ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:手はある

 単純ならざる心境が、その男にはあった。

 

 加賀。リギルのサブトレーナー、現場指揮官として働いているこの男は最近、東条ハナ直々に招かれて地方からやってきた。

 このことからもわかる通り、彼は雑草であった。中央のトレーナーライセンス試験に落ち、より容易く取得できる地方のトレーナーライセンスをとって地歩を固め、そこでの実績を以てやっと中央へ編入することに成功したのである。

 

 故に、劣等感というものがある。別に僻んでいるというわけではないが、中央のエリートさんたちに負けてたまるか、という反骨精神があった。

 エルコンドルパサーとグラスワンダーという地方では絶対に――――オグリキャップという例外はあるが――――お目にかかれないような傑出した才能を担当し、生活にも充実感を得ていた。そして自分の座学的知識の乏しさを省みて色々と学んでいたところで、その反骨精神が喚起されることが起きた。

 

 というより改めて認識した、というべきであろう。

 マル外、即ち留学生はクラシック級における主要レース――――クラシック三冠、トリプルティアラに参加することができない、ということを。

 

 無論加賀は、トゥインクルシリーズに対する基本知識を持っている。中央のトレーナーライセンスを得ようとして勉強していたのだから当然である。

 しかし大学生が大学受験用の知識を学生生活のさなかで綺麗さっぱり忘れていくように、地方でのトレーナー稼業に忙殺される中で彼もそういった知識を薄れさせつつあった。

 

 故に今更ながら、知ったのである。クラシック三冠に、担当しているウマ娘たちが出られないことを。

 負けるのは、いい。別にそこは仕方がない。ウマ娘を担当していれば負けることもあるし、勝てないことだって珍しくない。そのときは反省し、また共に歩み始めればいいだけのことだ。

 

 挑戦して打ち砕かれるのは、何度も何度も経験している。

 

 中央から落ちて地方へやってきたウマ娘が圧倒的な力で、それまで地方でトップを張っていたウマ娘を蹴散らす。

 中央に挑戦したウマ娘が、なんのいいところもなく一蹴されて帰ってくる。

 

 そんな光景は、決して珍しいことではない。

 中央と比べて一枚落ちる地方で働いていたからこそ、彼は挑戦して敗れるということに慣れていた。

 

 しかし挑戦すらできないというのは、彼には耐えがたかった。

 それも、これほどの才能の持ち主たちが。

 

 エルコンドルパサーもグラスワンダーも、留学生というだけである。その実力は折り紙付きで、実力にあぐらをかいて努力を怠ることもない。

 豊富な設備、恵まれた環境に甘えること無く十全に活かす。

 

 地方とは格の違う才能、意識。どちらも備えていたこの二人こそ、最高の栄誉を得るに相応しい。

 地方にいたからこそ、届かない栄光に手を伸ばし続けるウマ娘たちを見ていたからこそ、その『在るべき栄光を在るべき者に』という意思は強かった。

 だからこそ、加賀は中央に問うた。どうにかこの二人を、華のクラシック路線に出走させることはできないかと。

 

 だがしかし、それは叶わなかった。

 故に、声をかけたのだ。自分とは何もかもが正反対の、やや近寄りがたいこの男に。

 

「エルコンドルパサーとグラスワンダーの件だが、クラシック登録ができるようにならないだろうか?」

 

 それは、唐突な一言だった。

 名門メジロ家の頭脳というべき名門のトレーナーの家があるように、同格の名門たるシンボリ家にも支えるトレーナーの名門がある。

 一般家庭に産まれた自分とは違い、トレーナーとして育つべく定まった家に産まれた男。血だけではなく、現在進行形で悩める天才を導いてその腕を証明しつつある男。

 

「ならない。それが規則だ」

 

 少し驚いたような瞳がちらりとこちらを見て、沈む。

 話しかけられたことへの驚きなのか、話している中身への驚きなのか。

 

 それはわからないが、返ってきた答えは予想通りのものだった。

 

「この規則は、別に意地悪ではありません。外国と日本との間には、確たるレベルの差がある、とURAは主張している。あるいは、思いたがっている。だからです」

 

 歳上への配慮なのか、極めて丁寧な口調で既存の枠組みが如何にして出来上がったかを、東条隼瀬は話した。

 

 クラシック三冠、トリプルティアラ、春秋天皇賞。

 日本のトゥインクルシリーズで最も栄誉と人気のあるこれらのレースに、マル外――――留学生の参加は許されていない。これは関税のようなもので、国内のウマ娘を保護するためのものである。

 

 外国の方が、レベルが高い。留学生たちはそのレベルの高さに幼少期から触れているわけであり、必然的に日本のウマ娘よりレベルが高い。

 故にトゥインクルシリーズの中でも最高クラスの集客を見込めるクラシック路線、ティアラ路線や、歴史と栄誉ある天皇賞が留学生たちの草刈り場にならないようにと言う意図が、URAにはあった。

 

 そしてその通りと言うべきか、外国の精強なウマ娘を招待して行われるジャパンカップでは、日本のウマ娘は連敗に次ぐ連敗で、つい最近にシンボリルドルフが勝つまでは負けまくっていた。

 

「だが、ジャパンカップでシンボリルドルフが並み居る刺客を返り討ちにしてみせた。そして返す刀の海外遠征でも敗けず、日本のウマ娘が世界に通用することを示した。それは遠征に同行したあなたが一番よく知っていることだろう」

 

 常勝不敗。世界に様々あるトゥインクルシリーズの勢力図から見れば辺境も辺境たる極東に生まれながら、世界でも通用する力を示した日本の皇帝。

 

 シンボリルドルフがでてきた以上、外国とのレベルの差はなくなった。故に、制限は取っ払ってしかるべきではないか。

 

 そう言わんばかりに詰め寄る熱意ある男に冷水をぶっかけるような冷たい眼差しが再び向けられ、今度は離れずに見つめる。

 

「エルコンドルパサーともグラスワンダーとも、たった3ヶ月程度の短い付き合いでしょう。なぜそこまで必死になるのですか?」

 

 試されている、と。

 真っ直ぐ見つめ合うことで見えた、あくまでも冷たげで怜悧な眼差しの奥にある熱。

 

 その熱は、アスリートとしてのウマ娘にとっての3ヶ月という長期間を『程度』と流す男が持つものではなかった。

 そして彼が言葉通りの冷たい人間であったとするならば、何故オグリキャップのときはシンボリルドルフと組んでURAに反乱を起こし、クラシック登録料金を出せば追加で参加できるような仕組みを呑ませたのか。

 そして、クラシック登録料金を一時的にとはいえ自ら出すような真似をしたのか。

 

 その辻褄が、合わない。

 加賀とは違い権威と権力に守られているこの有能な男は、組織に従順であれば何不自由のない生き方をできるはずなのである。

 

 逆らう、意味がない。

 今の名望厚いアイドルウマ娘・オグリキャップのためならば賭けに出て支持する名門はいるだろう。だがその頃のオグリキャップは所詮、カサマツから来た田舎者である。地方で無双して中央にくる、十把一絡げのウマ娘でしかないのだから。

 

「既存の枠組みを壊すにしても、そして再建するにしても、多大な労力が必要になります。そして貴方のような後ろ盾もない立場の弱い人間がそのようなことをすることがどういった結果をもたらすか、それを経験してこなかったわけではないでしょう」

 

 加賀は、一般家庭出身である。寒門の出身であると言い換えてもいい。

 シンボリルドルフとこの男が大反乱を起こした挙げ句にURAに煮え湯を飲ませるような塩梅で制度の変更を強いても、ちょっとの間だけ海外へ遠征していればほとぼりは冷めたし、普通にトレーナーとしての業務に従事できている。

 

 だがそれはシンボリルドルフには実績と権力が、彼にも隠然たる権力の後ろ盾があったからである。

 

 そして加賀には、それがない。

 

「レースに出て、敗けるならいい。だが、レースに出られもせずに敗けが決まるのは理不尽というものだ」

 

「なるほど」

 

 パタン、と。

 スノーホワイトの分厚いノート――――本?が閉じられる。

 何かしらを書いていたであろうそれをバッグの中に入れると無造作に、彼はリギルの部室棟から出ていった。

 

 協力するとも、しないとも言わずに去っていく。呆気にとられてその背を見つめる寒門の男をその場に残した名門の男が向かったのは、同志であり自らの旗手である存在のところだった。

 

「ルドルフ」

 

「やあ、参謀くん。そんなに急いでどうしたんだい?」

 

 手に弁当を持ってスキップで階段を上がろうとしたシンボリルドルフは、生徒会室へ向かうつもりであった。

 彼女は基本的にいつも、生徒会室でご飯を食べている。悩めるウマ娘たちがいつ、自分の助言を必要として生徒会の門扉を叩くかわからない。

 わからないが故に、彼女はその機会を奪わないために少しでも留守にする期間を短くするために努力していたのである。

 

「お前が欲しい」

 

「……え、え?」

 

 茶色一色という実利一辺倒な中身を持った弁当が、手からこぼれ落ちる。

 それを足の甲で受け止めて拾いつつ、東条隼瀬はなおも言葉を続けた。

 

「お前の力が必要なんだ。エルコンドルパサーとグラスワンダーの、そして後に続く者たちのために」

 

「……そういうこと。そういうことか。うん、周章狼狽するところだったよ」

 

 するところだったよではなく、している。

 しかし幸いにもこの空間にはツッコミを入れる人材が不足していた。

 

 おほん、と。わざとらしい咳払いを挟んで、返却された可愛らしい弁当袋すら神々しく見えるほどの皇帝らしい堂々たる威容を取り戻したシンボリルドルフは立ち姿を正して言った。

 

「あ、ああ……なんだ、留学生ウマ娘たちのクラシック登録に関しての時宜を正すための運動に協力してくれ、というわけか。もちろん、力を貸すことに否やはない。喜んで協力させてもらうよ」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうはいい。だが実際、勝算はあるのかい? いや、私や……たぶんオグリキャップも協力するだろうから、オグリキャップも協力するとなれば民意のゴリ押しでURAは動かせるだろう」

 

 なにせ、オグリキャップという前例がある。そしてその前例は歴史に名を残すレベルの人気と人望を集めるアイドルウマ娘として、今も元気に走っている。

 

「だが、動かしてどうする? その先をどうするのか。URAの方々をどう納得させるのか。押し切るだけでいいなら苦労はしないだろうが、トゥインクルシリーズの命運にも関わってくることだ。押し切られて変更する、ということにはならないと思うよ」

 

 オグリキャップの件はあくまでも制度を守り、特別扱いを認めないというだけの障害しかなかった。だから民意を巻き込んだ外圧で無理矢理に押しきれた。

 だが今回は、そうもいかない。今のところ外国のトゥインクルシリーズの方が、日本のトゥインクルシリーズよりもレベルが高いのだ。

 留学生たちの草刈り場になるであろうというURA上層部の懸念は当然のものである。

 

「落としどころはつまり、例外を認めさせる。それくらいだと思うよ。それもこの例外の後に続くものがいない。こういうことになる確率が高い。外国とのレベルを短期的に、それも急速に埋めなければならない。URAの上層部にも目に見えてわかるほどに。それができるのかい?」

 

「手はある」

 

「そうか。では、私は意思を統一し、その焔を煽ることに集中しよう」

 

 短い返答の中には僅かな硬直と、確かな目算がある。

 懸念を信頼で打ち消し、シンボリルドルフはエアグルーヴを呼び出した。

 

 たったこれだけで通用する信頼が、この二人の間にはあったのである。

 そしてそれこそが、加賀という男が東条ハナよりも先に東条隼瀬を頼ることを選んだ理由でもあった。




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