4,幼女より足首が大事といいたい
筒地錬次の日常は回復された、はずだった。
身の丈を超えるカバと犀の合成獣なぞ月夜の妄想で、大太刀を振るう少女と言葉を話す槍と合体したのはどこかで見たマンガかアニメのワンシーンを無意識に夢見たに過ぎない。そんなものは、三日ぐらい前から連日のように見ていた中二臭い夢の続きであるとしか思わなかった。
「かはは、新たな主はこのような体系が好みかのう!」
路上で目覚めたその後、まさか破れた制服で学校に向かうわけにもいかずせめて、学校指定のジャージで行こうと帰宅した。実に常識的、とは断言しないまでも、真っ当な判断を下したと思うし制服が破れたことを言い訳にして学校を休もうとしなかった自分はあっぱれ学生の鑑であると、
「このような幼児体型が好みか、この変態め!」幼い女の声。
うるさい黙れ。
視線に意志をのせ筒地は寝台の上の幼女を睨みつける。人からは狂気を感じる目つき、と称される筒地の目力はこの目の前のの―――八歳程度の糞餓鬼を黙らせるには十分なものであるはずだった。
「ふん、欲情を怒りの演技で抑えていることなぞ我の心眼をもってすれば丸わかりだのう!何より寝台のしたの書物を見ればお主の嗜好なぞ我の手の内よ」
ほれ。
そう言って幼女は大胆なスリットの入ったチャイナドレス姿で右足を持ち上げる。蝋の様に白い肌と、それに包まれたゆで卵のような太股。
頭がおかしくなったのかと思う。ジャージに着替えようと家に帰ったら、寝台の上に全裸の幼女がいた。何か着ろと、顔を背けつつ告げたら、すぐに「着替えた」との返事が聞こえた。振り返ったらやはり全裸の幼女が誘うような恰好で筒地の部屋の寝台に寝転んでいた。すぐに、自分の頭がおかしくなったのかと筒地は部屋の扉をそっと閉めて、もう一度、いまの光景がただの幻覚であったことを確かめるべく扉を開けた。
やはり、幼女がいた。今度は白いチャイナドレスを着て。
「……つまり、お前はその齢で脳腫瘍が出来ちゃったということで、ここは一つ。じゃあ俺は学校があるから。あと知らない人の家に上がり込んで親を心配させるのは良くないぞ」
黒髪をツインテールにまとめた幼女の一時間にわたる説明の感想と忠告を終えた筒地は、ついで幼女の両肩に手をのせて押し出すように廊下を歩ませる。
「何をするのじゃぁ、この阿呆が!我がおとなしく、気分を取り直して説明してやったというのにこのガキャァ!」
幼女は身をよじって暴れるが、そこは大人と子供。力の差は歴然で一切の抵抗を顧みない筒地の両の手は
幼女の体を徐々に徐々に玄関の方へ運ぶ。
幼女が罵る。
「昨日の夜あんなにも激しく……」
「知らない知らない」
「戦傀儡……」
「やって味噌漬け」
玄関が近づいてくる。雨が降ったのは昨夜の夜だというのに、またの雨音が筒地の耳に入ってくる。
「なあ、ほら思い出さぬか?この雨の中……」
幼女の戯言は無視の一手に尽きる。筒地の手は右手はその細し首根っこを押さえ、左手は玄関のドアノブを回す。きいいい、と悲鳴のような音を立ててドアが開け放たれ幼女の体が家のの外に追い出され、土砂降りの雨音が騒がしく侵入してきた。
「わ、我が槍の精だというのは百歩譲って、」
「却下」
「早い!せめて最後まで、言わせんかい!」
悲痛な幼い叫びが雨音にかき消される。
「却下、傘と電車賃をやるから早く親のとこに帰れ」
こんな子供が、家出だなんてどれだけ親が心配することか。こういうときは心を鬼にして強く言わないとだめだ。まったく、これだからゆとり世代は。
「じゃあな、」
傘と財布を突き飛ばすように渡して、筒地は家のドアを閉めた。閉めると同時に学校に行く気が失せた。あの脳天が高速回転している幼女のせいで、今日一日分の気力がかなり削がれてしまった。
「ふう、仕方ないやつだったな」
電気ポットで沸かしたお湯でインスタント味噌汁を溶いて、電子レンジからご飯を、冷蔵庫から納豆を取り出してテレビ番組の時刻表示を見ると午前九時四〇分だった。二限目までは仕方がないなと溜息を溢して味噌汁を啜る。かき混ぜた納豆をのせ、納豆の乗ったホカホカのご飯を箸に乗せ、そして口に、
「うわあああああああああああああああんん!おにいぃちゃああんがぁ!私をぉ家に入れてくれないよぉ」
思わず飯を丸呑みにした。食堂を塞いだ飯を胸を叩いて胃に落とす。その僅かな動作の間にまた、
「うええええええん!」
聴き覚えのある女の声が響く。
三分後、筒地家の食卓にはほくほく顔の幼女が座っていた。この幼女、名を北山天という自称槍の精霊は泣いてなどいなかった。筒地が慌てて出ていくと、笑顔で出迎えご苦労との給いやがった上に、運の悪い事に近所のおばさんに遭遇して「海外にいた妹だ」と説明してしまった。おばさんの噂話というものは恐ろしい拡散能力を誇る。
一度だけ不倫した魚屋の富オヤジは、その翌日にはもう離婚届を渡されたとか。絶対にばれないはずなんだけどなあ、と富オヤジは言っていたがつまりそういうことである。
「うむ、大儀であるな」
「ああ、味には期待するなよ」
北山天の前に置かれた皿の上には、筒地特性の豚肉と玉ねぎのピリ辛炒めが嫌がらせのように持ってあった。タバスコを普段より十割増しに入れたのは筒地だけの秘密である。
「おお!程よい辛さ!我の味覚に合う料理が作れるとは、お主には素質がある」
何の?と筒地の口は勝手に訪ねていた。北山天を名乗る少女は幸せそうな顔で微笑んで、
「我が戦傀儡、もといパートナーよ」
「なるほど!お前の話した設定の中では寄生対象をそういうんだったな」
ワザとらしい筒地の笑い声が天上を揺らす。声を同じくして笑う北山天の腹に突きを入れてやった。
「……何をする、」
「ボディタッチ、あといい加減幼女の姿は鬱陶しいから槍の姿に戻れ。物干し竿に使ってやろう」
「ぬう、お主の嗜好は幼児趣味だと」
北山天の呟きに、筒地の首が左右に大きく動く。二度、三度と繰り返し。最後に大きく溜め息を吐く。
「違うのかのう?」
違うね、と筒地は言った。
「全然ダメだ。俺はロリが少ししか好きではない。さて、あの猥褻絵画集からロりを抜いたら何が残る?」
答えられたら、少しはこいつのことを認めてやってもいい。もっとも九分九厘不可能であろうが。
「ツインテ「話にならん」」「やえば可「ダメだなあと一回」」「目の「センスない」」
順当な予測結果に満足しながら筒地は唇を舌でなめる。
「正解はね、」
「なんじゃい」
吐き捨てるような問いかけとは裏腹に北山天は、マジマジと筒地の顔を見つめていた。その眼差しには期待と狡猾さが3対7の割合で存在しているようだ。
「足首だよ。百パーセントの足首を描ける人は、あの人を措いて他にいない」
ほう、と感嘆とも落胆ともつかない息を漏れる。どうでもいいが、タバスコ臭い息に筒地の顔が明後日の方を向く。
「で、我は幾らよ」
「七十五点だな、俺が今まで見てきた中では五指に入る」
「では何故?」
北山天の疑問は当然だった。しかし致命的な点が存在したのだ。確かにこの幼女の足首は素晴らしいものがあると、筒地はきちんと評価している。だが、それを差し引いても許されぬものがあるのだ。
「足首に紐が絡みつくタイプのサンダルを履いていなかった。……それが敗因だ」
「なん、だと……そなことで」
「大事なことだ。すごくな、」
サンダルの紐が足首に絡みつく。これほど官能的な光景があるだろうか。女性美の基準はぼん、きゅ、ぼんであると筒地は考えている。そして足首は全てのきゅ、の終着点だ。肉が少ない、すべっとした足首の肌に蛇のように複数の紐が軽く喰い込んでいる。これぞエロスの終着点の一つと言えよう。
「なんじゃいそりゃあ、とは言えんのう。我の国も、ほら、纏足とかあった故にな」
「まあ、纏足に関しては俺は反対だが。人の趣味に口出ししたりはしないよ」
ただ、纏足は不安定な設置状態により足首に負担がかかるせいで骨が太くなり、結果として美しい足首のラインを失うのではないか?また素晴らしい骨の変形によりアキレス腱にかけてのラインを失うのではないか?そんな結論を筒地は中学三年の春に導き出していた。
纏足無理絶対。ただしダメとは言ってない。もちろん美しい足首の女性が纏足をしようとしているなら走っていって止めろと言うが。
「それじゃ、俺は学校に逝ってくるから。大人しく待っているんだぞ」
左足の裏で右足の甲を掻く。
北山天は最後に、ソファーに寝っ転がって。
「ほーい。ん、そういえばお主の親はどうするのだ。我の姿を見られれば一々面倒な事になると思うのだが」
「ああ、それなら今はちょっと留守にしているだけだから」
必ず帰ってくる、と返して筒地は家を出る。
雨音が再び、家の中に入って来た。