三大始祖に転生したのでトレーナーになって推しをハスハスする 作:九龍城砦
「あの! アグネスデジタルさんですよね!?」
とあるウマ娘の路上ライブからの帰り道。
ふと、すれ違った通行人から声を掛けられた。
「へ?」
間抜けな声が口から漏れる。今この瞬間、アグネスデジタルは己の迂闊さを恥じた。
「しまった……!」
ライブ後の余韻を楽しむあまり、変装するのを忘れていた。
グラサンもマスクも、変装用の小道具全ては背負っているカバンの中で。
まずい、どうしよう。ぐるぐるぐるぐる、渦のように思考が巡る。よくない、この流れは非常によくない。
「マジで!?」
「うわ、本物だ!」
「デジタルちゃんだー!」
第一声を皮切りに、周囲から次々と声が上がる。
感動する声、驚く声、歓喜の声。
ああ、これはもう隠しきれないな、と観念する。
「意外とちっちゃいんだねー!」
「流石G1ウマ娘! オーラが違うな!」
「この前のレース見てたよー!」
わいわい、がやがや。
いつも通っている道だった場所には、アグネスデジタルの姿を一目見ようと多くの人が詰めかけていた。ちょっとしたお祭り騒ぎである。
「あ、あはは〜、どうも〜」
それも当然だろう。
アグネスデジタルは芝・ダートを合わせて合計G1タイトルを7つも獲得している大スター。
こうして騒ぎにならないほうがおかしいと言うものである。
「あ、あの! 一緒に写真とっても良いですか!?」
「さ、サインください!!」
「握手とかオッケーですか!?」
段々と周りがヒートアップしてきている。これはマズい流れだと、アグネスデジタルは予感する。自分がファンをしている立場だからこそ分かる。
こういう場合には、必ず我慢できなくて突撃するファンが現れてしまうということを。
「あ、あの、皆さん落ち着いて……わぁぁ!?」
焼け石に水。糠に釘。早い話が、手遅れ。
既にアグネスデジタルの声は、周囲の誰にも届いてはいなかった。
暴走したファンの群れは、夜の灯りに誘われる虫のようにアグネスデジタルに群がっていく。
「ひぃぃぃぃ!」
潰される。アグネスデジタルがそう確信した瞬間。
「よっと──ちょいと跳ぶぞ」
ヒョイッ、とその小柄な体が持ち上げられた。
「えっ──ええええぇぇぇぇっ!?」
そしてそのまま、アグネスデジタルの体は宙を舞った。
正確に言えば、誰かに抱えられたまま凄まじい高さを跳躍していたのだ。
「おー、私もまだまだイケるもんだねぇ」
アグネスデジタルを抱えた謎の人物は、ニヤリと獰猛に笑うと、そのまま近くにあった三階建てのビルの屋上に着地した。
謎の人物の腕に抱かれたまま、ポカンとした顔をするアグネスデジタル。何が起きているのか、全く理解できていない。
「じゃぁな、ファン諸君。お姫様は戴いた──なーんてな」
その場にいた誰もが、上を向いてポカンと口を開けていた。
ウマ娘ですら難しい程の大ジャンプを見たから? それもある。
アグネスデジタルが攫われてしまったから? それもある。
しかし、それ以上に人々を驚かせていたのは。
「──ゴドルフィンアラビアンだ」
見上げていた誰かが、ポツリと呟いた。
赤みがかった黒い髪に、チラリと見える鋭い八重歯。好戦的な瞳が、愉しげに眼下の人混みを見下ろしている。
それはサラブレッドの一人、ゴドルフィンアラビアン。まさしくその人だった。
「アディオス」
キザな投げキッスを人混みに向けて放ってから、ゴドルフィンアラビアンはアグネスデジタルを抱きかかえながら再び跳躍した。
その日、トレンドニュースの一面には『アグネスデジタル、ゴドルフィンアラビアンとお忍びデート!?』などという見出しがデカデカと掲載されるのだった。
⭐⭐⭐
「ふへへ……今日も推し達は輝いていますなぁ!」
トレーナー室の窓辺から、今日も今日とて推し達を観察するバイアリーターク。
今日はアグネスデジタルがスマートファルコンの路上ライブに行ってしまったため、一人で観察を行っている最中なのだ。
「本当は一緒に行きたかったんですけどねー」
手元に持ったノートパソコンを叩きながら、バイアリータークは愚痴をこぼす。
バイアリータークはトレーナーだ。故に、担当ウマ娘が休みだったとしても、こうして色々とやるべき事が山積みなのである。
「トレーニングメニューに、食事摂取量調査とフォームチェック……身体検査に、メンタルケア──は、必要無いですかね」
アグネスデジタルのメンタルは常に高い水準を維持している。
それは常日頃バイアリータークと共に行っている推し観察によって、それはもう凄まじく心身のリフレッシュが出来ているからである。
まぁ、それもバイアリータークと共に、という部分が大半を占めているというのは、きっと本人達も気づいていないだろうが。
「頑張ってますね、デジタルさんは」
ふっ、と思わず頬が緩む。
いつも推し達を前に見せているような変態の笑顔ではなく、優しくも柔らかい、聖母のような笑顔。
もしもその姿を誰かが見ていたとしたら、老若男女関係なく惚れてしまっていただろう。
それほどまでに、バイアリータークの微笑みは女神のようであった。
「む、アレは……!」
しかし、そんな幻想も数秒の幻。窓の外に見えるコースにて、走る二人のウマ娘を見かけた瞬間に、バイアリータークはいつも通りの変態の目に戻っていた。
まさしく美人が台無し、というやつである。
「はーっ、はーっ……! やったー! マヤの勝ちーっ!」
「チッ……もう一回だ、チビ」
コースを走るオレンジの妖精、マヤノトップガン。そして、その横に並び立つナリタブライアン。
どうやら、併走をしていたらしい。とびっきりの笑顔を浮かべるマヤノトップガンと、苦々しい表情を浮かべるナリタブライアンの対比がこれまたそそる。
「ふふーん! 何回やってもマヤが勝つもんねー! あとマヤ、チビじゃないよ! この間測ったら身長伸びてたもん!」
「どのくらいだ?」
「……一センチ」
「チビのまんまじゃねぇか」
「違うもん! 成長してるんだもーん!」
ぷんぷんと怒りながら、マヤノトップガンはナリタブライアンの脇腹をポコポコと叩いている。
その光景は誰がどう見ても、休日に親が子供と戯れている光景そのものだった。
「…………」
スッ、と懐から取り出した一眼レフカメラのシャッターを切る。
なんだあの尊い空間は、遠くから見てるだけでも体が灰になりそうだ、なんて果てしない尊みパワーに溢れながら。
「だいたい、それを言うならブライアンさんこそお野菜食べられるようになったの!?」
「…………」
「ほらー! 目ぇそらしたー!」
ふいっ、と目をそらしてその場をやり過ごそうとするナリタブライアン。全然やり過ごせてはいなかったし、なんならマヤノトップガンの口撃は致命傷だった。
ナリタブライアンは根っからの野菜嫌いである。
そして、周囲からそれを指摘されていながら尚、一向に直そうとしていないから余計にたちが悪かった。
「……カレーに入ってるジャガイモとかなら、食える」
「そーいうのじゃなくて、もっと緑色したやつー! サラダとかそーいうやつー!」
ぷんぷん。
マヤノトップガンの怒りは天井知らずだ。それこそ、快晴の空に飛び上がる戦闘機の如く。
マヤノトップガンが怒る度に、ナリタブライアンは苦虫を噛み潰したような表情を深めていく。
それはまるで、世話焼きな母と思春期を迎えた娘のようだ。見た目はまるっきり真逆だが。
「はぁ〜! てぇてぇなぁ!」
しかし、そんなギャップがバイアリータークの琴線に触れたようだ。
滝のような涙を流して、マヤノトップガンとナリタブライアンの尊い言い争いを激写している。
と、そんな時だった。
「む……誰ですか、今いい所なのに」
ポケットに入れていたスマホが振動する。
取り出して画面を確認してみれば、そこにはこんなメッセージが映っていた。
『お姫様は預かった、by・ゴドルフィンアラビアン』
発信元はアグネスデジタルのスマホから。
そのメッセージを一目見た瞬間、バイアリータークは目を見開いて。
「────はぁ?」
ビキリと、額に青筋を立てた。
⭐⭐⭐
ゴドルフィンアラビアンはサラブレッドである。
そして、同じサラブレッドとして、あの変態に少しだけお灸を据えなくてはとも思っていた。
今しがたそのお灸を据え終え、手に持ったアグネスデジタルのスマホを本人に手渡す。
お昼どきの公園。平日ということもあり、周囲にはまばらにしか人は居ない。絶好の休憩スポットだった。
「これでヨシっと。ありがとね、スマホ貸してくれて」
「ひゃ、ひゃいいい! あぁ、顔が良い……しゅきぃ」
「おっと、困った子だねまったく」
パタリと気絶したアグネスデジタルを近くのベンチに寝かせ、自分もその横に腰を下ろす。
ベンチがそれほど大きく無いので、アグネスデジタルの頭を膝に乗せる、いわゆる膝枕の体勢になっていた。
「よしよし。ふふっ、こんなナリでG1ウマ娘とはね。こうしていると、なんだかウチのチビ達みたいなんだけどなぁ」
穏やかに──死んだように──眠るアグネスデジタル。
その前髪を、ゴドルフィンアラビアンはさらりと撫でた。
「まったく、あの変態には勿体無いくらいの良い子じゃないか」
バイアリータークの本性を知る人は少ない。
いや、今でこそトレセン学園全域に広まってしまっているが、今の今までバイアリータークはこの本性を隠しながら生きてきたのだ。
故に、現役時代からこのバイアリータークの本性を知っているウマ娘は、同じサラブレッドであるゴドルフィンアラビアンとダーレーアラビアンだけ。
だからこそ、ゴドルフィンアラビアンはあの光景を見て慌てたし、同じサラブレッドとしてお灸を据えてやらねばと決意したのである。
「〜♪」
アイツの慌てふためく顔が目に浮かぶ。現に、今現在アグネスデジタルのスマホには恐ろしい速さでメッセージが送られ続けていた。
これで少しは懲りただろう。以後はもう少し大人しくなってくれると良いのだが。
「っと、流石に速いね」
背後に、気配。
ピリピリとした怒気を含んだその空気は、現役時代に感じたソレとは似て非なるものであった。
「お早い到着で、勇者様」
「ぜぇ、はぁ……ゴドル、悪ふざけが過ぎますよ……はぁ、はぁ」
肩で息をしながら、バイアリータークはジロリとゴドルフィンアラビアンを睨みつける。
ゴドルフィンアラビアンがメッセージを送信してから、わずか10分。その短時間で、バイアリータークはこの場所を突き止めたのだ。
とはいえ、かなりの体力を使ったようで、疲労困憊といった様子だったが。
「悪かった、そこは素直に謝っておくよ。ただ、お前も悪いんだぞ? 聞けばトレセン学園の生徒たちに色々とアレな事をやってるらしいじゃないか」
「失礼な! ボクはただ、推し達を遠くから眺めたり、写真を取ったりしてただけです!」
「それだよ、それ」
はぁ、とゴドルフィンアラビアンはため息をつく。どうやらこの変態、自覚というものが欠けているらしい。
「お前は気にして無いかもだけど、私達はサラブレッドって呼ばれてる歴史上の偉人なんだぞ? その立場を自覚して、もうちょっと落ち着いた行動をだな……」
今しがた、アグネスデジタルのファン達に向けてハッチャケた行動をした自分を棚に上げて、ゴドルフィンアラビアンはバイアリータークにお説教を始める。
「それは無理です! だって! 推し達が今日もこんなにかわいいから!」
懐からスッと一眼レフカメラを取り出し、膝枕されているアグネスデジタルの寝顔を激写するバイアリーターク。
アグネスデジタルの寝顔写真などは既に何枚もアルバムに綴じてあるのだが、それでも全然足りないのだろう。
バイアリータークはパシャパシャとシャッターを切って、一番の推しの尊い姿をレンズに収める。
「うひょー! 流石、流石ですデジタルさん! 眠っている姿ですら絵画のように美しい! おまけに幸せそうに上がった口角がとてもグッド! ああもう食べちゃいたいぐらいかわいいですね! 食べて良いですか良いですよね!!」
「ダメに決まってんだろ、正気に戻れ」
「アイッター!?」
ズビシ、と鋭い手刀がバイアリータークの脳天に振り落とされた。
やはり同じサラブレッド同士ならば、攻撃は有効なようである。
「もう、何するんですかゴドル!」
「何するんだはこっちのセリフだわ。お前、もっとイメージを大切にしろ、イメージを」
「イメージはバ場で死にました!」
もうどうしようもない、この変態。
「はぁ……あの頃からそういう片鱗はあったけどよ、ここまでとは思ってなかったぞ、私は」
「何言ってるんですか! 生まれた時から夢見てた推し達がすぐ目の前に居るんですよ!? 推さなきゃそれこそ失礼というもの!」
まぁ、正しく言うなら生まれ変わった時から、だが。
ハァハァ、と鼻息を荒くしながら、バイアリータークはゴドルフィンアラビアンに詰め寄る。さっきまでとは違う意味での息切れを起こしていた。
「大丈夫! 物理的な迷惑はかけてないし、アフターケアもしていますから!」
「問題はそこじゃないんだよなぁ……」
まず最初から、そういう変態的な行動をしないよう改めろと。そう言いたいのだが。
「んー、むにゃむにゃ……あれ、師匠の声が聞こえたような……?」
「あっ、おはようございますデジタルさん! 今日もいい朝ですね!」
「もうお昼だよ」
「…………ぁえ?」
目を擦りながら、アグネスデジタルは体を起こす。そして、その視界に映った光景が段々とはっきり見えるようになってきて。
「────ヒュッ」
アグネスデジタルは、音速で息を引き取った。
「あぁっ! しっかりしてくださいデジタルさん! デジタルさーんっ!」
「なるほど、この子もこの子でしっかり変わってるんだね……」
慌てるバイアリータークと、呆れるゴドルフィンアラビアン。
そんなサラブレッド二人を目にしたアグネスデジタルは、今日も今日とて幸せそうに尊死するのであった。
ゴドルフィンアラビアン。
芝適性・Aダート適性・F
短距離適性・C マイル適性・B 中距離適性・A 長距離適性・A
逃げ適性・E 先行適性・A 差し適性・B 追込み適性D
固有スキル・究極跳躍技巧。
最終直線に入った瞬間、自身の前にウマ娘が3人以上いた場合すごくスピードが上がる。
続いたらいいなぁ。