「……」
「……」
ブロッサムという喫茶店の前で、僕は立ち尽くした。可愛らしい装飾。フリフリの衣装を身にまとった少女達。……つまり、ここは。
「メイド喫茶……?」
「みたいですね……」
僕ははぁ、と大きなため息を吐き、くるりと踵を返した。
「星さん?」
「帰ります」
「え、待ち合わせは良いんですか?」
「知りません。こういう場所はろくでもないって知ってるので」
「えぇー?そんなことありませんよご主人様♡」
近くから甘ったるい少女の声が聞こえた。……いつの間にか客引きの従業員に目をつけられていたらしい。僕は断ろうと客引きのメイドの方を見ると、彼女は目を丸くして僕の顔を凝視した。あ、これはまずい。
「ご主人様すんっごいイケメンですね〜!サービスしちゃうから入ってくださいよぉ」
「いらないです」
「え〜んつれなぁい……。でもそういうところも良いなぁ……」
客引きは熱に浮かされた顔で僕を見ている。くそっ、こうなるなら帽子でも被ってくるんだった……!
「行きましょう環さん。これ以上ここにいたらーー」
「おーい、どうしたの……」
店の中からオーナーらしき男性が出てきた。ちょうどよかった、苦情を言おうと僕が男性の方を見ると男性は一瞬で僕との距離を詰めた。
「良いね良いね良いね君良いね!!何たる逸材だこんな原石が眠っていたなんて!!ぜひともうちで働いてくれ!!」
「はぁ!?ちょ、勝手に前髪を触るな通報しますよ!?」
「おっと失礼つい感情が昂ってしまった。いやぁ、でも良いなぁ……。とても良い……」
男性は僕の顔をうっとりと見つめている。……何だこの人気持ち悪っ。
「はぁ……もう帰りましょう環さん。僕もう一刻もこの場にいたくないです」
「あぁぁぁ冷たい視線も良いねこっちによこしてくれないかい!?」
僕は変態の戯言は無視し、スマホを取り出して椛に電話した。
「もしもしもみーー」
「あ、ヒカルっち来てたんだ!なんだ来てたなら早く店の中入ってくれば良かったのにー」
「あれ、椛の知り合いかい?」
「そーだよパパ!アタシの友達♪」
……パパ?
「……椛、その人との関係は?」
「んー?父娘だよ?」
「全然似てませんね……」
「あはは、よく言われるー。で、ヒカルっち。その人が電話で言ってた漫画家さん?」
「うん、環さんだよ」
「はじめまして、環です」
「秋咲椛です、よろよろー。てかヒカルっちずいぶん疲れた顔してない?なんかあった?」
僕は椛が出てくるまで何があったかを話した。その瞬間、椛は笑顔のまま椛のお父さんの耳たぶをつねりあげた。
「あはは、パパってばほんと見境ないねー!娘の友達までそういう目で見るとかマジないわー!これはママに報告しなきゃかなー?」
「いだだだだ!!ごめん椛!悪かったからママに報告するのはやめて!!」
「そう言ってこれで騒ぎ起こすの何回目ー?アタシいい加減数えるの飽きたんだよね。それに言ったじゃん!次はないって。ね、ママ?」
「そうねぇ、私もたしかに覚えてるわ」
いつの間にか現れた女性の方を、椛のお父さんはギギギ……と音がたちそうなほどぎこちない首の動きで振り向いた。女性はにこにこ笑ったままだけど、どこか迫力があり後ろに般若を背負っていた。
「ま、ママ……いつの間に……?」
「さぁ、そんなことどうでも良いわぁ。娘の友達にまで手を出そうとした節操なしに天誅を下す方が最優先でしょう?」
「ひっ……!」
「椛、友達連れておばあちゃんの店に入ってなさい。あそこなら落ち着いてお話できると思うし。あと迷惑かけたお詫びに何かご馳走してあげて」
「はーい。んじゃ行こっかヒカルっち。環さんも」
「あ、うん」
「は、はい……」
「それじゃ行きましょうか、ア・ナ・タ♡」
椛の後を追い、僕達は椛のおばあちゃんのお店に向かった。後ろから聞こえた野太い悲鳴は聞こえないふりをした。
椛のお母さんは瞬間移動で現れました。なんでそんなことできるんでしょうね。