俺はもう富樫を責められないです。
あらすじ
メイクデビューを果たしたナリタタイシンはホープフルステークスにて、渚涼子トレーナー&ウイニングチケットに完敗。
タイシンらに足りなかったのはお互いの理解とレースへの意気込み。
二人での再出発を誓い、ナリタタイシンとトレーナーは新たな特訓を始めようとしていた。
8話 New Weapon 前
「うっし! メニュー完成! 準備よし! 天候良好!」
前の練習メニューをゴミ箱にダンクシュート!
新たに出来上がった完璧で最強で最高な紙束を天へ掲げた。
「快進撃の始まりだ!」
◆
朝の軽いランニングのあと。
ピロン。
ベンチで座っていると、隣に置いていた携帯が振動する。
「こんな朝早くに誰からだろ」
アイツと練習してたから生活リズムがおばあちゃんだ。
早く寝て早く起きる。
まっとうな生活を送っているのだが、去年のアタシが見たら信じられないだろうな。
そう。正月まであと数日なんだ。
時間が経つのは早い。
メイクデビューして、走って、勝って、失敗して。
色んな事があった。
だからこそ、こんな時間に電話を鳴らしたヤツが一人しかいないことくらい分かってる。
「誰だろう。なんて、分かり切ってる」
スマホを拾って、画面を確認。
『修行だああああ!! 新必殺技ゲットすんぞ! 生活に必要なモン鞄に詰めて校舎前集合だ!!!!』
相変わらず意図は読めないけど、自信たっぷりの暑苦しさが文面から嫌という程伝わってきた。
とりあえず、『わかった』とだけ返信して、立ち上がった。
きっと、今のアタシは笑ってる。
どんな風に強くなれるんだろう……!
◇
「なんで、山……?」
がっくりとうなだれるタイシン。
「そりゃ、修行と言ったら山籠もりだろうが」
目の前の山を見る。
枯れ落ちた葉。吹き抜ける北風。誰もいない場所。いくら走っても問題ない土地。
「こんなピッタリな場所他にはねぇよ」
「ま、いっか」
ポケットに手を突っ込んで足を一歩進め、ザ——ッ、音を立てて身を翻した。
「行こ。快進撃。始めるんでしょ?」
文句なく、迷いなく、彼女は笑って促した。
「信じてくれてんだな……」
唐突にこんな持ち出しをされても、何も言わずついてきてくれる。
その笑みに応えたい。
拳を叩いて活を入れる。
「うっし、がんばんぞ!」
叫ぶと、彼女はくるりと半回転し、
「おう!」
修行場所を見据えて吠えた。
◆
「初めにやるのは、木登りだ!」
「……は?」
ああ! 知ってたあきれ顔。
「小学生?」
流石のタイシンもこれにはジト目。
納得してもらうため、このトレーニングの意味を説明する。
「今からやるのは単なる木登りじゃない。ジャンピング木登りだ!」
「……うん」
薄い。薄い反応。
「やめろ、その痛いガキを見る目」
「いや、だって、木登りって……」
彼女は苦笑するが、何かを思い返すように、目を閉じて疑問を振り払う。
「これもバカげてるけど、意味あるんでしょ? 正拳突きみたいに」
そう言ってくれて助かるぜ。
「手本見せてやる」
御託は抜きにして、すぐに練習を始める。
「うん」
目の前の大木から10mほど距離をとる。
ズザッ——。大地と足をこする。
目標を見据えて……駆ける!
「おらあああっ!」
一直線に大木へ走り、勢いが乗り、体が軽くなった瞬間。
「とうっ!」
ジャンプした。
そして、ガシッと目標にしがみつく。
高さ130cmの状態で木に張り付いた。
「勢い殺さず、上る!」
這うように……猿のように上へ上へ、手を伸ばし、足を上げ、上り詰める。
今日の腕の調子は良好。
難なく、頂上までたどり着く。
「おし!」
丈夫な枝に座って、下を見下ろす。
「こんな感じだーーー!」
下のタイシンに向かって叫んだ。
「猿か!」
ツッコミを入れられるが、ちっちっち、と指を振る。
「そう。猿だ!」
言い切って、
「ほっ、とっ、てや」
木の凹凸に手足をかけて、下へと飛び降りる。
「猿になるんだ!」
ガッツボーズでタイシンに言い放った。
「……は?」
「奴らすげぇだろ? 俊敏に動くし、身体がやわらかい。木登りだってすいすいできる」
疑問で影ができていた顔が確信を得て晴れだす。
「つまりだ。身体全部と体幹を鍛える点において木登りはうってつけ。おまけに判断力もついてくる」
「判断力?」
「どの位置に手を伸ばせば早く頂上へ行けるかってものだ。見切りが早いことは全てにおいて役に立つ。レースは勿論日常生活でもだ。その感覚を覚えておいて損は無い」
「……感覚、か」
今の説明を噛み砕く様に俯いて、反復する。
「……うん」
意思が固まって、大木を見上げる。
天まで届きそうなくらい大きく見えるだろう。
小刻みに震える肩を、俺は見つけてしまった。
「デカいよな」
たった一言。
「うん」
頷いた。
もう、何も言わなくても考えていることは分かる。
タイシンはきっと木登りなんて一度もしなかったんだろう。
大きなものに挑戦する。
それは彼女にとってとても大切なこと。
だから、俺はトレーナーとして、こいつと共に歩むんだ。
「心配すんな。行ってこい。落ちたら絶対受け止めてやるよ」
バン——ッ。
背中を大きく叩いて、笑ってみせた。
タイシンは瞳を大きくしたあと、すぐに鼻で笑い飛ばす。
「はっ、心配要らない。このくらいやってやるから!」
いつもの調子だ!
中坊みたいに気張って、もう目標しか見えてない。
そうだ。
この強気がナリタタイシンだ!
「行くよ!」
「おう!」
ザッ——。
大地を擦って、大木まで一直線で駆け——飛んだ!
「はあっ!」
両手を伸ばして、突起にしがみつく。
「いいぞ!」
無事にとどまった。
高さは180cmは超えてる。
ウマ娘すげぇ……。
「そっから、ゆっくりでいい。最善だと思う道を探せ!」
「うん!」
そうして一つ、上へ手を伸ばす。
ガシッ!
「よし!」
一段目を乗り越えた。
「ふっ!」
二個目。
「うっ!」
三個目。
どんどん登る。
ぎこちなくだが、着実に進んでいる。
道筋も良くなってきている。
一回目なのに、登っていく中で成長してやがる。
そして……俺が到達した地点に手を掛ける。
「やった!」
目標地点へ到達。
安堵の笑みと声。
枝をしっかりと、強く握りしめた。
そのとき——
「うわっ!?」
バキッ——。
乾いた音を立てて、根元から折れた。
「きゃっ——」
小さな声がして、空中に体が放り出される。
背中を下に向けたタイシンは成すすべなく自由落下に巻き込まれる。
「うわああああああああっ!?」
叫び声と共に落ちてくる。
「まかせろおおおお!!」
落下地点まで、走る!
大きく両手を広げて、落下してくる小さな体を捕らえる。
「来い!」
ばんっ。
ものすごい勢いの小さな背中を包み込んだ。
完璧なキャッチ。
「うおっ!?」
と思ったのだが、流石に重荷に耐えかねた身体が、よろけて後ろに倒れた。
タイシンを抱きかかえたまま。
「ってて……」
頭上には真っ青な青空と葉の無い木々。
しんと静まり返った森の中だった。
「大丈夫か、タイシン?」
「…………」
返事が、無い……。
「お、おい、しっかりしろ!」
抱き起こして後ろから肩を揺する。
「すごい……」
必死さとは真逆。彼女から出てきたのはあっけらかんとした一言。
「今の、すごくなかった!?」
目をきらっきらさせて振り向いた。
耳がぴくぴく折られ、尻尾はぶんぶん揺れている。
腹にあたって若干痛い。
「すっごい。遊園地の絶叫アトラクションでもまず味わえないでしょ!」
「おいおいタイシンさん。こんなのあったら遊園地は廃業ですぜ?」
「最初は怖かったけど、楽しいかも!」
聞いちゃいねぇ~~。
「んだよ、こういうの好きなのか?」
「……! う、うん。まあね……」
突然、我に返ったのか顔を赤らめて、ぎこちなく頷いた。
「遊園地とかいくのか?」
「まあね。あ、でも人が多いとこはダメ。平日のちょっと離れたところがベストだから」
なんのフォローかよくわからんが、それだけ言って、立ち上がる。
そんな光景が微笑ましかった。
「その調子なら、木登りは一人でできるな?」
挑発してみると、
「い、いや。落っこちてたらヤバかったし、見ててよ」
「………お、おう」
やけに素直だ。
「いいぜ。一緒にトレーニング頑張っていこうや!」
「うん!」
そうして山修行の第一トレーニングに触れたのだった。
◆
日が傾いて握り飯を食い終わったあと。
俺たちは川まで来ていた。
少々寒いが、身体を動かせば何とかなるだろう。
「次はここで特訓だ!」
ヘルメットを被ったタイシンを見る。
「それはいいけど、この防具なに?」
肘、膝、すね、スケボー選手みたいに各所に防具を付けているのだ。
「安全第一。命大事にだ」
「なに? ヤバいトレーニングするの?」
「んねことねぇよ。小学生でもやってることだ」
ビシッと水流を指さす。
「あれ、見えるだろ?」
「川だね」
「違う。川をせき止めてるやつだ」
タイシンは俺の指先を目で追い、行きついたのは
「石?」
そう。石だ。川の流れを頭一つとび出して遮っている。
「あの石の上を飛び移るんだ!」
「ねぇ、またこの流れ? 突飛な修行を聞かされて、アタシが呆れて、説明されて」
「その通り!」
がっくりと、肩を落として諦めたように手を仰ぐ。
「はいはい。説明どーぞ」
じゃあ、お言葉に甘えて口を開く。
「ジャンプして飛び移ることで、レース中どんなにバランスを崩しても立て直せる感覚を掴得る! それがこの修行の意味だ!」
「なるほどね……」
「だが、欠点がある」
「欠点?」
「落ちたらクソ寒い」
「あ…………」
タイシンはぎこちなく目を逸らし、背を向け、
「おい」
ダッシュした。
「まてまてまてまて」
踏み切った瞬間に首根っこを掴んで持ち上げる。
「嫌っ!」
猫みたいに体を揺すって抵抗する。
「無理。そんなの地獄じゃん!」
手首をくるりと返し、正面を向かせる。
「やろうぜ。俺もやるからさ! 頼む!」
「……はぁ」
飛び出たのは大きなため息。
がっくり項垂れて、諦めた様に力が抜けた。
「終わったらご褒美くらいちょうだいよ」
「おうよ! こんな山奥に連れてきたんだ。とっておきの褒美を用意してあるぜ!」
「どんな?」
「それ言っちゃつまらねぇだろ?」
ニシッと笑うと、タイシンはぶーたれて俺を睨んだ。
「わかった。勝負、しよ」
「おう」
「負けたらなんでも言うことをきく。いい?」
「後悔しても知らねぇぞ?」
「アンタもね」
◇
ルールは簡単。
川に落ちずに石の上をジャンプしながら上流を目指す。
とはいえ、小川で浅い。危険は無い。
石が無くなった所へ最初にたどり着いた方が勝ちだ。
「行くぜ?」
隣からの確認に無言で頷く。
お互い、最初の石に飛び乗って、上流を見つめる。
トレーナーが手に持った小石を放る。
放物線を描き、水面に向かって落ちていく……
そして、ぽちゃん。落ちた瞬間。勝負は始まった!
ぴょい、と飛び移るも水に濡れた石は摩擦が少なくて、容赦なくアタシを水の中に引きずり込もうとする。
「負けるかっ!」
歯を食いしばって重心を前へ移動させ、次の石へとジャンプする。
タン——。
着地成功!
しかし、その反動は大きくすぐにバランスを崩す。
「くっそ……!」
このトレーニングの目的は『崩れたバランスから立て直す』。
アイツの言ってることは理にかなっていた。
重心移動で態勢というのは持ち直せるってことがすぐに分った。
でも……
「こんな馬場あるわけない、じゃんっ!」
文句を吐き捨てて前の石へ飛び移る。
「おらおら、おせぇぞ」
二、三個前の石に飛び乗ったアイツはにやつく。
「すぐに追いついてやるから!」
次の石へジャンプ。
足元を掬われないようによろける前に飛ぶ。
斜め右、左。真っ直ぐ。
遠回りでも確実な足場へ素早く飛ぶ。
バランスを崩したら重心を次の石の方向へ移動して前へ進む。
感覚を得てきた。
なのに、それでもトレーナーはアタシの前を走る。
「アイツ……身体能力絶対おかしい!」
水流に乗ってきた冷たい風を切って前へ。
タン、タン、タンッ!
ステップを踏むように、着地。
ちょっと楽しいかも……。
◇
「おいおい、マジかよ……」
乾いた笑いが零れる。
この一回で感覚掴むのかあ……?
タイシンは目標だけを睨んで、左右に動きながら前へ前へと迫る。
「アイツ……飲み込み絶対おかしい!」
うかうかしちゃいられない。
「まてえええっ!」
こっわ。
レースでこんなのが迫ってきたらちびるだろ。
気迫に満ちたタイシンの跳躍。
中坊の頃鍛えた忍者スキルで石を蹴り飛ばして前に進む。
「はあああっ!」
「おらああっ!」
二人でダッシュした。
かなり上流まで来ただろうか。5分ほど経っている。
それでもこの場所は良い。
上流と言っても深さは膝にも及ばない。
青空の下。木々を押しのけ出来た一本道。
秋なら紅葉が散っていい風景なんだが、冬のこの空気もまた乙なものがある。
「しっかし……」
アイツ、一回もミスせず付いてきやがる。
転んでも良い頃合いなのにもかかわらず、より速さを増して追いかけてくる。
「こっちは全力で走ってるっつの!」
くっそ、末恐ろしい才能だ!
嬉しいが、このままだと負けちまうな。
◇
絶対に足が速いのはこっち。
なのに追い付かない。
大地で駆けるのとは別だ。
石までの距離が固定されてるから慣れの勝負になる。
経験が多いアイツの勝利は決まっている。
「それでも、勝負は勝負!」
アイツを睨んで……
「負けたくない!」
飛んだ!
上流に行くにつれて顔を出す石は少なくなる。
跳躍力に全てを賭けた。
「うっそだろ!?」
驚く声が聞こえる。
「やった……」
成功。
やれる。
アタシは、もっと強くなれる。
一個飛ばしの跳躍が成功した。
足をもっとバネみたいに、貯めて……放つ!
石を蹴る。
飛び乗って、次の標的に。
◇
くっそ、マズいな……。でも、
「最高に燃えるぜ!」
ギアを上げる。
そっちが飛ぶんなら、俺は加速で突き放す!
重心を上半身へ持っていく。
水面と平行ギリギリ。
倒れそうなバランス。
でもそれが俺を更に加速させる。
なにより、好敵手が居るってことが俺を動かす!
「おっらあああ!」
叫んで前へ駆けだした!
◇
「アイツ……ウマ娘なんじゃないの!?」
トップスピードを出しても追い越せない。
それどころか突き放されて……。
「感覚と経験ってやつ……?」
もう残りの石も少ない。
あと二つ。
この速さで目指したらそれだけで決着がつく。
ラスト一個の石に乗った方の勝ち!
「……よしっ!」
気合を入れて、まず一個。
勢いを殺さず、最後の一個。ゴールに向かって、
「はあっ!」
飛んだ!
もう少しで足が届く。確信した。あそこに飛び乗る未来を!
「って、え!?」
横から現れた人影。
ツンツン頭が風になびいてアタシよりも先に、ゴールに飛び乗った。
でも、空中を飛んでいるから減速なんてできるわけなく……。
「どいてえええっ!?」
叫んだ頃にはもう遅く、
ザッパーン。
水しぶきが舞い上がった。
◇
ゴール!
最後の石に着地したとき。横から弾丸が俺の脇腹に突っ込んだ。
「うおをっ!?」
バランスを崩しかけるも間一髪で石の上に留まった。
あっぶねぇ……。
安堵したと同時に、
ザッパーン。
水しぶきが舞い上がった。
頭っから俺の胸に飛びこんできたタイシンは、跳ね返されて川にダイブした。
しぶきが落ちて浅い水の中から、あっけらかんと呆けた顔をしたタイシンが現れる。
「カッハッハ!! 俺の勝ちだな!」
高らかに笑う。
「む…………」
頬を膨らませて、俺を睨む。
「納得いかない!」
「カハハ、俺の修行はすげぇんだ! この俺がお前に勝っちまうんだからな」
胸を張って、言えるぜ。
「この修行の末にお前がどうなるのか、見てみたいんだよ」
「分かった。見せてあげるよ。アタシの力!」
「その意気だ!」
スッキリした総括を入れたところで、本題だ。
「さあて、何でも一つお願いきいてもらおうk……」
言い切る前に強い風が背中に向かって吹きつけた。
「ぬわっ!?」
濡れた足場の摩擦は極限に少なく、風に押されて前に倒れ……っ!
ザッバーーーン!
水柱が上がり、俺は頭から川に突っ込んだ。
「ぶはっ!」
水面から顔を出して、水が入って重いヘルメットを脱ぎ棄てると、目の前に少女と目が合った。
ソイツも半身を川につけて、俺が起こした水しぶきで濡れた頭を振って水を切っていた。
「…………」
お互い川の中で座って、アホ面を見て、目を丸くして黙った。
何でお前も落ちてんだよ、と言わんばかりの顔。
聞こえる音が川のせせらぎだけになったが、その静けさは
「へくち……」
「ぶえっくしょん!!」
俺らのくしゃみでぶっ飛ばされた。
「あははっ!」
「ははは!」
いつもならこのまま笑い飛ばして次に行くのだが……今回は別だ。
「「さっむい!!」」
とにかく一桁代の水温がとてつもなく冷たくて叫びまくった。
◇
「ずず……っ」
鼻をすすってガクブル震えながら川沿いを歩く。
「ねぇ、トレーナー、寒すぎ……」
「ああ、寒すぎる……だが」
俺たちの目的地はもう少し。
「もうちょいで天国だ」
「それ死んじゃってるから……」
足を進めて、たどり着く。
「家……」
ぽつんと川と森の間にあるその木造家屋。
「この裏に天国がある……」
ガチガチと震える歯を鳴らして、その後ろにまわり、現れたものは……
「じゃん!」
ドラム缶二つ。
「まさか……!」
合点がいったのか、タイシンの背筋は伸びる。
「そう! ドラム缶風呂だ!」
「おぉ……!」
目をキラキラさせて尻尾を左右に揺らした。
つい口端が上がってしまう。
「なかなか乙なもんだろ? 大自然の中の風呂なんてよ」
「ねぇ、早く入りたい!」
腕を摑まれ、見上げられる。
「あいよ」
そんな仕草されちゃ断れない。
いつものクールぶりが壊れてる気がするが、旅行行ったとき謎のテンション上がるアレだと思えば仕方がない。
「お前はドラム缶に川の水入れてくれ。俺は車取りに行ってくる」
「分かった!」
駆けだそうとするが、彼女を引き留める。
「ちょっと待ってろ」
家の中に入って、タオルを持ち出しタイシンに投げた。
「それで髪拭いとけ。風呂の前に風邪ひいちゃいけねぇ」
「ありがと!」
首から下げて、ドラム缶を抱えへ走っていった。
◆
ぱちぱちぱち。
缶の下で木の燃える音が静かに響く。
風呂の出来上がりを待ちながら、その炎で暖を取っていた。
湯舟に手を突っ込み、熱さ確認。
「よし、できたぞ! そっちはどうだ?」
隣、といっても10mは離れているタイシンの方に尋ねる。
「うん! こっちも大丈夫ー」
「そんじゃ、入りますか」
「絶対こっち見ないでよ?」
「へいへい」
恥ずかしそうにタイシンは口を尖らせる。
理由は簡単。
風呂の位置が悪い。
着火した後に気づいたが、隣にあったのだ。
風呂が。
つまりは、隣を見ればタイシンが居るわけだ。
絶対にお互いを見ないという条件で入ることにした。
だがなぁタイシン……。
教え子に欲情しねぇよ……。
「「あ゛あ゛~~~~~~~」」
脱力した声。
最っ高だ。
夕暮れ時。
オレンジと青の空の下。
アツアツの風呂と涼しい風。鳥たちの鳴き声がより一層風流ってやつを感じさせてくれる。
特訓後の体には
「最高の贅沢だ……」
「そうだね……」
もう口が動かなくて、呟くしかない。
「「はあぁあああ~~~~~~」」
お互い背を向けたまま、最高のひと時を楽しんだ。
◆
入浴後。
俺らは火を囲っていた。
キャンプみたいに石で火を丸く囲う。
焼いているのは川魚。
俺らは対面に座って焼き上がるのを今か今かと待っていた。
「ねぇ、もういい?」
香ばしい臭いが漂って、よだれが垂れる。
「ああ、食おうぜ!」
「うん!」
二人同時に手に取って、
「「いっただきまーす!」」
齧り付いた。
「うっめぇ!」
「……神」
塩のかかった焼き魚。
外で食べると寒気も相まってとてつもなく美味く感じる。というか美味い。
魚、白飯、野菜。
それを日が落ちるまで頬張った。
◆
「はぁ~~。食った食った」
腹をさすってリラックス。
タイシンも力を抜いて眠そうに、火を見つめていた。
「ねぇ」
顔を上げて、瞳を見つめられる。
「さっきの続き。勝った方が言うこと一つきくってやつ」
「あぁ……」
忘れてた。
「あれってなんだったの?」
「ん~~~」
「今ならきいてあげても良いけど」
そっけなく言う。
こっぱずかしくって、俺は頭を掻く。
面と向かって言うのは性に合わなくって、言うか悩むが……今言わないといけないよなぁ……。
次いつチャンスが来るか分からねぇし。
意を決して、向き直る。
「タイシン……」
「う、うん」
静寂。
緊張する。
ごくりとタイシンも生唾を飲む。
よし。腹括った。言うぞ!
「しゅ、趣味はなんだ?」
「——へ?」
間抜けな声のあと。完全な無音。ひゅう。と北風が吹き抜けた。
「くすっ」
ぷるぷると肩を震わせ、タイシンは俯いた。そして——
「あはははははは!!」
盛大に笑われた。
「な、なんだよ」
「おっかしいよ。なんでも一ついうこと聞くってのに趣味聞き出すって……」
空に向かって、腹を抱えて大笑いされた。
「なに、お見合い? あははは」
涙を浮かべて、大笑いされる。
「~~~~~。お、俺だってな、わっかんねぇんだよ!!! 年頃の女子に趣味聞くのって30手前からしたらしんどいんだぞ!!!」
「アンタ、27だっけ? 変わんないよ。訊けばいいじゃん、そのくらい」
爆笑も収まって、笑みを残したままタイシンは俺を見つめた。
「てか、顔真っ赤」
「だからよぉ……」
あぁ……。自分の経験の無さがこんな所で響くとは……。
タイシンのことをもっと知りたかったのだが、別のやり方あったよなぁ~~。
「そうだね」
羞恥心から下を向いていたが、優しい声に引っ張られ顔を上げる。
「趣味はゲーム、散歩、走ること、昼寝。それと人混みは嫌いだから、静かな場所が好き」
炎の温かさと相まって、包み込む様に彼女は語る。
「ここも好きかな。ウザい奴らは居ないし、楽しい。アンタといるからかな」
柄にもない事言うと後で後悔するぞ、若人よ。
……だが、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
「アンタは?」
「ん?」
「趣味、教えてよ」
「……いいぜ!」
それから、俺たちは話し始めた。
「ゲームも好きだし、熱い少年漫画は大好物だ!」
「そのゲームやったことあるの!?」
「おうよ! 俺はクソつえぇぞ~~?」
「じゃ、今度勝負しよ!」
「いいぜ!」
「チケットとハヤヒデとは何して遊ぶんだ?」
「なんだろ。映画見たり、カラオケ行ったり、買い物行ったりかな。大概チケットがやらかすけど」
◆
「それじゃ」
タイシンは立ち上がって、車の方を見る。
「帰ろっか」
足を進めたその背中に、俺は声をかける。
「何言ってんだ?」
「え?」
振り返る。
「これからが本番だ」
「本番?」
「俺らがここに来た目的。それは、新必殺技を覚えることだ!」
「あ、メッセージきてたアレ……」
思い出して、頷いた。
「それができるまで帰れない」
雷が落ちた。目の前のタイシンに。
「う……そ……」
固まって苦笑い。
「ホント」
「どのくらい……?」
「長けりゃ半年」
「………………」
頭を抱える。
「こんな山奥でどう生活するの!?」
「あれだ」
親指で木造の小さな家を差す。
「二人っきりで……?」
「一部屋しかないからな」
「………うそだあああああああ!!!???」
「元気いっぱいだな! 頑張ろうぜ!!」
「うっさい!」
「ぐばあっ!?」
蹴っ飛ばされ、空を舞った。
タイシンの咆哮から、長い長い山奥の修行生活が始まった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
更新、がんばります!!」
書きたい話がまだまだあるので、がんばります。