ノルカちゃんはあれから食欲が出てきたことや、体を動かす訓練を受けた甲斐もあって、ぐんぐん元気になっていった。
今日は、彼女の両親の指導のもとで、立ち上がって歩く訓練を受けていた。
(※カーノさんはすでに夜の当番を止めており、寝る時は親子3人一緒になっていた。)
ボクとギーちゃんは、かたわらでその様子を見守りながら、ノルカちゃんを応援していた。
最初はすぐによろけてしまったけれど、その日の夕方にはちゃんと1人で歩けるようになり、そしてついに彼女の両親から外に出かける許可がおりた。
「ばんざーい!」
「やったあ!」
ボクとギーちゃんは喜びを隠しきれなかった。
それはノルカちゃんも同じで、彼女は「早く外の景色を見たい」と言っていただけに、その願いがかなって喜んでいた。
ただし、まだ長い距離を歩くことができないため、移動はリヤカーを使うことになった。
翌日。朝食を食べ終えたボクとノルカちゃんは、お父さんとお母さんが用意してくれたお弁当を受け取った。
ボクはそれを手提げ袋に入れ、ノルカちゃんはリュックにしまいこんだ。
そしてギーちゃんがお弁当を持って合流すると、いよいよ3人でお出かけとなった。
ノルカちゃんはゆっくりと歩きながら外に出ると、大きく深呼吸をした。
考えてみれば、彼女がこの世界の景色を見るのは初めてだ。
きっと異国の地に来た気持ちを全身で表現しているのだろう。
そして、お父さんがあらかじめ用意してくれたリヤカーのところまで来ると、ボクとギーちゃんが後ろ側の板を上に持ち上げて、ノルカちゃんが歩いて乗れるようにした。
彼女はゆっくりと歩いていき、リヤカーの荷台の上に乗ると、その場に座り、リュックを降ろした。
それを見て、ボクとギーちゃんは再び板をはめ込み、ノルカちゃんが落ちないようにした。
そしてボクたちの荷物もリヤカーに乗せると、ボクが前方の取っ手の部分に移動した。
「お父さん、お母さん。それから、カーノさんにルシアさん。行ってきまーす。」
ボクは、そう言いながら手を振った。
「行ってらっしゃい。夕方までには帰るんだぞ。」
お父さんはみんなを代表するように、そう言ってくれた。
「はい、分かりました。」
ボクはそう言うと、振り返ってリヤカーの取っ手を握った。
「さあ、ギーちゃん、ノルカちゃん。出発するよ。」
「おうっ!いざ、しゅっぱーつ!」
「うん。」
ギーちゃんは元気いっぱいの声で、ノルカちゃんは控えめな声で返事をしてくれた。
こうしてボクはリヤカーを引っ張りながら、ギーちゃんは後ろから押しながら家を後にしていった。
最初、ボクは去年、キャンプにやってきた場所に行こうとした。
しかし、ギーちゃんはその時のことがトラウマになっているのか、反対してきた。
ノルカちゃんは自分では何も提案せず、ボクたちに判断をゆだねてくれた。
以前ならこの時、ボクとギーちゃんでジャンケンをして勝った方の意見を採用していただろう。
でも、あの時のことはボク自身も多少はトラウマとなって残っているだけに、やっぱりやめることにした。
ボクはリヤカーの向きを変えると、違う目的地に向かって歩き出していった。
その途中、ボクたちはかつてお父さん達と一緒に旅をした仲間であるダンクさんとモグさんの2人にすれ違った。
彼らは探しものでもしているのだろう。ダンクさんは木や草をかき分け、モグさんは穴を掘ってはその部分を注意深く調べていた。
「何か探しているんですか?」
ボクはその行動が気になって、何気なく聞いてみた。
「そう。盗賊に持ち物を盗まれた人がいてね。それで被害者と警察の人の依頼を受けて捜索をしているんだ。」
ダンクさんは真剣な表情で答えた。
「大変そうですね。」
「確かに。だが、被害者のためにも絶対に見つけなければなりません。」
そう言うモグさんの表情も真剣そのものだった。
とはいえ、ダンクさんは自身もかつては盗賊だっただけに、ちょっと心の痛い点はあるだろう。
だけど、だからこそ盗賊の気持ちやクセも分かるだろうし、何よりこうやって捜査をできるということは、人々から頼りにされているようだ。
「早く見つかるといいですね。頑張ってくださいね。」
ボクがそう声をかけると、ダンクさんとモグさんは
「君達も気をつけて。」
「楽しい1日を。」
と返してくれた。
そしてボクたちは2人の姿を背に、リヤカーを進めていった。
次にやってきた場所は、ギーちゃんとかくれんぼ(正確には痛いと言ったら負けゲーム)をした場所だ。
そこには色々な植物が生えていた。
その光景は森の中の一軒家に住んでいたノルカちゃんにとってもなじみの景色なのだろう。彼女は嬉しそうな表情でその景色を楽しんでいた。
すると、彼女はある植物が目に留まったのか、その方角を指さしながら「あっ、あれ。」と言いだした。
「何?ノルカちゃん。」
「あれ、取って来る、くれる?」
彼女は少し言葉を間違えながらも、興味深そうに言った。
「じゃあ、オイラが取ってくる。」
ギーちゃんはそう言うと、その方向に向かっていき、タンポポに似たような草に手をかけた。
「ノルカちゃん、これ?」
「うん。」
「分かった。」
ギーちゃんは確認を取ると、その草を摘み取ってこっちに戻ってきた。
「はい、これ。」
「ありがと。」
ノルカちゃんは、差し出された草を受け取ると、茎の両端を摘み取った。
そして、ストローのような形にすると、片端をつぶして口にくわえた。
(何をするんだろう?)
ボクが不思議そうな表情をしていると、彼女は笛のような音を立て始めた。
(えっ?ノルカちゃん、草で笛が吹けるの?)
ボクは思わぬ光景に、思わずびっくりした。それはギーちゃんも同じだった。
ノルカちゃんは最初こそ、1つの音をプーッと立てるだけだったが、今度は色々な高さの音を出し始めた。
そしてどのようにすればどの音が出るのかを確認した後、今度は色々な高さの音を組み合わせて、1つの簡単な曲を演奏してみせた。
彼女の意外な一面を見て、ボクとギーちゃんはまだ驚きを隠せなかった。
「ノルカちゃん、草で演奏ができるなんて凄い!」
「ありがと、リュウ。」
「ねえ。それって、誰に教えてもらったの?」
すっかり草笛に興味を持ったギーちゃんが質問をすると、彼女は「ママ」と答えた。
そして続けざまにそのいきさつを(噛みながらだけれど)教えてくれた。
ノルカちゃんは元々言葉を話すことができなかったため、最初は心を閉ざしがちだった。
友達もできず、一人ぼっちでいることが多かったため、両親も何とかしたいと思っていた。
そんな中、ルシアさんが草で笛を吹く方法を教えてくれた。
最初はなかなかうまくいかなかったが、母親と一緒に練習をするうちに次第に上達していき、今では色々な草で演奏ができるようになったということだった。
(言葉を話せない。ボクからすれば想像もできないようなことだけれど、ノルカちゃんはそれをこんな形で乗り越えてきたんだ。)
ボクがそう思っていると、ふとギーちゃんが
「ねえ、その曲って誰が作ったの?」
と、興味深そうに質問してきた。
「わたし。」
「ええっ?ノルカちゃんって、曲も作れるの?」
ギーちゃんが驚きながらそう言うと、彼女はコクッとうなずいた。
(そうか。それがノルカちゃんなりの自己表現だったんだ。そうやって、明るく生きてきたんだな。)
ボクは彼女の前向きさに感心せずにはいられなかった。
ノルカちゃんはその後も自作曲をボクたちの前でいくつか演奏してくれた。
曲の長さ自体は十数秒や数十秒程度だったが、その度にボクたちはうっとりしながら聞き入り、曲が終わるたびに拍手を送っていた。
ちょっとした演奏会が終わった後、ギーちゃんは空を見上げながら、何か物思いにふけっていた。
「ねえ、ギーちゃん。何を想像しているの?」
「えっ?ええっとねえ…。」
ギーちゃんは突然の質問に対し、ちょっと慌てていた。
「もしかして、わたしの…?」
「ちっがーーう!!」
ノルカちゃんのツッコミを受けると、ギーちゃんはムキになって否定をした。
「あれは事故なんだ!オイラにとってもトラウマなんだから、それでイジるのやめてよ!」
ギーちゃんはどうやらノルカちゃんのイジられ役になっているようだ。
でもお互い笑っているし、ボクにとっても見ていて楽しい光景だった。
「オイラはただ、ノルカちゃんの演奏に合わせて、何か楽器を叩いている姿を想像していたんだ。そしていつかオイラたち3人で、演奏会をできたらいいなって。」
「へえ。いいアイデアだね。それで、ボクは何を担当しているの?」
「歌を歌う役。」
「ええっ?歌うの?ちょっと自信ないんだけれど。」
「似合っていると思うんだけれどな。」
ギーちゃんに唐突に自分の役割を言われてしまい、ボクは戸惑いを隠せなかった。
でも、ルシアさんが草笛を通じてノルカちゃんを励ましてくれたように、これを通じてみんなを励ますことができるのなら、悪くはないかな。
そう思うと、いつの間にかボクも3人で演奏会をしている場面を想像していた。
ノルカちゃんが作った曲にボクとギーちゃんが詞をつけて、ボクが歌う。いつかそんな光景が現実になったらいいな。
それからしばらくして、ボクたちはまた移動を開始し、森を抜けて町の近くまでやってきた。
近くの広場では子供達がサッカーをしていたり、かくれんぼをしている人達がいた。
そんな中、ノルカちゃんはゆっくりとリヤカーを降りて、地面に降り立った。
そしてボクたちはノルカちゃんを真ん中に3人で並んで座りながら、その光景を見つめていた。
(こんな時間がいつまでも続いてくれたらいいな。デセオ山で別れる時、「ずっと3人一緒だ」と言っていたことが、本当に現実になってくれたら…。)
ボクは右隣にいるノルカちゃんを見ながらそう思っていた。
しばらくすると、サッカーをしている男の子の1人が後ろからタックルを受けて転んでしまった。
タックルをした方の男の子は、すぐに「リベーラ君、ごめんね。」と言って謝り、相手を起こそうとしたが、そのリベーラ君は患部を押さえたまま、なかなか立ち上がれなかった。
「おいブレイン!息子に何をしてくれたんだ!今のは明らかに危険なプレーだぞ!」
「ごめんなさい。わざとじゃないんです!」
リベーラ君の父親の男性に厳しい言葉をかけられ、ケガをさせてしまったブレイン君という男の子は平謝り状態だった。
(当然、ブレイン君にはイエローカードが提示されました。)
試合はしばらく中断となり、ケガをしたリベーラ君はブレイン君ともう一人の選手に抱えられながらグランドの外に出てきた。
「これはかなりの出血だ。大変なことになったな。」
「全力疾走しながら転んだわけだからねえ。」
「まずは患部をきれいにして、止血しないと。」
大人の人達は口々に言いながら何とか対処をしようとした。
幸い近くに井戸があったため、きれいな水はすぐに調達することができ、傷口を洗うことはできた。
しかし、血がなかなか止まらないため、辺りにいる人達はオロオロとするばかりだった。
「大変だ。何とかしないと。」
「でもオイラたちに何ができるんだ?」
ボクとギーちゃんも何かしたかったが、アイデアが浮かばなかった。
そんな中、ノルカちゃんは辺りを見渡すと、後ろの方を向いて「あっ、あれ。」と言いだした。
「あれって何?」(ボク)
「あの草、血、止める、できる。」
「あの草って?」(ギーちゃん)
「あの長い草。」
ノルカちゃんは長く伸びている草を指さしていた。ちょうど彼女と初めて会った時、手に持っていたものとそっくりだ。
「じゃあ、取ってくる。」
「オイラも。」
ボクとギーちゃんはスクッと立ち上がると、その草の生えているところに行った。
「ノルカちゃん、これだよね?」(ボク)
「そう。」
するとボクたちはその草を摘み取って、ノルカちゃんのところに戻ってきた。
「これをどうするの?」(ギーちゃん)
「すりつぶす。そしてケガった(←噛んだ)ところ、貼る。しばらくする、血、止まる。パパ、これ、教えで(←また噛んだ)くれた。」
ノルカちゃんはそう言うと、左手に草を乗せ、右手でゴマをするようにゴリゴリとすりつぶした。
そして「これでいい。これ、貼る。」と言いながら、ボクに差し出してくれた。
ボクはそれを受け取ると、リベーラ君のところに向かっていき、その草を差し出した。
しかし大人の人達からは「そんなんで血が止まるの?」「変なものつけないでね。」と言われてしまい、一瞬どうしようか迷ってしまった。
でも、あそこにいるノルカちゃんの両親は野草の研究家で、薬が作れることを伝えると、リベーラ君のお父さんらしき人が「まあ、とにかくやってみよう。」と言ってくれたため、ボクはその葉を患部に貼り付けるように乗せた。
すると、ギーちゃんが「ノルカちゃんがね、『あとは手で5分程押さえていて。』って言っているよ。」と、大きな声を出して伝えてくれた。
それを聞いて、リベーラ君は両手を葉の上に置き、ぐっと押さえ出した。
「ねえ、お兄ちゃんたち。本当に血が止まるの?」
かたわらにいるブレイン君は、心配そうに問いかけてきた。
すでに試合は両チームともに1人少ない状態で再開されていた。彼はどうやらリベーラ君が心配でプレーどころではないのだろう。まだ試合に復帰せずにいた。
「多分ね。ノルカちゃんの思い通りになれば、きっと止まるよ。」
ボクは内心では自信が無かったが、彼女を信じてそう言った。
ノルカちゃんは、ギーちゃんと肩を組みながらゆっくりと歩いてここまで来た。
「ねえ、お姉ちゃん。本当に血が止まるの?」
ブレイン君はまた同じ質問をしてきた。
ノルカちゃんはコクッとうなずくと、さっきの草笛を取り出した。
そしてさっきと同じように、口にくわえて曲の演奏を始めた。
「君、息子に葉っぱなんかを貼りつけさせた上に、いきなり何を始めるんだい?」
リベーラ君のお父さんは、顔をしかめながら質問をしてきた。
「きっとノルカちゃんは血が止まるまでの時間を稼いでいるんだよ。」
「そう。こうやって自作曲を演奏して、その子を楽しませながらね。」
ギーちゃんとボクはそう言って、何とか相手の人に納得をしてもらった。
それから数分後。もうそろそろ血が止まっている頃ということで、リベーラ君は葉っぱを患部からはがした。
すると、血はすっかり止まっており、みんなが驚いていた。
「本当に止まってる!お姉ちゃん、凄い!」
「疑ってすまなかった。ノルカちゃんだっけ?本当にありがとう。」
「あと、お兄ちゃんたち2人もありがとう。」
リベーラ君、彼のお父さん、ブレイン君は、みんなでボクたちにお礼を言ってくれた。
「ボクたちはいいよ。ノルカちゃんがいなかったら何もできなかったから。」
ボクはそう言って、彼女にお礼を言ってくれるようにお願いをした。
「君、何もお礼ができなくて申し訳ないが、本当にありがとう。」
お父さんは再度お礼を言うと、深々とお礼をした。
それを見たノルカちゃんは、少し照れたような表情をしていた。
その後、ケガをしたリベーラ君は試合には戻らなかったが、ブレイン君は他の子と交代という形で復帰し、試合終了までプレーを続けた。
ボクたちはそれまでグランドの脇で観戦をしていた。
試合が終わって、あいさつが済むと、ブレイン君を含めて、プレーしていた子の何人かがボクたちのところに来て、握手を求めてきた。
さらにはリベーラ君や彼のお父さんも握手を求めてきた。
ボクたちは握手攻めにあいがらも、みんなと手を握っていった。
ノルカちゃんはそういうものに慣れていないのか、ちょっと戸惑っていたが、それでも握手を拒むことはなかった。
その光景は、人さらいの人達にさらわれた子供達と握手した時の光景とよく似ていた。
(あの子たち、今頃どうしているのかな…。)
ボクは目の前にいる子達を見ながら、彼らのことを思い出していた。
サッカーをしていた子達が解散し、グランドに人がいなくなると、ボクたちは再びリヤカーで移動していった。
そして森の中の開けた場所までやってくると、そこでお弁当を食べることにした。
その光景は、一見すると特に大したものではなかった。
でも、一度はもう決して会えないというくらいの別れを経験しているからこそ、こうして3人一緒にいられることはとても幸せだった。
その幸せな気分を感じながら、ボクたちは楽しく食事をしていた。
お弁当を食べ終わった後、ボクたちはいつかやったことをもう一度やってみたいということで、3人で手をつないで輪になった。
こんなことをするのは本当に久しぶりだ。そして、こうしていると、自然と笑みがこぼれてきた。
いつまでもこんな時が続いてほしい。いつまでも3人で一緒に過ごしたい。
もしも願いがかなうなら、「いつまでも3人一緒に」とお願いしたい。
でもいつまでもこんな時は続くわけがない。未来永劫変わらないなんてありえない。
いつかこの現実は変わってしまう。いつか別れる時が来てしまう。
もし時が流れて、もし地震が来て、次元のヒズミが埋まって、別れることになってしまったら…。
いや、そんなことは考えたくない。別れたくない。
ずっと一緒にいたい。何があっても一緒にいたい。だからこそ、別れが余計に怖い。
そう考えているうちに、ボクは微笑みながら、ふと涙が込み上げてきそうになった。
この気持ちは2人も同じなのかな?
ボクは左手にノルカちゃんの右手を、右手にギーちゃんの左手を握りながらそう思った。
ボクたち3人が時間を忘れて一緒に過ごしているうちに、日は少しずつ西に傾いていった。
「もうすぐ夕方になるね…。」
「そうだね。早いもんだね。」
ギーちゃんとボクはお互いずっとこのままでいたいと思っていただけに、残念そうに言った。
その気持ちはノルカちゃんもきっと同じはずだ。現に少し落ち込んでいるから。
「そろそろ帰ろうか。」(ボク)
「うん…。」(ギーちゃん)
「じゃあ、ノルカちゃんはリヤカーに乗る?」
「わたし?わたし、歩く。リュウと手、つなぐ。」
「えっ?でも家まで少し距離あるよ。大丈夫?」
「うん。リュウと手、つなぐ。一緒にいたい。できれば、ずっと、一緒に…。」
ノルカちゃんも別れが怖いのだろう。少し震えるような声で言ってきた。
「分かった。じゃあ、手をつないで一緒に歩こう。でも疲れたらいつでも伝えてね。」
「うん。」
こうして、ボクは右手でノルカちゃんの左手をしっかりと握った。
ギーちゃんはリヤカーを引く役目を引き受け、取っ手をしっかりとつかんだ。
「いざ、しゅっぱーつ…。」
ギーちゃんは今朝とそっくりなことを言いながらも、その口調はどこか元気がなかった。
こうしてボクたちはゆっくりと、そして少し重い足取りで家に向かい出した。
それから30~40分程経っただろうか。ボクたちはまだ家までの距離の半分も歩いてはいなかった。
もし行きと同じスピードだったらもう着いていただろう。
その理由はノルカちゃんに合わせてゆっくりと歩いていたことに加え、3人で少しでも長い時間一緒にいたいということだった。
正直、ボクたちはなぜか、家が一歩一歩近づくにつれて、不安な気持ちになってきていた。
理由は分からないけれど、これから何か嫌なことが待っている様な気がしていた。
そんな中、ギーちゃんは急に鼻をヒクヒクさせ始めた。
「どうしたの?誰かいるの?」
「そんな気がする。気をつけて、リュウちゃん。」
「分かった。ノルカちゃん、ちょっとだけ手を離すからね。」
ボクはそう言って、そっと手を離した。
するとその時、何かが飛んでくる気がした。
(危ないっ!)
ボクはとっさに危険を察知し、飛んでくる物をよけた。
それはズドーンという音を立てながら背後の木に突き刺さった。飛んできたものは矢だった。
とはいえ、ギーちゃんの使う矢よりは小型だった。
これならダメージそのものは少ないだろう。でも、おじさんからこのタイプの矢には何か塗ってある可能性があるから、油断しないようにと言われたことがある。
「危ないじゃないか!誰だ!」
ボクは怒りに満ちた表情で叫んだ。
すると矢の飛んできた方角から誰かが姿を現した。
狼のような姿をした大人の女性だ。その手にはクロスボウが握られている。
(くっ!飛び道具とは厄介だな。ボクの武器は剣だから、届く距離には限界がある。明らかに不利だ。それにしてもいきなりこんなことをするなんて、何の目的なんだ?)
ボクは剣を構えると、その女の人をじっとにらみつけた。
隣にいるノルカちゃんは、「お願い!撃たないで!」とでも言っているように、おびえながらボクの陰に隠れた。
一方、相手の女の人も下手に次を撃つようなことはせず、無言のままその場でじっと様子を見ていた。
(一体何が目的なんだ?ボクたちの持ち物か?)
ボクがそう考えていると、突然「そこに誰かいるだろ!においで分かるぞ!」というギーちゃんの大きな声が響いた。
「ギーちゃん、まだ誰かいるの?」
「うん。ガタイの大きな男の人のにおいだ。すごく嫌な感じがする。隠れてないで出てこい!」
ギーちゃんは弓矢を持ちながらボクたちとは反対側に向かって叫んだ。
すると、「良く分かったな、小僧!」という図太い声と共に、大きな木の陰から狼の顔をした、体の大きな男の人が姿を現した。
彼もまた弓を持っている。それも買えばかなりの値段になりそうなものだ。
「ガキ共!ケガをしたくなければ荷物を全部よこせ!その弓矢もだ!このネズミ野郎!」
「やるもんか!第一、オイラは狼だ!」
ギーちゃんは火花が飛び散りそうな目つきで男の人をにらみつけた。
荷物をよこせと言うことは、彼らの持っている武器は誰かから盗んできたものなのだろう。
一方のボクもクロスボウを持った女性を、やはり火花が飛び散りそうな目つきでにらんでいた。
このまま戦いになってしまうのだろうか?
そうなったら、ボクはノルカちゃんを守れるのだろうか?
そう考えていると、男の人はついにシビレを切らしたのか、「ならば力づくで奪い取ってやる!シーム!やるぞ!」と女性に向かって叫んできた。
「はい。キュロ。」
シームと呼ばれた女性は小さな声でそう言うと、矢の先端に何かを素早く塗りつけた。
それが毒なのか、しびれ薬なのかは分からない。でも、受けたら大変なことになるのは間違いないだろう。
できれば戦いなんかはしたくない。でも、その思いは次の瞬間、無残にも打ち砕かれ、キュロという男性と、シームという女性との戦いが始まってしまった。
正直、何だか嫌な予感がする。
それはギーちゃんも感じ取っていることだろう。彼の表情もかなり険しかった。
没ったんだよね
「リュウとギーちゃんって、時を旅する人?」
「えっ?」
「パパ、以前、そう言った。ねえ、わたしも仲間に入れて。一緒に旅する。わたし、きっと役に立つから。」
「えっと…、そうだね。3人でまた冒険できたらいいね。ギーちゃん。」
「う、うん。ノルカちゃんなら、野草でみんなの役に立てるよ。きっと。」
リュウちゃんとギーちゃんを時の旅人として解釈する記述はすでに出ていたので、悔しいけれど没ったんだよね。