その忌むべき名を呼べ   作:シスコン深王

1 / 5
第一話 昏き暗黒球

 少女は恵まれた生まれであった。母親は病気で早くに亡くなったが、父親が少女を可愛がり、欲しいものはなんでも与えた。少女は蝶よ花よと育てられ、我が儘はなんでも聞き入れられた。今すぐケーキが食べたいと言えば、父親が部下に命令してすぐに買ってこさせた。夜、眠れない時はメイドに眠りにつくまでお守りをさせた。

 そんな少女にもある時個性が発現した。とても珍しい個性であり、その事を知った父親は大喜びだった。益々、少女への過保護が加速した。少女は素直で大人しい女の子であり、父親の言うことは何でも聞いた。少女の個性を父親の部下に使えと言われると、嫌がる事なく個性を使った。たとえ相手がどれ程嫌な相手であろうと父親のお願いだからと我慢して使った。だが、少女の個性は感情で左右するのか、嫌な相手に使った個性の結果は芳しいものではなかった。だが、そんな事もお構いなく、父親は自分の全ての部下に少女の個性を使わせた。少女のお気に入りのメイドにも、そして父親にも。

 少女が父親達に個性を使ってから父親は忙しくなった。少女はそれを寂しく思った。父親から昔プレゼントで貰った人形やぬいぐるみやおもちゃで寂しさを紛らわそうとしたが、寂しさは癒えなかった。そして少女は願った──友達が欲しい、と。

 ある時、少女の家の庭に空から何かが落ちてきた。普段なら父親やその部下が確認に行くのだが、生憎、父親はおらず、少女以外誰も気が付かなかった。少女は空から降ってきた物が気になり、駆け足で落下してきた物の所へ向かった。そして落ちてきたであろう場所へ着くと、そこには小さなクレーターと目玉くらいの大きさの球があった。昏い澱んだ黒色の球、見ていると何か引き込まれそうなそれは少女の興味を引くに十分だった。少女はそれを手に取ると色んな方向から眺めた。見ているだけで時間が忘れそうになるその暗黒球を少女はすぐに気に入り、持って帰ろうとした。そしてポケットに仕舞おうとした時、少女は気付いた──その暗黒球も少女を気に入っている事に、そして何かを語りかけている事に。少女はその暗黒球をただじっと見つめ、そのまま口の中に放り込んだ。すると少女は自分の中に何か別の生き物が現れたように感じた。それは少女に何かを囁き、すぐに眠りについた。少女はそれの言ったことをすぐに試した──友達を作るために。それの言ったことは単純なことであった。『自分に個性を使え』と。少女が自分に個性を使った瞬間、少女の中に何かが生まれた。そして少女は寂しくなくなった──

 

 

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

 

 

 

「グートルーネ様、朝でございます」

 

 とある一室に声が響き渡る。それを聞いて、天蓋付きのベッドで寝ていた少女は目を覚ます。歳は16くらいであろうか、白亜の様に白い髪、陶磁器のようにすべすべした白い肌、幼げで整った美しい顔立ち、そして朱い目。そんな特徴を持ったグートルーネと呼ばれた少女は声の主の方に顔を向けると、にへらと笑い、楽しそうに喋り始めた。

 

「おはよう、アナ。今日の朝食は何かしら?」

 

 それを聞いた声の主であるメイドはほっとしていた──()()()()()()()()()と。

 

「今日はシルニキとオムレツでございます。旦那様もお待ちですので急ぎましょう」

 

 メイドが朝食のメニューを口にした途端、少女の目玉が片方だけグルグルと動く。それを見た途端、メイドは天を仰いだ。

 

「シルニキ! やった! 私の大好物よ! グートルーネ、私に()()()()!」

「嫌よ、ローレル。お父様がいるのよ。私じゃないと」

「ヤダヤダヤダ! シルニキ食べたい! あんなおっさんなんか知らないもん」

 

 少女が独り言のように喋り始めたのだ。だが、メイドはその理由を知っている。少女は多重人格なのだ。

 少女の中にはいくつか人格が存在する。グートルーネというのが本来の彼女だ。そしてローレルというのが1番よく出てくる人格である。他にもいくつか人格があるがあまり出てこない。ローレルは比較的まともな人格だが、他の人格達はどれも癖のある人格達であるため出てきたときの対応が大変なのだ。

 グートルーネが多重人格になったのは生まれつきではない。ある時を境に他の人格達が発現したのだ。父親も最初は戸惑った。家に帰ってみれば自分の愛娘がいきなり複数の人格を有している状況になっていると聞けば当然であろう。始めは病院などに連れていき徹底的に調べた。だが結果は『異常なし』の一文字。どうにかして治療できないものかと色々と試してみたが効果なしであった。父親はどうしたものかと悩んだが、とあることに気がついてそれからは娘の中の他の人格達を利用するようになった。

 

 身支度も終わり、父親との朝食も済ませたグートルーネに父親から声を掛けられる。

 

「グートルーネ、ちょっといいか? ()()()が出た。処分を頼みたいのだが、この後大丈夫か?」

「大丈夫よ、お父様。それで『パニッシャー』と『ノーワン』どっちがいいかしら?」

「『パニッシャー』の方で頼む。もう片方は扱いに困るからな。今から部下を集める。少しの間待っていてくれ」

 

 そう言葉を残して立ち去った父親を笑顔で見送った後、グートルーネは少し退屈そうな表情を浮かべる。

 

「はあ、お父様の言いつけを守るのも悪くはないけど、少々飽きてきてしまったわ……もう15歳にもなったし、一人旅にでも出ようかしら……」

 

 その独り言に反応してか、グートルーネの片目がピクピクと小刻みに震え出す。

 

「それはいいな。お前も前から行ってみたいと言っていた日本とアメリカ、どっちに行くんだ?」

 

 出て来た人格に意外そうにしながらその問いに答える。

 

「行くとしたら日本かしら? ここからそれ程遠くないからね。それにしても貴方が興味を示すなんて珍しいわね、『ノーワン』」

「お前も俺も、鳥籠の鳥だったんだ。外の世界、それも外国のことになれば興味を示すのもそれほど珍しいことではないだろう?」

「それもそうね……さて、『パニッシャー』を呼びたいからそろそろ戻ってくれないかしら?」

「日本に行くときは俺も出してくれよ。それなりに楽しみたいからな……」

 

 そう言葉を残すと気配が消える。それと同時にグートルーネを呼びにきた父親の部下がこちらに向かってるのが見えた。

 

「さて、それじゃあ粛正を頑張ろうかしら」

 

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

 男はこの国のNo.1ヒーローのサイドキックであった。ある日忽然とそのNo.1ヒーローが消え、その足取りを男は追っていた。そして消息を絶った直前に関わっていた案件が『スロンカルテルの調査』であった。スロンカルテルはこの国──ロシアで最大のマフィアグループだ。

 ロシアではヒーローはいるにはいるのだが、あまり活躍はしていない。その代わりマフィア達お抱えの個性持ち達が傭兵のように働き、秩序の均衡が保たれているのだ。マフィア達お抱えの個性持ち達は他の国ではヴィランと言っても過言ではない存在だが、この国では黙認されている。マフィア達がお互いに睨みを聞かせており皮肉にもその存在が平和を作っているからである。もしどこの組織にも所属していないヴィランが暴れたりするとそのヴィランは真っ先に消される。マフィアはそういった自分達の縄張りを荒らす存在を許しはしないからである。なので個性犯罪は表向きは非常に少ない。ただ、他の国と違いヒーローが対処しない場合、ヴィランの命は保証されない。大体が見せしめで処刑され、運が良ければ下っ端として他の組織へのスパイにされる。情報を大して持ってないため捕まってもそれほど問題もないし、重要な立ち位置にもいないため捨て駒として使える。生き残っても大体が地獄である。

 そんな国でのヒーローの仕事はマフィアグループの調査と有事の時の交戦である。マフィアグループを一つ潰そうとすると他のマフィア達がその隙を狙って、縄張りを広げようと争いが起こる。それは最早戦争と言っても過言ではない程だ。だからヒーロー達は余計な手出しはしない。抗争が起きそうになった時のためにマフィア達の動向を調査し、事前に防ぐ。それがロシアのヒーロー達の仕事である。裏方の仕事が多いからといってロシアのヒーローは戦いが不向きな訳ではない。むしろ他の国よりも質は高い。マフィア達お抱えの傭兵と戦っても生き残れない弱い者から消えていくからである。

 そんな国のNo.1ヒーローが消えたのだ。当然、ロシアのヒーローの間に動揺が走った。その相棒であるサイドキックとなれば尚更である。おそらく、何か秘密を掴んでその末にスロンカルテルと戦いになり、消されたのであろう。たとえロシア最大のマフィアグループを相手取ってもNo.1ヒーローがやられるとは思っていなかった。それがどうだ、結果は知らぬ間に行方知れずになっている。スロンカルテルの強大さを思い知ったと同時に、相棒の知ったことを調べなければと思った。そして仲間が止めようとしたのも構わず、スロンカルテルへの潜入を試みた。

 ことは順調に進んだ。組織への信頼を得ることは簡単ではなかったが無心で頑張り、少しづつではあるが組織へ貢献し、地位を上げ、組織の秘密を聞き出す事が出来た。なんでもある程度の功績が認められて幹部になった暁にはボスの娘の世話役がしばらく任せられるらしい。そして娘に気に入られれば何か特別なものが与えられると。そして、その情報を掴んでから大して経たぬうちに男はボスの娘との顔合わせの命を受けた。これが幹部への昇格の通達だと男は思った。これで組織の秘密にまた一歩近付ける、そう思ってボスの娘への謁見に臨んだ。

 部屋にはボスの忠実な部下が数十人、左右に並んで立っておりその奥にはスロンカルテルのボスとその娘である白亜のように白い少女が椅子に座っていた。ボスと娘の前まで行き、失礼のないようお辞儀をした瞬間──

 

 

 

 

男の身体は凄まじい力で地面に押さえつけられた。

 

「な、何を…?」

 

男の疑問の声にボスが答える。

 

「気付いていないとでも思ったか? No.1ヒーロー、ミルグラムのサイドキック」

「な…何故それを!?」

 

 ボスは愉快そうに顔を歪めながら、男に答える。

 

「最初から知っていたさ。お前が私の組織に潜入した時からな。始めは有無を言わさず潰そうと思ったが、ミルグラムのサイドキックだと知って気が変わった。せめて相棒が知ったことくらいは教えてやった方が幸せかなとな」

 

ボスの発言で周りの部下達が軽く笑い出す。最初から手のひらの上だった事を嘲笑う笑い声だ。

 

「お前がスパイと知ってながらわざと情報を流していたのだ。お前も今回の招集に期待しただろう? 幹部への昇格だと思って」

 

 ボスは椅子から立つと床に倒れ伏す男の顔の前まで進み、楽しそうに見つめる。

 

「本来ならお前の得た情報通り、幹部への昇格の儀式が行われる。娘の世話係という名の儀式がな。そしてその儀式が行われた後、特別なものを与えられると聞いただろう? それは一体何だと思う?」

「…知るかクソ野郎。それを調べる為に此処へ来たんだ」

 

 男の発言に気を悪くする事なく、しゃがみ込んで男の顔に自身の顔を近付ける。

 

「それはな──"個性"だ」

 

 ボスの発言に男の顔は驚愕に染まる。

 

「個性持ちであろうが無個性であろうが一つだけ個性を作り出し、与える事が出来る。それが私の娘──グートルーネの個性だ」

「だからか! お前の組織の幹部は全員、個性を持っているのは! そして、個性の情報がハッキリしない者が多かったのは!」

「そうだ。私の組織の古株達はみんな個性を持っている。最初は信用出来る出来ない関係なしにグートルーネの個性を使っていたからな。だがグートルーネの個性にも欠点があるのを思い知らされた。どんな個性が付与されるか分からない事とグートルーネの思い入れが強いほど強力な個性が付与される事だ。

 古株の中には個性を貰っても大して役に立たないものいた。そういった連中には一つ共通点があったのだ。全員、グートルーネに嫌われていた。それからだ、グートルーネの個性の恩恵を与える者を選ぶ様にし、娘になるべく気に入らせ、より強力な個性を厳選する様になったのは。それから私の組織は大きくなりこの国最大の組織となったのだ」

 

 男は声を荒げる。全てのピースが当てはまったからだ。組織のトップシークレットもそれを知ったNo.1ヒーロー、ミルグラムが消された理由も知ることが出来たから。

 

「一体どうやって! どうやってミルグラムを倒した! あいつはそう易々と斃れるヒーローじゃないぞ! 総出であいつを倒したのか!?」

「いや、正々堂々一対一だったさ。それで負けてこの世から消えたんだ」

「ウソをつくな! あいつは世界でもトップクラスのヒーローだぞ! あいつが一対一で負けるものか!」

「それが勝てるんだ、1人だけな…」

 

 そう言うとボスは自分の椅子に戻っていく。そして、椅子に着くと男に一つ問いかけた。

 

「なあ、お前を地面に押さえつけている個性、一体誰のものだと思う?」

 

 その問いに男は訝しみながらも正直に答える。

 

「お前の部下だろう…」

「それが違うんだな、この部屋では部下に個性を使うことを禁止している。グートルーネの機嫌を損ねないためにな」

「それじゃあお前か?」

「それも違う、私の個性は別にある」

「それじゃあ誰が…」

「1人しか残ってないだろう?」

 

 そこまで言われて驚きの顔をその1人へ向ける。

 

「まさか…」

「そのまさかだ。私の娘、グートルーネがミルグラムを殺した」

「お前の娘の個性は個性を与える能力だろ! どうやって戦うと言う……ん……」

「どうやら気付けたようだな。娘の個性は自分自身に使えないとは言ってないだろう? そして思い入れの強いものに強力な個性を付与する。自分自身にもなるとどれ程恐ろしい個性が生まれるか想像がつくか?

 最後に一つだけ教えてやろう。グートルーネは自分自身に個性を付与する時はいくつでも付与できる。だが、その代わり一つ問題が起こるんだ。何だと思う?」

 

 隣に座る娘、グートルーネに目を向ける。グートルーネの片目はギョロギョロと不自然な動きをしていた。

 

「やれ、『パニッシャー』」

 

 その瞬間、血飛沫が飛び散る。その発生源となった男はまるでプレス機にかけられたかのようにぺしゃんこにされており、床の染みと化していた。

 

「人格が生まれるんだ。一つの人格につき一つの個性が宿る。それが個性を己に使った時の影響だ。良かったな、相棒が最後まで知ることの出来なかったことを知れて」

 

 ボスは部下に後始末を命じると、顔を破顔させ娘に近付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとね〜、グートルーネ、パパの言うこと聞いてくれて。今度ご褒美にご馳走を食べに行こうか! 何が食べたい? パパ、奮発しちゃうぞ!」

「あらまぁ、パパさん。わっちはまだ引っ込んでおらんのですよ。もうちょっと待ってくださいな」

 

 それを聞くなり笑顔が仏頂面へと変わる。

 

「『パニッシャー』か…私は早く娘と会話したいんだ。お前の仕事は済んだんだ早く代われ」

「酷いですなぁ、これでもわっちはパパさんのこと実の父親だと思っておるんですのに。わっちも娘として扱って欲しいですわぁ…」

「うるさい、お前は私にとって仕事仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない、それで充分だろ?」

「はあ…寂しいこっちゃなぁ…」

 

 グートルーネの中に人格が引っ込んでいく。それと同時に片目の動きが止まった。

 

「あら? お父様、もう終わったのかしら?」

 

 いつもの娘に戻ったと分かった途端に声が弾む。実に分かりやすい父親であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、グートルーネはトランクケースに荷物を詰め込んでいた。洋服や日用品、そして自分のお気に入りの人形を全部詰め込み、鍵を閉めた。大量に荷物を詰め込んだはずなのだが不思議なことにトランクケースは問題なく閉まっている。支度が終わると一枚の手紙を机の上に置き、グートルーネは晴れ晴れとした表情ではにかむ。

 

「さてと、手紙も書いたし必要なものも持っていけるようにしたし、そろそろ出発と行こうかしら」

 

 少女の言葉に反応して、少女の額が割れ、そこから昏い暗黒球が姿を覗かせる。

 

「あら? もう起きちゃったの? まだ出発すらしてないわよ」

 

 昏い暗黒球に反応はない。それでも少女は何かを感じ取っているようである。

 

「そうね、楽しい旅行にしましょうね」

 

そしてその日、グートルーネは家から姿を消した。




人格は本人合わせて5人います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。