軍艦少女のヒーローアカデミア   作:siriusゆう

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夢への大きな一歩

ここ最近の船身戦火は、中学校から帰宅したら直ぐに、ポストを覗くという行為が日課になってきている。

 

雄英高校の試験結果がそろそろ来るはずだと、そわそわする彼女の行動に、戦火の母は苦笑いする毎日である。

 

 

今日という日も、結果通知が来ていない。

落胆し、少し肩をおとした戦火は家に入り制服を脱ぐ。

 

何時もこの時間には母が居るはずなのに、今日は居ない事に疑問を覚えながらも、ゲーム機の電源を入れる。

これも日課であるFPSゲームへとログインし、キャラクターを選択する。

 

今日はワッチョンでも使うか、それともガスおじか?

いや、ガンガン行こうぜって事でオクタンかレイスか。

 

フラストレーションを発散させると同時に、自身の個性の訓練にもなるFPSは最高である。

そう若干現実逃避する齢15才の少女はゲームにのめり込む。

 

 

 

 

ゲームを初めて幾ばくか、既に何回かマッチを終えてひと休憩する戦火の耳に、母が帰ってきた音が聞こえてくる。

 

居間から玄関を覗く戦火の視界に、買い物袋を持った母が映る。

この時間に買い物とは珍しいと考える戦火に、母はニコニコとした笑顔で声をかける。

 

「戦火、雄英から通知来てたわよ。」

そう言いながら母は居間のテーブルに一つの機械を置く。

 

掌サイズのこの機械は映像照射装置だ。

そう当たりをつけた戦火は飛びつくように素早くそれを手に取り、装置を起動させる。

 

『私が投影された!』

そんな声と共に、装置の起動音が鳴り空中に映像が浮かび上がる。

 

そこに映るのは筋骨隆々な逞しい身体。

力強く跳ね上がった二房の前髪。

威風堂々とした佇まい。

そしてアメコミヒーローのような普通の人とは違う画風とも言うべき容貌。

そう、誰もが知っているヒーロービルボードジャパンのNo.1ヒーロー。

 

平和の象徴“オールマイト”

 

その人が映し出されたのだ。

 

 

 

そんなオールマイトの姿を見て戦火が一番に思ったのは、本当に雄英からの通知なのかという疑念だった。

だって、いくら彼が雄英高校の卒業生とはいえ、オールマイトが雄英からの通知に出てくる訳がないからだ。

 

『初めまして船身戦火さん!

私はオールマイトだ!何故、私が投影されたのかって?

ハハハ!それは私がこの春から雄英に教師として勤めるからさ!さあ早速、君の合否を発表しよう!』

 

 

画面が暗くなり、オールマイトの立つステージのみがライトアップされると同時にドラムロールが鳴り響く。

 

何を見せられているのだろうかとあ然とする戦火。

まるでテレビ番組のようなセットを見て、何処にお金かけてるのと思ってしまう少女は、未だにオールマイトというヒーローが雄英高校の教師となる現実についていけていなかった。

 

そんなあ然とした彼女を置き去りにして、ついに最後のドラムが鳴る。

ついつい生唾を飲む戦火。

 

 

『おめでとう!合格だ!

筆記試験は問題なく、実技は76ポイント!』

 

通知される合格という結果に飛び上がりそうになる戦火だったが、直後に発表された76ポイントという数字に、逆に不安になった。

何故なら、自身で把握していたポイントはおよそ60ポイント弱。

それが15ポイント近く差があるのだ。

雄英のミスを疑ってしまう。

しかしその疑念は続けて話すオールマイトにより払拭される。

 

『先の実技入試!受験生に与えられるポイントは、説明にあったヴィランポイントだけにあらず!

実は審査制の救助活動ポイントも存在していた!

船身戦火さん。

ヴィランポイント60点、レスキューポイント16点、合計76ポイント!

文句なしの結果だよ。船身少女!

改めておめでとう!雄英こそが君のヒーローアカデミアだ!

4月に君に会えることを楽しみにしているよ!』

 

そう映像のオールマイトは告げ、消えていった。

呆然としていた戦火は、おくれて歓喜の感情を爆発させた。

 

「ママ!僕、受かったよ!」

そう満面の笑みで母に顔を向ける戦火に、母はニヤリと笑いながら高級ステーキ肉を手に持ち戦火へと見せる。

 

「ええ、だから今日はお祝いよ!」

 

 

 

 

母が呼んだ父方と母方双方の祖父母も交えた、お祝いの晩餐が終わり、寝る前にスマホを弄る戦火。

中学の友人や、新しく友達となった芦戸、鉄哲、力道、物間、心操に合格した事を伝えた為に、その返信に追われている。

 

芦戸、鉄哲、力道、物間は喜ばしい事に合格したようだが、残念ながら心操はヒーロー科には受からなかった。

少し気まずく思う戦火ではあるが、当の心操本人があまり気にしていないようで、雄英高校普通科からのヒーロー科編入を目指すと意気込んでいる。

 

そんな心操に体作りのアドバイスをしながら、これからの高校生活を夢想する様は、まだまだ少女たる証であった。

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

雄英高校のとある会議室では、校長を始め在席するプロヒーロー兼教師達が集まり、重要な会議を開いていた。

 

「実技総合成績、出ました!」

 

その声と共に、前方の大画面へと受験生の名前と成績が上位から並び表示される。

それを見た教師達から、感嘆の声が複数上がった。

一番に取りざたされるのは爆豪勝己、緑谷出久という名前である。

 

 

「レスキューポイント0点で1位とはなあ!」

 

「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ。」

 

 

「対照的にヴィランポイント0点で8位。」

 

「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…。ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。」

 

「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー。」

 

二人の受験生に対して講評を行う教師達。

そして話題は次の注目者に移る。

 

「そして、2位の彼女。船身戦火さん。

初端から物凄いものを見せてくれた。

スタートの合図への反応速度に、おそらく今年一番の機動力。

さらにはパンチで衝撃波が出る程のパワーと、大砲による遠距離における火力の高さ。

個性軍艦…。凄まじいの一言だ。」

プロヒーロー・セメントスが画面に映る戦火の映像を見てコメントする。

 

 

「惜しむらくは、試験時間の前半中盤で彼女の周りに人ひとり居なかったことね。レスキューポイントを稼いだ後半の動きを見るに、もっとポイントを稼いげていたでしょうにね。」

ボディラインがくっきりと出る衣装を身に纏った女性プロヒーローのミッドナイトは、僅差で主席に成れなかった戦火に同情の念を抱いていた。

 

 

「救助対象が転倒する寸前には、既に変形し走り出すモーションを取っていた。その後の動きもスムーズに救助していたが、抱える際に抱き方を間違えている。抱き抱えた際に患部を腰の装備にぶつけてしまったのは残念ながら減点って所だな。」

戦火の救助シーンを見ながら、至らない所は、至らないと確り評価するのは、プロヒーロー・スナイプ。

 

それに続けて削岩ヒーロー・パワーローダーも戦火の主砲威力を評価しながらも、自身の意見を言う。

 

 

「ケケケ、それに0ポイントヴィランには慎重になり過ぎた。

彼女の火力なら一撃で仕留められただろうに、敵の能力を過信したって所か。」

 

 

「まあ、それでも即座にチームアップして対処したのは評価出来るのさ。他の四人より少しポイントが低い理由が、最後の一撃しか活躍出来なかったからというのは、少し厳しいかもしれないけどね。」

最後を締めくくる様にネズミのような、犬のような小さな生き物が言葉を紡ぐ。

何を隠そう、この生き物こそが雄英高校の根津校長。

ハイスペックという個性を持った“ネズミ”である。

 

「ハハ!何にせよ、彼女はヒーローに必須な物。そう、義勇の心を持っている。至らなかった所はこれから教えていけば良いのさ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

入学式当日。

戦火は朝早く起き、鏡の中の自分を眺めていた。

 

この制服の袖に手を通すのが、夢だった。

ヒーローを目指す上で、雄英高校は通過点であるが、この最高峰のヒーロー科は一つの目標であり、最高のヒーローになる為に必要な要素。

 

今日から自分は夢への大きな一歩を踏み出すのだと、戦火は意気揚々となる。

 

 

 

 

 

雄英高校はヒーロー科、普通科、サポート科、経営科と4つの科が有り、相応に大きな校舎を有している。

初日から校内で迷子など、自分に取って笑い話にもならない。

早めに来て、校内を歩く戦火は入学届けに同封されていたマップを見ながら教室を探していた。

 

頻繁にマップを確認しながら歩く戦火の目に、自身が通う事になる教室の札が目に入る。

 

1−A。

個性溢れる社会。異形型等の大きな人の為のバリアフリーなのか、一際大きな教室の扉の前に立つ。

 

緊張した身体を解すために一呼吸をつき、戦火は教室の扉を開けて中に入る。

辺りを見回すと、すぐそこに芦戸が座っているのが目に移る。

 

見知った人が来たの事が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる芦戸。

そんな芦戸に挨拶しようとする戦火に、一人の人物が先んじて話かけた。

 

「おはよう!はじめまして!

ぼ、俺は市立聡明中学出身、飯田天哉。よろしく頼む!」

 

「あっ、えっと、はじめまして!僕は船身戦火といいます。よろしくね、飯田君!」

 

「よろしく船身君!ちなみに席は五十音順の出席番号順で、詳しくは教卓の上に紙が置いてあるから、それを見れば解るはずさ。」

 

「ありがとう、飯田君。早速確認するね!」

眼鏡をかけた長身の少年、飯田天哉にお礼をして自身の席を確認する戦火。

 

席は窓際の前から二番目の席。

自身の前の席は爆豪勝己、後ろの席は緑谷出久という名前が書かれていた。

 

 

自身の席に荷物を置いた戦火の元へと、芦戸が軽い足取りで近づく。

試験以来、二人はスマホでやり取りをしていた為、もはや友人の距離感となっている。

 

芦戸一人を立たせておくのも気が引ける為、二人で窓際に立って話し込む。

 

 

時間と共に着々と増えていくクラスメイト。

途中、力道や、芦戸と同じ中学の切島鋭児郎を交え自己紹介や話をしていく。

四人で話す姿を見て、紫色の独特な髪を持った背丈の小さな少年が、力道や切島を睨みつけているのを戦火は不思議そうに見ていた。

 

 

 

ガラッと大きな音を立てて、一人の少年が教室に入ってくる。

 

金髪のツンツンとした髪の毛に、鋭い目つき。

その少年は教卓の上の紙を瞬時に把握し、確認。

自身の席へと迷いなく歩みを進める。

 

それは戦火の前の席。

ということは彼が爆豪勝己なのだろう。

 

ドカッと自身の席に座る彼に、戦火は周りの友人達に断りを入れて、彼の元へと近づいて行き声をかけた。

 

「お向かいさん。はじめまして!

僕は後ろの席の船身戦火です。よろしくね。」

 

「あっ!?んだ…、クソ。…爆豪勝己だ。」

最初戦火に話しかけられた時は語気を強め、凄む様に振り返った爆豪だが、戦火の顔を見た瞬間、何やら唖然として息を飲む。

その後直ぐに悪態をつくが、それは戦火に向けた物では無いようで、自分の名前を告げる。

 

その後爆豪は直ぐに前を向き、両足を机の上に上げてあらぬ方向を見る。

行儀の悪い彼の行動を見て戦火がはじめに思った事は、“可愛い“であった。

 

そんな思考を芦戸に読まれでもしたら、趣味悪いとツッコむ事だろうが、残念ならが芦戸三奈という少女の個性は読心では無い。

 

 

そんな爆豪の態度や行動を見て注意する猛者がこのクラスには居た。

その少年は、律儀にクラスメイト全員へ、自ら自己紹介をしていた飯田天哉だ。

 

 

「君!机に足をかけるな!!雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないのか!?」

 

そんな飯田の言動に、ニヤリと笑う爆豪。

その姿は先程までと違い意気揚々としていた。

「ハッ!思わねーよ。てめーどこ中だよ端役が!」

 

「ぼ、俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ。」

 

「聡明ぃ!?クソエリートじゃねーか、ブッ殺し甲斐がありそうだな。」

 

「君ひどいな。本当にヒーロー志望か!?」

 

そんなやり取りを戦火はニコニコと笑いながら見守っていたし、周りのクラスメイト達も静観していた。

 

爆豪と飯田のやり取りに気を取られ気づかなかったが、教室の出入り口に一人の少年が立ち、二人を見て引き攣った表情をしている。

 

緑色のもじゃもじゃの髪に、そばかすが有る少年。

 

おそらく、彼は緑谷出久。

空いている席は2つで、男子は彼一人の為、そう判断する戦火。

 

その緑谷出久の後ろに少女の姿が見える。

その少女には見覚えがある。…そうだ、受験の前に転倒しかけた少年を助けた少女だ。

 

自分の余裕のない時でも人を助けられる、あの優しい少女が受かっていた事に嬉しく思う戦火。

 

 

その少女と緑谷出久のやり取りや、その二人に自己紹介する飯田の姿を見ていると、ふと視界の隅に、その場に似つかわしくない物を発見する戦火。

 

じっとそれを見つめる戦火の視線を追い、爆豪も気付き腰を上げようとする。

 

その似つかわしくない物体の正体は寝袋である。それも人が入っており、中の人物の顔が見えている。

どう見ても不審者である。

 

 

見つめる戦火と爆豪に、その不審者もまた二人を見つめる。

 

そしてニヤリと笑う不審者に戦火と爆豪の緊張感は高まり、個性を発動しようと身構える。

 

 

 

「お友達ごっこしたいなら他所へ行け。

ここは、ヒーロー科だぞ。」

その不審者の発言を聞き、緊張を緩める戦火と爆豪。

 

寝袋に入ったままの不審者が、ゼリー飲料を一瞬で飲み干しながら、そう言い切った。

器用に寝袋に入ったまま立ち上がり、教室に入ってくる人物を見て、戦火と爆豪を除いたクラスの一同は心を一つにする。

 ((な、なんか居る〜〜!))

 

「はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。

君たちは合理性に欠くね…。担任の相澤消太だ。よろしくね。」

その不審者は、驚くことに担任の教師であった。

 

「早速だが、これを着てグラウンドに出ろ。」

 

そう言いながら相澤が寝袋から取り出したのは雄英高校の体操服。

彼が見せたのは見本らしく、各自の名前と体型に合わせた体操服が教室の後ろのロッカーに入っているとのこと。

 

言うだけ言って教室から出ていった相澤に唖然としながらも、指示された更衣室で着替えるべく教室を出る一同であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今から、"個性"把握テストを行う。」

 

「"個性"把握テストォ!?」

 

 

いくつもの白線が引かれたグラウンドで発せられる相澤の言葉に驚く面々。

 

体操服に着替えさせられた辺りで察してはいたが、入学式に出ないでの体力テストとは。

 

そんな相澤の言葉に、戦火が注目していた少女、麗日お茶子が驚きながらも疑問をぶつける。

 

 

「入学式は!?ガイダンスは!?」

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ。」

 

驚愕するクラスメイトを気にも介さず相澤は言葉を続ける。

 

 

「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは先生側もまた然り。」

理解が追いついていない生徒達を置き去りにして説明を始める相澤。

 

「ソフトボール投げ、たち幅跳び、50メートル走、持久走、握力、反復横とび、上体起こし、長座体前屈。

中学の頃からやってるだろ?個性禁止の体力テスト。

 

国は未だ画一的な記録をとって、平均を作り続けている。

合理的じゃない。まぁ、文部科学省の怠慢だよ。

一般入試実技試験一位は爆豪だったな。

中学の時、ソフトボール投げ何メートルだった。」

 

 

「67メートル。」

 

溜め息まじりに旧態然の体力テストに対する愚痴をこぼしながら、爆豪へと相澤はボールを投げ渡す。

 

「ん、じゃあ個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。

早よ。思いっきりな。」

 

 

爆豪は相澤の言葉を聞きながら軽い準備運動を行い、腕を振りかぶる。

 

「んじゃ、まぁ…死ねェ!!」

 

爆音と共に高く遠くへ飛んでいくボール。爆豪の個性による爆風が、見ていた生徒たちへ吹き付ける。

 

ソフトボール投げで聞くはずの無い言葉が聞こえたことにクラス一同は理解する。爆豪という少年がこういう奴なのだと。

 

 

「まずは、自分の最大限を知る。

それが、ヒーローの素地を形成する合理的手段。」

 

淡々と言いながら手に持つ機械を見せる相澤。

表示されたのは個性禁止の体力テストではおよそ見ることの無い数値。

705.2メートルという堂々とした記録が映る。

それは個性ありであったとしても大記録だ。

 

 

「なんだこれ!!すげー"面白そう"!」

 

「705メートルってマジかよ。」

 

「個性思いっきり使えるんだ!さすがヒーロー科!!」

そんな記録に湧く生徒達を見据える相澤。

 

「…面白そうか。

ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?

ふっ。…よし。トータル成績最下位のものは見込みなしと判断し、除籍処分としよう。」

 

 

「「はああああああ!!?」」

クラス一同の叫び声が重なる。

 

今思い付いたと言わんばかりの相澤の発言。

その突然過ぎる常識外の発言に全員が驚かされる。

 

「生徒の如何は先生の"自由"。

ようこそ、これが…雄英高校ヒーロー科だ」

 

髪をかきあげながら嗤って言う相澤。

 

とはいえそんな理不尽を到底すんなり受け入れられる筈もなく、反論が飛び出た。

 

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!?

いや初日じゃなくても、理不尽すぎる!」

 

麗日がもっともな意見を言うが、相澤はそれを聞きながらも言葉を続ける。

 

「自然災害、大事故、身勝手な敵達…。

いつどこから来るかわからない厄災。日本は理不尽に塗れてる。

そういう理不尽を、覆していくのがヒーローだ。

 

放課後マックで談笑したかったならお生憎。

これから3年間、雄英は全力で君たちに苦難を与え続ける。

"Plus Ultra"さ、全力で乗り越えてこい。」

挑発するような言動。しかしそれを聞いた生徒達は怒るでもなく決意を固める。

 

この試練を乗り越えるのだと。

 

 

 

 

 

第一種目、50メートル走。

 

 

位置についた戦火は個性を最大限まで発現させる。

とたんに現れる機械部品。

それは戦火が艤装と呼ぶ、身体機能の一つだ。

 

小ぶりの主砲や魚雷が特徴的な駆逐艦モード。

 

それを見たクラスメイト達のリアクションは様々で、特異な個性に驚く者もいるが、総じて共通しているのはどんな事をしてくれるのかという好奇心だ。

 

 

 

今までで一番の記録はエンジンという個性を持った飯田天哉の3秒04。

 

 

スタート位置で、集中する戦火。

合図と共に、その身に宿る超常的な馬力を用い、瞬時に最高速度まで持っていく。

 

地を蹴る音が爆音の様に響き、戦火の後ろには砂煙が舞う。

 

 

飛ぶように走り抜ける戦火を機械が正確に測定する。

2秒16。

 

 

「いっちばーん!」

そう喜ぶ戦火。記録更新に湧くクラスメイト達。

そして、この分野で負けるとは!と悔しがる飯田。

 

未だに50メートル走が全員終わってないにも関わらず、一番を宣言する戦火だが誰も異論を挟まない。

それ程までの大記録であった。

 

 

 

その後も握力、たち幅跳び、反復横とびをこなしていく一同。

 

特に戦火は、握力において測定不能を叩き出し、再度皆を驚かせた。

数万馬力のパワーは伊達ではないのだ。

 

 

 

 

そしてソフトボール投げ。

そこでは麗日が個性:ゼロ・グラビティを用いて無限という記録を打ち立てていた。

 

 

戦艦モードに切り替えて一投目を投げる準備をする戦火。

投げるといっても、手で投げる訳ではない。

 

背から伸びる戦艦主砲を目一杯後ろへと稼働させ、何とか砲の中へとボールを入れることに成功する。

そして渾身の火力を込めた一発は、轟音を響かせ、周りの空気を強く震わせた。

 

麗日には及ばないのは皆解っていたが、大記録を予感させるパフォーマンス。

 

 

ピッという電子音と共に24.273キロメートルという結果が相澤の手に持つ機械に表示されると、すっげー!とクラスメイト達が感嘆の声を上げる。

 

 

 

だが一人だけ戦火を睨みつける人物が居た。

今まで何度か記録で負けている爆豪勝己である。

 

しかし、そんな爆豪勝己の態度が不自然に鳴りを潜める。

かと思いきや悔しそうにしたりと態度が定まらない。

 

そんな爆豪を緑谷が驚愕した表情で眺めていた。

(かっちゃんが、かっちゃんらしくない…!)

心の中で呟く緑谷。

彼の言うかっちゃんとは爆豪勝己の事である。そう、緑谷と爆豪は幼なじみの間柄であった。

 

 

 

 

そんな緑谷だが、これまで個性を使った素振りを見せなかった。

戦火は、それをサポートや回復など体力テストに適正の無い個性だからだと思っていた。

 

 

しかし、当の緑谷の焦りは頂点に達していた。

 

彼の個性は超パワー。

ワン・フォー・オールと冠されたその個性は、最大限まで引き出すと一振り一蹴りで四肢が砕ける程の力を発揮する。

それは入試の際の0ポイントヴィランを一撃で破壊する程の威力を持っている。

 

この個性は、緑谷の肉体が鍛えられる程に許容範囲の上限が上がるが、今の彼ではワン・フォー・オールをおよそ3%程しか使えない。

勿論100%を使うことが出来るが、使ったらその部分の骨が折れる。

 

しかも彼は、個性の制御が出来ないでいた。

 

 

本来個性とはおよそ4歳で発現する。以降身体の成長と共に個性も馴染んでいき、また成長していく。

故に誰しもが個性を制御出来るのが普通だ。

稀に個性の暴走事故とかがあるが、大体は小さな子供が発現したての個性を制御しきれなくなるという形だ。

 

 

だが緑谷出久は違った。

最近まで個性の無い人間として周りに認識されていたし、実際にそうであった。

しかしある事情により、最近になり個性を手に入れた。

その為、彼はいわば個性に関してはド素人。

 

このテスト中に何とか制御を物にしようとしていたが、今の今まで制御できずにいた。

 

 

 

このままでは、最下位で除籍となってしまう。

ワン・フォー・オールで記録を作るなら、残るはこのソフトボール投げだけ。

 

大きな記録を打ち立てるなら、ここしかないとリスクを決意する緑谷。

 

 

意を決した顔で緑谷がボール投げの円に足を踏み入れる。

 

そして、腕を振りかぶり、投げた。

しかし記録は平凡そのもの。

その事実に驚愕し困惑する緑谷。

 

 

「なっ…。今、確かに使おうって…。」

そう呟く緑谷に、瞬きせずに彼を見つめる相澤が話しかける。

 

「個性を消した。つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴も入学できてしまう」

 

「個性を、消した…!?…あのゴーグル、そうか!

視ただけで人の個性を抹消する個性。

抹消ヒーロー・イレイザーヘッド!!」

 

ヒーローオタクである緑谷は、個性を消したという相澤の言葉と彼が首元にかけているゴーグルを見て、彼のヒーロー名を看破する。

 

決して有名とは言えないヒーロー、イレイザーヘッドだが無能とは程遠い。

名が知れていないのは、彼自身、仕事に支障がでるからと、とことんメディアに出ることを嫌ったのが理由だ。

故に知る人ぞ知るアングラ系ヒーロー。

 

それがイレイザーヘッド。

 

 

そんな相澤は首元に巻いた長い布を器用に操り拘束し、緑谷を近くに引き寄せ、忠告する。

 

 

「昔、暑苦しいヒーローが、大災害から一人で千人以上を救い出すという伝説を作った。同じ蛮勇でも、お前のは一人を助けて木偶の坊に生るだけ。緑谷出久、お前の力じゃヒーローになれないよ。」

他へと聞こえないように、相澤は厳しい言葉を吐く。

それは正論で、先程緑谷が行おうとした事は、一度の結果の為に利き手を壊すという行動。

 

 

拘束を解き、ボール投げは2回だと緑谷へと告げ離れる相澤。

 

 

そんな緑谷と相澤を遠巻きで見ていた戦火は、近くに居た飯田と爆豪のやり取りを耳にして、緑谷を心配する。

誰かが除籍になるとはいえ、やはり他人が夢敗れる姿を見るのは、心情的に見たくない。

 

先程爆豪は緑谷の事を無個性と話していたが、実技試験で会場が一緒だった飯田は、緑谷に個性がある事を疑って居なかった。

 

その事から、危険な個性を持つが故に無個性と偽ってるのかもと考察する戦火。

だからこそ、相澤が何か彼に忠告したのかもしれない。

 

 

 

 

ボール投げの円の中で、緑谷は何かを考え込んでいる。

 

その姿を見て、全力覚悟の玉砕か、萎縮しての最下位か。

どちらにして見込みは無いと相澤は判断する。

 

 

覚悟を決めた表情の緑谷。

そしてついにボールを投げる彼の動作を観察していた戦火は、その動作に個性の影響を見つけることが出来なかった。

 

爆豪の言っていた通り、本当に無個性なのか。

そう思った戦火だが、次の瞬間、強い風が吹き抜け、顔にかかるのを自覚する。

同時に、彼が投げたボールが衝撃波を伴いながら飛んでいくのを目撃して眼を見張る。

 

 

指先にのみ個性を使った緑谷。

 

超パワーの反動で腫れ上がった指。

その指ごと拳を握る彼は、相澤へ動けることをアピールする。

 

「先生!まだ動けます!」

 

 

そんな緑谷を見て、クラスメイト一同各々が反応する。

 

「705.3m!?」

 

「わー!やっとヒーローらしい記録出たよ。」

 

「指が腫れ上がっているぞ。入試の時といい、おかしな個性だ…。」

 

「スマートじゃないよね☆」

 

総じて、今まで平凡な記録に終わっていた緑谷の活躍に感嘆の声を上げていたが、一人だけ反応が違った。

 

「どーいう事だコラ!訳を言え、デクてめぇ!!」

 

「うわああ!!!」

 

 

大記録を見せた緑谷に向かっていく爆豪と、それに恐怖する緑谷の叫び声が、グラウンドに木霊する。

 

しかし爆豪の右腕が緑谷に届く前に細長い布が爆豪の身体を捕らえた。

 

「ぐうっ…んだ、この布、固っ…!!」

 

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。

ったく、何度も個性使わすなよ。

俺はドライアイなんだ!」

 

爆豪を止めた相澤だが、彼の発した言葉に生徒達は皆心をシンクロさせる。

((個性凄いのに、勿体無い!))

 

 

 

 

 

 

全ての種目を終えて、相澤が空中ディスプレイでテスト順位を発表する。

 

自身の名前を探す戦火。

その名前は1位の所に書かれていた。

 

芦戸や力道、切島が凄いと戦火を褒め称えるが、とうの戦火は最下位となってしまった緑谷を心配そうに見つめている。

 

絶望に彩られた彼の表情を見てられないと、戦火は相澤へ除籍処分の撤回を直訴しようと一歩前へと足を踏み出し声を上げる。

 

 

「相澤先生!どうか緑谷君の除籍処分の再考をお願いしたいです!確かに彼は最下位ですが、短くとも此処まで見てきて解りました!彼は、目標の為に物凄く頑張れる人です!

ここは学び舎のはずです!だからチャンスをあげてください。

お願いします!」

 

頭を下げ叫ぶように懇願する戦火を驚く様に見るクラスメイト達だったが、賛同する様に切島や芦戸が続くのを見て、相澤は不敵に笑う。

 

「心配するな、船身。除籍は嘘だ。

君たちの最大限を引き出すための合理的虚偽。」

 

 

「「はぁーーーっ!?」」

安堵が混じった叫び声が重複する。

一歩前に出た戦火に至っては、羞恥心から顔を真っ赤にしていた。

 

 

 

固まる戦火に、ドンマイドンマイと声をかける芦戸、力道、切島。

そこへ緑谷が近づき話しかける。

 

「さっきはありがとう!えっと…、船身さん、だよね。」

 

「気にしないで。ただ見てられなかったんだ。君の顔に絶望がよぎるのを見て咄嗟に。これは僕のワガママ。

それに、お節介はヒーローの本質だって言われてたからね。」

 

何度も頭を下げ続ける緑谷。

そんな彼の行動は、指の治療をする様に相澤が声をかける事で終わりを告げる。

 

 

 

なおも頭を下げながら保健室へと遠ざかる緑谷。

戦火達も、教室に戻るために歩き出す。

 

初日から大変だったと友達と共に笑顔で話す彼らは、これからの高校生活に思いを馳せる。

 

先生はある意味凄い人だけど、悪い人では無いと、これからの事が楽しみになる戦火だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オマケ

 

 

初日から疲れたな、と考えながら電車に乗り込む戦火だが、ふと隣を見ると雄英高校の制服を着た人物が居るのを察知し、そちらに目を向ける。

 

そこに居たのは爆豪勝己だった。

 

爆豪も戦火が同じ電車だという事に驚いた様子だ。

 

「あ、爆豪君。同じ電車なんだね。

そうだ、途中まで一緒に帰ろ。」

朗らかに話しかける戦火に毒気の抜かれる爆豪。

 

「あ?んだ…、勝手にしろ。」

 

何も疑問も思わずに次々と話しかけていく戦火と、ぶっきら棒に返答する爆豪。

 

こんな姿をもし緑谷出久が見たらこう思うだろう。

 

かっちゃんが、かっちゃんじゃ無い。と




爆豪だって思春期

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