パタン
「……ふぅ」
僕は読み終わった小説をテーブルの上に置いた。
「大学の春休み、長くてすることがないって本当だったな」
僕は今大学一年生だ。この春から二年生になる。そろそろ自分のしたい研究をぼんやりでも考えなければいけない時期だ。考え事をするにはうってつけな時期なわけだけど……。
「何が良いんだろうなぁ」
「ご主人、悩み事にゃ?」
テーブルに積んだ本に顎を乗せてミヅキが僕の視界に割り込んできた。猫又であることを明かしてからは、ミヅキは家にいる時はずっと人の姿でいるようになった。ミヅキいわく、
「ご主人の役に立ちたいのにゃ!」
とのことだった。うちの愛猫が健気すぎて泣ける。
「そうだね、ちょっと悩んでるかな」
「気分転換にお散歩でも行ってきたらどうにゃ?今日は天気も良いしお散歩日和にゃ!猫のボクが言うんだから間違いにゃいにゃ〜」
「散歩か……」
僕は窓の外に目をやった。たしかに今日は日差しもあって暖かそうだ。それに読み終わった小説を図書館に返しに行くのも良いかもしれない。
「そうしようかな。アドバイスありがとうミヅキ」
「どういたしましてにゃ!ご主人の役に立てて良かったにゃ〜」
「帰りに何かミヅキの好きなものでも買ってこようか?」
「ん〜……大丈夫にゃ!ご主人が無事に帰ってきてくれたらそれで良いにゃ〜」
僕は目頭を押さえながら天を仰いだ。うちの愛猫が健気すぎて以下略。
そうと決まれば、と僕は手早く出かける準備を整えて外に出た。
「あっれー?ヒカルっちじゃーん!こんなところで会うとか超奇遇なんですけどー!」
「椛も大学来てたんだ」
前の方から明るい金髪にピンクのメッシュが入った少女が駆け寄ってきた。彼女はうぇーい☆と手を挙げ僕とハイタッチを交わした。
彼女の名前は秋咲椛。見ての通りギャルで陽キャだ。椛とはこの大学で知り合ったのだが、さっぱりとした気質から結構彼女のことを僕は気に入っている。
「ヒカルっちは何してんの?」
「図書館に本を返しに来たんだ」
「ヒカルっち本好きだもんね〜。今度アタシにも何かおすすめ教えてよ!アタシも何かおすすめ持ってくるから!」
「それ良いかもね。楽しそうだ。椛は何してたの?」
「サークルの先輩にちょっと話聞きに行ってたの!アタシ全然やりたい研究のテーマ決まってないからさ〜。参考にさせてもらってた!」
「……椛って意外と真面目だよね」
「そーそー、ギャップ狙ってんの!キュンときたー?」
「それはないけど」
「あはは、きびしー!」
椛は軽快に笑い飛ばした。なるほど、研究のテーマ決めそういう手があったか。僕はサークル入ってないしなぁ。
「椛、時間ある?」
「んー?どしたん?」
「椛さえ良ければ、椛が先輩から聞いた話聞かせてほしいんだけど」
「もちオッケー!アタシで良ければヒカルっちの力になるよん♪あ、なんなら一緒にお昼食べない?食堂の日替わり定食、どっちにするかで悩んでたんだよねー」
「うん、良いよ」
僕と椛は二人揃って食堂に入った。
今日の日替わり定食のメニューは鰤の照り焼き定食と鯖の味噌煮定食の二つだった。美味しそうに撮られた写真を見ていると、たしかに悩んでしまう。
「ヒカルっちどっちにする?アタシどっちでも良いよ!」
「え、僕が選んで良いの?」
「うん!その代わり、ちょっとだけ食べさせてくんない?アタシほんとに魚料理に目がなくてさー」
「じゃあ僕は鰤の照り焼き定食にしようかな」
「じゃ、アタシ鯖の味噌煮定食ね!」
二人で世間話をしながら会計を済ませ、料理の乗ったお盆を手に席を探す。まだピークの時間じゃないので人はそんなにいなかったけど、僕達はなんとなく隅の方を選んで座った。
席に座り、僕は鰤の照り焼きを切り分けて椛の皿に乗せた。
「ヒカルっちまじありがと〜!あ、アタシのも食べる?」
「良いの?」
「このままだと不公平じゃん?はい!」
「ありがとう」
椛の話を聞きながら、僕達は定食を食べ進めた。椛が先輩から聞いた話を聞き終えた頃にはもうほとんど食べ終わっていたので、僕達は食器を片付けながらまた世間話に興じた。
「ヒカルっちは最近何か変わったこととかあった〜?」
「変わったこと……。……漫画家に求婚された?」
真っ先に浮かんだのは環さんの顔だ。妖怪であることは伏せておこう、と漫画家だとだけ伝える。
「あはは、たしかにヒカルっち取材したら面白そうだよねー!」
「いや、うん、まぁ、否定はできない」
「てかさ、漫画家さんなら色々な話知ってそうじゃない?その人に話聞けば、なんか刺激になって研究のテーマ決まるかもよ?」
「なるほど……」
それは盲点だった。環さんは妖怪だ。もしかしたら人間とは違った視点で何か面白い話を聞けるかもしれない。そうすれば良いテーマも決まるかもしれない。
「ありがとう、椛。今度その人に話聞いてみる」
「どいたま〜。また話そ!」
僕は椛と別れ、家に帰った。