ウマ娘 ワールドダービー 称号獲得レギュ『1:11:11』 サイレンススズカチャート 作:ルルマンド
サイレンススズカにとっての次のレースは程なくやってきた。マイルチャンピオンシップがそれである。
日本のトゥインクルシリーズは、設立された当初は長距離こそが尊ばれてきた。
ダービーと並んで、3200メートルと言う世界でも有数の長さの天皇賞春を制すことが最高の栄誉と言われているあたりに、その名残が表れている。
だが世界的には長距離は今や廃れつつあった。
高速化・短距離化が顕著なのである。故にそのトレンドに適応するために、いくつかのレースが新設された。その最たるものが、このマイルチャンピオンシップである。
開催場所は京都レース場。右回りであり、左回りを得意とするサイレンススズカにとってはやや不利だと言えた。
だが1600メートルと言う距離は悪くはない。
(なによりも、メンバーがいい)
出走してくる面子が、尋常ではない。
最近不調であるとはいえ、最強クラスのスプリンターであったヒシアケボノ、今年のクラシック級においてサニーブライアンと双璧のように扱われた逃げウマ娘、ティアラ路線のキョウエイマーチ。
そして、タイキフォーチュンとタイキシャトル。
タイキフォーチュンは去年、NHKマイルカップ――――皐月・ダービー・菊花に出れない留学生のために用意されているようなGⅠで圧倒的な走りを見せた。
その後は連敗を重ねて評価を落としているが、ここであの走りが再現されないとも限らない。
そして、タイキシャトル。
サイレンススズカと同年代のこのウマ娘はゲートの狭さにブーたれてデビューが遅れたものの、最近やっと上り調子になってきた。
彼女は前寄りながら王道の走りをできる、如何にもリギル好みのウマ娘である。
「だからといってやることは変わりませんね」
思考回路が単純なのか、あるいは単に他人の肩書きというものに興味がないのか。
この豪華なメンバーの中に混ざっても、サイレンススズカに臆する様子は見られなかった。
「そうだ。スタートから先頭に立って、そのまま押し切る。幸いなことに君は10番で、キョウエイマーチは11番。スピードが同じであれば、君が勝つ」
「タイキはどうでしょう」
実に珍しく、彼女の口から他人の名前が出た。タイキシャトルは、彼女の友人である。
こう見えて友人が多い――――個性的な連中に絡まれやすい、ともいう――――彼女は、友人との対決という言葉に苦い思い出を抱えていた。
具体的に言えば、彼と出会う前。
指示された戦法を無視して先頭をぶっちぎりで走ったときに、満足して脚を緩めていたら後ろからやってきた謎の怪奇開運ウマ娘に差しきられた、という経験がある。
あれは完璧に自分のミスである。そんな認識は確かにあるが、なんとなく嫌な予感はしていた。
「君はどう思う?」
こういった質問が逆に投げかけられることを、予測していなかったわけではない。
サイレンススズカも、出会ってからの2ヶ月で察することができていた。彼は自分の意見を言う前に、他人の見解を訊く人だということを。
「負ける気はありません」
それがレースについてなのか、あるいは単純な速度勝負のものなのか。
ただ彼女はどちらにせよ、負けることはない。負ける気はない。
「俺としては、このレースに勝とうが負けようがどちらでもいい。たとえば君がこのレースの途中で目的を達成して走るのをやめてしまっても、俺は喜ぶことこそあっても怒ることはない」
「はい。好きなように走って、楽しんで帰ってきますね」
それはレースの勝敗に全てを懸けているウマ娘にとって無礼であると、誰かが言うかもしれない。
だが彼女たちはレースを通じて優劣をつけ、勝敗にこそ価値を見出す。サイレンススズカはレースを通じて自身の限界を極め、超えることにこそ価値を見出す。
どちらもレースを通じて価値を見出し、自分の夢や目的に沿った成果を得ようとしている。
(この娘がそういったことを気にするようになれば、そういうのもいいだろう。だが今ではない。余計なことを言ってレース前に統一された心理を、乱すこともないか)
去っていく細い背中と長く揺れる髪、ご機嫌に揺れる栗毛の尻尾。
(あれで、結構繊細なところがあるからな……)
神経が過敏なわけではない。勝負事に臨み、道を極めて夢を追う。
求道者として生きるに適した分厚い心の外殻を、サイレンススズカは持っていた。しかしそれでも、感性が鋭敏である。その鋭敏な感性は、他者の感情を増幅して彼女の外殻の中にある、無防備な心のやわらかい部分を揺らすだろう。
そしてそのときは、すぐそこまで迫っていた。
ファンファーレが鳴る。
広く感じられるゲートの中で深く息を吸いながら、サイレンススズカは目を瞑った。
遺伝的なものか、あるいは種族的な特徴によるものか。ウマ娘は、閉所恐怖症であることが多い。
だがそんな精神的不利を感じないほどに、彼女は深く集中していた。
隣には、このレースにおけるライバルがいる。同年代の桜花賞ウマ娘、キョウエイマーチ。跳ねっ返りの逃げウマ娘。
――――運命的な因縁を感じる
驚異的な逃げっぷりをデータと共に紹介してのけた彼女のトレーナーは、総評の後にそう付け加えた。
彼女はサニーブライアンほどおおっぴらに逃げ宣言をすることはなかったし、彼女の後に現れるキョウエイの名を持つ逃げウマ娘のようにマスメディアの前で逃げることを公言したりもしなかった。ただ内に秘める闘志は、この二人にも負けていない。
キョウエイマーチとしては、隣で妙なおとなしさを見せる逃げウマ娘――――サイレンススズカこそが自分の敵になるであろうということを察していたし、その裏にいる男の影を見ていた。
(サイレンススズカはともかく、そのトレーナーは策士だ)
シンボリルドルフと組んで日本を散々荒らしまわり、そして海外くんだりまで2回出かけていってついぞ負けなかった男である。
その栄光の大半はシンボリルドルフというウマ娘の埒外の強大さ、ウマ娘の常としてレース中に酸欠になりながら0.1秒単位の戦局を読み切ってレースそのものを支配する驚異的な思考能力にある。
そう考えられていたものの、そのシンボリルドルフ自身が恃みとし、海外にまで同伴させたのだ。それなりの能力はあるだろうと、キョウエイマーチのトレーナー――――篤実さと誠実さの擬人化のような女性は思っていた。
そんな如何にも知性派ですといった男と、見た目だけならば深窓の令嬢、知性派の代表格のようなサイレンススズカ。
この二人が組んで初戦があのパワープレイの極致のような天皇賞秋というのは、怪しい。
(なにかある、と。少なくともトレーナーはそう思ってるワケか)
キョウエイマーチは、構えた。どうする気か、と。
これは別におかしなことではなかった。なにかあると思わずにはいられないほどの脳筋戦法のあとには、策があると。
そう思うのは、おかしなことではなかった。
たとえあの自爆めいた逃げが策でない衝動的なものであっても、二度目はない。
逃げというものは、頭を使う。先頭を駆けて、全体を支配し、管制下に置く。ペース配分と後続との距離を常にコントロールし、バテないように自分のスタミナと相談しながら走る。
観客は無邪気に逃げというものを力押しだと称揚するが、そうではない。それは、サニーブライアンを見ればわかることだ。
そしてサイレンススズカは、そのサニーブライアンに負けた。勝負することもできずに。
(走ってみたかった)
だが、その願いは叶わない。
クラシック路線と、ティアラ路線。両路線に最強クラスの逃げウマ娘が揃うのは、珍しい。だからこそ、競ってみたかった。
だがサニーブライアンは怪我をした。骨折、全治六ヶ月。菊花賞前の、無念の故障。
もう走れないかもしれない。そんな怪我をした以上、キョウエイマーチは世代最強逃げウマ娘の栄冠を譲られた。
不本意だった。勝ち取ってこそのものと思っていたからこそ、そして自分に自信があるからこそ、彼女はこの棚から落ちてきた栄冠を屈辱に感じた。
だが、不本意であっても。いや、不本意であればこそ。
彼女は、最強の座を明け渡す気はなかった。
――――ゲートが開く。
(負けるか。どんな手で来ても)
走ることから、競ることから。
ダービーという大舞台で、サイレンススズカは逃げた。自分の本質から逃げた。そして今、帰ってきた。
その間に、何があったかは知らない。だが、その迷走している間も、自分は真っ直ぐ進み続けてきた。努力の質も、量も違う。
キョウエイマーチには、自信があった。それは大きな才能があって、大きな才能を支えられるだけの努力があって、そして結果が伴っているからこその自信だった。
その自信を一蹴する程の勢いで、サイレンススズカは飛び出した。
流星のごとく飛び出したサイレンススズカのエメラルドグリーンの瞳に宿るのは、狂気と紙一重の情熱。
キョウエイマーチは考え、構え、備えた。だがその尽くが裏目に翻った。
(違う! こいつは……!)
こいつには、計算がない。
こいつには、計画性がない。
こいつには、未来図がない。
こいつには、今しかない。
ただ今に、ひたむきに全力を尽くす。
「だが、そんなことで――――!!」
吐き捨てるように、加速する。ハナを即座にとって突き進むサイレンススズカ、それに追従するキョウエイマーチ。
(Wow! 吹っ切れたみたいデスね、スズカ!)
二人が突き進み、競うようにレースを牽引する姿を見て笑い、あくまでもタイキシャトルは自分のレースを保つべく前から4〜5番目という定位置に身を潜める。
彼女も、開始直後からハナに立つような走り方ができないわけではない。普通の相手であれば圧倒できる自信がある。
だが、この二人相手ではそうもいかない。本来の走りを保たなければ、話にすらならない。
サイレンススズカは、ひたすらに前を目指していた。
前へ。前へ。まだ見ぬ景色へ、新たな地平へ。
そのためには、突き放さなければならない。自分の斜め後ろで物音を立て続けるこのウマ娘を。
(だけど、それはできそうにないわね)
浅く空気を吸う。自分が出せる最高速で走っているが、突き離せない。速い。
(すごいんだ、このひと)
速い。とても速い。振り向けば即座に追いつかれそうなほどに。
身を灼くような焦燥を。
そして、自分を懸命に追ってくるウマ娘の心臓の鼓動、芝を踏む音、そのうるささを。
サイレンススズカは、楽しいと思った。
――――君はひとりで走っても、それなりに速くはなれるだろう。俺には認識できないが、その『世界』とやらに到れるかもしれない。だが、隣に誰かがいればどうだ。その誰かは、確実に君の進歩を促す。負けた相手に勝つ。そのことによって自分の成長を実感できる。切磋琢磨、という言葉が表す通りにな
(トレーナーさん)
言われたことを、思い出す。思い出して、笑う。笑って、そして、綻んだ頬を引き締め直して、前を見る。
(私、成長します。このレースで、必ず)
決意した瞬間、何かに入った。
桜。桜が舞って、夜空には月。
自分の周りの空気が重くなったように感じたのは、決して錯覚ではない。錯覚では、すまない。
なによりも、自分の耳に入ってくる音が近づいてくることが、やかましさを増していることが、丁寧な解説よりも、理論立てた論文よりも雄弁にサイレンススズカに伝えてきた。
(これが……私の見たかったもの?)
それは、違う。自分の見たかったものはこんなに暗くないし、光輝に満ちていた。
そしてなにより、桜が邪魔だった。花から漂う匂いが、そしてなにより、散っていき舞う花びらの音が。
(違う。これは、彼女の世界)
彼女の理想像。心の具現化。領域と呼ばれる、極まったウマ娘のみが持ち得る自分だけの世界。
その中にいては危険だと、わかった。
このままでは危険だと、わかった。
そしてもうひとつ、彼女はわかった。
「ああ、そうやるんですね」
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