その忌むべき名を呼べ   作:シスコン深王

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第三話 始まりの物語

 少女が八斎會に所属してから少しの時間が経った。少女の存在は八斎會の中でもトップシークレットであり若頭である治崎派の部下達の中でも位が上の者しか知らない。待遇も格段に良かった。だが仕事も与えられた。最初は使い走りからどんどん仕事の内容も重要なものになっていった。

 そして今任されている仕事はというと。

 

「治崎さん、お仕事終わりましたよ。ええ、一人残さず片付けました」

 

 少女は治崎からもらった電話で連絡しながら路地裏を抜けていく。その背後には、原型を留めていない死体がいくつもあり、夥しい量の血が飛び散っていた。

 少女に最近与えられる仕事は二つ、敵対組織の殲滅と裏切り者の処分であった。その仕事が始まってから八斎會に処刑人が現れたともっぱらの噂になっていた。

 

「その場にヒーローも居合わせていましたので、うっかり一緒に始末してしまったのですけど問題なかったかしら? 他に目撃者? いませんでしたよ。分かりました。また後で連絡します」

 

 少女が電話を切る頃には路地裏を抜けており人通りの多い道に出ていた。

 

「お仕事も終わったし、買い食いでもしようかしら。日本の料理は美味しいものがいっぱいで困っちゃうわね」

 

 そう言って商店街に向かおうとした時、後ろから一人の少年がぶつかってきた。一瞬、人格が切り替わりそうになったが、相手は一般市民だしそもそもこの人通りの多い場所で事を起こすのは不味い。咄嗟に堪えて笑顔で少年の方に向く。

 

「あっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 僕ちょっと考えごとしてて、前見てなくて……すみません……」

 

 緑の髪の少年はそう言いながらぺこぺこと頭を下げていた。歳は自分の一つ下くらいであろうか、自分に自信がないのかオドオドしている。

 そんな少年に笑顔を向けながら語りかける。

 

「そっか、考え事をしてたんじゃしょうがないよね。それでも乙女にぶつかってきたのは頂けないわ。お詫びとして、この辺でオススメのスイーツの美味しいお店に案内してもらおうかしら」

 

 そしてその言葉にポカンとした表情の少年の首ねっこを掴むとそのまま人混みの中に消えていった。

 

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

 緑谷出久は落ち込んでいた。幼馴染の爆豪勝己からノートを燃やされ、自分の志望校である英雄高校は無理だと言われ、自信を無くしていた。そんな事を延々と考えながら歩いていると人とぶつかってしまったのだ。慌てて謝り、前を向くとそこにいたのは真っ白な綺麗な女の人だった。女の人は興味深そうにこちらを見つめており、何かを決めたのか頷き、口を開いて自分の首根っこを掴んで人混みの中を進んでいく。それに驚いた出久は手を離すよう懇願した。

 

「ちょちょちょ、自分で歩けますので離して下さい」

 

 するとパッと手が離され、勢いよく地面にお尻がぶつかる。いててとお尻をさすりながら立ち上がり、意外と力強いんだなと目の前の女子に思いながら向き合う。

 

「美味しいスイーツのお店でしたっけ? 言っときますけど僕、そういったお店にあんまり行かないんで詳しくないですよ」

「別にいいですよ、知ってる範囲でいいのでそこに案内して下さい。貴方の分も奢ってあげますよ」

「奢る!? いいですよ、迷惑かけたのはこちらですから、そんなの悪いですよ」

「いいのいいの! 多分君の方が歳下なんだから遠慮なくお姉さんに奢られなさい。それに悩みごとにも乗ってあげますわ」

 

 仕方なく、以前母親と行ったことのある喫茶店へと連れて行く。白亜の少女は目を輝かせながら喫茶店の内装をキョロキョロと伺っていた。そして席に着くや否や、メニューに載っているデザートを大量に注文していく。遠慮している出久の分も含めて。そして待つこと数分、次々とケーキなどのデザートが目の前に運ばれてきた。

 

「さあさあ遠慮なく食べて下さいな。ところで君、お名前は?」

 

 その言葉に出久はズッコケそうになる。今頃名前を聞いてくるとは思わなかった。

 

「緑谷出久です」

「出久くんかぁ〜。あ、私も名乗らないと不公平ですよね。私はグートルーネ・パブリチェンコ。気軽にグートルーネとお呼び下さいな」

「グートルーネさんですか」

「グートルーネと呼び捨てでもいいですのよ。それで出久くん、悩みごとがあるんでしょう? そう言ったのは話せば楽になると思うの。良かったらお姉さんに話してみないかしら?」

 

 ケーキを食べながら、少女はそう語り掛けてくる。出久は話していいものかと悩むが、少女はぐいぐいと聞き出そうとしてきた。

 

「こういった悩みは案外見ず知らずの人に打ち明けると楽になったりするものなんですのよ。教会の懺悔室って顔を隠して知らない神父様に自分の罪を告白したりするものですの。そう考えれば君の悩みも打ち明けれはスッキリするかもですわ」

 

 そういうものかと思い、物は試しと目の前の少女に自分が無個性であること、とあるヒーローに憧れてヒーローになりたいこと、幼馴染にそれを否定されたことと色々と話していく。相手も事あるごとに相槌を打ってくれ、大分気分が和らいだ。これほど効果があるとは思わなかった程である。全てを語り終わった後、少女が口を開く。

 

「どうですか? 喋ってみれば気分が大分楽になったでしょう? ここでの話は2人だけの秘密ですわ。私も誰にも言いふらしたりはしませんよ。これでも口は堅いほうですのよ」

 

 紅茶を一口啜り、少女は続ける。

 

「それにしても、その幼馴染の子は酷いですの。人の夢を否定するなんて。私だったらものすごく頭にきますわね」

 

 そう言って可愛らしくほっぺたを膨らませている。正直、彼女が怒っている姿は想像がつかない。すると出久の電話が鳴る。母親からであった。

 

「すみません、そろそろ帰らないと……」

 

 そう言って自分の食べた物の代金を出そうとするが、少女がそれを制する。

 

「いいのよ、私の奢りって言ったでしょう?」

「でも……」

「それなら、貸し一つというのはどう? 今度私が困ってる時に手を貸してくれれば貸し借りはチャラ、それで納得してくれないかしら」

 

 うるうるとした目で見つめられれば、頷くしかなかった。出久はいつかきっとこの貸しは返すと心の中で決めた。

 

「分かりました。でも絶対僕に借りを返させて下さいよ」

「分かったわ。なるべく早めに返しにきてね」

 

 走って店から出て行く出久を手を振りながら笑顔で見送る。そして出久が見えなくなった途端、少女の額が割れ、昏い暗黒球が姿を覗かせる。

 

「どうだった? あの子に興味を持ったんでしょう?」

 

 額の暗黒の球は何も反応を示さない。ただただ奇しく鈍い光を放っているだけだ。少女はけらけらと笑う。

 

「そう、他人に興味を示すのはいいことよ。またいつか会えるといいわね」

 

 紅茶を一口啜る。そしてティーカップを置いた時には額の割れは綺麗に消えていた。

 

 

▼▼▼▼▼

 

 

 緑谷出久は走っていた。その日は出久にとってめまぐるしい程色々な事が起きていた。泥のヴィランに襲われ、No.1ヒーロー、オールマイトに助けられ、オールマイトの秘密を知り、そして今、幼馴染の爆豪勝己が泥のヴィランに襲われて取り込まれそうになっていた。周りのヒーロー達はヴィランに対してどう戦えばよいか攻めあぐねている。このままでは、幼馴染──かっちゃんが取り込まれて消えてしまう。そして出久は泥のヴィランに必死に足掻っている爆豪の顔を見た、あれは助けを求めている顔だ。助けなければ──その思いで出久はヴィランへと駆け出していた。そして目にした。ヴィランの進む方向に一人の少女がいるのを。昨日出会った白い少女だ、忘れるわけがない。少女は周りから早く逃げろと言われているが、驚いているのか、はたまた足が竦んでいるのかその場で動けずにいた。出久は二人を助けるために飛び掛かるが間に合わない。少女が泥のヴィランに跳ね飛ばされると思われた瞬間──

 

 

 

 

 

 

 見えない壁に激突したかのように動きを止めた。

 

「な、何が起きた…?」

 

 泥のヴィランはそう呟く。出久は咄嗟に少女が無事かと少女がいた場所へと目を向ける。結論から言って少女は無傷であった。だが、片目をピクピクと震わせ、あの優しそうだった少女とは思えないような憤怒の表情を浮かべていた。

 

「何事かと思えばよぉ…俺に汚ねぇ泥をかけようとはどういう魂胆だ? 別に暴れるのはいい、だが俺を巻き込むのは許せねぇ…誰にケンカを売ったか後悔させてやるよ」

 

 少女の赤い目が妖しく光る。それと同時にヴィランの身体に変化が起きていた。

 まるで透明の四角い箱に閉じ込められているかのように泥のヴィランは動きを制限されていた。そしてその透明の箱はどんどん収縮していっているのが泥の動きでわかる。このまま押し潰すつもりだ、囚われている爆豪と共に。

 

「おいっ!? やめろ! ここには人質のガキがいるんだぞ、こいつも一緒に潰す気か!?」

「あぁん? ガキ? んなこと知らねぇよ。てめぇが巻き込んだんだから、てめぇの責任でガキも死ぬんだ。ガキの親に詫びの言葉でも考えとけや」

 

 ヴィランと少女の会話は出久には聞こえていない。でも少女が爆豪ごとヴィランを潰そうとしているのは聞こえなくても分かる。それを止めようと足を動かそうとした時──

 

 

 

「それ以上は見過ごせないな、お嬢さん」

 

 オールマイト(No.1ヒーロー)が少女の肩を掴んで止めた。

 少女は面倒臭そうな表情を浮かべながら、片目を震わせオールマイトへ向き直る。

 

「襲われたから、反撃した。正当防衛だと思うんだが?」

「確かに襲われて、相手の動きを止めるまでは正当防衛だ。誰も君を責めやしない……だが、君はそれ以上の事をしようとしただろ?」

「……」

「それ以上は過剰防衛だ。個性を使っていなかろうとも犯罪になる。外国人だから日本の法律に疎いかもしれないが知っておきたまえ」

 

 オールマイトと少女が無言で睨み合う。やがて、根負けしたのか少女が目を逸らし。片目の痙攣が消える。それと同時に泥のヴィランがどしゃっと音を立てて地面に落ちた。どうやら少女の個性から解放されたようだ。

 

「それでは後の事は任せますわね、ヒーローさん。私はこの後用事がありますので、失礼しますわ」

「ッ!? 待ちたまえ! この事件について話を…………」

 

 少女はオールマイトが握っている手を優しく振り解くと一瞬で姿を消した。

 

「あの少女は一体何者だ? とても嫌な予感がする」

 

 オールマイトは少女が消えた空間をただただじっと見つめていた。




次回、USJ編
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