1870年ともなると、電信を巡らせる企業も増えてきていた。今回被害を被ったJG社もそれらを取り入れた大企業の一つである。
電信系の装置が突如火花を放ったそうなのだが、火傷のけがにしては不自然な撃ったような傷跡や突き刺したが見られるというのも、特徴として挙がっていた。
「君が追っていた怪物と全く同じ手口だ」
「目的も同じだろうな。とにかく血を……いや、強いやつを探しているのか?」
「いずれにせよやることは同じになるな」
アバーラインが言い、オリヴィエが頷く。ディケンズの予想は当たっていた。
「調査結果はどうだね?」
「調査というよりは作戦会議だがな。アバーラインの協力で事前に立ち回れるかもしれない」
一度ゴーストクラブに戻り、オリヴィエは紅茶を頼んだ。夜のパブとはいえ仕事がいつ来るかわからない。酒はあまり飲む気にはならなかった。初老のディケンズも同じらしく、休日前の夜ゆえの楽しげなゴーストクラブを眺めながら二人は続けた。
「もはや私の出る幕はないな」
「警察の力が関わってるわけだからな」
「来てから一ヶ月ほどだが、ゴーストクラブはどうする?」
「もちろん居続けるつもりだ。ただの怪奇調査ってのも楽しいモンだよ」
「昨日の幽霊騒ぎはネコの仕業だったがね」
「そういうの含めて面白いんじゃないか」
ディケンズはそれもそうだとほほ笑む。
「明日も調査……いや、作戦会議を?」
「実際に決行さ。あんたも……」
「いや、いい。私は作品を完成させねばならんのでな」
「今連載してる……エドウィン・ドルードの謎か?楽しみにしてるぜ」
「ありがたい限りだよ。では、達者で」
そう言って彼は時計を見て立ち上がり、去っていった。今画家をしている娘と会いに行くのだという。
馬車を運転していた青年、ジェイスの方を見るが、僕も無理とかぶりを振る。結局オリヴィエは警察の中1人で事件解決をしなければならないようだ。
第三話「虚栄の市」
「俺たちだけみたいだぜアンドレ」
「ブルルルル」
「んだぁ?私はやりませんってことか?ったく。まあそりゃお前が作戦会議突っ立っててもしゃーねえけど」
「ッヒィン」
「不満か〜〜?」
撫でてやりつつベンチに座り、ふと空を見てみる。もうすっかり春だ。あのコートだったらどうなっていたことか。自分の洒落た服を見てなんとなく考える。
「ぶるっふ」
「んだ?バカにしてんのか」
アンドレを小突き、休憩終了。アバーラインの手が開くまでのあいだを彼は散歩を使って過ごすことにした。
「……ん、君は」
「グレイさん」
道端で会ったのはエリシャ・グレイ、発明家の男だ。JG社へ電信の配備を行うグレイアンドバートン社の創設者の一人でもある。
捜査の関係でオリヴィエは何度か話していた。
「聞くところによると、怪奇現象と戦うとか」
「非科学と笑うかい?」
「否定はしきれない」
「みんなこぞって幽霊だって騒ぐよりそっちが楽だ。これからも発明し続けて幽霊の居られる余地を減らしてくれよ」
「ハハハ、善処しよう」
「あんた、アメリカ人だろ?なんだってちょうどイギリスに」
「今考えている技術があってな。電信のようなものだが、声を送るんだ」
「声を……?」
「ああ、音を信号に変え、送り、信号から音に戻す。双方でこれをするんだ。そのために必要な道具がロンドンの大学にあるらしくてな」
「そのためにか、わざわざよくやるぜ」
「無論自分の製品が謎の事故を起こすとなれば特許に傷はつく。そのためでもあるよ」
彼も今散歩中な通り暇だと言う。来るといいという誘いに乗り、グレイがロンドンにいる間借りている部屋へと向かった。
「くつろぐ場所はないが座るぐらいはできる。ぜひ私の製品を見てくれ」
分解中の電信を見て、意味がわからんなとため息。もともと手先が器用でもない。オリヴィエは機械には疎いのだ。
「……俺が怪奇現象と戦う方法もお見せしようか」
彼の期待は、自身の鎧の改造であった。スプリングに変身し、目を見開くグレイにその装備を見せた。
「手足の装置に電撃でも流すか?しかし取り扱いは難しくなるな……」
そうして彼は早速発明を開始した。もともとロマンのあるものは好きなタチのようだ。自分の武勇伝をいくつか聞かせながら、オリヴィエは彼の発明風景を眺めていた。
「グレイさん!ちょっとお時間いいですか?」
部下のようである。彼はすぐ向かうといい、オリヴィエの方を向いた。
「まずはこれぐらいのものだけだが」
「……バックル?と、なんだこれ」
「銃の台座だ。銃としての用途が失せたなら腰にでもつけたほうが扱いやすいだろう?装着する際に台座をバックルに合体させるんだ」
「銃と台座は?」
「繋げたままでいいだろう。レバーを動かせば勝手に引き金も動くぞ」
言い残し、グレイは走り去っていった。他人の借家にずっといるわけにもいかない。オリヴィエも追い、施錠させてから外へ出た。
「……ま、狭くても我慢しろよ」
スプリングガンと名付けた拳銃を台座にセットしつつ彼は言う。愛着とまではいかないが、多少親しみというものがある。カタカタ台座はごと揺れる銃をしまいつつ、彼は家へ向かった。
電気に関わるレイスという想像はついており、幸い発生の経路は極めてわかりやすかった。繋がりを断ってしまえばどこに現れるかはわかるというものだ。
しかしオリヴィエは予想外の足止めを喰らうことになった。
「入るな!」
「俺たちの邪魔か!?」
ストライキである。労働運動も巻き込み、かなり大規模なものとなりだしていたのだ。賃金を上げることを要求している。
「……そういやあっちの工場でも薄給だけどとかなんとか言ってるのが居たなァ〜…」
「ストライキ中なんだ!出てってくれ!」
「いいか労働者諸君!資本家による搾取は工場法だけではブレーキひとつかからない!!」
声を上げる人々。オリヴィエはその活動に、やめろとももっとやれとも言えず立ち止まる。
「……ベルナルド!大丈夫か?」
「……あー、阻まれて、っていうか、あー……」
「警察の協力は必要か?」
「……発砲はすんなよ?」
「侮らないでくれ」
アバーラインは部下を呼びストライキを押さえつけ始めた。ストライキも暴力に訴える段階ではない、警察もまだ警棒を出さずに済んでいる。
「……ッ、悪いなアバーライン」
建物へ突き進み、まっすぐ予想地点へ。ストライキの間を潜り抜け、彼は電信装置の前にいた。
「ゥア……ツラ……!」
「おいでましってか!」
電気がばちりばちりと音を立て、大男型のレイスが現れる。エレキレイス、その武器は。
「っと!!ズルいぜこいつは」
弓のようだ。射かけてくる矢は若干鈍重だ。不敵に笑み、オリヴィエは左手で帽子を脱ぎ、右手に台座と合体したスプリングガン……スプリングバックルを取り出した。
「ったく、ヴァイキングは奇襲もするってんだっけ?」
そしてバックルのついたベルト、スプリングベルトの上へがちゃりと重ねる。
がこんと、レバーを動かし、その引き金が戦いの始まりを告げた。
『Ready go OK?』
「
吸い込まれる紳士服と飛び出る銀の鎧。窓の陽光が照らす中、ハットを被り直す。仮面ライダースプリングがレイスの前に立ちはだかったのだ。
「ツラヌク、ツラヌク!!」
「随分具体的な遺言なこった!」
拳を放つ。弓を取り込んでいるだけあって物質的な存在ではあるようだ。断熱のための素材たちが電気も弾くのか、単に殴っても電気は来ない敵なのか。とにかく攻撃が通じるなら続けるまでだ。
「オラァ!!」
スチームパンチ、とでも呼ぼうか。腕のスイッチを押し蒸気を巡らせるこの拳。熱ではなく衝撃でもって攻撃する技故に、物理的な敵ならいくらでも当てようがある。
「ラ、ゥアアアアア、ヌ……!!」
放たれる束の如き矢。かわしきれずいくつかは直撃した。貫く、と言う割にははじけて熱と衝撃がそのダメージソースだ。
「ツラヌク!!!」
「本命か!!」
足止め用の攻撃らしい、絞られた弓から凄まじい一矢が放たれた。
「っと!!」
スチームキック、とこちらは呼ぼう。その蹴りも同じように衝撃を使うものである。スプリングレイスの力と組み合わせれば、回避と同時に瞬きすら待たずに寄ることも難しくない。
「っは!!」
「ッア……ァア」
タックルを決めて吹っ飛ばし、さらに一瞬で接近し蹴り込み。拳が連続で叩き込まれる。
「ぶっ飛びな!!」
さらに連続でスイッチを押し、接近!しかし弓をばらけさせて射ることで速度を落とさせる、その技量はあるようだ。
足でブレーキをかけつつ腰を捻り殴り込む。レイスは怯んだだけだった。
「……っと、ごめんな」
窓の外では愛馬が寂しげな顔をする。いや私もまぜろの不機嫌フェイスか?いずれにせよオリヴィエは申し訳なさそうにアンドレの方を見た。
「ラ…ヌ……」
屋根があるから高くは跳べない。どう攻めたものか思案するオリヴィエ。間合いをとりつつ、やはり飛び道具の不足に気が行く。
「借りてくりゃよかったな、アバーラインに……」
バン!
「……拳銃を」
「呼んだか?」
空気の読める巡査部長だ。連続で発砲し足止め。その隙に、五連続でスイッチを叩き込む。終わりにする合図だ。
「行くぞ!」
「頼んだ!」
タタンッ、足のスイッチも入れ、スチームキックで距離を詰める。上の空間が使えないなら蹴りよりも拳が適任だろう。
「ゥおおおおらああ!!!」
急接近。蒸気の尾を引きながら、その拳から衝撃が放たれる。言うなれば「ライダーパンチ」である。
「ゥウ!!」
その拳は的確にレイスをぶっ飛ばし、爆発させた。ばちばちと電気が放たれ、どさりと弓が落ちる。
「熱くも痛くもないとはいえ爆発は身構えてしまうな」
「それもそうだろうよ。見た目と音はまんまだし」
帰ろう。アンドレを見てオリヴィエはそんなことを考え、帽子を脱ぎつつバックルのレバー引いた。
『I wanna fight again』
「助かったよベルナルド」
「こっちのセリフだよアバーライン」
ストライキは加速していた。警察も手を引くべきだろうが、だんだん暴力的になってきた故に引きどころが難しい。
放っておけばこの人たち全員が死んでいた。押さえつけてでも中に入ったのは仕方ないとは思いつつ、オリヴィエの頭にはこれでよかったのかと考えが渦巻く。
「……君!!」
「っ!?」
そんな彼に、髭の立派な男性が声をかける。オリヴィエはまさか会うとはと驚き、狼狽えないが困り気味に男を見た。
「ベルナルド君」
「マルクスさん……」
カール・マルクスである。
「君もこの運動の中にいたのかね?」
「……いや」
「やはりか……しかし君の祖国は今プロイセンとの緊張感が拭えないだろう!ルイ・ナポレオンに向かい声を上げたいと思わないのかね?」
「……」
オリヴィエは言葉に詰まり気味に、マルクスを見た。
「……君は、状況を見渡す力がある。君の行っていた社会主義運動は極めて良心的で冷静だったではないか。だから」
「やめてくれ!!」
「ベルナルド君……」
ルイ・ナポレオンこと、ナポレオン三世。フランスは帝政と共和制を繰り返す荒れた時代だった。
ナポレオン三世はメキシコ出兵で国力を大きく損ねた。
「社会主義だろうと資本主義だろうと過程で人が苦しむのをもう俺は見たくない!俺のせいで仲間が死んだかもしれないんだぞ!?」
「ルイ・ナポレオンは必ず同じことをした!君が共に声を上げたことで」
「じゃあ次はどうする!?ルイを殺すか?え!?」
「……ッ」
「……マルクスさんが賛同しないのはわかってる。それでもフランスの社会主義者や国際労働者協会の組員は!!……強行的な手段に訴えようとしてる。違うか?」
「私がルイ・ナポレオンをどう評価しているかは知っているだろう」
端的に言えば痛烈な非難をぶつけていた。最下層の荒れた連中が支えた政権だとか、国際的な詐欺師だとか。それに動かされたフランス国民こそがナポレオン三世暗殺を企てるほどの熱を持っている。マルクスが落ち着けと言っても、そこに説得力はないのだと言う。
「ルイ・ナポレオンのやり方は確かに賛同できない。戦争を続けるやり方自体辟易するし、果てにはメキシコの失敗だ」
「なら」
「だが!!俺はたとえクズでも……クズの命でも……奪うつもりはない」
「……綺麗事は結構だが、折り合いはつけねばならないぞ。しかしルイ・ナポレオンに暗殺は事を急いていると私は思う」
「……」
「一緒に止めてくれないか?」
オリヴィエは伸ばされた手を優しく押し返した。
「言ったろ、俺はもうなんの活動もしない。止めても人が死ぬ、止めなくても人が死ぬ!!そこの責任なんて持てるか…!!」
マルクスは惜しげに俯き、踵を返すのであった。
それから二ヶ月ほど。エドウィン・ドルードの謎は未完のまま、チャールズ・ディケンズは脳卒中で死亡した。
次回、「二都物語」
エリシャ・グレイ
栄光無き天才たちで彼を知った人も多いであろう、電話の開発で若干ベルに負けた男!しかし電信の会社は成功させているほか、その他いろいろな発明品の特許を持つ実は言うほど可哀そうでもない男。一点特化ちゃうんやで。本作では主人公がベルトで変身するきっかけを作ってくれました。時間あったら強化形態に関わる男かもしれんね。
カール・マルクス
言わずと知れた社会主義の生みの親。プロイセン出身ながら、いろいろあって転々。終の棲家はロンドンだったそうで。労働者の権利を訴える活動においても表に立っており、何かと経済学では引っ張りだこの男。本作では主人公の過去に関わる人物のようだ。
というわけで第三話ァ!!!四話まで書き終わり五話も執筆中なので問題なく完結しそうです。破綻てほどじゃないにせよ要素拾い切れてなかったり微妙に考証不足みたいな懸念も。今後も頑張ります。