「まさか、三カ月の休学届をだすなんて……彼らおかしいんじゃないかしら……」
ため息をつくのは黒いポニーテールの女性。
タブレットを操作して、ナリタタイシンのデータを閲覧していた。
「違いないな」
芦毛のウマ娘が芝を踏みしめ歩み寄った。
「私とチケットが出走する皐月賞。当然彼女も出てくるだろう」
こくりと頷き、「だけど」と否定から入る。
「ポープフルスのタイムを見ても分かる通り、ウイニングチケットの方が実力がはるかに上。ハヤヒデ、あなたがそれほどの興味を示す相手ではないと思うのだけれど?」
首を傾げ、視線を向けた。
「和泉くんの意見は正しい。今の彼女は並みのウマ娘。武器の末脚があろうと、12月の彼女では私にも到底及ばない。しかしだ……」
嬉しいような、恐れているような。感情がせめぎ合い、ため息交じりに笑う。
「あのトレーナーと出会って、彼女は変わりつつある。休学機関に何を得るのか。それ次第で私たちが下す評価は確定する」
タブレットから顔を上げ、ウマ娘たちが周回する芝を見つめる。
電源を切って、和泉は綺麗な芦毛を横目に見る。
「私は彼の実績は評価するわ。けれど、ハヤヒデの脅威になるほどの実力が彼女にあるとは思えない」
「……タイシンたちは不確定要素の塊だ。もし、次のレースで前回同様の負け方をするのであれば和泉くんと同じ評価を下すだろう。しかし、彼女の走りは私の胸の内をざわつかせるんだ……!」
模擬レースを思い出し、そっと胸に手を当てる。
チケットとタイシン。三人で走ったとき、チケットからは気持ちを。タイシンからは意地を感じ取った。
その走りが、意地が、嘘でないなら。ライバルになり得るのは……。
「さあ、タイムを計測するとしよう。距離は2000」
「ええ。喜んで。皐月賞。勝ち取るのは私たちよ」
「無論だとも」
微笑を置き去りにして、大きく一歩を踏みしめる。
晴天が疾走を照らす。芦毛が輝く。緑の芝を踏みしめて、大きな一周を駆け抜けた。
ゴール板を見つめて、カウントが上がるタイマーを握りしめる。火のついた彼女の走りが、風を切って——目標へとたどり着いた。
「うん……! いいタイムよ、ハヤヒデ!!」
◇
「まずいタイムだああああああ!!!」
森の中で大きく轟いた。
タイマーに表示されたのは2分15秒。
「はは……」
頭を抱えて叫ぶタイシンに苦笑した。
「ねぇ、トレーナー……今何月?」
引きつった顔で恐る恐る訊いてくる。
「二月……」
「「やべぇえええええ!!」」
修行開始から二カ月。木登りは達成。他の基礎練も欠かしていない。タイシンは総合的に強くなっているはずなんだが……。
「川ジャンプ難しすぎるって……」
ため息をついた彼女は河原に倒れて空を見上げる。
「ねぇ、幻ってどうやったら見えるの?」
川ジャンプの目的。それは見えない敵を見ること。誰かと並走している感覚。それが極限まで到達すると実際に見えるようになる。
最も効果のある練習方法。だが、そのやり方を教えるのは乗り気じゃない。俺は一度それで失敗しちまってるからだ。
「そうだなぁ」
だからといって教えないのはスランプ気味の彼女にとってプラスじゃない。
悩んだ末に出た結論は。
「ゲームで勝ったら教えてやるよ」
「ゲーム?」
「お前の根性を見せてもらう」
できなかったとしても息抜きと気分転換には丁度いいだろう。今日一日はオフにすると決めて提案した。
そんな風に思う俺とは対照的に。
「よっし、やろ!」
やる気まんまんで起き上がって、小屋へと走り出した。
◆
「全クリ~~!」
「うっそだろ……」
コントローラーをバスケットボールのように指先で回して笑顔を見せる。
「なんで3時間もかからずクリアしてんだよ……」
ブラウン管の前のベッドに二人で座っているのだが、二人の表情は天と地。俺の顎が落ちきって上がらない。
「魔王村の初代。噂は聞いてたけどやっぱ難しいね」
小さなため息と共に肩の力を抜いた。
「そのくせに余裕そうじゃねぇか……」
「やっぱり勝負には理由がある方が気合が入るんだよね」
呟いた瞬間、電撃が奔ったかのようにビクリと耳を立てた。
「……これがヒント?」
「?」
意図するところが分からない。俺がコイツに高難易度ゲームをやらせた理由は根気強く継続する力を見たかったから。なのだが、別の何かを感じ取ったようだ。
「目的があった方が勝負にのめり込めるのかも……。目的が幻ってやつに繋がるんでしょ?」
「………!」
的を射ていた。
目的があって強くなれる。目標が実体化して現れる。タイシンは既に答えを、
「掴みかけてんな」
「今なら分かりそう。ねぇ、話して!」
ぐいっと。気迫の纏う顔が寄る。
「元々条件クリアしてんだ。せかさなくても話してやるよ」
前のめりになった肩を押しかえす。
「うん」
急に我に返ったのかそっぽを向いて頬を掻く。
やっぱり熱くなると止まらないな。真剣なタイシンに俺も真っ直ぐから応えないといけない。すこし気が引けたが、配慮は要らない。俺の失敗談について隠さず話そうと決意した。
「よっし、それじゃ昔話に付き合ってもらおうか」
活を入れる俺と生唾を飲み込むタイシン。緊張が部屋に漂ったとき。ぐぅ。腹の虫が鳴って空気がぶち壊れた。
「はぁ」
「あはは……」
「とことん締まらないね、アンタ」
「すまん!! いや、もう七時だろ? 腹減っちまってさ」
頭を掻いて、かっこつかない自分を笑った。
「晩御飯用意するから待ってて」
ため息をついて料理するため、ドアノブをひねった。
◆
「うめぇ~~」
カレーを頬張って声が出る。
「はいはい、どうも」
子供を見守るような視線をよこすタイシン。
大人として大切な何かを失っている気がするが、美味いんだから仕方ない……。
お代わりの一杯も食べきって、ごちそうさんと手を合わせた。
「これで気にすることもなくなったわけだ」
微笑まれ、ゆったりと流れる時間を実感する。
沈み切った太陽。その温かさは足元の薪に移り変わる。
このくらいの空気が丁度いい。シリアスになりすぎず、あくまで思い出話を語れる空気だ。
「うっし。んじゃ、始めるぜ。俺の失敗談、その一を」
◆
「よお、クソガキ」
「あ?」
河川敷でぼんやりと遠くを見つめていた俺の背中に気だるげな声がかかった。
振り返った先には伸びきった紙と髭。明らかに不審者の成りをしたおっさん。通報しようか迷ったが、そんな隙も無く帽子とコートを脱ぎ捨てた。
そして現れた姿に俺は固まった。
「お、お前……!?」
「気づいたか? 気づいちゃったかあ??」
おっさんはにんまりと笑い、俺を見降ろした。
彼に自信がある理由。俺が固まった理由は同じだ。そいつは俺の憧れたプロ野球選手だったからだ。
スランプに陥っていた俺は腐ったように川の向こう側を見るだけの幽霊になっていた。
そんな時に現れた。
ヤツはこう言った。
「俺に投げてみろ」
その挑発とも言える誘いに俺は乗った。
学ランの少年とユニフォームの選手。
二人は夕暮れの河原で対峙した。
見えないバッターボックスに入る相手。
俺もボールを握りしめる。
1vs1の真剣勝負。
審判も、観客も居ない。
互いににらみ合い、風が——吹き抜けた。
「……っ!」
顔が歪んだ。
目の前に映ったものが、俺の腹を煮えたぎらせた。
ホームラン予告。
ヤツはニヒルに笑ってそのバットを差し出した。
予告相手はたった一人。
「舐めやがって……」
ぎり、奥歯を噛んで左手で強くボールを握りしめる。
「ぶっ倒してやる!」
殺気に満ちた声で相手を突き刺すも、
「おうおう~~! やってみな~!」
軽く躱される。
「ちっ……」
完全に頭に血が上っていた。左手にはボールを握りつぶしそうなほど力が籠った。
今の自分を否定されたみたいで苛立った。そいつを倒したくて、足を振り上げ……
「おっらあ!」
全力で振りかぶった。
球速は過去最高速。
真っ直ぐ勝負を挑んだストレート。
白球が弓のように飛んでいく。
誰にだって打てない。
最強の球。
掴んだ。
取り戻した。
もうスランプだなんて言わせない。俺は、力を取り戻した。
そう、確信した。——が
カキーン。
金属の高い音が耳に届いた。
「…………は?」
何が起こったか分からなかった。
白球が消えた。
どこまでも突き刺さるはずの最強の弾丸が、見えない。
見えるのはバットを振りかぶった大男の笑顔だけだった。
その瞬間から、俺は幻覚を見るようになった。
□
彼は神出鬼没の打者として有名だった。
よく休暇をとり各地を彷徨う。
そのなかで修行し、強くなって打席に戻る。
皆から愛される最強の打者だった。
俺はそいつに付いていった。
倒すまで投げてやるって思いで弟子入りし、半年間互いに競い合った。
彼の最後の言葉はこうだった。
「海の向こうで待ってるぜ。認めてやる。お前はライバルだ」
「じゃあな、師匠」
別れと誓い。俺たちは強くなってそれぞれの場所へと帰った。
□
修行を乗り越えてマウンドに立ったとき、違和感で溢れた。
ピッチャーの選抜試験のときだ。
マウンドに上がって見えたんだ。
ホームラン予告をする師匠の姿が……。
バッターボックスに立っているのは確かに同じ年の選手だ。
なのに違う。蜃気楼みたいに靄がかっていて、相手の顔がよく見ない。視力は自慢の2.0。異常なんて無い。でも、見えなかった。
だが、そんな異常事態に恐怖を覚えなかった。何故って、師匠と勝負できると思ったから。
嬉しさが勝った。
口元が歪む。
左手に力を籠める。
あのホームランに勝ちたくて、全力で白球を放った。
数秒後、確かに聞こえた。金属音が。確かに見えた。頭上を越えていく白球が。
「負けたぜ……」
そう俯き、力が抜けた。清々しかった。満足気に顔を上げたとき……異常に気付た。
「……!?」
そこには在り得ない光景があった。
白球は正確にミットの中に入っていたのだ。
「うそ……だろ……?」
ホームランも、金属音も、師匠も。全てが幻だった。
俺は確信した。
『完全に憑りつかれた』ってな。
「それ以来ずっと、俺は師匠と勝負し続けた」
全ての球でホームランを打たれた。でも実際は全てでストライクだった。
全て負けに見えていたのに、全てで勝っていた。
◇
「結果的に俺はびっくりするほど強くなった」
だが、と過去の自分を鼻で笑ってタイシンを見る。
「致命的な欠陥がある」
試すように視線を送ると、分かり切ってると言わんばかりに強気のため息をつかれた。
「相手をないがしろにしてる。ってことでしょ?」
「正解」
ビシッと指さす。
「はぁ~~~~」
長い、とてつもなく長いため息を吐いて、
「いて」
軽いチョップを繰り出した。
「アンタ、急にシリアスだから風邪ひく」
「面目ない……」
チョップの為に立ち上がったついでに、たコップに紅茶を注いだ。
それをすすって、ひと段落。
「気をつけるよ。同じミスしないようにさ」
紅茶の波紋を見つめて呟いた。
「ありがとよ」
はぁ。と気が抜けて眠気が俺たちを襲ったとき。
「あっ!?」
タイシンが素っ頓狂な声を出して背筋を伸ばした。
「肝心なこと聞いてなかった!」
首を傾げる俺を見て、大きく口を開いた。
「や り か た !」
「あぁ……」
これ、単に俺の昔話しただけだったぜ。何一つ幻をどう見るか、どう攻略するかを伝えていなかった。
自分の中で最善の伝え方を選んで、思考がまとまる。
「ずばり、そいつのことを四六時中考える! 以上!!」
◇
「む……」
真っ暗な天井を睨んで喉を鳴らす。
テレビを挟んだ向かい側で、トレーナーがバカデカいいびきをかいている。
「眠れない」
耳線をしているのに貫通するいびき。二カ月で慣れたと思ったけど、今日は特にうるさく聞こえた。
「はぁ……」
完全に目が冴えた。
夜風にでも当たって来よ。
部屋を後にした。
ぼんやりと川を見つめる。月明かりが水面に反射して、天の川みたいに輝いていた。
「『そいつのことを考える』か……」
幻を見るならそうする他ない。現段階では。
「てゆーか……。幻見るって、ヤバイ薬やってるヤツみたいじゃん」
自分を俯瞰して、あまりのシュールさに鼻で笑った。
でも。と両頬を叩いて立ち上がる。
「やるからにはマジでやる!」
アタシの勝ちたい相手……。
目を閉じて思い浮かべる。
走ってるアタシの前を行くヤツ……。
「チケット……」
つぶやきを首を振って否定する。
「今の相手はアンタじゃないよね」
拳を握りしめ月を睨んだ。
「次は勝つから、待ってな!」
誓いが風に乗って吹き抜け、木々を揺らす。
「今倒すべきはトレーナーだ!」
握りこぶしを空に掲げ深夜の特訓が始まった。
◆
「はっ!」
とん。とん。水流をさえぎる石の上をダンスするように飛んでいく。
無理な練習は明日に響く。イメージをより鮮明にする為に練習をなぞっていた。
「トレーナーはヒト。脚力でウマ娘に勝てるわけない。なのに何で一度も勝てないんだろ……」
呟いて、ステップ。
「二カ月だよ? そんだけ修行してるのにいまだに勝てないって、在り得ない……」
それが在り得ているからこうして幻なんて見ようとしているんだけど。
「言われた通り、アイツのこと考えるかな……」
ほんの少しだけ、速度を上げる。
風を切って走る。冷たい風は思考を冷静にしてくれるから好きだ。
落ち着いて思考を開始する。
アタシの超えるべき相手。トレーナー。ツンツン頭で大柄。
突拍子もない練習方法でアタシを強くしてくれる人。脳筋に見えて実は色々考えてる。でも、勝負が絡むと本気出して周りが見えなくなる。トレーナーとして未熟なのはそこかも。
「無茶な挑戦が多くて苦労する」
たまにシリアスぶち込んでくる。楽しむときは小学生みたい。料理が下手。いびきがうるさい。声がデカい。バカ。向こう見ず。アタシの予定なんかお構いなし。
後半は悪口になってた気もするけど、アイツって多分こんなかんじ。
「やっぱり、一番特徴的なのは……」
最後の石に着地して、最初の川の勝負を思い返す。
「本気で楽しんでるところ、かな……」
アイツはいつも勝負するとき笑顔だ。
川ジャンプでアタシを抜いたときも、神社までダッシュしたときも、初めて会った夕暮れのグラウンドでも。
「すごいな……」
アタシが走ってて、勝負して楽しいって思ったことって……。
思い返しても見当たらなかった。ずっと物調ずらで走ってた気がする。
笑いながら走るって、アタシにはできなさそう。我ながら卑屈な悩みだな。
「…………」
気づいたら川のせせらぎを聞いた。誰も居ない森で最も落ち着く瞬間だ。
心は安らぐけど、何も解決してないな……。この自然に溶け込むくらいのびのび走れたら気持ちいのかな……? 楽しい、のかな?
アイツがこの場所を選んだ理由って、のびのび修行できるってことなのかな?
自分でもよく分からない疑問を抱いたとき、かあ。かあ。鴉の鳴き声が森の奥で聞こえた。
まずい、夜明けはすぐそこだ。
解決しない疑問をアタシは小屋へと持ち帰った。
◆
「よし、準備運動完了! 川ジャンプ始めるぞ」
木登り、正拳突き、etc…を終わらせて顔を上げる。トレーナーの右手にはストップウオッチが握られていた。
「ねぇ」
「どうした?」
昨夜の疑問。のびのび修行するってことを感じたくて提案してみる。
「一回さ、タイムとか気にせずに走ってみたい。いいかな?」
何言ってんだろ……。「ごめん、やっぱ今の無し」と口を開きかける前に。
「おお! いいなそれ」
拳を掌に打ってなるほど、と目を丸くされた。
「え、ほんと? 理由とか何もないよ?」
「直感も大事だ。やってみたいと一瞬でも思ったなら試してみようぜ?」
大きく笑って、ストップウオッチをポケットにしまった。
「そうと決まれば行った行った」
ノリノリで背中を押してくる。
「わかった、わかったって!」
◆
「すぅ……」
川の中心でそっと息を吸う。
今回はいつもと違う。タイムなんて縛りは無い。相手も居ない。自由なレース。何も考えずに走っていい筈。それでも。
「よーい」
スタートのサインがアタシの気持ちを引き締める。
「どん!」
トレーナーの腕が振り下ろされ、たった一人のレースが始まった。
腕を伸ばし、足を突き出す。
「……あれ?」
ふと、気づいた。
今までジャンプすることを意識して走っていたのに、今は体が勝手に制御している。芝で走っているときと全く同じ感覚だ。
「これ、普通に凄くない!?」
タイムばかり優先して自分の成長に気づいていなかった。
不安定な滑る足場。さらに言えば不規則なコース。そんな状況を当たり前に進んでいる。
何も考えず、行くべき道が感じ取れる。
「凄い……」
足がどんどん軽くなる。
基礎体力も上がっているはずだ。飛ぶ度に加速する。なんだか空を飛んでいる様だ。
「どうだ? 挑戦することって楽しいだろ?」
「!?」
耳元でアイツの声がしてとっさに振り向いた。けれど、そこには誰も居ない。
「幻聴……?」
はは、乾いた笑いが零れた。アタシ、どうかしちゃったかも。
幻聴だろうが、アタシの横に出てきたんだ。勝負しようよ。トレーナーッ!
ギアを上げる。
「はああっ!!」
飛ぶ水面にはしぶきが上がる。風を切る。全てに逆らって突き進む。
「ちょ、早すぎるぞ!?」
「アンタが遅いんだよ!」
さあ、ラストスパートだ。さらにもう一段。ギアを……!!
自分の体が軽くって、思うように走れて、後ろにはトレーナーが居る気がして……。
くすり、と口元が緩んだ。
「あ……」
笑えた。
今……楽しんでるのか、アタシ。これがレース中に笑うこと……。勝負を楽しむってこと。
でも、知ってるよ。この感覚。
「そうだよ、知ってる!」
アタシがメイクデビューする直前。神社まで走ったとき、修行の成果を実感したとき。アタシは笑ってた。
「なんだ……」
アタシにだってできるじゃん。笑って走るってこと!
「いい笑顔だぜ」
今干渉に浸ってるんだから出てこないでよ、暑苦しい。笑って思ったとき。幻聴のトーンが下がる。
「でも、勝つのは俺だ」
びゅん。突風が吹き荒れた。
「……!?」
そして、目の前に現れた。
全力で走るトレーナーの後姿が。
これが……幻! ようやく見えた。同じ気持ちになれたかやらかな……。そんな御託、今は要らないや……。アタシは喧嘩を売られた。なら、
「買うしかないでしょ!!」
全力で後を追いかける……いいや、ゴールを目指す!
「はあああああっ!!!」
「きたな!」
トレーナーはにやりと笑って振り返る。
「その顔絶対崩してやるから!!」
「おうおう、やってみな!」
どんどん彼の背中は早くなる。全ての着地地点を把握しているように迷いなく突き進む。
「やってやるよ!」
アタシも走る。着地地点は直感で分かる。そこに差は無いよ!
「だあああっ!」
ゴールまであと30m。距離が縮まる。肩を並べる。
「っ……」
幻の顔が歪む。
アタシも着地点を睨む。
笑顔の先の真剣勝負。勝っても負けても言いっこ無し!
「行くよ!」
「行くぜえ!」
最後のひと蹴り。
「おらああああっ!」
「だあああああっ!」
空を飛んだとき、全てがスローモーションになる。最終地点の岩への着地。足の踏み場は一人分。どちらかしか残れない。最初に走ったときと全く同じ状況。でも、違いがひとつある。アタシが好敵手としてアンタを捕らえているとこ!
勢いに身を任せ、空中で重心を変える。綺麗な着地なんて気にするな!
「勝つのはアタシだあああっ!」
ダン!
大きな音が森に響いた。それはアタシが着地した音。勝った音だ。
「うわあっ!?」
その反動はすぐに来て、勢いが止まらず頭から川に飛び込んだ。
「ぶはぁ!?」
◇
「すげぇ……」
俺はタイシンの走りに魅せられていた。楽しんでステップを踏むような跳躍。しかし、それだけではない力強さ。極めつけは後半、ラストスパートをかけてからの伸び。その姿はターフの上で見せた気迫が感じ取れた。なにより……タイムが格段に縮んでいた。彼女には内緒でポケットに入れた右手のストップウオッチを作動させていた。
「っと、やべぇ!」
タイシンがゴールしたあと川に突っ込んでたんだ。
急いで駆け寄ると、膝で立っていた。何かを考えるように水面を見て沈黙していた。
「お、おい。大丈夫か?」
手を握った。途端に。
「勝ったよ。トレーナー……!」
万遍の笑みを浮かべて俺を仰ぎ見た。
読んでいただき、ありがとうございます……!
気長に待っていただけると嬉しいです(泣)