ようやく休みが取れた河田です。
9話
「うそだあああああああ」
という悲鳴から始まった地獄のような修行だったが、部屋に入った瞬間——
「最高~~~」
天国に変わっていた。
圧倒的手のひら返し。
「レトロゲーム機! ふかふかベッド! お風呂!」
部屋の中から外へ指を差すタイシン。
「最っ高……」
顔がだらしなくとろけていた。
丸太が積み上げられた木造家屋。
狭い六畳ほどの空間にはベッドが二つ。その間にブラウン管テレビ。
「コイツがありゃ、休息も十分できるってわけだ」
流石に自然の中だけで生活するのは大変だと思って最低限の娯楽は用意したのだ。
「これ、全部やっていいの!?」
がさごそとソフトの山を漁るタイシン。
無邪気な笑顔を咲かせて俺を見上げた。
「本末転倒だわ」
軽くチョップした。
「い……っつ。そう、だよね……」
顔を赤くして俯いた。
「ま、必殺技が完成すりゃ、それ全部やるよ」
「ホント!?」
「ああ」
赤い顔はどこへやら。瞳を輝かせてゲームの山を見た。
「そうと決まれば明日に向けて、寝るか!」
そう言って、ベッドにダイブしようとしたとき、
「ねぇ、一緒にやろうよ?」
妙に寂しそうな声が聞こえた。
袖を摑まれコントローラーを差し出した。
「…………」
タイシンはそっぽを向いて、口を紡いだ。
「……あいよ」
それを受け取って、ベッドの上に座ってテレビを見た。
「うん!」
明るい顔。笑顔を咲かせて、タイシンはうきうきしながらゲームを選ぶ。
左右に揺らしながら、テレビの下にある籠を漁る姿は年相応……というか、無邪気さが現れていた。
「ねぇ! マルオパーティーしよ!」
マルパね。よくやったなぁ……。
「いいぜ。これでも勝ってやるよ」
「アタシ、このミニゲーム得意なんだ。レトロゲームだからって負けないから!」
「うっしゃ! やるぞおお!!」
「おう!!」
威勢よく始まったゲーム。
最高だ。
二人でやるゲームはめちゃくちゃ楽しい。
でも、一つだけツッコミたいところがある。ロクサンはレトロじゃねぇ!!
◆
「あががが…………」
マルパはすごろくゲーム。より多くの星を取った方が勝ち。なのだが、俺の所持数はたったの1だった。
星をタイシンにとられまくって、NPCにも負けて、圧倒的最下位。
「ね、言ったじゃん? ミニゲーム強いって」
隣でニコッと笑うタイシン。
「にしても全勝はやべぇって……」
NPCのレベルは最高。だっていうのに、少年のように笑みを浮かべて勝利をもぎ取ってきたのだ。
画面には最終結果が出て、堂々の一位を取った彼女のキャラが決めポーズをしていた。
もう夜も遅い。
外は真っ暗。小屋の明かりだけが暗がりに輝く。
ゲームが終わって、コントローラーを横に置いた。
「お前、ほんとにゲーム上手いな」
隣を見て言った。
俺たちは一つのベッドに座って、ブラウン管に向かっていた。
「まーねー」
足をぶらりと揺らして鼻を鳴らした。
深夜なのもあって若干テンションが高い。
「ね、ね。次は何やる?」
ウキウキで次のゲームを漁る。
完全に火が灯っちまったらしい。
「まてまてー。明日死ぬぞ?」
「ゲームは心を休める時間だから良いの」
「意味わからん……ふぁあ~~」
眠気が襲ってきた。
「寝るぞータイシン」
反対側のベッドまで歩いて、頭っからダイブ。
「仕方ないな……。おやすみ」
ガキみたいに喚いたが、最後の挨拶は優しかった。
「おう……」
それに応えて意識を手放した。
こんな感じで練習後の風景が決まってしまったのだった。
◆
ガクン——。
片足を踏み外し、木片が空高くから落ちてきた。
「大丈夫か~~」
木の上のタイシンに呼びかける。
「このくらい、平気だってのっ!」
足を別の突起にひっかけて踏みとどまる。
そして、一段。上に進んだ。
木登り特訓二日目。
最初は何度か落っこちて、そのたび受け止めた。しかし今、助けは不要らしい。
「もう少しっ!」
掴んで、進む。
頂上まであと少し。
「頑張れーー! タイシーーン!」
手を大きく振って応援。
「うっさい!」
「俺らしか居ねぇからいいだろーー?」
「そうだねっ!」
吐き捨てて、上だけ見つめて腕を上げる。
もう少し。
大木の頂上までもう少しだ。
◇
「やあっ!」
もう一段上に手を伸ばし、掴んだ。
キツイ。
20mくらいありそうな大きな木だ。
体全身を使うせいで足と腕が悲鳴を上げてる。
それに、こんなデカい敵を相手にしたことがない。
昔のアタシなら意思とは無関係に体がすくんだ。でも、今は大丈夫。後ろに大声で応援するバカが居る。何かあったら助けてくれる。
だから、安心して——
「挑戦できる!」
足を掛ける。
いける。
確信。
違う。
「いくんだ!」
頭を振って間違いを吹っ飛ばして手を伸ばす。
枝に座れば第一目標達成。
目標は二つ先。
「登りきる!」
あと一つ。
「……くっ!」
けど、そのとき片足が滑る。
連鎖的に足から腕にかけて力が抜ける。
まずい、落ちる……!
手が離れかけた瞬間——
「登れ! タイシイイイン!!!」
「はあっ!」
バカでかい声が響いて、アタシを押し上げた。
「もういっちょおお!!」
アイツの拳を振り上げる姿が容易に浮かぶ。
「さい、ごっ!!」
アタシも叫んで太い枝の生え目に手を伸ばし——
「いっけえ!」
「うん!」
頷いて、掴んだ。
「よっし!」
そのままくるりと身を捻って、太い枝に座った。
「ふぅ……」
ほっと溜息をついた。
「やったなタイシン!!」
20m下に居るとは思えないくらいの声。
隣に居るかと錯覚したくらいだ。
「やったよ。トレーナー」
アタシも下に聞こえるくらいの声で言ってみた。
空を見上げる。風が気持ちいい。
登り切った体は熱く火照っていた。それを静かに癒してくれた。
高さを超えた世界。
葉っぱの無い枯れ木と青空から世界を見渡せた。
「いいじゃん。これ……!」
今のアタシはどんなヤツよりもでかい。
「おーいタイシーン!」
そんな気分をさえぎるように下から声がして、現実に戻された。
アイツを見ようと目線を下げようとしたとき、身体がすくんだ。……怖くて見れない。
「降りるのも修行だーーー!! 怖くても頑張れ~~!!」
エスパーか!?
「~~~~くっ」
下を見た瞬間、胸が縮こまるような気がした。
めちゃくちゃ怖い……。
アトラクションとは別で安全装置がない空中は、めっちゃ怖い。
熱かった汗が冷たくなってる。
トレーナーなんて豆粒だ。
「俺が受けとめてやっから安心して降りてこい!!」
ああ、もうっ! 自棄だ!
ここにずっといるのも嫌だ。
「分かったよ!」
アイツを信じて足を一段下にひっかけた。
◆
「うわああああ!?」
「任せろう!」
結果は半分で足を滑らせて、吸い込まれるように綺麗にキャッチされた。
びっくりしてトレーナーの腕の中で固まっていた。
半泣きだったアタシにアイツは屈託のない笑顔を向けて、
「明日も頑張ろうな!」
上から太陽みたいに言い放った。
本当は、こんな危ないことやらせんなって蹴っ飛ばしたかったけど、
「……うん」
絶対安全だと思ったし、コイツの言う修行を乗り越えたいと思ったから、その一言しかでなかった。
「次は帰ってこれるようにがんばんぞ!!」
「おう……」
目を合わせず、小さく拳を掲げた。
◆
場所は変わって小川へ。
「もっと体制を低く! 一歩ごとの加速を感じろ!」
川から飛び出す石をジャンプするタイシンに声をかける。
「2分切るまで俺とは戦えないぞ!」
「分かってる!」
吐き捨てて加速する。
俺はタイシンと約束をした。
次に俺と戦う時は、『完膚なきまでに叩きのめせ』と。
これから何度も同じ相手と戦うだろう。
そんなとき、最も必要な練習相手は“前走のそいつ”だ。
一度戦った相手を空想し、共に走る。そうすればライバルと常に戦うことができる。
アイツが今戦っているのは昨日の俺だ。
前に進み続ける俺。
そのタイムを超えない限り、勝利は見えない。
「ゴールッ!」
息を切らして最後の石に着地。
「タイムは!?」
一瞬屈んだが、すぐに顔を上げ促した。
ストップウオッチに表示されたのは。
「2分20! 昨日より遅いぞ!」
「くっそ!」
「もう一回!」
「おう!」
冷水を顔にぶっかけて、タイシンはスタート地点まで戻っていった。
あいつの長所は敵がいるほどスイッチが入って全力以上の力を出せることだ。
それ故に弱点は敵がいないと本気を出しきれない点。
空想に打ち勝つ。
それが目標の一つだ。
◇
「はあっ!」
石を蹴る。
風を切って前へ進む。
『見えないライバルに勝て』
アイツが特訓前に言った言葉だ。
そんな幻覚は見えない。
ぼやいたが、真っ直ぐな眼差しでこう返された。
『何回も、何千回も修行すればきっとできる』
霧に隠された、終わりの見えない特訓。
「それでもっ」
トレーナーの言ったことを信じて——
「やり遂げるっ!」
前に進んだ。
体が加速に慣れてくる。
上半身を水面と平行に。
全力で蹴っ飛ばして前に進む。
「くっ……!」
固い石は足に負荷がかかる。
水を被って滑りやすく、芝のように反動を吸収してくれない。
最悪の足場だ。
だけど、徐々に感じる。
風の加速を。
水流と共に流れる風。
真正面から受けて突き進む。
「いける……!」
感覚を掴んだ。
今度こそは時間を縮められる。
確信して、両足をそろえて、飛んだ。
タン——ッ。
ラストの石に飛び乗った。
「ちぃ……っ!」
勢いを体重で殺して、摩擦の無い石の上で何とかとどまった。
「よし!」
手ごたえはあった。
拳を握って、河原に立つトレーナーを見る。
「タイムは!」
生唾を飲み込んで、手に持ったストップウオッチを睨んだ。
停止ボタンに添えられた親指を離して、口を開く。
「2分19」
「う、そ……?」
さっきから1秒しか縮まってない……。
「たった、一秒……」
手ごたえがあっただけにショックが大きい。
両肩に重りがずっしりと置かれた感覚。
一秒縮んだ。それは本来、喜ぶべきこと。
けれど、アタシの場合それは違う。
初めてのとき、2分ジャストだったんだ。
19秒も伸びている。
「くっそ!」
拳をもっと強く握って吐き捨てた。
「何が足りないんだ!」
答えは知っている。『空想のライバルを倒す』でも、理解ができない。
少なくとも走っているとき、そんなものは見えなかった。
「一朝一夕でできる技じゃねぇよ」
俯くアタシに、解答は投げられる。
「理解できなくても良い。でも、いつか分かる日が来る。それまで苦しいが……」
「走り続けるしかない」
やってやる。
アイツに見えてるなら、アタシだってやれる。
走り続けて、強くなってやる!
◆
「やあっ!」
振り上げた腕が悲鳴を上げる。
「もう少しっ!」
それでも歯を食いしばって。でっぱりを握って、頂上へっ!
「おっらあ!」
腹から声を出して太い枝を掴んで、腰を掛ける。
「よっし!」
木登り。
頂上までは行けるようになった。
あとは……
「ふぅ……」
下をじっくりと見て深呼吸。
修行を初めて二週間。
感覚を掴んでこれた。
もっと改善できそうだけど、着実に体の使い方が分かってきた。
登るときの力の入れ方。
重心の意識。
技術と体力は確実に成長している。んだけど、
「はぁ……」
下へ向かってため息をつく。
アタシは一度も降りきれていない。
正直……怖い。
落ちる姿を想像して、力が緩んで、落下する。
いつもそんな調子。
認めるのは嫌だけど、実力よりも心で負けてる。
でも、降りなきゃ次に進めない。
こんな所で立ち止まってられない。
「よしっ!」
両頬を叩いて意を決する。
足をでっぱりに引っ掛けて、ゆっくりと降り始めた。
「くっ」
風が下から吹き付け、高さを実感する。
「アトラクションなら良いんだけどっ!」
安全装置が無い分手放しで楽しめない。
「これが楽しめたらいいんだけど……」
手を下のでっばりに掛ける。
楽しむ……か。
万が一落ちてもアイツが居る。
何回落ちたって受け止めてくれた。
最初なんか、アトラクションと勘違いするくらいに楽しかった。
でも、今は怖い。
「情けないけど」
深く息を吸って、目を閉じる。
アタシが唯一、怖さを振りほどく方法……。
「タイシイイイン!! 半分超えたぜ!! がんばれえええええ!!」
止まっていたアタシに大きな声が降りかかる。
締め付けられていた心が急に、和らぐのを感じた。
長い、長い息を吐く。
「アイツに頼ろう」
小さく、声に出して決断した。
そして、足を素早く下に降ろす。
それに引きずられて体全部が加速して、風を切るように下っていく。
「ほんっと……」
自分の単純さに呆れる。
アイツが居れば安全。なんて……心は成長してないのに体は散歩をするように気楽にどんどん降りていく。
『頼る』って言葉。昔のアタシは使わなかったと思う。
なんでかな……。
こんなにもすんなりと言えてしまった。
『一緒に、強くなろうぜ』
チケットに負けたあの日。アイツが言った言葉。
一緒。
これで合っているか分からないけど、アタシが進めるなら、アイツを頼ろう。
「ははっ……」
勝手に笑いが出る。
壊れかけの機械みたいにぎこちなく降りてたのに、今は走ってる。
次掴むべき場所が分かる。分かるっていうより、感じる。
そんなことを考えていると、いつの間にか……。
スタッ。
両足が地面についていた。
「あっ……」
違和感を覚えた。
だって、いつもはアイツの腕の中に落ちていたけど、今は両足で立って大木を見上げてる。
…………。
数秒経って、ようやく理解できた。
こいつを登って、降りた。
20m超えの大木を見て、実感して、頬が緩んだ。
「やっ……」
「やったなタイシン!!」
言い切る前に肩を摑まれ鼓膜が破れるくらいデカい声がした。
振り返ってみると親指を立てて大きく笑う男が居た。
「はいはい」
そんな姿を見たら感動も掻き消えて、次の目標を睨んだ。
「川ジャンプ、行くよ」
口端が僅かに吊り上がったまま、アタシは歩き出した。
◇
「ウイニングチケットさん。クラシック三冠路線に決めたというのは本当ですか!?」
記者の一人が声を上げる。
多くの記者が押し寄せる中、少女は飛び切りの笑顔を咲かせてこう言った。
「はい! 私はダービーを絶対制覇します。全力で、がんばりまああああっす!!」
おお。と期待のどよめきを上げる記者たちがフラッシュをたく中、白髪の女性が少女の背後から現れる。
「彼女のトレーナーをさせてもらっている渚涼子です」
ざわ。
チケットにつられて笑顔になっていた記者たちが一変。固唾をのんで、視線を向けた。
「彼女はダービーを目標にしていますが、私は違います」
会場が静寂に包まれる。
視線とカメラが真っ白な女にくぎ付けになる。
「三冠」
静かに呟き、に会場が支配された。
「チケットには三冠を目指してもらいます。大口をたたくようですが、彼女の才能が、私にそう思わせるんです」
そっとマイクを下げて、一礼。
再び顔を上げると、そこは歓声とフラッシュで満たされていた。
その中で興奮しながら記者たちが話し出す。
「渚トレーナーって……」
「ああ。前回の担当は……」
「ヤバいな。これはチケット一強になるか……?」
「ホープフルだって圧倒的に強かったもんな」
「待て待て、ビワハヤヒデだっているんだぞ? ポテンシャルは彼女の方が上だと俺は思う」
「ウイニングチケットとビワハヤヒデか……。今回の府ラシックは面白くなりそうだ!」
フラッシュの中、もう一礼し、二人は奥へと姿を消した。
◆
「さて、これで後に引けなくなったね」
口で三日月を描き、真っ白な女は笑う。
「……うん!」
その瞳をしっかり見つめて、少女は大きく頷いた。
「彼らはきっと強くなる」
姿を消した二人組を夢想し、目を伏せる。
「一筋縄ではいかない戦いだ。それでも……」
「勝つのは私たち。だよね?」
自信と楽しさに満ちた笑顔で少女は答える。
「そうとも」
「着実にハヤヒデが強くなってるのも分かる。そして、タイシンも。きっと想像以上に強くなって帰ってくる」
「うん」
「菊花賞……」
目を閉じてターフの上に立つ。
そこにはライバルたちと肩を並べ、ゲートに入る姿。
少女の胸の中に沸き上がる感情。
「くぅ~~~~っ!! わくわくする!!」
想像をしまって目を開き、少女の師をじっと見つめる。
「勝とうね。涼子さん!」
「ああ」
燃え上がる炎と静かな雪。
二つが交わり、覚悟が決まる。
「ようし!! これから練習がんばろおおおおおお!!!」
大きく拳を振り上げ、決戦に向けて大きく吠えた。
師走、なめてました。
お待たせしてしまって申し訳ないです。
そして、読んでいただき本当にありがとうございます。
今年もよろしくお願いします!!