ロンドンは霧がかる街である。列車を降りて早々、オリヴィエはそう感じた。
来るのは初めてではないのだが、それでも下りるたびに霧の街であることを実感している。
シティ・オブ・ロンドンにそのパブはあった。ヒゲを蓄えた初老の男性が、オリヴィエを一瞥し迎え入れる。
「ゴーストクラブへようこそ、話は聞いているよ」
「会えて光栄だディケンズさん。オリヴィエ・ベルナルドだ」
「ご存じだろうがチャールズ・ディケンズだ」
「俺クリスマスキャロルが好きなんだよ、何度も読み返してる」
「あれは私を多少ながら著名にしてくれた、そう聞けて嬉しいよ」
チャールズ・ディケンズ。ヴィクトリア女王もその作品を愛読するという、小説家。オリヴィエは単にファンとして胸が高鳴っていた。握手を交わし早々、座って二人は会談を始めた。
「なんでも、人々をおびやかす怪異を祓うとかなんとか」
「たいしたことじゃないない。家業みたいなもんだ」
「父上もこの仕事を?」
「遠からずってだけ。このやり方は俺が始めたし、追ってるタイプの怪奇現象も目立ち始めたのは最近だな」
ディケンズはメモに書き入れながらオリヴィエの話を聞いていた。ゴーストクラブ内にとどめておけとオリヴィエが言い、ディケンズは残念そうにそうかと応える。小説のネタにでもする気だったのだろうか。
「フランスでも怪異と戦ったのかね?」
「俺は
「どのような……レイスだったのか聞かせてくれないか」
事情は複雑だが。そう彼は前置きをしてその幽霊について話し始めた。バネの力を持つこと、武器を持たず死んだヴァイキングの霊であること、そして今、自分の鎧に取り憑いていること。
「大丈夫なのかね?」
「分からんが無理やり大丈夫にする予定だ」
「ふむ……しかしヴァイキングの霊というならヴァイキングの力で戦うのは好都合かもしれないな」
「毒を以て、ってか?」
「というよりは単に相性だとは思うがね。そうして霊を利用できればいいのだが……使う力を変えられれば都合がいい。
「仮面ライダースプリングねえ……」
彼は銃を見て考える。どう思うよスプリングガンと声をかけると、銃はわずかに揺れた気がした。しかしその意図は分からない。俺はノルド語は分かんなくてな。冗談めかしそう言うが、ふと昨日銃が英語をしゃべったことを思い出し腑に落ちない気分だった。
「……しかし厚着だな、パリもそこまで寒いわけでもなかろう」
彼を見つめたディケンズの一言。銃から顔を上げ、ディケンズを見る。そしてごまかすように視線を動かした。
「モントリオールに居たんでね」
「本当かね」
「嘘だ。パリから直接来た」
「鎧を隠していた、ということなのかね」
「実際はそうだな。暑い!」
「……労働者階級の間で、突如機械が動かなくなり、その後巻き込み事故が起こるという話がいくつか噂されている」
「なるほど、単なる監督の不備ならいいんだが」
「むしろレイスであった方が都合は良いのではないのかね?……君もよく知っているはずだ、労働環境改善の困難さは」
オリヴィエは無言でうつむく。
「彼らと共に居るのに違和感のない服がある。季節外れのコートは着替えるとよいだろう」
「……悪かったな季節外れで!」
第二話「窮余の策」
ハットと背広の紳士らしい衣装。季節外れのフランス人がイギリスかぶれのフランス人になったことを、オリヴィエは鏡の前で実感した。悪くない、そんな感想を、かっこつけて帽子をつまみながら彼は思った。時間はもう夜も遅い。夜の暗闇に黒い服が映えている。
「よく似合っているぞベルナルド君。私のお古になるが、それでよければあげよう」
「ありがたくいただく」
端的に謝意を述べるオリヴィエ。ディケンズは謙虚にも別にいいさと続け、外に出るよう促した。
すでに馬車が準備されており、早速噂の工場へと向かうことを提案したのだ。
「乗りたまえ」
「気持ちだけ受け取るよディケンズさん」
そう言って、口笛を一つ。近くにいたアンドレが鼻息を鳴らしつつやってきた。愛馬のアンドレだ、と簡単に紹介しまたがたった。
「馬車を使わない主義なのかね?」
「慣れてる方がいいだろ?それだけだ」
「ふむ、では並走してくれたまえ。頼むよ」
彼は運転手を務めるゴーストクラブの仲間へ声をかける。発進する馬車の横を、黒毛が駆ける。ディケンズと話してみるが、見下ろす姿勢になりあまり気分はよくない。悪いなアンドレ、そう言って彼は次は誘われたら馬車に乗ることを誓った。
「ンヒィ」
「なんだ?不満かよ」
撫でてやりつつ、ロンドンの街を行く。ホワイトチャペルに話題の工場があるようだ。
「……」
「どうかしたのかね……ああ、そうか」
鋳造の工場に居たのは、11そこらの子供たちであった。子供の言葉なら、怪異として噂にならないのも納得できる。子供の言うことは相手にせず事故と片付ける監督官の顔が浮かび、オリヴィエ架空の男を心の中で怒鳴りつけてみた。
「……39人、中小の工場だから工場法の範囲外ってわけか」
労働者の声により、繊維関係に対し、就労時間などを定めた法が1833年に制定された。1867年には50人以上の工場が対象となった。……このガストン社の工場はその範囲外というわけだ。
「……ッ」
「血が騒ぐかね?」
「騒いだとしても、ろくな血じゃない。自国の王を殺し、貴族の首を槍に突き刺す、人民の血だ」
「荒れた時代故仕方がないだろう。君たちの活動も肯定すべき面は多々ある」
「昔の話だ。……二都物語、読んだときは複雑な気分になったよ」
「だろうな」
子供たちの証言は一貫していた。装置の中に引きずり込まれたというのだ。落ちたとか、転んだとか、そんな証言は一つとしてなかった。
「レイス、だと思うかね?」
「ああ、八割がたそうだろう。機械の部品に取り憑いているタイプだろうな、シリンダーとか、歯車とか、そういうのだ」
「では次の標的は?」
「質の悪いことに行動の目的が戦うことにある連中だ、無差別だと思っていい」
「難しいな……」
「今は血を求めてたことだけ思い出してるんだろうよ、とんでもない荒くれタイプのヴァイキングだったわけだ」
「……待ちたまえ、襲われているのは工場法の適応外の工場のみだぞ」
オリヴィエはいぶかしげに調査メモを見た。実際、その通りなのである。義賊的な働きを?意志も記憶もあやふやな幽霊がしたがることとは思えない、彼は一人思考を始めた。
「……深夜までやってる工場を探しているんだ!奇襲もヴァイキングの戦法だぜ」
オリヴィエの言葉を聞き、ディケンズは手元のメモを見る。一定の周期があるようだが、今日はまさにその日であった。時間ももはや深夜だ。
「……まずい!今やってる工場を手あたり次第探す!」
「しかしベルナルド君!!」
言い出したら聞かない。アンドレともども黒いシルエット故、彼が夜の闇に消えるのは一瞬であった。街灯に照らされたロンドンでも、馬の俊足で駆け抜ければ言わずもがなだ。
「……ま、間に合うのかね?」
もはやオリヴィエには届かない言葉がただ宙を漂う。
「……ここか?ちがう!」
「ここでもない!」
「違う!深夜までお疲れさん!」
「どこだ!!」
捜索は簡単には終わらない。ロンドンの街は言うまでもなく広い。中央部でアンドレも疲れを見せてきた、その頃。
「うわあああああああ!!!」
かすかだが、聞いた。何か言うこともなく、一瞬だけ目を見合わせたアンドレとオリヴィエ。まっすぐ悲鳴の方へ駆け抜けた。そして直後に、爆音と形容すべき落下音が響く。線路の工場で事故は、いや事件は起こり、クレーンにつるされた線路たちが落ちたようである。
「君は!?」
「いろいろあるんだ!!」
「待ちたまえ!」
ひげの男性がオリヴィエの肩を掴むが振り払い、まっすぐ事故現場へ向かう。
「私は追うぞ!」
「危ないですよ巡査部長!」
「大丈夫だ!」
ひげの男改め、私服警官は部下から帽子を借り、オリヴィエを追った。
「止まれ君!ここは事故現場だ!君も意図せず加害者になってしまうぞ!」
「悪いがそんな悠長な話じゃねえんだ!」
真っ二つになってしまった遺体を退け、機械に触れる。引きずり込まれる!恐怖すべきその一瞬、オリヴィエ・ベルナルドは笑った。
「ご挨拶だレイスさん!!」
「何を……!?」
「まだいたのかオッサン。てか警官だったんだな。まあいずれにせよ俺以外の手には負えねえよ」
引きずり出されたのは、歯車のレイスであった。人間に取り憑いてはいない。その両腕はハンマーのようになっていた。
「あんたは……いつもの奴だ。武器と一緒に逝ったタイプか」
「ツブ、ス」
「やってみな」
男が拳銃を持っていたことに関し、もはや巡査部長は言うことはない。それよりも、人間では確実にない、その歯車と金槌の怪物こそが一番の問題である。
「さーて、
瞬間、怪物は歯車を飛ばした。余裕で避けられる速度だが、それは狙いが自分ならの話。巡査部長を狙う歯車!彼を突き飛ばし、ギリギリでの回避となった。
「てめ、ディケンズさんからのもらいもんを!」
吹っ飛んだ帽子を一瞥。彼は巡査部長を守るように立ち上がり、拳銃を天へ。その引き金を、引く。
『Ready go OK?』
「
全身にまとわりつく装甲、同時に吸い込まれ消えていく背広。黒と銀の戦士が、月光と街灯の下その姿を現す。
「おいおい、帽子はしまってくれねえのかよ」
拾い上げたハットを、何気なくかぶる。……悪くない。ガラス片に映る自分を見て、スプリングは。仮面ライダースプリングはギアレイスを見据えた。
「ツブス!!!」
「口だけみたいだな!」
おろされたハンマーを回避、殴りこむ。ひるみを見せないレイスはその直立不動を崩さず蹴り上げた。しかし回避。
「空に壁でもあんのか?潰すって動きに見えないぜ」
煽られたからか、単にもとからか、ハンマーを連続で振り回す動きで、レイスはスプリングを追う。
「ああ、くっそ!開かねえ!そうか今これスーツがつまってんのか!!」
片手の拳銃が使い物にならないことに気づき、ため息のスプリング。しかし焦りもしなければ、当然負ける予定もない。彼は銃をしまい、腕のスイッチを押し込んだ。
「ツ……!!」
「言わせっか!俺が潰してやるぜ!」
一瞬の中でパイプを蒸気と熱が通り抜ける。ばごぉん!!轟音と共に拳から衝撃が放たれ、レイスが吹っ飛ばされた。立ち上がりの動きさえふらついている。
「蒸気を溜めて……衝撃を……!」
「元気だな警官さん」
「いやなに、……君はどうやら味方らしいからね。銃は使うかい?」
「ありがたいが俺よりあんたのが適任だろう。撃ってくれ!」
巡査部長はうなずいて発砲。歯車の体に的確に傷をつけた。そしてスプリングがすぐさま追いつき、蹴りを入れた。かかとにあるスイッチを押してからの蹴りは、先ほどの拳と同じことが起きるのだ。
「ツブス!ツブス!!」
しかしレイスは歯車の射出を使い一瞬で立ち上がった。ハンマーを振り下ろす、一発、二発!喰らった一撃の重さは想像を絶する。膝をつきそうな、その瞬間。糸を縫うような射撃が入り、その動きを阻む。さらにアンドレが蹴りこみ、レイスをぶっ飛ばした。
「さて……おっとっと??」
アンドレが私に乗れとふんふん鼻を鳴らす横で、拳銃がカタカタ揺れる。俺を使えと言っているのか?弾も撃てないくせにと言いそうになる仮面の中のオリヴィエだが、スプリングガンの意図に何となく気づいた気がした。
「待っててくれよアンドレ」
「ブルルル」
「まあまあ、いいじゃねえか」
スプリングはふらつくギアレイスを見据え、タタタタンと右のかかとを鳴らす。蒸気が巡り熱がこもり。メーターの針がどんどんと高温を示す中、彼は跳んだ。
「やっぱりな!」
そして一瞬だけ街灯を掴み上昇を制御。ジャンプのエネルギーが前方へ乗り、鋭い蹴りと変わる。
「ツゥ、アグァ!!」
「オラっ!!」
ぶつかった瞬間、靴底がいななく!ブッとばされるレイスを前に宙返りを決め着地。遅れて、レイスは光の爆発を放って消滅した。
「今の爆発は!?」
「音と見た目こそとんでもねえが被害はない。霊がぶっ飛んであの世に行っただけだからな」
巡査部長が現場に近づけば、レイスに突き刺さっていた弾丸と重そうな金槌があるだけ。周辺の建物に被害はなかった。
「助かったよ、さっきは止めて悪かった」
「いや当然だ、俺こそ押し切って悪かった」
「フレデリック・アバーライン、巡査部長だ」
『I wanna fight again』
引き金を引き、鎧と背広が入れ替わる。帽子はそのまま残されたようだ。改めてオリヴィエ・ベルナルドの名を告げ、握手。アバーラインは正義のためである限り協力を惜しまないと意志の強い目でそう言った。
翌朝、チャールズ・ディケンズの下には事故の話が届いた。まず新聞から。これは工場で死亡事故、のみ。もう一つの情報源は……。
「つまり俺が原因を倒したってわけだ!」
「それは心強い。警官の協力があるのもありがたいではないか」
「それが一番大きい。あらためて感謝するぜ、ディケンズさん」
「構わない、ロンドン市民が脅かされるのはゴーストクラブ抜きに面白くない」
ひげをいじりながらディケンズは新聞の続きを見た。
「……昨日、もう一つ事故が起きたようだな」
「労働環境の改善は……。……課題だな」
「君はいいのかね?」
「……ああ、レイスが関係ないならな」
「だといいのだが」
新聞記事にはグレイアンドバートン社の関連施設で事故が起きたことを示していた。アメリカの企業故ロンドンで名をはせるわけではない、大きな問題とはなっていないようだった。
「……だと、いいのだが」
次回、「虚栄の市」
アーサー・コナン・ドイル
言わずと知れたシャーロック・ホームズシリーズの作者。本作では第一話に登場、当時11歳。ちなみに大人になって以降、当時の寄宿学校に関して本人はかなり文句を言っている。
チャールズ・ディケンズ
英国ではかなーり有名な歴史に残る小説家。ヴィクトリア朝を代表する作家なのは間違いない。名作を生み出しまくった男で、その作風は一般市民の生活を中心に描かれるストーリー。社会風刺の側面もあったようだ。