槍の仙人はどこに消えたのか?   作:木刀超好き

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短い文章ですね今回も。


第3話

 敵の正体は不明。目的は未知数。かといって逃げ帰れるかと言われればそういうわけでもなさそうだ。

 戦うしかないと、北山天は確信していた。真の闘争とは、前に進むも後ろに退くも叶い難い状況から始まる。矛盾する様ではあるが、北山天が今日まで武具として生き延びるためには、無駄な戦いは――避けられる戦いは全て避ける必要があった。

 闘争とは偶然である。思いもよらない、しかし確実に自分に拠る因果が逃れようのない状況を生み出してしまう。現状では目の前の小娘がそれに当たるものだ。右手には大太刀の抜身の刀身が本降りとなった夜雨を弾き、左手にだらりと髪紐を垂らして、空ろな笑みを浮かべて立ち尽くしている。ただ一つ、こうなったらただでは帰れないという事は判っていた。

 腰は軽く落として気を丹田に沈め、両掌を相手にかざして胸の前でゆるりと構える。遣ることは槍を持った時と大して変らない。全神経が集中する対手の鋭利な刃に、過去の戦った幾百幾千もの死闘を想起する。そして北山天の記憶にはあの武器と戦った事も存在していた。

 

 彼の兵は勇猛果敢にて前後左右に激しく跳躍し瞬く間に距離を詰める。その鋭利な刀身は楚鉄の兜を切り裂くほどで、故にあれを防ごうなどという馬鹿なことは考えない方がいい。人体を容易に切断する刃なんて、いかに仙術武具の身であろうともまともに受けようという考えにはいたらず、終に触れることなく一合で相手を制するのが最善手と信じて。

 けれども、果たしてあの長太刀と変化自在の間合いを持つ錬刃に対してそんなことが可能なのだろうか?迂闊な牽制は逆にこちらの致命打となり兼ねなず、本命を打ち込もうと近づけばやはり拳より先に斬られるだろう。また変幻自在の錬刃は接近戦において脅威そのものだ。蛇のように、それ自体があたかも意志を持つかのごとく動き回りながら、それでいて刃物並のの切れ味を秘めている。仮に動脈でも撫でられようものならば、その時点で宿主の命は絶望的だろう。

 前に進むも、後ろに退くも叶わないこの状況下。

「どうした?来ないのか?」

 少女の口から漏れたのは、風雨を持ってしてもなお掻き消せないしわがれた男の声だった。

「……お前、」

「同類だよ」

 北山天の疑問に答える簡潔な声に、少女は更に説明を加えた。

「宿主を転々とし、滅びの日まで永劫戦い続ける呪われた武具だ。俺は生まれてから五百年、ずっと横木の剣滅者と共に戦ってきた」

 剣滅者?何だそれは?

「まあ、お喋りはこれくらいでよかろうよ。羽化する前に絶つのが蚩尤狩りの基本だ」

 言って一歩、少女の体を中心に不可視の斬撃可能範囲が結界となって北山天を圧迫し、次の一歩でその体を右手の太刀の間合いの内に収めていた。その一歩と斬撃が同時、特別な構えなしに平歩のまま少女は斬撃を放つ。

 

 「っ!!??」

 反応は出来た。けれども遅れた分はキッチリと持ってかれていた。左肩から右脇腹に掛けて灼熱が走る、今の内は痛みなど来ないだろうが戦闘を終えた後は悶絶するに違いない。しかし、果たして後なんてあるのか。

 斬撃の終わりに踏み込もうにも、左手の髪紐が変幻自在の刃となって返し一手を牽制して間合いを制し、かといって大太刀の間合いの内で動きを止めるのは自殺行為に等しい。

 北山天の目から見ても剣士は化け物としか形容しようがない。構え無しに、歩きながら人を斬る無拍子の斬撃など本国でもそうはお目にかかれなかった。せめて得物があればと思うがそれはやはり死期を少し先に延ばす行為に過ぎないだろう。初撃で少女を打倒し得たのは、あくまで向こうが油断をしていたからだ。武具の補助による強化は直接宿すという形式上こちらが上で、向こうの丹田功と強化の併用にも対抗は出来たが、そうは言っても宿主の性能が違いすぎる。

(向こうの小娘は武術を相当修めている。…たいしてこっちの小僧はど素人もいいところだ)

 けれども、このままでは後数手の内に宿主諸共絶命するのは必至、ならば。

 どこからともなく取り出した槍が北山天の両手に握られていた。北山天の本来の姿を模した槍は圧倒的なリーチを誇る。その大きさは少女が片手で振るう大太刀の二倍。

 長さで稼がせてもらおう。ほんの僅かな生の時間を。

 少女の死角から幅広肉厚の穂先を叩きこむ。金属同士がぶつかり合う音は欠片もなく、少女はとうに槍の間合いの外へと脱出していた。

 僅かな休息も許されない四本の足は絶えず敵に対して有効な位置取りを探り、次の一手を放つ刹那の位を探り合う。

 「--ッ!!」

 接近と危険地帯は隣り合わせだ。

 

 長いものは短いものを制する。勝負の根本原則に乗っ取り先を取ったのは北山天だった。槍全体をしならせての劈の一閃は、垂直に落ちる雨粒よりもなお早く少女の右手首を狙った。穂先の下に取り付けられた血止め赤房が宙に真紅の軌跡を描く。けれども無理だ。何の工夫もない正面からの打ちでこの剣士を捉えることなんて出来るハズもない。槍と剣が交叉する。キャリン、という硝子の割れるような音はアスファルトを叩く雨音に消えた。

 つまり、

 

 ここからが正念場だ。

 「おおおッ‼」

 気勢と共に動かさないでいた筋を、関節の向きを、宿主が作り出した意識の制限を北山天の身体意識で書き換える。切っ先の行方は少女の足の甲。下段へと変化した槍が飃と音を奏でた。

 けれども、少女の如何なる修練の境地ゆえかこの一突きも虚しく空を穿つのみだ。そして間合いに入った槍を少女の太刀が抑えにかかる拮抗した攻防がようやくここで成り立つ。

 

 

 

 結論を言えば今までの二手の攻防はすべてこの交叉を作り出すために存在したと言っていい。持ち上がる槍と振り下ろされる太刀がが全く同じ速度で交叉し、互いにすり抜けた。間合いは未だに北山天のもので、後二歩踏み出さなければ向こうの太刀は届かず、あと一歩でこちらの槍は届く。

 死ね。

 踏み込みと同時に突き出された切っ先は螺旋状に槍を奔る内力をもって防御に使われた髪紐の錬刃を弾き飛ばし、ただ真っ直ぐに突き進む。

 敵の太刀は届かず我の槍は内懐に届く。光と影、陰と陽、生と死の境を貫くただ一刺、先々代の使い手もっとも得意とした絶招『陰陽交叉中道行一刺」は少女に鳩尾から切っ先を滑り込ませ、確かに心臓を貫いた感触を北山天の掌に余すことなく伝えきる。と同時にぶるりと、何とも言えない高揚感が腹の奥から湧き上がり背筋が震えた。

 最高だ。

 この如何ともしがたい強敵を制した時の幸福感に勝るものは存在しない。数百の雑兵を屠ろうとも決してこの喜びは得られないと北山天は知ってい…

 ……?

 ……?

 ……いや、これは。

 手応えがおかしい。人の持つ柔らかさゆえの重心の不安定さがまるでなく硬質なモノとしての感触のみが柄を透して伝わってくる。そこで、北山天はようやく穂先が捉えたのは丸太だと気付いた。全感覚が敵の行方を捜すことに動員され針の落ちる音も逃がさんとする聴覚が、

「こっちだ」

 声は上から聞こえた。時を同じくして北山天の足元から人影が持ち上がる。右手には逆手に構えたナイフ、狙うはこちらの頸動脈。この位置からでは回避不可能と一瞬で判ぜられ、故に北山天は一転して深く沈み込む。手の高さが幸いして槍の柄と相手の二の腕がぶつかり、首に触れる少しの時間を稼ぐ。

 自らの魂にも等しい槍を惜しげもなく放り捨て、北山天の空いた両手が接触する人影の右手を接点に、勁道に旋回を掛けた。

 再度違和感が北山天を襲う。

 禽拿術の一手は勁道が途中で断ち切られ、掌中に存在していたはずの右手とその持ち主の姿は何時の間にか消えていた。

「じゃあな」

 既に電柱の上に影は移動している

ただ一言残して黒い影は北山天に背を向け跳んだ。

「……待て、」

 何なんだお前らは。問い掛ける北山天の知覚可能領域から急速に気配が遠のいていく。伸ばした手は虚しく空を掴み、雨の冷たさを伝えるだけだった。同時に北山天の意識も深いところへと沈んでいった。

 

 

 

 

 2、夢か現か

 

 人生においておよそアスファルトの上で朝を迎えるというのは、一般的な男子高校生の生態からかけ離れている。だから一般的かつ平凡退屈な一高校生を他称される筒地には異常事態だと、すぐに理解できなくても仕方ないではないか。霞がかった頭を振り懸命に眠気を追い払い、さて手と尻から伝わる奇妙な感覚、部屋の二階の窓から見る電柱はあんなに高かったかと首を傾げたところで、要約異常事態に気が付いた。頭の霞はどこかに消し飛び、しかしクリアになった割には一向に事態の解析を図ろうとしない脳味噌が酷くうっとおしい。

 果たして、昨日の戦い的なものは何だったのか。思い出せばいくらなんでも酷過ぎる。しかし、夢ならそういうことがあってもいい。

「夢だよな、うん」

 常識的に考えてあり得ないし、そもそも化け物の死体も戦闘の余波が作り出した惨状も筒地の目の前には無いのだから。ならなんで路上に寝ているのかと、まあそこに帰結するのだが夢遊病の心当たりはないし、だとしたら疲れ果てて歩いている最中に眠りこけてしまったのだろう。確かに、自分の腕とかあしに残る細い傷跡は不可解だし、転んで擦り剥いたとも考えられるわけで。

 

 いやいや、そんなわけあるかよ。とも同時に思う。受け入れろ。昨日の夜のことは全て現z……。馬鹿言ってるんじゃねえ。ならその眼をおっ開いて辺りを見回してみればいい。 

 影も形も跡もなく、どころかこの場所で大破壊を撒き散らす伝奇的な戦闘があった証である化け物の体も、余波で砕け散ったアスファルトの道も、全てが何事もなかったかのように日常へと帰還している。

 あれは夢だったと、筒地錬次は結論付ける。そうとも、怪奇現象が入り込むにはこの世界はあまりにも行き届いているのだ。ならば筒地が今日することは学校という現実と向き合うことであり、決してアスファルトの上で呆然と座っていることではない。

 「やべ、間に合うかな」

 太陽は既に斜め四十五度を通り過ぎている。夜のうちに雨でもあったのかぐしょ濡れの服と比例して足下の大地は、それなりに水が引いていた。

 こういう時に誰もいない自宅というのは都合がいい。

「人間万事塞翁が馬、ね」

 格言をあくびで噛み砕き、綺麗すぎる道路など無視を決め込んで。

 筒地は日常を取り戻した。

 




終わりじゃないからね!
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