ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:そうはならんさ

 サイレンススズカは、思ったよりすんなりやって来た。

 記憶によると、彼女は全体ミーティングを無自覚にブッチしてどっかを走り回っている、みたいなことをしでかしていた。それが、彼の中に強烈な認識として根付いている。

 

 しかしここしばらく海外へ行ってきたが故に、記憶による認識にもアップデートが必要であろう。

 過去の記憶をよすがにした認識をいつまでたっても改めないというのは、偏見につながる。師匠たる叔母――――東条ハナから直々に現実を見ろ、という忠告をされた身としては情報のアップデートを迅速に、そしてこまめに行わなければならない。

 

「こんにちは、トレーナーさん」

 

 一応、指導するにあたってその資格を問われることはないらしい。

 そのことを当然のように受け止めつつ、東条隼瀬は用意した資料を卓上に載せた。

 

「まあ、座れ」

 

「はい」

 

 きょろきょろと眼と首を連動させて動かしながら、サイレンススズカは言われるがままに座る。

 座った彼女と、どう信頼関係を築いていくか。まず、何から話すべきか。

 

(師匠が怪我をしかねないから逃げを封じた、というのは言わないべきだろうな)

 

 ウマ娘に、怪我を認識させるのは諸刃の剣である。全力しか出せないウマ娘というのは欠点だらけではあるが、その欠点の裏側には『余すところなく全力を振り絞れる』という長所が存在する。

 

 全力を出すと怪我に通じる、というのは正論である。だが欠点という谷を埋めようとして長所という山を崩してしまっては元も子もない。

 

 だから師匠は、言わなかった。

 賢いウマ娘であればあるほど、怪我という人参を目の前に突き出されれば無意識に全力を出すことを怖がってしまう。

 

「まず、訊いておきたい」

 

「なんでしょうか」

 

「君は、どんなウマ娘になりたい? この質問が難しければ、なんのために走るのか」

 

 おハナさんは、そういうことを訊かなかったな、と。サイレンススズカはそう思った。

 夢に現実を合わせるか、現実に夢を合わせるか。その差だろうか。だから、自分のトレーナーはこのひとに変更されたのだろうか。

 

 その推測は限りなく正鵠を射ていたが、実のところ東条ハナはそれに近しいことを訊いていた。

 だがそれは非常に漠然とした問いであり、従って彼女の記憶には残らなかった。リギルの入部テストを受ける前の、ほんの1コマでしかなかったから、ということもあるだろう。

 その時の彼女は正直、試験のことしか――――より正確に言えば走ることしか考えていなかったということもある。

 

 ともあれ彼女は一対一、しかも走ることが嫌になりかけているタイミングでこのような問いを投げかけられて初めて、自分の夢というものがないことを知った。

 

「三冠ウマ娘以外だったら何でもいいぞ」

 

「え……なんでですか?」

 

「そりゃ……今は秋だろ。君が皐月とダービーをとったならともかく、今からとなると時間遡行をしないと叶えようがない」

 

「ああ……なるほど。でも私はそういう……称号にはあまり興味が湧きません」

 

 まあそうだろうな。

 浮世離れしたような――――ひとりだけ別の世界を生きているような雰囲気が、彼女にはある。

 世に隔絶した力と志を抱きながら、あくまでも俗世を改革することを志向する奴は知っているし、その煽り方とか、操縦の仕方も心得ている。しかし、こういったタイプは見るのも聴くのも初めてだった。

 

「……私、何のために走ってたのかしら」

 

「なるほど。わからないと」

 

「すみません」

 

 回答というより、ひとりごと。

 そのあたりに内に籠もりやすい精神性を見抜いて、東条隼瀬は外部があってこその夢――――誰それを倒したい、誰それになりたい、名誉を得たい、栄光を得たい、称号を得たいなどの――――を抱くことはないと切り捨てた。

 こういう自分の推測を疑いなく信じられる果断さが、このときの彼にはあったのである。

 

「いや、いい。わからないのも立派な回答だ。では、質問を変えよう。君はトレセン学園に来た。そうだな?」

 

「はい」

 

「では、なぜこの学園に入学しようとしたんだ?」

 

「それは、走ることが好きだったので」

 

「今はそうでもないと」

 

「はい。なんというか……うるさくて」

 

 ポロっと出た、本音らしきもの。

 うるさいとは、なんなのか。その理由はきっと、彼女の本質的な部分につながっているであろう。

 

 だが『これだ』と決めてどんどんと一点を掘り進めると、間欠泉のように思わぬ感情の噴出で信頼関係が破綻することもある。

 

(指導されるのが嫌なのかな)

 

 口を出すな、というタイプなのか。外見からすれば如何にも深窓の令嬢といった感じでとてもそうは見えないが、眼には強い意志がある。

 

「つまり学園に入学する前の君は、走ることが好きだから走っていた、ということになるな」

 

「そうですね。そう。そうなんだわ……」

 

 ブツブツ言い出した彼女の思考がまとまるのを待つ。

 一般的な先生ならば『サイレンススズカさんが静かになるまで5分15秒かかりました』とか言うところである。

 

「でも、なんで好きになったのかしら」

 

 俺に言われても困る、という最たる質問を叩きつけられて、東条隼瀬は取り敢えず頷いた。

 こういうときは、黙って待つのが一番である。思考の袋小路に迷い込むまでは、本人に任せるのが一番いいのだ。

 

「……私、走っている時間が好きだったんです。走っているときに少しだけ、何も聴こえなくなるときがあって。外の音も消えて、人の声も聴こえなくて、最後には自分の呼吸音も消えて。自分の心臓の音と、風の音しかしなくなって」

 

 黙る。

 話して黙り、話して黙る。こういう思考法をする娘なのかと察した東条隼瀬は、急かすこともなく黙っていた。

 

「雪の日でした。雪が音を吸ってくれて、それで、何も聴こえなくなったんです」

 

 聴こえなくなったんです、といったきり黙り込んだサイレンススズカは、おそらく感覚的な記憶を再生している。

 だがそこに肉付けがない。記憶が掠れているのだろう。

 

(となると、感情的なアプローチを試してみるべきだな)

 

 記憶は感覚と感情の両面で構成されている。視覚、聴覚、嗅覚らの3つを主軸においた五感で記録し、そのときに得た感情を裏に貼り付ける。

 となると、彼女の感情を喚起してみるべきではなかろうか。

 

 完全に地蔵と化して彼女のひとりごとを聴いていた男は、なるべく思考の邪魔にならないように静かに声を出した。

 

「怖くはなかったのか?」

 

「いいえ。いいえ。とても……とても、自由になった気がして。私だけの世界に辿り着けたような気がして。そこに行きたかったんだわ、私」

 

 迷いの雲が晴れた翠玉の瞳が、彼を射た。

 

「私は、またあの世界に行きたくて……あの雪の日に体験した世界に迷い込んで、また行きたくて走っています。もちろん楽しいということもあると思いますけど……たぶん、そうです」

 

「それはわかった。で、そのためには何が必要かを考えていこうか」

 

「はい」

 

 考えろ、ではなく考えていこう、とあえて言葉を選んだところに、東条隼瀬のトレーナーとしての信念があった。

 あくまでも、二人三脚で。どちらが引っ張るというわけでもなく、共に。それができるだけの実力があるという自負があるからこその、ある種の理想形とも言えるスタイルの追求。

 

 管理でも放任でもない、その中間。中途半端ではない良いとこ取りを、彼は目指している。

 

「まず、選択肢は2つ。ひとつはこの学園をやめること。君はレースで何をしたいというわけでもない。そしてそれなのに、レースで勝つために指導され、それを苦痛に感じてしまった。そして、走る目的を見失ってしまった。こういうことがまた起こるかもしれない」

 

「え……」

 

「一度思い出した。それを忘れなければもう見失うことはない、と言いたいのだろうが……まあ人の感情とは複雑怪奇なものでな。

正しい情報を得ていても、一度思いこむと正しく認識できるとは限らない。君は一度レースを通じて走ることを嫌いになりかけた。二度目がある可能性は否定できないし、その二度目がこの思い出しにつながるとも限らない」

 

 俺は理性的な人間だと自負している。故に正しい情報の上に正しい認識を建設できるが、君がどうなるかはわからない、と。

 

 あり得たかもしれない未来の自分がこれを聴いたら5、60発はひっぱたいてやりたいくらいの戯言を言って、彼は続けた。

 

「俺としては、できうる限り君の夢を叶える手伝いをしたいと思っているし、できるという自信もある。だから君の夢がレースにあるならそうしただろう。だが君の夢はレースにはなく、レースが却って有害になる可能性もある。となると別な道へ誘うのもまた、立派な仕事だと思うわけだ」

 

 トレーナーさんは、私をレースで走らせるために担当を引き受けたんじゃないんですか?

 

 そんな問いが口から漏れかけて、消える。

 彼の発言は実に第三者的視点に立っていて、事実彼の提示した1つ目の選択肢はサイレンススズカとしては予想外の選択肢でもあった。

 

「……私は一度自分の力で夢を叶えかけた。だからレースから離れるのも手ではないか、ということですか」

 

「そうだ。事実、君はレース中にその世界に入ったことはない。そうだろう?」

 

「はい」

 

 口ぶりからして、そうだ。

 またも先読みして過去を推測した訳であるが、その推測はまたも正しい。

 

 サイレンススズカにとってトレセン学園に入ってからのレースの準備は、自分の身体を縛っていくような行為に等しかった。

 そんな自縄自縛に陥って、ある種の極地であるあの『世界』に到達できようはずもない。

 

「というのが、1個目。もう1つは」

 

「はい」

 

「俺とレースを利用してみないか、ということさ」

 

「レースを利用、ですか?」

 

 まず私心のないところを見せて虚をつき、意外に思える案を通す。

 サイレンススズカの興味を確実に惹きつけつつ、彼は続けた。

 

「なぜテストの点数が数値化されるのか。わかるか?」

 

「それは……優劣がつけやすくなるからではないでしょうか」

 

「そうだ。客観的に見て、100点と87点のどちらが偉いか。それは無論100点だ。だがこれは、単に優劣をつけ、優れた者を表彰する為にだけにあるのではない。一時的に劣った者が自分の負けを自覚し、奮起し、より優れた結果を得るために努力する。その競り合いを生み出す為にある」

 

 優れた者を表彰するのではなく、劣った者が優れた者との差を客観的に数値化されて自覚し、その差を埋めるために奮起する。具体的な目的意識を持つ。

 そのためにこそ、競争はある。

 

「君はひとりで走っても、それなりに速くはなれるだろう。俺には認識できないが、その『世界』とやらに到れるかもしれない。だが、隣に誰かがいればどうだ。その誰かは、確実に君の進歩を促す。負けた相手に勝つ。そのことによって自分の成長を実感できる。切磋琢磨、という言葉が表す通りにな」

 

 負けた相手。

 その言葉で、ふととあるウマ娘が思い出された。

 

 逃げ。自分と同じように、先頭を駆けていったあの娘。それを自分は、見ていることしかできなかった。

 

 ――――勝つのは私だ

 

 ――――人気なぞ、いらない。勝利がほしい

 

 ――――誰が相手であろうと逃げ切ってやる

 

 能面の裏にそんな闘志を秘めていた彼女に、あてられた。怯んだ。情けなくも。

 

 低迷し、心に暗雲が立ち込める中で、サイレンススズカは負けた記憶すらも忘れていた。自分のものであった――――そう。ずっと、ここに来るまでずっと自分のものであった先頭の景色を奪われた屈辱を。

 

 いや、屈辱はいい。別に正直どうでもいい。

 だが、速かった。あの娘はとても、速かった。彼女の原動力が、何なのか。勝ちたいという気持ちが、そうさせたのか。

 そういうことを学ぶにはやはり、レースが必要だという気がする。

 

「別にありがたがる必要もないが、君が得た環境は誰にでも得られるものではない。トレセン学園は国内最高の設備を持っているし、リギルはその最高の中の更に上澄みだ。こういった環境を利用して君の夢を追う。その過程で、勝利を付き従う影にしていく。そういう未来も、悪くないと思うが」

 

「そうします」

 

「判断が早いな。どうした」

 

「……少し、忘れていたことがあったんです。先頭の景色を奪われたこととか、色々」

 

 また変な単語が出てきたなと、東条隼瀬は首を傾げた。彼女の言う『世界』は物質的なものではなく、概念的なものだ。となると、この『先頭の景色』というのも概念的なもので、物質的なものではないのだろうか。

 

「先頭の景色とは、あれか。『世界』と似たようなものなのか。あるいは、単純に誰よりも前を走りたいということなのか」

 

「はい。私は、先頭を走りたいんです。走っている最中は、誰かが前にいるのも、横にいるのも、嫌なんです。足音とか、心音とか、声とかがうるさくて、集中力が切れてしまって」

 

「後ろであれば、許容できるわけか」

 

「はい。かろうじて」

 

 かろうじて、ね。

 無自覚に、たぶん本質的な部分が出た。これは信頼なのか、あるいは気分が高まっているからなのか。

 

(どっちも、だろうな)

 

 彼はプラス思考だった。少なくとも、このときは。

 ともあれ、目的は決まった。先頭の景色を渡さずに、勝つ。それだけである。

 

「よし、では取り敢えず走ってみてくれ。この目でしかと、今の君を見ておきたい」

 

「はいっ」

 

 ぴこんと、耳が動く。

 うるさいと感じるのが雰囲気的なものだとしても、聴覚が敏感な可能性が高い。

 耳あてを着けたほうがいいだろうな……などと思いつつ、立ち上がる。

 それにつられて立ち上がったサイレンススズカが椅子をガッターンと倒して耳をペタリと伏せさせたのを見つつ、ペラペラと手元の資料をめくる。

 

 そして、彼は決めた。

 

「これはあとのことになるが、レースでも見ておきたい」

 

「はい。どのレースに出ますか?」

 

「天皇賞秋。これまでのデータを見るに、君は左回りのコースが得意なようだからな。距離も2000メートルと、短すぎないし長すぎもしない」

 

 倒された(と言うか倒した)椅子をいそいそと直していたサイレンススズカの手がピタリと止まり、尻尾がゆらゆらと左右に揺れる。

 

「たしか、GⅠ……ですよね?」

 

「そうだ」

 

「うそでしょ……」

 

「本当だ。君は今の自分では惨敗すると言いたいのだろう」

 

「はい」

 

「だが。そうはならんさ」

 

 不敵に笑む、若過ぎるほどに若いトレーナー。というか、トレーナーですらない。彼はあくまでもサブトレーナーで、経験も実力も未知数に過ぎる。

 

(でも、信じてみたい。このひとを)

 

 信じるに足る何かを、感じたから。

 能力ではなく、自分にはなんの得にもならない選択肢を提示したその律儀さを。

 

 信じてみようと、サイレンススズカはそう思った。




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