その忌むべき名を呼べ   作:シスコン深王

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第二話 死穢八斎會

「日本ってロシアと比べてだいぶ人が多いのね」

 

 少女は人混みの中にいた。見渡す限り、人、人、人である。ロシアは国土面積は広いが、人口はそれに比べて少ない。それに少女の住んでいた家の周りは都会ではなく、ゆったりとしたベッドタウンであった。都市部に出かけてもここまで人はいない。少女は早くも人の多さで具合が悪くなりそうになっていた。

 

「さてと、まずはお腹が減ったから何か食べないと…あそこに小さなスーパーマーケットがあるわ」

 

 目に入ったコンビニへと向かう。ロシアにはコンビニがない為スーパーと勘違いしていた。そして店内に入るとその品揃えに驚いていた。

 

「こんなに小さいとこなのにに食べ物がこんなに有るのね! サンドイッチも種類がこんなに…」

 

 興奮気味にサンドイッチを手に取って見定めていた。サンドイッチをニつと興味を惹かれたおりぎりを一つ手に取るとレジへと並ぶ。そして会計でクレジットカードを出そうとした瞬間、一つの考えがよぎる。『クレジットカード使うとお父様に居場所がバレるのでは?』と。その考えが頭に浮かんですぐクレジットカードを財布に引っ込める。その様子を店員は訝しげに見ていた。そして財布の中から一枚の紙幣を取り出す。5000ルーブル紙幣だ、当然日本で使えるはずもない。だが少女は一筋の望みに賭けていた。

 

「お嬢ちゃん、それはここでは使えないよ。銀行で両替してきておくれ。てかこれどこの国のお金だ……?」

 

 当然の結果である。少女は悲しそうに商品を棚に戻してコンビニを後にし、腹を空かせながら今後の事を考える。銀行に行って通貨の両替は出来ない。身分証となるパスポートを持ってきていないからである。そもそも日本には不法入国しているので、パスポートを持っていても直ぐに警察が呼ばれるのがオチであろう。宿は幸いにもどうにか出来る。差し当たっての問題は今のところ金銭面の問題だ。最初に銀行強盗が頭に浮かんだ。しかしすぐにその考えを頭から追い出した。盗むまではいい、だがその後が問題だ。盗んだ金をそのまま使えばすぐに足がつく。大量の金銭をマネーロンダリングするツテを少女は持ち合わせていない。そこまで考えて少女は思い付いた。日本は確かヤクザと言ったか、そのヤクザに自分の力を売り込んで金と情報を集めれば良いと。

 そうと決まればと早速行動に移った。

 

「ヤクザ? そんなの今時殆どいないよ」

 

「ヤクザねぇ…昔はたまに耳にしたけど、今のこのヒーロー社会じゃねえ…」

 

「ヤクザ? 何でお嬢ちゃんみたいな子がヤクザについて知りたいんだ? え? 興味があるからって? 海外って忍者や侍だけじゃなくヤクザも人気なの?」

 

 ヤクザについての情報を集めてみたが思わしい結果ではなかった。日本ではヤクザという組織は半ば解体されており残っていたとしても監視されており、思ったように行動が出来ないらしい。

 活動的でなければ自分を売り込むのも難しい。どこかに暗躍しようとしている組織はないものかと思案する。ふとある事を思い出した裏社会には必ずと言っていいほど仲介人は存在する。そういった輩を探して、紹介して貰えばいいのだ。今は仲介料を払えないがそういった連中にはツケが効いたりするものだ。心配することはない。

 そうと決まればそういう事に詳しそうな連中を捕まえればいい。そう考え、少女は人通りの少ない路地裏へと消えていった。

 

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

 

 

「俺たちと商売したい奴がいるだって? 何者だ?」

 

 短髪の、身なりの整った青年、治崎 廻がソファにたっぷりと腰を落としてそう尋ねた。襟羽の小さな光沢のある暗い灰のストライプ柄のシャツに、濁った赤い細めのタイ。黒のタイトなスラックスを履いている。若年という歳にもかかわらず、都内最大の暴力団組織の若頭という地位にいた。それだけでなく、今では実権を握っている。

 対面に座る幹部の男は緊張した顔つきで困ったような声を上げる。

 

「それが、外国人の女らしくて素性は一切分からないとのことで…」

 

 治崎は眉を顰めながら幹部の男へ殺気を放つ。

 

「そんな素性も知れず、信用もない奴との商売をお前は進めようというのか? そもそもブツは何なのかも聞いてないのだろ? 却下だ」

「仲介人の話だと替えのきかない唯一無二の品物らしいんですが」

「なら何故仲介人からブツの内容を聞き出さなかった。それさえ分かれば少しは考慮したものを」

「それがその品物を売る女が口止めしてるらしいんで……」

 

 治崎は指をアゴに当て考える。品物も分からない、売り手の素性も分からない。そしてヤバい品物だった時にそれが外に漏れたときが致命的だ。強制捜査が警察に下される可能性もある。

 だが、仲介人も馬鹿ではない。八斎會にデマや価値の低い人間を紹介するような奴であればこの業界、長生きは不可能だ。だとすれば危険を犯してでも価値のある取引だと踏んでいるはずだ。それが余計に治崎を悩ませる原因になった。安全を取って正体も分からぬ品物を諦めるか、リスクを取ってその女と会うか。考えた末に出した結果は。

 

「仲介人に知らせろ。明日此処へ連れて来いとな。会って確かめる。信用ならない奴ならお引き取りねがうことにする…」

「分かりやした」

「あと、音本にも伝えろ。お前も立ち会えとな。音本を使って相手の思惑を暴く」

 

 治崎がそう言うと幹部の男は付き添いを連れて外へと出ていった。それを認めた治崎は隣にある人形に訊ねる。

 

「どう思う? 入中」

 

 入中と呼ばれた人形はムムムと悩んでいるような声をあげながらも、答える。

 

「カシラが決めたのならばそれでいいと思います。ただ、相手の素性が割れてないと言うのが気になる所。恐らく、取引の相手は日本の裏社会では新参者でしょう。ただ、海外での影響力はどれほどかわかりません。そこも聞き出すのも得策かと」

「そうか、音本にその事も伝えておけ」

 

 そう言い残すと治崎は席を立ち、部屋を後にする。残された入中はそれを見送った後、懸念している事を口にする。

 

「相手はこちらの事を明らかに警戒していなさ過ぎる。無知なのかどうとでもなると思っているのか……どちらかか分からないが注意した方が良さそうだな」

 

 

 

 

 翌日、治崎達は自分達の事務所で取引相手を今か今かと待ちぼうけていた。待ち合わせの時間にはまだ早いが相手が早く到着した時の為に早めに準備をしていた。いざという時のために後ろの部屋には八斎衆も控えさせている。自分1人でもどうにかなるとは思っているがとりあえずの保険である。

 約束の時間ちょうどに治崎達のいる部屋にノックの音が響き渡る。ドアを入中に開けさせるとそこにはよく顔を合わせる仲介人とその背後に真っ白な少女がいた。

 

「連れてきやしたぜ旦那。それじゃあ取引の邪魔しちゃあ悪いから、自分はこの辺で…」

「まあ待て、そんな事言わずにお前も立ち会え」

「いいんですかい、部外者が聞いてても?」

「お引き取り願うときに連れて帰るやつがいないと困るだろう?」

 

 仲介人の男はそれで悟った。もし交渉が決裂した場合、自分ごと始末する魂胆だと。だが男は笑みを浮かべる。たとえそうなったとしても自分は海外へ高跳びするつもりだ。それまでこの少女が護衛してくれると約束済みである。少女の実力は既に知っている。化け物と言っても過言ではない程だ、治崎が相手でもこの場を制圧することも訳ないと踏んでいる。

 

「それじゃあ、自分も相席させてもらいやす。都合が悪いときはいつでも言ってくださいね、そん時はすぐに席を外しやすんで」

 

 治崎と仲介人の男の話が済むと後ろでキョロキョロと部屋の中を見渡していた少女に音本が声を掛ける。

 

「お待たせしました。どうぞこちらへお掛けください」

 

 その声に従い、少女はソファへと座り込む。その後も周りをキョロキョロと見渡していた。

 

「何か気になることでもございましたか?」

 

治崎が笑顔で訊ねる。それに対して少女は言ってもいいものかと少し困った表情を浮かべていた。

 

「いえ、この部屋があまりにも殺風景だったもので……日本では応接室にあまり力を入れないものなんですか?」

 

 その言葉に治崎は眉を動かす。こちらを挑発しているのだろうか、それともただ単に日本に疎いのか? そんな事を考えながらにこやかに答える。

 

「いえ、こういった職業なもんで、荒事が起きた時の為に物はあまり置かないようにしてるんですよ」

「あら、そうだったのですね、ごめんなさい。実家は応接室に力を入れていたもので、てっきり文化が違うのかと思ってましたわ」

「それにしても日本語が上手ですね。日本に滞在して長いとかですか?」

「いえ、日本に来たのは一昨日が初めてですわ。祖国で独学で日本語と英語を学んで来ましたの。もしかして、私の日本語、どこかおかしかったですか? もしそうだとしたらすみません」

 

 音本の個性を使ってはいないが、嘘ではなさそうだ。どうやらこの女は日本の事情に疎いというのは本当らしい。それなら後ろに他の組織の影がある事も少ないだろう。だが念には念を入れて情報を聞き出した方がいいだろう。

 治崎は音本へと視線を向ける。それをみて音本は治崎に代わって少女へと質問をする、個性を使いながら。

 

「お名前は?」

「グートルーネ、グートルーネ・パブリチェンコと申します。気軽にグートルーネとお呼び下さい」

「ご出身はどこで?」

「ロシアですわ。もし行くことがあれば案内しますわよ」

「個性はどんなものをお持ちで?」

「……」

 

 返答が止まった。これには音本も驚く。音本の個性『真実吐き』は相手に本心を語らせるもの。どうやったかは分からないがその『真実吐き』を防いでいるのだ。警戒が高まる。その時、治崎だけが少女の片目がピクピクと震えているのに気がついた。

 

「グートルーネ! このおっさん、アンタに個性使ってるわよ! 信じらんない! 私達にケンカを売ってるのかしら!」

「落ち着きなさい、ローレル。個性を使われてるのは百も承知よ。こういった仕事は信用が第一なの。あなたもよく知ってるでしょ?」

「でも一方的に喋らされるのは気に食わないじゃない!」

「本当に困ったときはあなた達を頼るからその時まで待ってて」

 

 少女が独り言のように喋っているのを音本と入中は警戒しながら見つめる。そんな中、治崎だけは警戒することなくその様子をじっくり眺めていた。個性で連絡をとっているのか、遠くの人物の個性で音本の個性を防いだのか、考えればキリがない。ただ一つ引っかかるのが先程の目の動きだ。あれが起きてから独り言を始めた。誰かが憑依したという線もありうる。とりあえず音本の個性は防がれる可能性があると言う事は分かった。ダメ元でその理由を聞いてみようと考えた。

 

「先程のは一体何でしたのでしょうか、聞かせて頂いても構いませんかな?」

「ああ! すみません……実は私、人格が複数ある所謂多重人格と言うやつでして……たまにああやって他の人格が出てきてしまうのです。ですのでたまに言動がおかしくなってしまうかもしれませんがご容赦を」

「多重人格ですか……」

「ああ、そちらのメガネの方の個性を防いだのは先程出てきた子の個性なので再び使っても構いませんよ」

「さっきの人格の個性……」

 

 治崎は先程の話を反芻する。さっき出てきていた人格、ローレルと言ったか……その人格が個性を使って音本の『真実吐き』を防いだらしい。言い方からするにグートルーネ本人は別の個性を持っていると言っているような言い方であった。寡聞にして多重人格者が複数の個性を持つなど聞いたことがないが相手が嘘をつく必要もないことである。大人しく信じることにしよう。

 

「因みに、先程のローレルという方の個性を教えて頂いても?」

「いいですよ。彼女の個性は『拒絶』。ありとあらゆる攻撃や個性の能力を無効化し受け付けない、それが彼女の個性です」

 

 とんでもない個性であった。あらゆる耐久型の個性の頂点に確実に立つような個性である。音本の個性も防がれて当然の結果だ。

 

「ちなみにですが、ローレルさん以外にも人格はあったりしますかね?」

「私を除くとあと3人いますね……よかったら呼びましょうか? 他の3人はちょっと癖が強いかも知れませんがそれでも良ければ……」

「いえ、結構です。お構いなく」

 

 他の人格も個性を持っているかは分からない。だが治崎は確信する、他の人格も先程のローレルという人格に並ぶようなとんでもない個性を持っている事を。そして、目の前のグートルーネと言う少女の扱う品物に当たりをつける。

 

「単刀直入に聞かせていただきたい。きみ、我々に個性を売りに来たんだろ?」

 

 その言葉に音本も入中も驚きの表情を浮かべる。グートルーネの後ろにいる仲介人はほうと感心の表情をしており、肝心のグートルーネは少しだけ驚いた後、すぐに笑みを浮かべてその言葉に返答する。

 

「大当たりですわ。でもどうして分かったんですの? もしよろしければ教えてくださいまし」

「きみの人格全てが個性を持っているとしたらそれは恐らく自然に出来たものではない。とすると誰かが人格に個性を与えたはずた。そうだとすると個性を与える事ができる個性持ちがいるはずだ。その個性の持ち主と繋がりのある、もしくはその本人であるきみはその希少さを知らない訳がない。そしてそういった個性の恩恵を受けたがるのは殆どが後ろめたい考えのある裏の人間だ。そういった人間の我々に商売するにはうってつけだろう?」

 

 パチパチパチと手を叩く音が響く。その音を発しているのは白亜の少女、その少女は満足気な笑みを浮かべながら治崎の答えを褒め称える。

 

「すごいですわね。私の個性も当てるなんて。でも私、自分の個性がそこまで希少って事は知りませんでしたの。あまり見せびらかさなくて正解でしたわ」

 

 その言葉に治崎は少し拍子抜けだった。てっきり自分の個性の希少性を理解して自分達との取引に及ぼうとしていたと思っていたからだ。もし伝えてなかったらもう少し値切ることができたかもしれないと考えると少しやるせない気持ちになる。

 

「そこまで理解してくださってるのであれば話は早いですわね。私をここで雇ってはくださらないかしら?」

「どう言う事だ、個性を売りに来たんじゃないのか?」

 

 少女の言葉に治崎が訝しむ。それに対して少女は一から説明を始める。

 

「私の個性はそんな単純ではありませんの。自分が気に入ったもの程より強力な個性を与える事ができるんですのよ。つまり出会ってすぐの人間に与えられる個性なんてそれ程価値のないものですわ。だから私を雇って頂いて信頼を共に築いていけば、より強力な個性をお届けする事が出来る訳ですの。ご理解頂けましたか?」

 

 少女の個性については大体理解出来た。それと同時に問題もできた。少女と取引を成立させるとなると、自分達がしようとしている事が知られてしまう。教えてしまった場合、少女が部外者に口を漏らす危険もあるのだ。それは避けなければならない事態である。だが少女の個性はそれを差し引いても魅力的であるのも事実、治崎は考えた末に少女へ問いかけた。

 

「お前の目的はなんだ?」

「目的? さっき言ったではないですか。ここで雇って頂き、個性を提供する。それが目的です」

「違う、お前が日本に来た目的だ。一体何を目的に日本へ来た」

 

 それを聞いて少女は黙り込む。治崎は少女の返答次第ではこの取引を蹴るつもりでいた。

 

「今の所、特に理由はありませんわね……でも、ここに来て思ったことがありますの。ヒーローばかりちやほやされてヴィランが絶対悪にされてるのは気に入りませんの。ヒーローがいなくても秩序というのは保たれるものでしてよ。そう思ってここに来ましたの」

 

 これが少女の本音らしい。それを聞いて治崎は決断した。

 

「いいだろう、ここで雇ってやる、ついて来い」

 

 その言葉に音本と入中は驚きの声を上げる。あまりにも決断が早すぎる。もう少し熟考してもいいはずなのに治崎は即決したのだ。

 

「カシラ、まだ信用出来るかどうかもわからねぇのに引き込んでいいんですかい?」

「俺が決めたことだ。あいつは秘密を漏らさんよ、俺のカンがそういっている」

 

 どうやら治崎はあの少女のことを気に入ったらしい。そしてあの少女の世話役も自分達に任されるのだろう。そう思うとため息しか出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 その夜、八斎會の屋敷に用意された豪華な一室、そこにグートルーネはいた。太ももに50センチくらいの赤いウサギのぬいぐるみを乗っけて、頭を撫でている。

 

「まさか、こんないい部屋を用意してくれるとは思わなかったわ、私もこの扱いに見合う仕事をしなくちゃね」

「グートルーネ一人で大丈夫か? いざという時はオレっちも手を貸すからな」

 

 少年のような声が部屋に響く。グートルーネの目はいつも通りであり、動いていなかった。

 

「分かったわ、必要な時に力を貸してね、チップ」

 

 そして頭を撫でていたウサギのぬいぐるみをトランクケースの中に大事にしまう。そのあとすぐに少女の額が割れ、そこから暗黒球が姿を覗かせる。

 

「あら、ようやく目を覚ましたのね。もう日本よ、ねぼすけさん」

 

 相変わらず昏い暗黒球に変化はなかったが少女はそれを楽しそうに笑っていた。




次から原作主人公が出てきます
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