環さんが押しかけてきた翌日。
ピンポーン
また来客を知らせるチャイムが鳴った。
「……」
はぁ、と小さくため息を吐いてドアを開ける。もちろんドアチェーンはつけたままだ。
「お、自分が花家星サン?たしかにえらい美人さんやなぁ」
「……どちら様ですか」
また知らない男の人が立っていた。スーツに身を包んだ糸目の男は、これは失敬!とわざとらしくおどけてみせると、名刺を取り出した。
「ワイは琥珀言います。環クン付きの編集者や」
「あぁ、環さんの……」
僕は名刺を受け取り、それに目を落とした。名刺には「泡沫社」と書いてある。聞いたことのない名前だ。後で調べて……いや出てくるわけないか。妖怪専門の漫画を出版してるような会社の名前がインターネットで調べただけで出てきたら、とっくに噂か都市伝説になってるだろうし。
「で、そんな人が僕に何の用ですか」
「いやぁ環クンから話聞いてな。それで迷惑かけたようやから、謝りに行かへん?って誘ったんよ。ちゃんと手土産もあるで?」
琥珀さんは近くの和菓子店の箱菓子を差し出した。僕は一度それを受け取ると、琥珀さんの後ろに隠れている彼に声をかけた。
「で、いつまでそうやって隠れてるんです?環さん」
「……き、気づいてたんですね……」
「さっきからチラチラこっち伺ってるのがバレバレです。というか謝りに来たなら貴方が率先して動くのが道理でしょう。何してるんです?」
「……」
「あはははは!!自分ええ性格しとるな〜!」
落ち込む環さんを横目に琥珀さんは爆笑していた。この人もなかなか良い性格してると思うんだけど。僕はいつまでもこうして話すのもアレだし、と二人を家にあげた。
琥珀さんが手渡してきたお菓子は、少し値段がお高めでいつも手を出しづらかったやつだった。……箱が開けられた形跡はないけど、相手は人間じゃない。油断してはならない、と僕はミヅキを手招きした。
「ミヅキ、これ食べても大丈夫?」
「にゃー」
「大丈夫か、わかった」
「そない疑われると傷つくなぁ」
「今まで食べ物に薬盛られたことないからそういうこと言えるんですよ」
僕はフルーツ大福を頬張った。猫が食べられないフルーツってあったっけな。
「環さん」
「な、何ですか?」
「猫が食べられないフルーツ調べてください。どうせ暇でしょ?さっきから琥珀さんしかしゃべってないし」
「う……わかりました……」
「環クン顎で使われとるwwwヒーwww」
しょんぼりしながらスマホで検索を始めた環さんを横目に、琥珀さんはまた爆笑し出した。この人ゲラなのかな。近所迷惑だからちょっと黙ってほしい。
「あれ、でも」
「何ですか?」
「その……もしかして気づいてないですか?その猫、猫又ですよ?」
「……は?」
ミヅキの方を見ると、ミヅキを撫でていたはずの手は全体的に白っぽい少年の頭に乗っていた。少年は僕と目が合うと、にぱっとそれこそ猫みたいに人懐っこい笑みを浮かべた。
「やっと会えたにゃ!ご主人♪」
「え……えーっと……ミヅキ、なんだよね?」
「そうにゃー。ご主人全然ボクが普通の猫じゃにゃいって気づいてくれにゃいから困ってたのにゃー」
ミヅキはごろごろ喉を鳴らしながら僕の腕に擦り寄ってきた。この時になって僕は初めて、ミヅキを譲ってくれた彼女が普通の人間じゃないことを思い出した。
「……ん?ちょっと待って。ミヅキ、もしかしてだけどさ」
「なんにゃ?」
「……美弥緋に僕のプライベート報告したりしてないよね?」
「よく聞かれるにゃー。でもちゃんと事細かに報告したりはしてにゃいにゃ?」
「てことは報告はしてるのかー……。……もしかして、昨日のことも?」
「もちろんにゃ!」
ミヅキはドヤッと胸を張りながらそう答えたけど、僕は体中から冷や汗が吹き出す感覚に襲われた。
「環さん琥珀さん、今すぐ帰ってください!!」
「え、でもまだ調べてる途中でーー」
「調べ物はいいんで!」
「なんや、もう追い返すんか?」
「お茶飲んでないで早く出てってください!!じゃないとーー首狩られますよ!?」
その瞬間、玄関のドアをぶち破る音が聞こえた。
「な、何事!?」
「なんやなんやぁ?」
「来てしまった……!」
「ひーくん、お邪魔しますわ!そしてひーくんに近寄る虫けらは今すぐ出てきなさい、祓って差し上げますわ!」
玄関には、巫女服姿の少女が立っていた。