「お願いします、
「……」
来客を知らせるチャイムが鳴り、誰かと思って出てみれば知らない青年が立っていた。青年は僕が出てくるなり、手を勢い良く差し出して頭を下げ先の言葉を口に出した。
(あぁ、またこの手の人間か)
僕はあからさまにため息を吐いた。僕の大きなため息を聞いても青年は怯まず手を差し出し続けていた。
「お帰りください」
「そう言わずに、話だけでも!」
「帰ってください」
「お願いします、話を聞いてください!」
「嫌です」
そうして押し問答を続けること約十五分。ここまでしても青年は折れなかった。だけど僕も折れるわけにはいかない。だって折れたら絶対ろくでもないことになると経験が物語っているから。
「……どうしても駄目ですか?」
「駄目ですね」
「ーーこれでも?」
その瞬間、青年の周りからブワッと強い風が吹いた。何が起きているのかわからないまま、風が収まるのを待つとそこにはーー。
「…………え?」
狐耳と九本の尾が生えた青年が立っていた。さっきまでのスーツ姿とは打って変わり、漫画で見るような和服姿に身を包んだ青年は、改めて懇願するような目でこちらを見た。
「……あの、非常に申し訳ないのですが」
「は、はい」
「家に入れてくれませんか……。その、この姿を見られたくはないので……」
「あ、はい、どうぞ」
混乱のあまり僕は「じゃあそんな気軽に変身すんなや」とは言えず、青年を家の中に上げてしまった。
青年をリビングにあげ、テーブルを挟み向かい合う。青年は改めて、と話を切り出した。
「俺は環と言います。見ての通り、狐の妖怪です」
「あぁ、うん。そうだと思ってました」
「はい。それでですね」
「はい」
「俺と結婚してほしくて」
「どうしてそうなった」
「あの、違うんです!これにはちゃんとした理由があって!」
「理由あるんですね」
そっちの方に逆に僕は驚いた。
僕ーー花家星には、ある二つ名がある。それは「傾国の美少年」というやつだ。不本意なことに、僕は人を狂わすほど美しい顔を持っている。それ故に昔から誘拐されるのは当たり前、求婚だって数え切れないほどされてきた。それも性別問わず。
そんな過去があるから、てっきりこの人……人?もそうだと思ってたんだけどどうやら違うようだ。
(まあ理由がどうあれ断る気しかないけど)
ここまで来たら仕方ない、と僕は環さんの言う理由とやらを聞くことにした。
「俺妖怪が読む漫画専門の漫画家なんです」
「そんなんあるんですか」
「あるんです。で、連載が決まったのは良いものの……その、全然ネタが思いつかなくて」
「はぁ」
「俺頭固いんで、話を考えるの向いてないって担当さんにも言われまして。だからエッセイ漫画を描こうと思ったんですけど」
(なんで漫画家なろうと思ったんだこの人)
「ただのエッセイじゃ人目を引けないし、なんかインパクトが欲しいと思ったんです」
「ふむ」
「それで考えたのが『人間と結婚した妖怪のエッセイ漫画』だったんですけど、それでも弱いなと思いまして。でもただの人間じゃなかったらイケるんじゃないかと思いまして!」
「……それで僕に白羽の矢を立てたと?」
「そうです!『傾国の美少年』と名高い貴女ならと!」
僕は飼い猫のミヅキにアイコンタクトすると、ゴーサインを出した。ずっと警戒モードに入ってたミヅキはシャーッ!と鳴いて応じると、環さんに飛びかかった。
「いたたたたた!!」
「話はこれで終わりですか。じゃあ帰ってください」
「そんなー!!」
「第一、そんな話を聞いて誰が承諾すると?全部環さんにしかメリットがないでしょう。僕に何かメリットがあるとは思えない」
「うっ……」
「話は面白かったですが、それだけですね。乗っかろうとは思いません。というわけで、お帰りください」
「でもーー」
「ミヅキ、引っ掻いて良いよ」
「ニャー!!」
「いたたたたた!!」
ミヅキに容赦なく引っ掻かれ悶ているところを引っ掴み、僕は環さんを外に放り出した。環さんは人間の姿に戻ると、とぼとぼと帰っていった。
「……ほんと、はた迷惑な人だね」
僕はミヅキに少しお高めのおやつをあげてから寝る準備に入った。