ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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ビフォアストーリー:致命的欠陥

 サイレンススズカは、逃げしかできない。

 そんなことを、東条ハナがわからないはずがない。ではなぜその現実を捻じ曲げようとしたのか。

 

 その理由は、わかっていた。そしてそれが逃げと言う戦法が抱える致命的欠陥によるものだということも、東条隼瀬はわかっていた。

 

 サイレンススズカの逃げを封じたのは、身体を慮ったから。それは間違いない。だが、もうひとつある。

 もうひとつの理由。それは、同世代にサニーブライアンがいたからである。

 

 サニーブライアン。今年のクラシック世代――――つまり、サイレンススズカと同世代の皐月・ダービーを制したウマ娘。

 そして、サイレンススズカと同じ逃げウマ娘でもある。

 

 彼女は、最強の逃げウマ娘だった。まだまだ発展途上であるはずのクラシック級ながら、最強の名を冠することになんの疑いも抱かせない程の。

 

 そしてなによりも、極めて頭が良く、そして従順な気質をしていた。だから強かった。

 そういう従順さとか聡明さを、求めようとは思わない。だからこそ、同じ逃げという土俵で戦っては負ける。

 

 だからこそ、サイレンススズカは抑えた走りを教え込まれていたのだ。

 サニーブライアンは、ある種の逃げの完成形だった。故にあまりにも粗い彼女の逃げではかなうまいという、至極妥当な判断によって。

 

 今は全治6ヶ月という長期の故障で戦線を離脱しているが、復活してくるだろう。となると、対決は避けて通れない。

 故に、サニーブライアンに勝つためのスタイルが必要だった。そしてそのために、脚を抑えるスタイルを学ばせた。

 

 逃げウマ娘と逃げウマ娘が競り合えば、実力の上の方が必ず勝つ。先行や差しや追込、いわゆる駆け引きでどうこうできる立ち位置に陣取るのならばともかく、逃げは徹底的な実力主義の鉄火場である。

 

「前列に行かなくていいのかい?」

 

 歳の割に大人びた問いが投げかけられ、振り返る。白い一房、三日月の髪。周りを圧倒するような気配を持つ、『皇帝』。

 シンボリルドルフはちらりと眼下のゲートを見て、言った。

 

「そこではサインを出しにくいと思うが」

 

「お前は、必要としなかった。それと同じことだ」

 

「では、事前に手品のタネを仕込んでいる。そういうことかな?」

 

「いや。なにもない」

 

 紫水晶の瞳に、サッと理解の色が差した。

 勝つ、負ける。未来を分ける二択を前にして、彼は常に最善を尽くしてきた。そのことは、ここ半年間ほど海外遠征に帯同してもらっていたシンボリルドルフが一番知っている。

 

 ただ、少しからかいたい気分でもあった。単に彼と、久々に話したいだけかもしれないが。

 

「勝つことを目指さないなんて、君らしくないな」

 

「お前に敗北は似合わない。それと同じように、サイレンススズカには目の前の勝ち負けに汲々とするのは似合わない。そして、勝つことを目指すのが、そもそもあいつらしくない。お前はそうは思わないか?」

 

「大半のウマ娘がそれを聞けば、頬を引っ叩きたくなるだろうな」

 

 勝とうとしても勝てない。

 そんなウマ娘が大半であることを、シンボリルドルフは知っている。そして彼女自身が手にした栄光が、そんな切実で寡欲な願いを打ち倒した末にできた土台の上に立っていることを知っている。

 

「それはそうだ。だが常識的な思考と他者からの視線を気にして適性外の物事に挑み続けさせるのは、ある種の虐待だと思わないか?」

 

「私が気にするのは君の言い様だ」

 

「…………無神経だったかな」

 

「好感を持たれない言い方であることは、確かだよ。無闇矢鱈に険のある言い方をすることもないだろう」

 

 パチンと、指が鳴る。

 隣に座ったルドルフの尻尾が破裂音にピクリと動き、普段の姿勢に戻った。

 

「わかった。汲々とする、というあたりがよくない。そうだろう?」

 

「そうだ。果断即決は貴方の美点だし、私も随分助けられた。だが時に巧遅もいい。大事なのは、使い分けだ」

 

「なるほど」

 

 言っていることはともかく、言い方が果てしなくまずい。

 そんな彼の欠けた部分を知り、だからこそ放置もできずに欠点という奈落へと土を注ぎ続けるシンボリルドルフは、ひとまず話を転換させた。

 

「で、君の今回の目的は那辺にあるのかな」

 

「お前ならわかるだろう」

 

「予測をもとに話を組み立てるというのは、なるべくしたくない。その答えを持っている人間がそばにいるなら、なおさらだ。そう思わないかい?」

 

「当人としては面倒だが真実ではあるな」

 

 くるくると指を空で回して、思考をまとめる。

 そんな無駄な動作に一々自信のほどが窺える。そんな自信家ぶりを好ましく思いつつ、シンボリルドルフは彼の言葉を待っていた。

 

 無論彼女が好ましく思うのは、その気宇の壮大さに才能と実力が追従しているからではあるが。

 

「つまり、こうだ。サイレンススズカは抑えられない。普通に逃げても格上がいる。となると、選択肢は2つ」

 

「2つ? 1つではなくてか」

 

 結局、抑えざるを得ない。

 シンボリルドルフは、そう考えていた。というか、まともな思考であればそうする。

 

 そしてまともな思考というのは、王道的な思考ということである。事実彼女は極めてまっとうな、正統的な戦法を愛していたし、正統的な戦法の方も彼女を愛していた。

 

「2つだ。1つは、それでも抑えさせるということ。2つ目は、それでも逃げさせるということ」

 

「それは……そうだが。だが現に通常の逃げでは彼女の限界は見えている。事実、サニーブライアンに負けた。というか、戦う以前の問題だった。そうだっただろう?」

 

 先頭を競り合って、負けた。それならばただの実力不足だし、実力不足は鍛えればなんとかなる。

 しかしサイレンススズカの場合、完全に怯んでいた。有り体に言えば彼女は、サニーブライアンの放つ気迫に押されて、そして勝負すらできずに先頭を譲り渡してしまった。

 

 逃げウマ娘は、先頭を取らなければ負ける。となると先頭を無血で明け渡した彼女に逃げウマ娘たる才能は――――肉体的にはともかく精神的な面では――――ないと言える。

 無論これはサニーブライアンという比較対象が強過ぎるから、『相手が悪かった』と言えばそれまでだが、『相手が悪かった』で負けを甘受するようでは、シニア級になってから生き残れない。

 

「その通り。だから、逃げを超えた逃げを見せる。逃げからも、逃げ切る。そういう走りをさせる」

 

「…………カブラヤオーか!」

 

 自らに巣食う恐怖を以て環境を支配した異端の逃亡者。逃げウマ娘からも逃げ切り、速度を超えた速度を出させて破壊したという伝説すら持つ天才的な――――というか、狂気的な逃げウマ娘。

 

「そうだ。無茶逃げ……言い方が悪いな。まあ、大逃げにしようか。それを、させる」

 

「だがそれは、無茶を通り越して無理だろう」

 

「この世に無理はない。これは、俺の言葉ではないが……だからこれはあくまでも無茶だ。そして」

 

 そして、なにより。

 

「同じ無茶をさせるなら、やりたくなるような無茶をさせてやるのが本人のためでもあるだろうよ」

 

 無茶をさせる。

 その一言の裏には、無茶をさせても必ず故障はさせないという絶対的な自信が垣間見られた。

 

(それは頼もしい限りだが……)

 

 リギルのまとめ役として、トレセン学園の生徒会長として、なによりシンボリルドルフとして、この『伸び悩んでいたウマ娘を復活させてみせる』という宣言は小気味良い。

 

 だが練習メニューを終えても隙あらば走っていたサイレンススズカというランニングジャンキーを、果たして適切に管理できるのか。

 

 能力的には、不安はない。不安があったら、いくら話すのが楽しい相手とは言えども、彼女は海外にまで帯同させたりなどしない。

 

 しかし、不確定要素が多すぎる。

 それが唯一、シンボリルドルフの心配するところだった。

 

 まあ心配しても仕方ないところではある。自分もサイレンススズカによくよく目を向けて、第三者として故障の防止に努めよう。

 そう決めたところで、ふと気づいた。この人は結構前からここに居たようだが、サイレンススズカに一声かけたのだろうか、と。 

 

「なにか声はかけたのかい?」

 

「いや。前を走るのも隣を走られるのもうるさいから嫌だということだったから、やかましいのも嫌だろうと思ってな。好きに走れとだけ言って失礼した」

 

「なるほど」

 

 確かにその発想はごく自然で真っ当なものだ。

 彼の中には彼なりの様々な推測――――サイレンススズカは戦術や戦略などの型に嵌められるのが嫌なのかもしれないとか、レース前にごちゃごちゃと言われたくないのかもしれないとか、様々な推測があるのだろう。

 

「じゃあその指パッチンもやめたらどうだい? 私は慣れたが、結構な音だと思うが」

 

 これはウマ娘の聴覚が人間より優れている、というのもあるだろうが。

 そう前置きしての一言に、ぴたりと東条隼瀬の動きが止まった。

 

「……え、今日、俺、やってた……か?」

 

「うん」

 

「いつ?」

 

「私が君を諌めた時に」

 

 全くの無自覚であったらしい男は、ハァとため息をついて指を見た。

 

「直す。直すが、3年かけて習得したのをまさか1年足らずで捨て去る羽目になろうとは」

 

「だが、やるんだろう?」

 

「当たり前だ。俺はトレーナーだぞ」

 

 ウマ娘の利益になることならどんなことでもやるし、ウマ娘の不利益になることならどんなことでもやめる。

 

(いいひとだ。それが正しく理解されるかどうかはともかくとして)

 

 ゲートに全員が収まり、発走の時を待つ。

 ファンファーレが鳴りはじめた瞬間、ゲートの中のウマ娘たちの表情が一変した。

 

 天皇賞秋が、はじまる。




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