槍の仙人はどこに消えたのか?   作:木刀超好き

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第2話

深夜の路上。間近に建つ電柱からの照明が積もる闇をほのかに照らす地方都市に一深夜。

「っべーな、あのバカ。何をやっているんだよ」

 電柱の上に直立するのは濃紺色の装束を纏った、一言で表せば忍者だった。顔の形も体の線もだぼついた忍者装束に覆われて、男女の別も定かではない。本名は既に存在せず、15の夜に与えられたヤシャという識別記号が残るのみだ。

 4.0の視力が捉える2キロメートル先の世界は月夜にもかかわらず鮮明で、主である横木の剣滅者が蚩尤の眷族と戦闘を開始するのが眺望できる。人払いの術も一般人への配慮もおざなりに始められた戦闘場には、案の定、民間人の少年が取り残されていた。

「ああ、もう。後始末するこっちの身にもなりやがれってんだ!」

分担された一族の役割でヤシャが行うのはフィールドの調査と後始末、主である横木の剣滅者と最も関わりが深い役である。

 ヤシャは今代の横木の剣滅者に絶望していた。ヤシャへの横柄な態度から始まって、適当極まりない場の形成へと継がれ、どうしようもないゴリ押しの戦闘姿勢の愚かさに転じ、最後に後始末に困るような現場の惨状に終わる。例えば死体、蚩尤のものは眷族も含めて灰となって消えていく。

だが、それ以外の生き物の死体はある程度鑑識が判別できるようにヤシャの魔術で修復する必要がある。また、修復が使われるのは酷く荒らされた戦闘後の場においても同じことだ。故に一族から剣滅者の直接的なパートナーに選ばれたヤシャは一族内で一番、修復魔術の上手だった。

 電柱の頂点を蹴って跳躍、楕円軌道を描いて近くの電柱に着地し、7メートル先の電柱へと更に跳躍。人間が跳ぶには異常な距離ではあるが、ヤシャもまた一族の丹田功と極限まで鍛えぬいた体術によって不可能を可能とすることが出来る。

「間に合ってくれよ…」

 叶いそうもない独り言が覆面越しに漏れだした。

 

 遠雷の音が聞こえる。

 振り上げられた手刀は身動きの出来ない少年と少女の間にあった。少年の瞳孔に焼き付くのは少女の長い黒髪。夜の闇よりなお艶やかそれは動きの邪魔にならないように束ねられている。

 唐突に手刀は振り下ろされる。少年の意志など関係なしに悪夢の夜の終わりを告げる一閃。氣の集中と発勁によって玄武岩でも叩き斬る威力を内包しているそれは、果たして真剣とまともに打ち合っても打ち勝てただろう。

 そんな一閃。一打ではなく、斬撃と呼ぶにふさわしい手刀。

 

 肌に涙適の感触が残る。一体いつの間に雨雲が集まっていたのだろうか?死を目前に控えた少女のは己が疑問に嗤う。17年生きてきて最後に思うのが天気のことだったとは。

 飃という風切り音が降り出しの雨に斬弧を描いた。

 

 

 

 なんだ?

 違和感に反応した体が間合いを外す。言うなればそれは北山天が培ってきた直感、生き残り戦い続ける為に備わっている非人間的感覚によるものだ。違和感は原因は振りぬいた手刀からだった。

 なんだ?

 あの手刀に少女の首を切断できるだけの威力は当然存在し、また自分の技量が並ではないと北山天は自負している。ならば、あまりにも上手く切れ過ぎたのか?そう自問自答をするほどに先程の手刀は手応えがなさ過ぎた。

 否。

 否。

 斬れてなどいない。むしろその逆だ。ばらりと今頃になってうっかり忘れていた用事を思い出したかのように、Tシャツの胸元が真一文字に裂ける。遅れること数秒、今度は皮一枚が裂け、血が控えめに零れ落ちた。

 困惑する北山天を前に倒れ伏していた少女が起き上がる。右手には身長と等しい大太刀が棒切れのように握られ、左手に持つのは、

「髪紐か・・・」

 合点がいった。あの紐に氣を流し、硬度を上げて刃のごとく使用する――かつて相まみえた高手達にも同じような使い手がいた。その名称は確か硬氣錬刃法。

「この世の薄き全てを刃に変える秘術……、未だに使い手がいたとはな」

 それも本国ではなく、この東夷の地に。

 いや、と北山天はかぶりを振る。そういえばこの国はそうだった。文化伝来の終着点。あらゆる漂流物が堆積し変質し飲み込まれる混沌の地、だから自分も辿り着いた。

 雨に遮られた視界の先で、むくりと少女が起き上がる。それは確たる意志というものが見られない、天空の糸から振る糸で関節をつないで操るような奇妙な動きだ。

「……ふうぅ」

 だというのに戦闘態勢の咽喉が獣の唸りを上げる。

 ざわり、と北山天の肌が芯から粟立った。

 

 

 雨か。

 独特のアスファルトが発するような臭気がヤシャの鼻をついた。道に落ちた雨粒が、アスファルトが放射する昼間の熱に溶けて消える。冷気と熱の相克はやがて本降りとなった雨に押されて、夏の熱気が明らかに下がっていくのが感じられた。

 不味いな。

 強化されたヤシャの目に今代の横木が倒されたのが確認できた。同時に相手の力量も測ることが出来る。強化状態の横木の身体能力は常人の6倍、オリンピックに出て全競技で記録を更新することも可能なのだから人外と言っていい。さらにヤシャの知る限り、あの女--今代の当主は剣術の達者でもあった。その腕は自己の身長に等しい大太刀を手足指先の如く操って、正座するヤシャの鼻毛を切ることさえ可能なレベルにあるのだ。

 「素手だと……」

 馬鹿な。

 疑惑の眼差しはしかし、目の前の景色が証明してくれている。先程までただの素人に過ぎなかった少年が一打で手練れの剣士を倒す。異常としか言いようがない光景に鳩尾の奥がきりきりと痛み、跳躍する足に更なる力が籠る。恐らく間に合わないだろう。だが、あの少年を生かして帰せばヤシャの一族全体が責任を取らされるだろう。

 殺す。

 極低温の液体にも似た剣身がヤシャの脳裏に浮かび上がった。これを最初に見たのは7つの時だった。訓練の最中に誤って相方を殺した時から、この鋭利な刀身が瞼の奥に焼き付いて消えない。これがヤシャの殺意だ。沸騰し爆発する感情ではなく、普段は鞘に納めているがいざというときには躊躇無く抜き放たれる。

 目標がどうやら殺すのを躊躇っているようだと気付いたのは、相対距離が400メートルを切った頃のことだった。

 回復した横木の当主が死人のような足取りで立ち上がったのは200メートルを切った頃。

 間に合うか?横切る疑念を置き去りにヤシャは奔った。

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