ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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トランプには割とちゃんとした意味があります。


ビフォアストーリー:参謀と将軍

 加速度的に事態は進んでいた。

 発起人が自分の出身たるカサマツ方面の人脈を使って浸透させている間に、中央の名門と呼ばれる一族の殆どがマル外の出走規制の緩和に動き出していたのである。

 

「本当に、ありがとう。まさか動いてくれているとは思わなかった」

 

 なるほど。

 端的にして情のない返事を残して去っていった東条隼瀬のことを、加賀は見定めかねていた。

 

「やると言った以上は、できる限りはやりますよ」

 

(言ったか……?)

 

 そんな疑問は浮かぶが、聞き落としがあったのかもしれない。

 そう考える程度には人のいい男は、ウンウンと頷いた。

 

「先日は、メジロ家も動かしてくれたそうじゃないか」

 

「ええ。必要なことでしたから」

 

 クラシックのマル外規制が撤廃されるにしても緩和されるにしても、一度箍が外れればそれは天皇賞にも及んでくる。

 未来の反対勢力は徹底的に叩いておくか、抱きこんでしまうか。メジロ家は日本ではシンボリ家と並ぶ、双璧と言っていい名家である。

 

 王道と呼ばれる距離が縮小していき、高速化が進みつつある現在のトレンドから一歩はみ出してはいるものの、徹底的に叩けるほど弱くもない。ならば直接向かって取り込んだほうが良い、というのが彼の思うところだった。

 

 そんな思惑を、加賀は完全に察し切ることはできなかった。ただメジロ家を引き込むことが大事だということはわかっていたし、引き込むために何かしらの努力をしたこともわかっていた。

 

「正直なところ、こうまで積極的に動いてくれるとは思ってなかったよ」

 

「動く気はありませんでしたよ。それが思考の限界でしたから」

 

 あくまでも穏やかで敬意の感じられる言葉とは裏腹に、眼差しは鋭い。

 

「限界?」

 

「ええ。あくまでも事態の促進者にしかなれない。そして促進者であることに不満を感じない。主導者になってこそ、同じ視座に立てるのだとはわかっていますが、その一歩が踏み出せない。だからこそ、その一歩を踏み出した貴方を尊敬しています。だから全力を尽くした。それだけのことです」

 

 だがお前はオグリキャップの時に動いたじゃないか。

 加賀はそう言いかけて、口をつぐんだ。

 

 クラシック路線への追加登録を許すかどうか。許すならば、どうやって許すのか。

 結果的に大規模な制度改革に繋がったあの運動の中でウマ娘を取りまとめたのがシンボリルドルフなら、トレーナーとしての代表格が目の前にいる、この男。

 外野から見るぶんにはそんな印象があったが、彼の言い分を聴くにオグリキャップという地方からやってきたウマ娘がシンボリルドルフへ協力を要請し、そしてシンボリルドルフが彼に話を持ちかけたことによって事態が動いたのだろう。

 

 そしてその予測は、正鵠を射ていた。

 

「なので。これからは頼みました」

 

「ああ、無論だ。休んでくれていて構わない。矢面には、俺が立とう」

 

 マスコミの対応、表に出ることによる不利益と利益、事態の変化による対応。

 破裂しそうな河豚ほどに膨らみ切ったこの大規模な抗議運動をサラリと託され、加賀はドンと胸を叩いた。

 

「成功したら、お前の名前を出そう。この圧倒的に優勢な事態で失敗したら、それは俺の責任だ」

 

「別に出さなくとも構いません。膨らみに膨らみ切ったこの運動を御し、他に飛び火しないように制御してください。落としどころは既に考えてあります」

 

 膨らませるだけ膨らませた当人がしれっとそう言うあたりに、彼のコミュニケーション能力の劣悪さが表れているが、加賀は然程そこを気にすることはなかった。

 

 ――――ああ、こういうやつなのか

 

 そんなふうに理解する寛容さが、彼にはあったからである。

 

「結構な難題だな、こりゃ」

 

「言い訳になりますが、制御するのが難しいような熱量と質量がなければ、URAに譲歩を強いることはできないのです」

 

 発起人たる男にすら『制御困難』と思われるものを、URAが制御できるはずがない。

 更に言えば世論はオグリキャップのクラシック登録問題を数の論理で押し通した。

 今回もそうできると判断し、彼らは退くという選択肢を頭から削除していることだろう。

 

 なにせ、前例があるのだから。

 

「メジロ家を口説き落としたときもそうですが、交渉を成功させる一番の秘訣は相手の選択を絞り、望む方向にしか進めないようにする、ということですので」

 

「そりゃあエグいな」

 

「ええ。人徳や人望で解決できる場合であれば適任はいます。となると俺が必要とされる場合は、現実的な手段でしか解決が望めないときです。となると、ある程度自由を奪い、誘導するための手段が必要になりますので」

 

 なるほど、と。思わず加賀は納得した。

 

 参謀くん、参謀くんと、シンボリルドルフは彼を呼ぶ。他のサブトレーナー――――例えば自分になどは苗字+さん付けで呼ぶあたりに、少し違和感はあった。

 

 すべてのウマ娘に幸福を。

 

 そんな見果てぬ夢を追う理想家たるシンボリルドルフが腹心と恃むのが、理想を見つつ現実に通用する理屈で道を舗装していく、この男。

 

「さすが、シンボリ家に代々仕えるトレーナーの名門ってところか。まさしくあんたは、皇帝にとっての参謀なわけだ」

 

「ええ。ですので現場には出向きません。そこは皇帝親征なり、将軍なりに任せればいい。なので、貴方に任せるのです」

 

「承った、参謀殿。となれば俺は将軍として、現場の指揮統率の任に当たろう」

 

 芝居がかった言い草に同時に少し笑い、東条隼瀬は微笑を浮かべてこれまた大仰に言い渡した。

 

「ああ。任せたよ、将軍」

 

「ああ。任せられたよ、参謀」

 

 これから十何年か。

 互いの呼称としてずっと使い続けるそれを口にして、彼らは互いの仕事をこなしつつこの熱意ある運動を続けた。

 

 要は、URAが根負けして交渉の場を用意するまでこの運動を活性化させず、不活性化させずに維持し続ければいい。

 言葉にすれば簡単なことを、シンボリルドルフと将軍はやり遂げた。

 

「で、参謀くん。君はどのあたりを落としどころにするんだい?」

 

 トレセン学園の生徒として。

 アスリート兼アイドルとして。

 生徒会長として。

 そして、オグリキャップに続くURAへの変革を求める運動の旗手として。

 

 何足もの草鞋を履きながら1つとしておろそかにすることなく遂行するという傑出した能力を、ひっそりと発揮していたシンボリルドルフは、自らの右腕に問うた。

 

「例外を認めさせる。お試しとしてな」

 

「なるほど。だがあの二人は2400メートルまでなら負けはないだろう。菊花賞はどうだか知らないが。そのあたりはどうする?」

 

「答えにくい質問をするものだな」

 

 確かに、と。シンボリルドルフは思った。

 彼はリギルのサブトレーナーであり、エルコンドルパサーとグラスワンダーはリギルのウマ娘である。

 

 勝つ、と言えば自分が用意した落としどころが作用しないことを認める形になり、負ける、と言えばトレーナーとしてどうなんだ、という話になる。

 

「確かにそれはそうだ。しかし、どうする?」

 

「エルコンドルパサーとグラスワンダーは、菊花賞に出ない。3000メートルを走れたとしても、海外を主戦場にするであろうあの二人からすればあんな長距離を走る意味がないからな。となれば、あの二人はどこに行くと思う」

 

「……なるほど」

 

 自分の手でケリを付ける気、というわけか。

 落としどころとその根拠を察し、シンボリルドルフは口元に手を当てて考え込む。

 

「それにしても、そう思い通りに行くかな」

 

「怪我はさせん。そういうふうに管理するからな。クラシック路線に関しては関与できないし、する気もない。だが、完膚無きまでにやってやる自信はある」

 

 毎日王冠と、天皇賞への出走が許可されれば天皇賞秋。

 1年の経験だけで埋められないほどのレベルの差を感じさせつつ、この2つのレースに勝つ。

 

「海外から来たウマ娘とのレベル差がないことを示すためにも、二人まとめて叩きのめす。凄まじいほどの自信だね。君らしいと言えばそうだが」

 

「差し当たり、負ける予定はないのでね」

 

「自信家め」

 

 半分笑っているような声音、からかうような眼差し。自分が育てたウマ娘への絶対的な信頼を見透かすようなそれらの反応に気恥ずかしくなって、参謀はことさら大げさに肩をすくめた。

 

「褒められたと、思っておこう」

 

「ああ、そう受け取っていいとも。しかし余計なことを言わせてもらえば、ただ逃げるだけではあの二人には勝てないぞ。君からすらば、とうに承知していることと思うが……」

 

 東京レース場の最後の直線は国内でも屈指の長さである。

 毎日王冠と天皇賞秋はこの、長い直線を最後に控えた場所で行われる。それが何だという話であるが、この東京レース場の長い直線は最後の一瞬に全てを懸けた末脚を繰り出すグラスワンダーなどに有利なのである。

 

 そして常に全力で走っているような逃げは、大抵この直線半ばで力尽きる。

 故に、ただの逃げでは東京レース場で勝つことはできない。

 

 昨年――――と言っても半年前のことであるが――――エアグルーヴにやられたように、サイレンススズカは差し切られてしまうだろう。

 

「無論、対策はあるさ。そしてそのあたりはもうすぐ、見せられるだろうと思う」

 

「まあ、そうだろうね。楽しみにしているよ」

 

 この男が、勝算の無いレースに出るわけがない。勝算が無いなら無いで作り出す。少ないなら掛け算で増やすだろう。

 そのことを、シンボリルドルフは知っていた。

 

 そして、その翌日。

 

「ということで、毎日王冠と天皇賞秋に出走する。言い訳のようになるが、これは当初の目的通りであって件の運動によってローテーションを変更したわけではない」

 

 机の上に広げたトランプとにらめっこしながら熱心に神経衰弱をしているサイレンススズカの正面に座って、参謀は滔々と口上でも述べるようにこれからのローテーションを告げる。

 

「そうですか……」

 

 それに対してのサイレンススズカの返答は彼女らしいと言えばらしい、非常に淡泊なものだった。

 

「なんだ、他にないのか?」

 

「いえ、別に。差し当たり、誰にも負ける予定はないので」

 

「それは奇遇だな。俺もだよ」

 

 そう言いつつ、無造作に1枚トランプをめくる。

 ハートの、クイーン。それからも順にペラペラとめくっていき、そして遂に参謀は一度も間違えることなくめくり切った。

 

「俺の勝ちだな、スズカ」

 

「む……」

 

 走ること以外の全てに興味がなさそうでそうでもないスズカは、少しむくれて教室にかけられた時計を見た。

 そろそろ、トレーニングの時間である。神経衰弱をしている時間はない。

 

「トレーナーさん。なら、ポーカーでもしましょう。私が勝ちますから」

 

「仕方ないな」

 

 ごちゃごちゃと卓上にトランプを広げ、ペアが完全に崩れるように混ぜる。

 イカサマの無いように、という入念な準備の末に配られた彼の手札には、クイーンが2枚とジャックが2枚。

 

(1枚、交換するか)

 

 伏せたままに、クイーンでもジャックでもない手札を捨てる。そして手に入れた結果に満足しつつ、参謀はナチュラルなポーカーフェイスのままに頷いた。

 

 ポーカーと言っても、一発勝負である。単純な運試しであると言っていい。

 

 スズカも2枚ほどカードを交換し、若干自信有りげに頷いている。

 

「フルハウスだ。クイーン3枚と、ジャック2枚のな」

 

「フォーカードです。エース4枚、クイーン1枚」

 

 12、12、12、11、11。

 1、1、1、1、12。

 

 捨てたカードに換わってクイーンを新たに得た男は、これまた捨てたカードによって1を2枚得た少女に敗れた。

 

「私の勝ちですね。さあ、トレーニングにいきましょうか」

 

「かなり良い手だったのにな……」

 

 ブツクサと文句を垂れながらサイレンススズカの手札を見続ける男の手を引いて、割と速い速度で駆けていく。

 

 教室には丁寧に置かれた5枚のトランプと、雑に置かれた5枚のトランプ。

 そして、トランプの山が残っていた。




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