三大始祖に転生したのでトレーナーになって推しをハスハスする 作:九龍城砦
「ヤバいトレーナー?」
チュルチュル、とラーメンを啜りながら、トウカイテイオーは聞き返す。
なんでも、今年からトレセン学園にヤバいトレーナーが赴任してきたのだと、ウマ娘達の間ではもっぱらの噂である。
「そうそう。なんでもそのヤバいトレーナー、ウマ娘なんだってさ」
「ウマ娘のトレーナー? 珍しいね」
正面に座るナイスネイチャが、声を潜めながら身を乗り出す。
ずいぶん警戒しているが、そんなことしなくても誰も聞いていないのだが。
「それでねテイオー……バイアリータークってウマ娘、知ってるよね」
「もちろんだよ。サラブレッドって呼ばれてる3人のうちの1人でしょ? っていうか、知らない人いるの?」
「だよねぇ……はぁぁぁ」
ナイスネイチャは大きくため息をついて、乗り出していた体を引っ込めた。
なんだか哀愁が漂っているのは気のせいだろうか。
「どしたの」
「実はね、そのヤバいトレーナーの名前ってのが──」
ぶっちゃけようと、ナイスネイチャが口を開いたその瞬間。
「突撃、隣のお昼ごはん! というわけでね、今日はトレセン学園の食堂にやってきております! ややっ、あそこに見えるのはトウカイテイオーちゃんとナイスネイチャちゃん! 良いですねー良いですねー! キラキラに憧れるナイスネイチャちゃんとキラキラそのものなトウカイテイオーちゃんが同じ食卓を囲んでるというその事実だけでご飯三杯はいけますよええ! 拙者、くそでか感情大好き侍、義によって助太刀致す! あーもーやばいー! 推しが多すぎて天国すぎるわー!」
パシャパシャパシャ、と一眼レフカメラを構えながら食堂に突入してくる変態の姿があった。
ぶっちゃけ不法侵入である。逮捕されろ。
「えっ」
「ひぇっ」
何が起きているのか分からず、二人はポカンと口を開けて目の前の光景に戦慄する。
バイアリータークは二人の座っているテーブルの周りを凄いスピードでぐるぐる周り、その間は絶えずカメラのシャッターを切っている。
傍から見たら──本人たちから見ても──恐怖映像そのものでしかないだろう。
「あっ、いきなり失礼。ボクは今年からトレセン学園の専属トレーナーになりましたバイアリータークこと皆神透子と申します。以後お見知りおきを」
「え、へぇ? あ、はいどうも」
「えっと……ど、どうもご丁寧に……?」
いきなりピタッと撮影を止めたかと思えば、バイアリータークは懐から取り出した名刺を二人に差し出す。
さっきまでのはっちゃけ具合から一転して、今度は至極真面目なトーンで自己紹介をするバイアリーターク。
もはや温度差で風邪をひきそうだった。
「むふふー、そのポカンとした顔もまた良いですなぁ──ハッ、この感覚は、デジたんが呼んでいる! それではボクはこれで! うおぉーっ、待っていてくださいねデジたん! 今行きますよーっ!!」
やってきた時と同じように、嵐のように去っていくバイアリーターク。
その後ろ姿を、ポカンとした顔をしながら見つめる二人。これがバイアリータークと初遭遇したウマ娘のデフォルト反応である。
バイアリータークは今日も駆ける。
レースに出られない分、それ以外の全てのウマ娘達の姿を余さず記録するために。
「…………」
「…………」
「……今のがさっき言ってた」
「いい。言わないでネイチャ、分かったから」
今はただ、現実を見たくなかった。
この世で知らぬ者は居ないサラブレッドの一人、バイアリーターク。その素顔があんな変態だったなんて、知りたくなかった。
悟りを開いた顔になったトウカイテイオーは、少しだけ伸びてしまったラーメンを無心でチュルチュルと啜るのだった。
⭐⭐⭐
アグネスデジタルはウマ娘である。
最近デビューしたばかりの、未来のスター候補である。
本人は微塵もそんなこと思ってないが、バイアリータークからしてみればアグネスデジタルは素晴らしい素質を持った最高のウマ娘なのである。
「お待たせしましたデジタルさん!」
「あっ、師匠……」
なので、最高の推しの呼ぶ声が聞こえたら即刻飛んでくるのも当然なのである。
グラウンドの端っこにて、アグネスデジタルはボーッと黄昏れていた。
「師匠、シーッですよ」
「む、分かりました」
否、ボーッとしているのではない。推しを観察しているのだ。
遠くの空を眺めているように見えるが、その視線はずっとグラウンドの方向に向いている。
お前その目ン玉どうなってんの? と問い質したくなる光景だが、そこは触れてはいけない深淵の部分である。
一方で、人差し指を唇に当てて静かにしなさいポーズを取るデジたんもかわいいなぁ、なんてバイアリータークは脳内で勝手に死んでいたが。
「来ました」
「なっ、アレはっ!!」
グラウンドを走っていたのであろうウマ娘が二人、スタート地点であろう場所に戻ってきていた。
「はぁっ、はぁっ、ふーっ。やっぱり鋭い差し脚ねぇ、ルドルフ」
「フッ、そういうマルゼンスキーも素晴らしい逃げだったじゃないか。油断大敵、下手をすれば負けていたのは私の方だ」
「あー、もうそういうこと言っちゃうんだー、ルドルフってばー」
トレセン学園の生徒会長ことシンボリルドルフと、異次元のスーパーカーと呼ばれるマルゼンスキー。バイアリータークとは別のベクトルで、各々伝説と呼ばれる二人だった。
二人とも併走をしていたらしく、いい笑顔を浮かべている。
「……デジタルさん、あの二人はいつから併走を?」
「10分前くらいからですね」
スッ、とバイアリータークは無言で双眼鏡を取り出す。
それに倣って、アグネスデジタルもスッと双眼鏡を取り出す。
「デジタルさん、どちらを?」
「会長さんを」
「ではボクはマルゼンスキーさんを」
煌めく汗を流しながら、併走後の談笑に耽る二人を双眼鏡で眺めながら、二人はスーッと深く息を吸い込む。
推しレスポンスバトル、スタート。
「あああぁぁぁぁ! シンボリルドルフ会長! 今日もその凛々しいお顔は尊みで溢れかえっておりますぅ! 併走直後でも息一つ乱さず悠々とご歓談なされる姿はまさしく皇帝に相応しいお姿! 流れ落ちる汗が更にそのご尊顔に泊をつけております! もはや全世界はあなたに跪くでしょう! ウィーアー皇帝! ウィーアーシンボリルドルフ様!」
「マルゼンスキーさん! あなたの走るお姿はまさしく真紅のスーパーカーの如し! 見る者すべてを魅了するその圧倒的なスピード! どんな作戦を立てても脚が速すぎて結局逃げになっちゃうとか、もうマジ何それあなたが神かって感じなんですけどぉ! 最強! 最高! あなた様こそがスピードの申し子! アイラブマルゼンスキー様ぁぁぁ!」
うるさい。ただただうるさかった。
「はぁはぁ! もうマジ無理! 尊い! 尊みの極地!」
「心臓が! 心臓が爆発してしまいます!」
そのまま爆発すればいいんじゃないかな。
「あら?」
「おや」
とか何とかやっていたら、双眼鏡の中の推したちがこっちを振り向いた。
あれだけうるさくしてたら、こうして気づかれるのも当然である。
この変態達、推しが素晴らし過ぎてそこまで頭が回っていなかったのだ。最初の方は努力してたのに。
「これはこれは、皆神トレーナーとアグネスデジタル。こんな所で何をしているのですか?」
「双眼鏡なんて構えて、バードウォッチングかしら?」
スタスタと、併走の疲れを感じさせない足取りで二人はこちらに歩いてくる。
そんな光景を見て、アグネスデジタルはパタリとターフの上に倒れた。
「あっ、しゅきぃ……」
推しであるシンボリルドルフ会長から名前を呼ばれた感動からとか、観察してるところを見つかった恥ずかしさからだとか、色々理由はあるが──とにかく感情が極点に達したアグネスデジタルは、その場でパタンとブッ倒れた。
「デジタルさんっ!?」
「しゅき……しゅき……」
「ああっ、これはいけない! 今すぐ尊み成分を補充しなくては!」
そして、そんなアグネスデジタルを抱きかかえるバイアリーターク。
その姿だけを見れば、眠るお姫様を抱く王子様に見えなくもないが、お姫様は白目剥いて鼻血出してるし、王子様も結構ヤバい量の鼻血を出している。
ぶっちゃけ台無しだった。二人とも顔が良いだけに、余計に。
「起きなよ、デジタル……ボクと一緒に併走しよう、決して君を飽きさせないと、ここに誓うよ……」
「────ヒュッ」
「あっ、呼吸が! くそっ、逆効果でしたか!」
バカである。もはや完璧に擁護しようのないバカがここに居た。
「ねぇルドルフ、二人は何やってるのかしら」
「さぁ? でも……フフッ、とても楽しそうじゃないか」
なんとも寛容な生徒会長であった。
いや、ただ単に理解を放棄してるだけかもしれないが。
そんなこんなで、今日も二人の変態は推し達に囲まれてとても幸せそうなのであった。
⭐⭐⭐
バイアリータークはトレーナーである。
そしてそれと同時に、ウマ娘でもある。故に、ウマ娘にしか出来ないトレーニング方法──併走によって、アグネスデジタルを鍛えるという日も、それなりにある。
それはまさしく、世のウマ娘にとっては夢とも言える時間だろう。
歴史に名を残すサラブレッド・バイアリータークと併走するなど、織田信長と共に桶狭間の戦いに出るようなものである。
「さぁ、準備は良いですかデジタルさん!」
「も、もちろんです!」
いつものスーツ姿ではなく、アグネスデジタルとお揃いのジャージに着替えたバイアリーターク。
とてもじゃないが似合っている。そのままトレセン学園の生徒ですと言えば、そのまま通えるくらいには。
「ヨーイ、スタート!」
今日のメニューは、長距離を走るために必要なスタミナを付けるトレーニングだ。
ぶっちゃけ、併走というよりはランニングに近い。
ただし、それが楽かといえばそうでは無かった。
「スペシャルウィーク!」
「グラスワンダー!」
走り出した途端、何故かウマ娘たちの名前を叫ぶ二人の変態。
グラウンド脇でそれを見ていたウマ娘達は、その場から1歩だけ後ずさった。
「ハルウララ!」
「ライスシャワー!」
「ミホノブルボン!」
「ニシノフラワー!」
「セイウンスカイ!」
「エルコンドルパサー!」
コースの外周を走りながら、二人は次々にウマ娘達の名前を叫んでいく。
実はこれ、心肺機能を向上させるためにバイアリータークが提案した、ウマ娘関係性掛け声走である。
片方が名前を出したウマ娘と関係のある──どんな関係性でも構わない──ウマ娘の名前を叫び、それを繰り返していくという、ある意味ハードな特訓だ。
スタミナに加え、頭まで回さなければならない。まさに一石二鳥のトレーニングと言えるだろう。
それはそれとして、周りのウマ娘達は3歩半ぐらい後ずさっていたが。
「キングヘイロー!」
「カワカミプリンセス!」
「メジロドーベル!」
「メジロマックイーン!」
「トウカイテイオー!」
「シンボリルドルフ!」
「マルゼンスキー!」
「アイネスフウジン!」
「メジロライアン!」
「メジロパーマー!」
「ダイタクヘリオス!」
「サイレンススズカ!」
「スペシャルウィーク! ……って、ああぁぁっ!」
「はーい、今日もデジタルさんの負けでーす」
2回同じウマ娘の名前を出すのは失格である。それにしてもこの二人、ノリノリである。
「うぐぐー! 私がウマ娘ちゃん達に関することで負けるなんてー!」
「はっはっは。年期の違いは伊達ではありませんよ。ちなみに、あそこは『砂のサイレンススズカ』と呼ばれているスマートファルコンちゃんを出すべきでしたね」
フフン、と得意げにバイアリータークは笑った。
ムカつく。美形なのがまた余計にムカつく。
「くぁーっ! そうでした! 走っていて意識が朦朧としていたとはいえ、一番の推しの存在を忘れるなどと! デジたんちょっと切腹してきます!」
「いやそこまでしなくていいですよ?」
掛かってしまっているようです、冷静さを取り戻せると良いのですが。
「はーっ、はーっ! あ、ありがとうございました!」
「はい、お疲れさまでした」
トレーニングもおわり、肩で息をするアグネスデジタル。しかしその顔は、どこまでも幸福に満ち溢れていた。
そんなアグネスデジタルを見て、バイアリータークは満足そうに頷いている。
「次はもっと長く走りましょうね、楽しみにしていますよ」
「はっ、はいいいぃぃ! あぁ……しゅき……」
「ああっ、デジタルさん! しっかりしてください!」
こうして、変態コンビは毎日を謳歌していく──周りの評判やらなんやらを犠牲にしながら。
もうダメだ、あの変態コンビ。
誰かがそう言った。
バイアリーターク。
スピード・SS+ スタミナ・SS パワー・SS 根性・S 賢さ・SS+
まさしく『ぼくのかんがえたさいきょうのうまむすめ』である。強い。
続かない。