか?』と訊いたんだ?
そんな湧き上がる疑問を内に秘め、たい焼きを受け取る。
食べるか訊いておいて、急にあげるのが惜しくなった。そういうことなのか。
冷めたあんこを頬張りながら、コーヒーを飲む。
冷めても流石というべきか、普通に美味しい。まあややベタついてはいるが、コーヒーでその甘さが中和されている。
「釣れたということなのかしら……」
そういう彼女にはぽわーっとした……なんというか不思議で不確かな感じがある。
「ということで、今日の練習は中止だ。お前のことを知りたいから、ミーティングを行う。部室に来てくれ」
「はい」
走りたいので嫌です。
そういうことを言われると思ったが、そうではないらしい。
サイレンススズカといえば、暇さえあれば走る。説明している最中にも走る。何してても走る。そういう、走行中毒者である。
そんな彼女が昼休みまるまる――――これは冷めきった割に一切形の崩れていないたい焼きを見ての推理だが――――カフェテリアで座って過ごし、練習を潰されても怒らない。
(重症かな、これは)
走るのが嫌になっているのか。
あるいは、他に理由があるのか。
まあそれはわからないが。
「あと、これ」
ひょい、と。店員を呼び出して梱包させた包みを軽く投げ渡す。
その中には、たい焼きが2個。その重さでなんとなくわかったのか、それともウマ娘特有の優れた嗅覚で感じ取ったのか。
「これ……たい焼きですか?」
「そう。お返しだ」
「ありがとうございます。いただきますね」
ホカホカなたい焼きを頭から食べながら去っていく細い背中を見て、思う。
猫舌とかじゃないなら、あの冷めたたい焼きは一体何だったんだ、と。
舌に残った甘さを払拭するようにコーヒーを流し込んでから、東条隼瀬は席を立った。
投稿理由:15時になにもないのは悲しいから
64人の兄貴達、感想ありがとナス!
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