ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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(`・ω・´)書けたのはたくさん来た感想のおかげ


ビフォアストーリー:先頭跋扈

「スぺちゃんから聴きました。あの二人のために、努力していたようですね」

 

「それほどでもない。それに」

 

「それに?」

 

 正当な努力というわけでもないと、東条隼瀬は思っていた。

 結局のところ一つの目標を達成するために目の前の少女を間接的にだが、利用した。

 無論それは彼女のためでもある。究極の速さを求める以上、実力以上の力が引き出されるレースという形態に頼らざるを得ないのだ。

 

 逃げ脚質のウマ娘が並外れたパフォーマンスを示すのは同脚質でそれなりに強い相手がいて、且つ異なる脚質を持つウマ娘が全力で追いかけてくるときである。

 前者でペースを向上させ、後者で加速力を向上させる。そしてこういった厳しい環境は、サイレンススズカという異常な才能の持ち主の実力を更に高めることだろう。

 

 一昔前の名トレーナーは言った。レースは通常の練習より1.5倍から2倍の効率があると。

 そしてその倍率はレースの質によって左右されるのだと。つまり走らせるからには、強度の高いレースが望ましい。

 

 菊花賞に向かわないあの二人ーーーーエルコンドルパサーとグラスワンダーは本来、秋のレースを目的としていただろう。だが今は3月、春である。あまりにも遠すぎる目標は精神に飽きを生じさせる。

 

 目的とは短期的で、且つ具体的であればあるほどいい。そうすれば精神的な新鮮さが保たれ、より効率的に、熱意と目的意識を持って練習に打ち込める。

 

 無論、誰もがそうではないという自覚はある。

 目標という山を登るにあたってまずは何合目、まずは何合目と中間目標を立てて行くのがセオリーであるわけだが、いきなり【頂上を目指す】と心に決めて、そのまま登り切ってしまう者もいるであろう。

 それがエルコンドルパサーであり、グラスワンダーであるかもしれない。だが大多数のウマ娘は短期的な目標を達成していって充足感を得て、少しずつステップアップしていくものなのだ。

 だから目標は短期的であった方がいいし、そちらの方が成長につながる。自分を真に追い込むには、やはり短期的な目標が一番なのである。

 

 そうすれば、あの二人はさらに強くなる。

 そしてその強さを吸収して、サイレンススズカをさらに強くする。

 

(というのは、画餅に過ぎるかな)

 

 まあなんにせよ、勝つことである。現在のサイレンススズカに必要なのは自信なのだ。

 彼女の母親は極めてーーーーまあなんというか、優秀なウマ娘だった。少なくとも競走成績的には。

 こういう場合、ある程度放っておくのがいいのである。彼女は所謂天才というタイプで、ある程度放置しても、というか放置した方が強くなるということに最近気づいた。

 

 一応現在は自分で組み立てたメニューを元に鍛えているわけだが、彼女はルドルフとはだいぶ違う。

 

 ルドルフとは、練習メニューを渡すところからはじまった。そこから検討を重ねて要望と意見から出し合って、完成させる。

 そういうことを今までやってきたから、全くそういうことに知見のないスズカは彼にとって色々と新鮮だった。

 

(一回、任せてみるか)

 

 そう思う。

 スズカは自分の衝動や意見を言語化することに向いていない。だから一旦――――大目標の宝塚記念までは任せてみようと、彼は思った。

 まず、任せてみる。そこでどんなことをしたいのか、任せた結果どういうふうに能力が伸びるのか、どこが問題なのかを見い出して秋に備える。

 

「トレーナーさん、終わりました」

 

「ああ、お疲れ様。明日は金鯱賞だが、調子はどうだ?」

 

「すごく……いいです」

 

 なにが? どこが? どのように?

 

 そういうところを聞きたかったが、まあおそらく言っても無駄であろう。

 ルドルフならペースをうまく掴めている。だが末脚はイマイチだから差しではなく先行で行きたい。ペースは速めで相手の末脚を潰しつつ、スタミナで押し切ろう、とかなんとか言ってくる。

 だがスズカにそこらへんを求めても仕方ないので、彼は諦めた。

 

「相手はマチカネフクキタルだ。世代でもナンバーワンの末脚の持ち主……ではあったのだがな」

 

「フクは今モヤっとしてますから、たぶん大丈夫です」

 

 ラストコーナー、バッドフィーリング。

 ふと頭に浮かんできたそんな言葉を振り払いながら、東条隼瀬はなんとか己の担当ウマ娘の言わんとすることを理解するように努めた。

 

 最近、彼女はなにやらふわふわした物言いをしてくる。これが信頼が高まったからなのか、それとも理解してくれると思ってくれてるからなのか、あるいは被っていた猫が落っこちたからなのかはわからない。

 

 だがまあ、この場合言いたいことはわかる。

 秋のマチカネフクキタルは最強に近い末脚を持っていた。だがその反動なのか、或いはフロックだったのか。この春はやや調子が悪い。

 

「疲れている感じか?」

 

「相変わらず賑やかですよ」

 

 マチカネフクキタルの偵察はしていた。菊花賞であまりにも鮮烈な勝ち方をしたからである。

 あの時の彼女は歴代最高クラスの末脚を持っていた。おそらくは同年代の二冠ウマ娘が出ていたとしても負かしていただろうと思うくらいには。

 しかし菊花賞を過ぎてからというもの、その鋭さはどうにも見られない。

 

 早熟だった、というにはデビューが遅かった。それに、皐月賞にも出てこれていない。

 

(なぜかな)

 

 そう思ったが、答えは出なかった。少なくとも、今のところは。

 まあ差し当たり考えるべきは金鯱賞である。マチカネフクキタルも本番になれば調子を取り戻すかもしれない。【最強の戦士】と謳われたウマ娘など、直前練習どころかステップレースですら本気を出さなかったのだから。

 

 つまり、答えはないかもしれないということである。

 マチカネフクキタルは菊花賞で全力を出した。そしてその反動でその後の秋のレースに出られないほどに疲労した。そして身体がセーブをかけるようになった。

 だから本番、金鯱賞ではあの末脚が出てくる。その可能性もある。

 

「フクキタルには1度取られているんです。先頭の景色を。どう走ればいいですか?」

 

 つまり、負けたということである。

 勝とうが負けようが自分が満足すればオーケーという、ある種無敵のメンタルを持ったこのウマ娘は、珍しく助言を求めた。

 

「助言は1つだ」

 

「はい」

 

「控えるな」

 

 全力でかっ飛ばせ。

 二番手で折り合うな。

 そういう指示を下した東条隼瀬は、そう思いつつ負ける可能性はあると思っていた。

 自爆以外での、数少ない負け筋。それがマチカネフクキタルがあの菊花賞で見せた訳のわからん末脚で差し切られること。

 

 と、思っていたのだが。

 

「いいレースでした……」

 

 あっさりと、サイレンススズカは逃げ切った。

 序盤からハナに立ち、ぐんぐんとリードを広げていく。

 

 ――――まあ、いいさ

 

 そういうふうに先行勢はスズカの跋扈を見逃した。正直なところ、彼女の実力を全く評価していなかったのである。

 

 彼女の勝ったレースでの白眉は1600メートルのマイルCS。2000メートルの金鯱賞では距離が長すぎる、というのがその見過ごしの根拠だった。

 

 ――――限界は1800メートルあたり。つまり残り200メートルあたりで垂れる

 

 勝手に減速して、後退してくる。

 だから無理に鈴を付けに――――つまりマークをしに――――いくことはない。

 

 逃げをマークしに行く理由は、簡単に先頭をとらせないため。そしてペースを乱して速めさせ、自滅させるためである。

 

 そして片道分の燃料しか積んでないような逃げ方をしている以上、ペースを乱さなくとも自ずと自滅する。

 

 バカみたいに逃げる相手に構っていては、無駄にスタミナを消費する。となれば、負ける。そんな貧乏くじを引きたくはない。

 

 重賞なのだ。

 年に138回しか開催されないグレードレースの中の1個。

 金鯱賞はGⅡだから38分の1か。とにかく、重賞を勝つウマ娘になることは夢として語っても恥じない程の偉大さを持つ。

 

 だからこそ、彼女らは日和った。

 放っておいても爆散するのだから、近づく必要もなかろうということである。

 

(逃げというのはペースを管理できる脚質だ)

 

 だがここまで突出して逃げられると、無視される。どうせあいつは負けるんだからいいや、と。

 

 故に二番手のウマ娘がこの金鯱賞を仕切っているように、観客には思えた。そのペースは、やや遅い。

 

(大丈夫かよ)

 

 と、素人は思う。

 こんなに好き放題させて、サイレンススズカを差せるのかと。

 

(大丈夫だろ)

 

 と、玄人は思う。

 あんなペースではとても最後まで保つまいと、知っているから。

 

 更に、玄人は思うのだ。

 

(ペースを作っているのは、二番手のウマ娘たちだ。充分計算ができている)

 

 まあそれは正しい。正しかった。

 ただし本当に、ペースを作っているのが二番手のウマ娘であれば、である。

 

 二番手のウマ娘は、サイレンススズカの影響下にあった。バカみたいにかっ飛ばす彼女を見て、ペースを判断することなどできようはずが無い。

 ここまでは、ぶっちぎりのレコードペース。そのことを走っているウマ娘たちは知りようがないが、速いということはわかる。

 

(控えなければ)

 

 スタミナを無駄に消耗させてしまう。

 そんな気持ちが連鎖して、落ちくぼんで溜まる。気がつけば誰も何もせず、自分と折り合ってペースを守って走っている。

 

 彼女たちが守るべきペースとは、レースのペースである。そしてそのレースのペースに乗り、自分のペースに引き戻していく。本来ならば、そうしなければいけなかった。

 

 高速道路で通常速度を守っていていいはずがない。ちょっと考えればわかることだが、そうしなかった。できなかった。

 

 サイレンススズカのあまりにも冒険的な速いペースを他山の石とするあまり、他のウマ娘たちは慎重さに酔わされてしまったのである。

 

(あれ)

 

 速度が落ちてこない。

 そう思った瞬間、サイレンススズカはわずかに加速した。

 

 手遅れ、という言葉がある。

 その言葉はこういう状況を指すのだというような、写真を撮って額縁に入れて飾っておきたいような光景が、金鯱賞では繰り広げられた。

 無茶なペースで上がっていって沈むもの、急激な動き出しについていけずに進路をブロックされるもの。

 

 そんな中で、つまり包まれて進路が塞がった中でそれなりの脚を繰り出したマチカネフクキタルは、やはり実力はあったのだろう。

 だがその末脚は一流くらいの色合いでしかなかった。つまり菊花賞で見せた大地を震わすような、鮮やかで濃密な色はない。

 

 それに。

 

(ストライドが鈍い)

 

 つまり、全力ではない。出せないのか、出さないのかはわからない。だが菊花賞での末脚があればあるいは。

 まあ何はともあれ、サイレンススズカは実にあっさりと金鯱賞を制した。


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