ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート   作:ルルマンド

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本日2話目、短いから連投。スペシャルサンクスは明日やります。


ビフォアストーリー:天皇賞秋(第一次)

 サイレンススズカを除いた天皇賞秋の出走メンバーは、流石GⅠというべきか素晴らしい。

 その中でもやはり1番人気はエアグルーヴ。

 そして天皇賞秋を連覇せんと挑んだウマ娘が続き、前走の札幌記念で一番人気のエアグルーヴと鍔迫り合いを演じてみせたウマ娘が続く。

 

 その下の人気。4番人気として、サイレンススズカは出走した。5枠9番は別に良くもなく悪くもない位置。まあ普通よりのやや不利。そんな位置。

 

(何を考えているんだあのたわけ……)

 

 エアグルーヴが見据えるのは、シニアになって初めてのGⅠ制覇。そしてライバルになるのは2番人気のウマ娘と、3番人気のウマ娘。やはり皆、強いウマ娘が好きなのである。

 

 しかし彼女の意識はやや散漫だった。

 シンボリルドルフが――――エアグルーヴが敬愛する生徒会長が腹心と恃むあの男。あの男に預けられた絶賛スランプ中の悩める天才、サイレンススズカ。彼女が、同じレースにいる。

 

 友人である。親友と言っていい。その悩みが深く、自分のアイデンティティどころか自分を見失ってしまっていることも知っている。

 だからこそあのたわけはサイレンススズカに好きにさせた。好きに走らせた。そういう練習をさせていた。

 

 独創性はないが、それは確かに効果があった。隙あらば走っていたサイレンススズカから隙があっても走らないサイレンススズカになっていたのが、隙がなくても走るサイレンススズカになった。つまり、元気になったのである。

 

 元気になった。よかったよかった。

 これから少しずつレースに戻していって、いずれはGⅠをとればいい。

 エアグルーヴはサイレンススズカがレースに戻ることを疑っていなかったし、多分将来的にはGⅠを勝つであろうとも思っていた。

 

 だが、である。

 

(早くはないか、これは!?)

 

 復帰(というほどレースに出ていなかったわけではないが)初戦がGⅠ。しかもシニアのGⅠとは。

 

 のんきに会長と仲良く会話している暇があるのか。せっかく復活してきたのにGⅠに出して更に調子を崩したらどうするのか。なぜ怪我から復活しかけの三冠ウマ娘を短距離GⅠに突撃させるが如き行いをするのか。

 

 色々言いたかったし、このあと色々言うつもりではある。

 だがファンファーレが空気を揺らした瞬間、エアグルーヴは耳を絞って元に戻した。

 

 ――――ともあれ、レースだ。やるからには、勝つ。

 

 ごちゃごちゃ考えながらも実戦を前にして即座に意識を切り替えられるのは、フラッシュで撃沈した失敗を糧にしたと言える。

 そんな彼女は、一度視界を閉じて意識を切り替えた。

 

 如何にもクラシック級を乗り越えてきた百戦錬磨のウマ娘らしい動作をするエアグルーヴとは対照的に、サイレンススズカは何を考えることもなく前を見ていた。

 

 東京レース場。思い出されるのは、ダービーの景色。

 あの時自分は、先頭を譲った。奪われるならば、諦めもつく。だが、譲るというのは悔やんでも悔やみきれない。

 

 ガタン、とゲートが開く音。

 

 ファンファーレの音が聴こえない程に集中していたサイレンススズカの耳に、それはやけに大きく、重く響いた。

 

 開いた瞬間、脚が伸びる。

 空気が、誰にも遮られることなく自分に当たる。あたった空気の壁を切り裂いて、進む。前に誰かが居るから減速するとか、レース後半がどうたらこうたらとか。

 そういうものを、考えなくていい。

 

 ――――ゲートに入ったらスタートまで待って、開き次第2000メートル走って戻ってこい

 

 そして、恐ろしく単純な指示へ感謝を込めて。

 

(先頭の景色は譲らない……!)

 

 誰にも。

 そう、誰にも。

 奪い去られることはあっても、二度と譲ることはない。

 

 サイレンススズカは、久々の景色を味わうように速度を上げた。

 

 速い。こんなにも自分は速く走れる。ただそれだけが、自分の取り柄。

 形を為して情報として存在していた景色が揺れて、溶けて、マーブルのように混ざっていく。

 

「ふ、ふふ、ふふふふ……」

 

 嬉しい。

 含み笑いのような声が漏れた。普通の笑い声が雨ならば、彼女のそれは声質も合わさって霧に近い。

 

 2位のウマ娘と数えられない程の差をつけて、サイレンススズカは2回目のコーナーを曲がった。

 

 曲がって、そして加速する。加速して、加速して、加速して。

 

 肺が痛む。視界が光る。脚が重い。それよりなにより、腕が重い。

 

(このなまくら)

 

 切れ味を失いつつある自らの脚をちらりと見下ろして、心の中にそんな悪態が浮かんで消える。

 脳が激しく、酸素不足を叫ぶ。チカチカと明滅する視界が、その証拠。

 

 荒い息が漏れるたびに俯いていく顔。

 走るのに不必要な機能が閉鎖され、彼女の世界から匂いが消えた。

 

 土を捲り、芝をちぎり、漏れていた自然の匂いが消える。

 

 突き破り、穿ち抜かれた空間の抵抗。身体を叩く、風の感触が消える。

 

 スタートが告げられてから1度たりとも譲らない先頭をキープしたまま、サイレンススズカは東京レース場の長い直線コースに入った。

 525.9。525.9メートルを、ただ走るだけでいい。曲がる必要もないし、何かを考える必要もない。

 

 じゃあ、視界はいらない。

 消し去った視界の代わりに速度を得て、サイレンススズカは加速した。肺が破裂して喀血しかねない程の無茶苦茶な加速で突き進む彼女の耳あてに覆われた栗毛の耳に、初めて自分以外の音が鳴った。

 

 エアグルーヴ。

 彼女は、誰の邪魔も受けない大外から飛んできた。

 

 ライバルと見据えた二人のウマ娘とポジション争いをしていた彼女は、中盤を越えたあたりでサイレンススズカの異変を悟った。

 逃げても最後までスタミナを配分できずに力尽きて垂れてきて、抑えようにも抑えきれない。

 

 圧倒的な量と質を誇る才能に対してあまりにも不器用すぎる彼女の走りを見て、惜しいと思った。

 今回も先祖返りしたようだが、やはり途中で落ちてくるだろうと。

 

 認めていた。知っていた。親友と言ってよかった。だからこそ、エアグルーヴはこれまでのサイレンススズカを、その苦悩とスランプに陥る様を知り過ぎる程に知ってしまっていた。

 

 だからこそ、読めなかった。

 逃げウマ娘は、端から全力で走る。しかし全開で走るわけではない。勝つために、そうする。そうせざるを得ない。

 

 だから自分の身体と理性が折り合いをつけ合い、なんとか制御して走っている。

 だが、サイレンススズカにそれはなかった。折り合いというものが存在しない。まるでそれを必要としないかのように。

 

(凄まじい……!)

 

 たった1つの出会いが、たった1つのきっかけが、こうも変えるものか。

 エアグルーヴは、戦慄した。実際、参謀と呼ばれる男は大したことをしていない。とにかく暴走しがちな巨大な獣のような才能を制御することを完璧に諦め、暴走するがままにしてしまおうと発想を転換しただけである。

 だがその発想の転換が、化け物じみた走りを生んだ。

 

 いつか、落ちてくる。

 そんな甘い夢を見続けるほど悠長ではないエアグルーヴは、早めに仕掛けた。

 彼女は、絶好調だと言えた。完璧なコンディションでこのレースに臨んだ。そんな彼女が早めに仕掛け、そしてやっと追いつけるかどうか。

 

 それほど、サイレンススズカは速かった。

 彼女の若干落ちつつある速度と、エアグルーヴの全力。少しずつ差を縮め、追い縋る。先に行くなと手を伸ばす。

 

 それでもなお、届かない。

 

 無茶には、無茶を。

 完璧にサイレンススズカの熱にあてられたエアグルーヴは、大きく息を吐いて身を屈めた。

 

 ともかくも、疾く。一秒、一瞬でも速く。

 

 やや、縮まる。そしてここまでやっても『やや』しか縮まらないところに恐ろしさを感じつつ、走る。走る。走る。

 

 そして差がある程度まで縮まった瞬間、サイレンススズカが爆発した。

 爆発する程の加速で跳躍するように加速し、そして急激に減速する。

 

(なにが――――)

 

 あったのか。

 そう逡巡する前に、エアグルーヴはサイレンススズカを差し切った。それでも、あの終盤の爆発的大失速があってなお、ハナかそこいらの差。

 

(スズカ……?)

 

 恍惚とした表情でトコトコ歩いているサイレンススズカからは、故障の色は見られない。体重の移動の仕方にも異常はない。

 

 そして、ある程度までトコトコ歩き、完璧に減速しきったサイレンススズカはバタリと倒れた。

 

「スズカ!?」

 

 客に手を振るのも忘れて駆け寄り、うつ伏せに倒れた身体を起こす。

 完璧なリズムで律動する肺、つられて動く胸と肩。

 

(ね、寝ている……)

 

 つまり、あれか。

 あの爆発的な加速でスタミナを――――レースに使うものにとどまらず、身体を動かすための体力そのものを燃料として放り込んでしまいました、ということなのか。

 

「……勝っていたのは、どちらなのか」

 

 あの無茶な加速がなければ、そしてその加速によりもたらされたとんでもない減速がなければ、負けていた。

 

 称賛と動揺の声を総身に受けながら、エアグルーヴはサイレンススズカをひょいと背負って歩き出した。

 

(どちらにせよ)

 

 よかったな、スズカ。

 心の中で、そう呟く。

 

 楽しそうに走っていた。

 楽しいがために、レースが終わって即座に意識が眠りへと追い込まれたのだろうが、それでも苦しそうに、つまらなそうに走る姿よりは余程らしいと言える。

 

(あのたわけ、中々のやり手なのか。あれで)

 

 結構な過大評価を受けた男が観客席から地下通路へ、そして地下通路からこちらへ駆け寄ってきたのを視界に収めつつ、エアグルーヴは地下通路へ続く道に消えた。


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