槍の仙人はどこに消えたのか?   作:木刀超好き

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これつぐももじゃね?って思った


契約

 目を覚ますとそこは学校の保健室ではなかった。

 おそらくは書院造の和室……ではないかと思うなどと大層な推測が建てられるほどの知識がぼんくらな高校生にあるはずもない。

「いい部屋、なんだろうな……」

 筒地が抱いた感想も適当なものだ。上体を起こして布団を跳ね除ける。寝起きの気分はいつもよりもすがすがしいくらいで、ここで二度寝すると起きたときに頭痛になる。

「最近は、目が覚めたら変なところにいることが多いな……」

 四畳半になれた筒地には広く映る和室。部屋のすみに片付けられた屏風の竹林には傲然とこちらを睨む猛虎が伏せる。半開きにされた襖の向こうには、葉桜が雨に打たれる絵に掻いたような日本庭園があった。そして外界と内部を断ち切る白化粧の壁が筒地の視線が行きつく先だ。

「日本庭園……この現代に?」

 知り合いに金持ちはいない。こんな家を持つのはきっと金持ちか、あるいは、

 やくざさんの御屋敷ですかね。

 無理無理無理。

 いつかみた化け物の夢よりもこんなものが筒地の人生に関わっていいはずがない。

(やばい、殺される?拷問?コンクリ詰め?嘘だろ!?)

 想像しうる限りの地獄を想像しろ。きっとこの未来(さき)はそれ以上に地獄だ。基本的なところからまず足の指の爪を剥がされる。爪の先から切り刻まれていく。皮を剥いだ生傷に塩をすり込む。どれもこれも極度のマゾヒストでなければ決して経験したくないものの数々だ。

 

 いや、落着け。拷問ならこんな豪奢部屋に置かれるはずがない。もっと適当な所に拘束して見張りの一人や二人付けるだろう。とりあえず、今のところは賓客程度には扱ってもらえているの可能性のほうが高い。あるいは、ここで持て成しておいてから一転、突き落としていく手法で来るか。

「……なぁにを考えているんでしょうかね俺は」

 ………………………。

 ………………………。

 ………………………。

 外をちょろっと見て帰ろう。

 渇いていく口の中を舐めながら一歩布団から降りる。誰かが見ている可能性は低いというのに足音を殺して、慎重に畳を踏む。ゆっくりとしかし後ろ足に体重を残していざというときはすぐに布団に戻れるように、

「なぁにをやっているのじゃ、我が主」

 苛立ちの混じった声が筒地の肩に触れた。

 その瞬間うわっ、とか変な声を筒地の咽喉は紡いでいたらしい。

 心臓が止まるかと思った。一拍置いてから布団に跳んで声の主を視線で辿ると、やはりいた。

「ってお前、お前」 

「何でここに?かのう?我が訊きたいわ!なんでお主がここにいる?」

「俺は気が付いたらここ居たんだよ!なんだっけ?確か学校で鼻血吹いて熱を出して気持ち悪くなって保健室に行ったんだよ。確か!」

「は!道理で三日も帰ってこなかったわけじゃ。まあ不細工な面を見なくて三日間気分良かったんじゃが、というか爺!我の適合者とはこやつのことか?」

 刺々しい声を北山天は背後に向けた。その時ようやく筒地は北山天の後ろに人の姿を認める。

 まるで白熊だった。白髪白鬚に190センチはあろうかという巌のごとき巨躯をこれまた上下を白で合わせた羽織袴で決めている。腕相撲をしたら多分筒地が負けるだろう。

「はい、そうでございます。これがあなた様の適合者ですな」

 そんな老武将の如き巨躯から発せられたのは、以外にも優し気な柔らかい声だった。

「………」

 訊くべきことがあるはずだった。言わなければいけない言葉があるはずだった。

「筒地君、説明もなしにこんなところに連れてこられて困惑しているだろう?」

「あ……はい」

 あ……はい、だと。馬鹿みたいだ。思いは同じだったようで、北山天が軽蔑の眼差しで筒地を見下ろしている。

「私は野雁幸村(のがり ゆきむら)というものでな」

 野雁幸村……知らない名前だった。まるで戦国時代の武将みたいな名前だが、かかと笑う巨躯の老人には幸村よりも忠勝のほうが似合っていると思った。老人は凍りついた筒地の表情を楽しむように続ける。

「なんでも一人暮らしの君が倒れたと孫娘に聞いたもので迎えを出したんだ。いやなに、聞いた話だと酷い容体だったようだから回復したようで何よりだった」

「……ありがとうございます。すいません色々と、もうすぐに出て行きます。はい」

 筒地は胸襟を正して起き上がった。起き上がろうとして、後ろに尻餅をついてしまう。老人は快活に笑った。

「はは!無理はしなくてもいい。回復するまでは……そうだな夕飯くらいは食べていきなさい」

 いえ、ホント大丈夫です。

 なんて言えるわけもなく、筒地が流されるままに頷くと老人は満足気な顔をして障子の向こうに消えていった。

 

 

 「主はマヌケだ!何故今代はこんなのが我の相棒になるのだ!」

 静寂が訪れた後に、涙混じりの怒声が障子を揺らした。北山天は今にも殴りかかっってきそうな顔で、筒地を睨みつける。

「待て待て、なんで怒る?」

「知るか、馬鹿ぁ!」

 右頬をぶたれた。返しの手の甲を防ごうとしたら、左頬に衝撃が走る。それも何度もだ。理不尽極まりない攻撃は傍から見れば駄々をこねる子供の手だが、そのどれもが筒地には防げないという達人の技だった。

「うがあ!」

「ふしゃあ!」

 これ以上叩かれては敵わんと霧崎は北山天の胴にタックルをかます。転ばせて寝技に持ち込み、単純な筋力の差で抑え込む算段だ。肋骨の終わりにぐるりと両腕を回して体重をかけて左に捻り落とす。

「ふふん!甘いわ小童!」

 微動だにしない。

 重量級のサンドバックに突進したかのように北山天の体は盤石だった。押しても引いてもびくともせず、ならば持ち上げようと踏ん張った瞬間、体を不意に捻られ、宙を飛んだと感じたときには背中から奥の襖に衝突する。

「きゃあ!!」

 襖の奥に控えていた女中の悲鳴もそこそこに筒地は跳び起きる。襖にぶつけた肩と腿と、叩かれ続けた両頬が痛い。

 絶対に許すものかと、北山天を睨みつける。なにをと、むこうも筒地を睨み返してきた。

 

「爺さま。本当にあれに頼るのですか?」

「仕方ない。あんなのでも戦えるようになってもらわねば困る。今のお前は内傷も癒えぬ身、到底戦場に立てんだろう」

「……、必要とあらば是非もありません。もっともアレにその覚悟があるとは思えませんが」

「アレか、覚悟があろうがなかろうが運命はあの子を選んだ。選んでしまったのだ」

「それは残念です。運命を決める神とやらがいるのなら文句を言ってやりたい。私は、」

 そこまで言って思いもよらず熱くなりかけたのか急に恥ずかしくなったのか娘は口を噤んだ。

「いずれにせよ。あの子はまだ、我らが守るべき一般人だよ。そうだな子供がバズーカ砲を持ってしまったようなものだ。練次君を守るのが主命であり、我らの役目だ」

「わかっています……、」

 否応もなく自分の娘は主命のために死地に向かうだろう。老爺は武士に覚悟をこの時代にもった孫娘を愛おしく思う。

 

「はあはあ……」

「ふふん、ワシを倒そうなぞ百年早いわ」

 息切れを起こして布団に倒れこむ練二とその上に座りこむ北山天。力関係がはっきりしたところでつと、部屋の隅に気配を感じた北山天は視線以外の一切を動かさずにそちらを視る。

(隠犬(いぬ)め。先ほどのからこちらを窺がっていたようだが、目的はなんだ)

 痛みのない電流が皮膚の下を走る。170センチそこそこの成長期の高校生が放つ殺気に百戦錬磨の彼の肌が泡立った。くるりと顔がこちらを向き、唇が動く。   

「「先日の礼を今しようか」」

 瞬間、一も二もなく男は逃げた。アレは冗談を言わないタイプだ。そう、口にしたことは即実行するような……、

「がっ」

 肺の空気が全部叩き出された。うつぶせに抑え込まれた背中は大型の猛獣にでも乗られたかのようにびくともしない。

「これは警告だ。ヌシの主に伝えろ。我らの日常を覗くなとな。ふん、侍しかり忍びしかりこの国は昔から犬ばかりだ」

 ギリギリと鍛錬をしらない細い指が容赦なく男の頸動脈を締める。うすれゆく景色の中で男はたしかに警告だと奇妙な感慨にふける。警告でなければ男の首は捩じり折られていただろうから。奇妙な納得とともにほどなくして彼は気を失った。

「うわ、わわわわわ……、お前これ、痛っ、体の節々が滅茶苦茶痛いっ!なんだこれ!?」

 会話が途中でぶったぎれて気が付けば足元でタクティカルな迷彩服の男がぶっ倒れている。というのが筒井の事後確認である。

「はははははははは!!ワシは主の実体を借りねば動けんからのう。ま、ワシ本来の動きを100とするならお主の体を借りての動きは40。全力疾走の馬に綱で繋がれて駆け比べをやってるようなもんじゃ、保つはずもない」

「そういうことじゃなくてなぁ……、」

 悪びれずに北山天はにんまりと笑う。

「ま、話を聞いてもらおうかのう。ほれそこの布団に寝転がれ、会話が途切れる前のようにな。主はなかなか座布団の素質があるぞ」

「たく、年寄は話が長くてやだね」「年寄りを敬うことをまた教えた方がいいのかのう……?」「さあ、座れ」

 所詮世の中は弱肉強食、支配する理は暴力。幼女の尻を背中に感じながら世の理を実感する筒地であったが、とにかく話が聞きたい。なんだっけ、

「お主の体を借りたい。といっても四六時中ではない。朝の鍛錬に3時間、夕の鍛錬に3時間程度じゃ。それから敵が来たときは完全に肉体の主導権をワシに任せて欲しい。

「24時間のうちの6時間か、」

「どうじゃ?」

 うーん、睡眠を7時間、食事風呂を3時間、復習に3時間使ったとして、ダメじゃん。

「見ての通り学生だ。学校にいくだろ?それがだいたい7時間だ。2時間足りないぞ」

「睡眠時間を削れ。真面目な話、そうでもしなければお主は死ぬぞ。一日五時間も寝れば十分じゃろ」

「仮に了承したとして、この生活はいつまで続くんだ?一生このまんまとか嫌だぜ俺は、」

「3年じゃよ。3年以内に片をつける。そしたらワシも消えよう。少しばかり受験勉強とやらに遅れが出るかもしれないが、なあに一浪くらいなら構わんじゃろ?」

「ううむ、」

 正直に言って悩む。順調に行けば人生は70年ほどあるらしいが、しかし筒地には3年の遅れが絶大なものに思えた。時間は二種類しかない。一つは原子時計が刻み、カレンダーが記す外部の絶対的な時間。筒地が死んでも変わることがない時間だ。それとは別の時間がある。筒地の中の時間だ。それは成長という形で外部の時間を追いかけるように過ぎていく。

 3年が過ぎる。外の世界に自分だけ置いてきぼりにされて、追いかけてく者にも溶け込めずにきっと自分は一人になってしまう。

 一人は寂しいんだ。

「のう、一人は寂しいんじゃ」 

 だから、きっと北山天の言葉は真実で、

「じゃー、二人で生きるか。3年と言わずに一生一緒だ」

 毒を食らわば皿までだ。きっと、こうするほかに成りようがないのだと筒地は了承した。きょとんと北山天があっけにとられたような顔をしている。手を顔の前で二、三度振ってみたが反応がない。ならば一発も反撃できなかったお返しに頬でもつねってやろうと手を伸ばす。

「なーにをふう、」

 うっとおし気に北山天の手が筒地の指を払った。本当にいいのかと聞かれそうなので、筒地は頬をつねられた北山天の反応に安心したかのように答える。

「うん、お前といると楽しそうだ」

 でも、これがおっさんだったら無視していたかもしれない。  

 

 ともかくここに契約は為った。あとは……

 

「というわけで、せっくすじゃ」

「いやあ、あのですねえ。そういう関係ではなくてバディとか相棒とかそういう関係清い関係が僕らの目指すべき関係ではないでしょうか?」

 ふふん、と北山天は筒地を鼻で笑った。む、として筒地は北山天の顔をにらみ返した

「違うのう、心得違いをするなよ小僧。戦闘においてはワシが主でヌシが僕じゃ。ワシが神でヌシが巫女と言えばわかりやすいかの?」

「分かるけど、それは神が男で巫女は女だからそういう表現もあるんだろ、俺は男でお前は女だ」

「ヌシにも穴はあるじゃろう?」

 心底ぶったまげた筒地は貞操と魂の純潔とアイデンティティを保護するために全力で北山天から距離を置く。その様子が余りに可笑しかったのか、10分ほどかけて幼女はかかと笑い、おびえる筒地の様子をたっぷり肴にした。

「ま、という冗談はさておき、同調律を上げるためにこれからは同じ飯を食い、同じ湯に浸かり、同じ布団で寝るぞ。流石に歯ブラシは共有せんがの」


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