カツン、カツン。誰もいない廊下にアタシの足音。薄暗い洞窟の先にある光に飛び込んだ。
「7枠14番。ナリタタイシン!!」
自分の名前を呼ばれ、真っ白な光に目が慣れた瞬間。世界が広がった。
歓声が溢れる会場。ところせましと人で溢れかえった観客席。立っているパドックの下には一面の緑の芝。
そっと息を飲み込む。
「ここが、皐月賞か……」
客席のてっぺんを仰ぐと太陽の光に襲われて、手をかざした。
瞼を閉じたとき、はっきりと声が聞こえた。
「小さいな」
聞きなれた言葉につい頬が緩む。
「走り切れないだろ?」
「あれは勝たない。ビワハヤヒデが決めるな」
「いいや、チケットだろ?」
アタシのことはそっちのけで予想し始めるやつらまで出てきたよ……。
「こんなヤツらの言うこと気にしてたんだ」
自分に失笑する。
なんてゆーか、ひっかかる。見え方がまるで違う。小さいのはそっちって感じ……。
「そうじゃん。木登りナメんな」
ポツリと呟き、イメージが重なった。
意味わかんないくらいデカい木を毎日上ってたからだ。頂上の景色に比べたら、客席がちっぽけに見える。
おまけにレース場も見通しがよくって、簡単なコースみたいだ。
ホラー映画見たあとに、陳腐な怪談聞かされてる感覚に似てる。
感慨に耽っていると、パドックの残り時間はほとんど無くなっていた。
みんなは一言宣誓してたっけ。
前例に倣って、アタシも大きく口を開き、言い放つ——
「アタシは勝つ。全員まとめて後悔しな!!」
言葉は弾丸になって、喧騒を打ち抜いた。
さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まり返った。
それを破るのは
「おうよ! 後悔させてみな!!」
やっぱりアンタか……。
視線を送ってほくそ笑むと、アイツは拳を突き出した。
「勝ってこい。タイシン!!」
「……おう!」
アタシたちの意志に反応するように、歓声が破裂した。
◇
「すっごいね!! タイシンの言葉だけで会場がざっばーんってなるよ!!」
「波のように静かに、そして激しく空気が変わる。タイシンの精神面が格段に成長している。であれば走りも……。楽しみだ」
パドックを見上げるふたり、ウイニングチケットとビワハヤヒデは互いに気持ちを高ぶらせる。
タイシンは観客席から目を反らし、ライバルを一瞥する。瞬間、一変。彼女の視線は鋭くなる。音もたてず俊敏にパドックから芝へ飛び降りた。
そしてまっすぐ、彼女らに向かって足を進める。
「「…………」」
彼女から発せられる自信に満ちた気迫。
永遠のように感じられるその歩み。
ふたりが自我を取り戻したのは、彼女が目の前で足を止めた瞬間。
ナリタタイシンは顔を上げ、ニヒルに口元を歪ませて宣戦布告する。
「今日はアタシが勝つよ」
たった一言。それだけを言い放ち、ふたりの間を抜け、ゲートへ歩く。
奔る衝撃。戦いは始まってすらない。しかし、彼女たちの心のスイッチは押し込まれた。
長く、短い沈黙の末、二人の視線は炎を宿し、顔には笑みが浮かび上がる。
そして、先を行くタイシンの背中に向かって叫んだ。
「「勝つのは私だ」」
◇
「流石に混んでるな……」
皐月賞の中山は大盛況。四月で最も熱いレースが今日だ。当然の如く、会場は人でごった返している。
パドックで最前列だったからなぁ。レースは特等席じゃ見れねぇな……。ちょっくら予定もあったし。
いいや!!
「見てぇよ!! 出会って一年ちょい、その中で今が最高のコンディション!! 見たくねぇ訳がねぇ!! ぐおおおおおおお!!」
観客席の一番上で悶えていると、ポケットの携帯電話がバイブした。
「んだよ、こんなときに……」
ぼやいて耳に電話を当てる。
「今取り込み中だ。明日にでもかけなお」
「いいのかい? そんなこと言って」
「———!」
今は聞きたくなかった聞きなれた声に脱力する。
「……尚更明日かけなおせよ。涼子」
ウイニングチケットのトレーナーだ。
「不機嫌だね。勝負事の前には敵と話したくないのか変わらずかい?」
「やりづらいからな」
「でも、走るのは君じゃない。それに私を無下に扱わない方がいいよ」
澄ました声で、思ってることを全部言ってくれる。
「なんでだよ?」
「下を見てごらん」
「どういうこった? 下ァ? …………げっ」
目線の先、つまりは会場の最前線に見知った白髪の女が微笑みながら小さく手を振っていた。
「ほら、君の席を確保しておいてあげたよ」
「……サンキュー」
勝負の前に話したくないというポリシーと相棒の雄姿を見ること。即刻、天秤は傾いた。
◆
移動して涼子の隣へ。もう一つの空いた空間に目を向けると、すぐさま答えが返ってくる。
「そこは和泉トレーナーの席だったのだけれど、振られてしまったよ」
ビワハヤヒデのトレーナーか。トレセンからの三人組で集まるって、誰かひとりしか勝てないというのに。三人の関係は悪化するんじゃねぇか?
「違うよ。全力を出し、託した。誇りある勝ち方、そして負け方を見届けることが私たちの義務だ。その結果を受け入れられれば、最後に笑って握手できるはずだから『次は負けない』とね」
「エスパーめ」
「君の考えていることくらい分かるさ」
柵に手をかけ、涼子はタイシンを見つめる。
「彼女が遥かに強くなったことも」
「チケットもハヤヒデも強くなってる。佇まいから分かるぜ?」
「けれど、ナリタタイシンは異質だ」
初めて涼子が顔を曇らせた。いいや、恐れたって表現が正しい。
「彼女の感情はどちらだ……?」
「勝手に考察されても何も言えねぇけど、腹は括れたみたいだぜ?」
勝手に疑念を抱くのは結構だが、俺らはやるこたやってきたんだ。だからハッキリと言わせてもらう。
「タイシンは勝つぜ。力つけた。走る理由も見つけた。あとは勝つだけだ」
「すごい自信だね」
涼子は白髪をなびかせ、くるりと反転。こちらを見上げて微笑んだ。
「もちろん。だって山に籠ってる間、お前らの幻影を相手にし続けたんだぜ」
それを聞いた瞬間、目を見開き納得したと深く頷いた。
「それは楽しみだ。——今日はよろしくね」
スーツの袖から出た真っ白な手を差し出した。
俺らが走るわけじゃない。だが、俺らが見届けないといけない一戦。
離れていても一緒に戦おうぜ。タイシン。
胸に誓って、その宣誓を受け取った。
「おうよ! 負けねぇからな!!」
◇
太陽が眩く輝いた。
芝の上。吹き抜ける春風。目を閉じれば心地良い。
修行場所を思い出して、穏やかな気分になる。
「よっし」
気合を入れて、ゲートを見据える。
「ん……」
そのとき、風に乗ってファンファーレが奏でられた。
戦いの合図だ。
音楽が鳴りやむ。すると大歓声が沸き上がって、再度実感する。
皐月賞……。クラッシック路線、最初の晴れ舞台。そこに今、アタシは居る。
「絶対勝つ」
小さく呟いて、ゲートに入る。
この鉄の檻が開かれれば、勝負は始まる。
『最も『はやい』ウマ娘が勝つという皐月賞。成長を見せつけるのは誰だ!』
放送が入る。
『二番人気はこの子。ビワハヤヒデ』
そう言った瞬間。
「頑張れハヤヒデ―!」
「お前が勝つの待ってるからなー」
声援がたくさん送られる。
『そして一番人気はもちろんこのウマ娘。ウイニングチケット!!』
盛り上がる会場が更に沸き立つ。
「チケット頑張れよー!!」
「ホープフルの走りをまた見せてくれー!!」
どんどん声援は大きくなる。
その中から、ぼそっと聞こえる声。
「さっきの小さい子、ナリタタイシンだっけ?」
「そうそう。パドック凄かったよなぁ」
「でも流石にあの二強は崩せないな」
「だねぇ。小さい体でどこまでやるかは見ものだけど」
思わずため息をつく。なんでこーゆーの聞こえてくるかな。
自分の耳の良さが嫌になる。
「一着とって帰って来いよ」
「——!」
よく聞きなれた声が最後に聞こえた。
そうだ。全員見返す。それで一着とって、アイツも驚かせてやる!
「……頑張んぞ!」
銀色の扉を睨む。
『ゲート入り完了!! 出走の準備が整いました。』
その瞬間。あれだけうるさかった世界が急に静まり返った。
拳を握り、体制を低く構えその時を待つ。
————ガコン。
光が差し込み、アタシは全力で……
『スタートしました!』
勝負に挑む。
大地を蹴って——真っ白な光に包まれた。
◆
『一斉に綺麗なスタート』
まずは出方を見る。
アタシの番号は14の外枠。
追い込みが作戦の自分には好都合。全員が隊列を決めたあとに行動できる。
『前を行くのはビワハヤヒデ。それから連なるように列を作ります』
逃げウマが居なかったからか。ハヤヒデが先頭。アタシは最後尾に位置する。
『内、バ群の中に居るのはウイニングチケット。ゆったりとした流れか』
第一コーナーを過ぎる。
ゆったりとした流れ。それでも、違和感がある。
「もう少し、勢いつけれるな……?」
最後方にいるけど、予想以上に体力が余ってる。
「行こう……!」
少し外から中団に向かって加速する。
『ナリタタイシン、ペースを上げたぞ? 掛かっているのか』
賭けてんのっ!
「はっ!」
一気に踏み切って第二コーナー。差しウマが位置する中団のバ群へ突っ込んだ。
◇
「なっ!?」
隣に居た涼子が声を上げる。
「仕掛けるのが早いぞ!? 差しに作戦を変えたのか?」
コーナーを過ぎて、タイシンは5人ほどのウマ娘が位置する集団で走る。
「いいや、あれで正解だ」
「何を言っているんだ。小さな体で群の中に居るのは危険だ。揉まれて体力が減るだけだが……」
涼子は眉を顰め、タイシンを観察する。
だが、俺には一瞬でアイツの意図が見えた。
「見てみろ。アイツの芯はブレてねぇよ。肩や体がぶつかるのはレースなら当たり前。そんなの承知で突っ込んだんだ。勝算はある」
答えが分かったようで、涼子は目を見開く。
「なんてバランス感覚と先読み……。最小限の接触と重心移動が完璧だ。なんて化け物」
「そういうこった」
◇
「見える……!」
バ郡の中で、足場は常に変化する。
次、どこへ足を延ばせばいいのか。それを判断しながら走ることは神経を走りに集中させることができない。
「だけど……!」
アタシがやってきた特訓の一つ。常に変わる足場をジャンプし、前進した。
「川ジャンプの成果、出てんじゃん!」
意識せずとも体が勝手に行くべき道を進んでる。これを見越しての特訓だったのか。
つくづくアイツには驚かされてばっかりだ……!
ひとまず、賭けは成功!
頷いて、前を見据える。
「チケット……」
作戦は差しの彼女はアタシより五バ身前を行く。綺麗な走り。一切の無駄がない。
『直線。ビワハヤヒデ。まだ脚を溜めている。 強者の実力はいつさく裂するのか!?』
戦況はまだ動かない。逃げが居ないからって、このペースは遅すぎる。
「…………」
ハヤヒデの狙いは何だ……? いいや。今は自分の走りに集中だ。
相手を見据え、第三コーナーに向かう。
足が乗ってきた。体力もある。なにより芝が走りやすい。条件は整った。あとは仕掛けるタイミング……。
決めてを探って第三コーナーを駆ける瞬間。
ドクン——。
心臓が震えた。
その瞬間。世界の色が反転する。
「本番でも来るのね……」
目の前には黒い影が二つ。
「……幻影!」
一か月、勝負し続けたライバルが現れた。
思わず苦笑する。
「こんな場面でも……いいや、こんな場面だからこそ超えないとね!」
スイッチを入れ直し、活路を探る。
『ビワハヤヒデ、変わらず先頭。レースは彼女に操られるのか!?』
経験したことのないペース。全て計算通りだとしたらぞっとする。
「リズムが変わるのはこの先だ」
ハヤヒデが勝負を仕掛ける瞬間を待ちながら、徐々に脚の解放の準備を始めた。その瞬間——予想しない未来が訪れた。
『ウ、ウイニングチェット。じりじり上がってくる。ここから仕掛けるのか!?』
「なっ!?」
チケットは黒い幻影を置き去りにして、前へ一歩踏み込んだ。
それに呼応するように——
『ビワハヤヒデ、ペースを上げた!』
レースが変わった。ハヤヒデに吊られるように、全員のギアが一段上がる。
『ローペースから一変。ハイペースとなりました。この先どうなる!?』
「……賭けたな」
そして、それは成功した。
前を見据えて、同じペースでアタシは走る。
急なペースの変化。のこり800m。他の娘たち、今は付いていけるかもしれないけど、ラストが絶対に伸びなくなる。
ハヤヒデのやつ、チケットの賭けを即時に分析してレースを操ってる。流石だ。
ハヤヒデはギリギリのペースを出しているはず。狙っているのは逃げ切り勝ち。これ以上、変化はないはず。伸びるとしても最後の200。
『ナリタタイシン、再びバ郡の外へ! 最後尾に。先頭との距離は離れ、縦に長い隊列となりました』
仕掛けるタイミングはここじゃない。
『ウイニングチケット。第三コーナーを曲がり終え、じりじりと先頭集団へ駆けてゆく!』
まだだ……。
幻影は普段通りのペース。焦る必要はない。
『さ、更に加速。異例です。ビワハヤヒデ。体力は底なしか……!?』
「————え?」
予想が外れた。
————ドクン。心臓が大きく体を震わせた。
嫌な予感がして冷たい汗が頬を流れる。
普段通りって……そんなの当てになるわけないじゃん。
ハヤヒデの背中がどんどん遠くなって、胸の奥がざわざわしてきた。そして、最悪な落とし穴に気付いた。
「アタシが戦ってた幻影って、半年前のアイツらだ」
風が、アタシの後ろから吹き抜けた。
「失敗した……?」
目の前が真っ白になる。
まずい。心が先にやられそうだ。
「くっそ……!」
もう、アタシも加速するしか……!! じゃないと……負ける。
ギアを上げる。そのために大きく足を踏み込もうとした。その時だった。
「お前の未来当ててやるよ……ポッキリ折れてジエンド」
「————!」
最悪なヤツの言葉を思い出した。すんでのところで、踏みとどまれた。
一呼吸。
「『やめときな。負けるだけだ。最悪全部を失う』」
最悪な言葉を反芻したとき、ようやく自分に気づけた。
そうだ。
「そうだった!!」
アタシは皆とは違うんだ。
「だから今更……自分を曲げる必要ない!!」
自分を信じて、今できる最高の走りを心掛ける。
『ビワハヤヒデ、第四コーナーに差し掛かる!!』
強者の前進に歓声が沸き上がる。
日の目を浴びるライバルを見て、過去の自分がチラついた。
「アタシは、チビで、遅くて、弱くて……。みんな口を揃えて『やめとけ』って言ってくる。そんなウマ娘が他と同じことをしても勝てっこない」
事実を受け入れた。
『後続も第四コーナーへ!』
「だから思った。全部を見返してやるって」
動機を思い出した。
『ウイニングチケット、上がる! ビワハヤヒデを追い、ゴールへ一直線!』
まだ先ににるライバルに歯向かうために。
「強くなって、証明したい。アタシが常識なんてぶっ壊せるって」
心に決めた。
『最後の直線! ナリタタイシンはようやく四コーナー。果たして追いつけるのか?』
ひとりっきりで練習し続けても追いつけなくて。自分が嫌になった。そんなときに、見つけたのはウマ娘と勝負してるバカ男。
「捻くれたアタシを最強にするって付き合ってくれて……」
そいつが言った言葉が胸の中から沸き上がる。
「アタシは……自分の為にも……あいつのためのも……絶対……」
『残り300!』
最後に勝負を決めるのは、
「勝ちたい!」
『ここ』だろ?
「ぐあんばれええええええ!! タイシイイイイイイン!!!」
「だああああっ!!」
ギアを入れる。感情を入れる。拳を握る。歯を食いしばる。向かい風を肩で切り裂いて、一直線に突き進む。
快進撃の——始まりだ!
『んん!? ナリタタイシン、すごい足で上がってくる!?』
視線はゴールに固定。差は100m以上。絶対勝てっこない。普通だったら、そう思う。
「でもさ、アタシも……トレーナーも、特訓も! 普通の枠、壊してんだ!!」
更に温存していた脚を解き放つ。
芝を踏みしめて、姿勢を低く。勢いに体を預けて加速。加速。加速!
「見えた」
ようやく集団の尻尾が視界に入る。
「やるか……!」
川ジャンプ。そこからの応用。夜、コソ練してたとっておき。
『ナリタタイシンさらに加速して集団に突っ込んだ!』
「はああっ!!」
『な、ナリタタイシンすさまじい追い上げ。バ郡の隙をかいくぐり、加速。電光石火。みるみるうちにライバルたちの先を行く!!』
「っしゃあ!」
視界が開けて、大きく頷く。
成功! 川ジャンプの応用で林の中を全力疾走してたんだ。これくらい、なんともない!
『残り100m。以前ビワハヤヒデ先頭。ウイニングチケットも並び立つ! ナリタタイシン間にあうか!?』
それよりも、まずは……前に居る幻影を倒す。
前20mで走る二つの影。一度も勝てなかった相手。
「だけどさ……!」
最後の直線。ゴールは見えてる。でも、見えてないものもある。それを見るために。
「ぐっ……!」
奥歯を噛む。筋肉が引き締まる。準備は整った。
速度の乗った身体。じりじりと幻影に距離を詰め。前に二つの影が重なって、視界が真っ暗になる。
飲み込まれそうな暗闇。自分の弱さの体現。だけど、今走ってんのは——それを超えるためだ!
「今のアタシはアンタらよりも……」
身体を押し上げるように、加速を乗せる。
闇を——
「強い!」
切り開く。
『凄いぞナリタタイシン!! 一瞬で距離を詰めた! 残り50!』
耳をつんざく歓声。会場は爆発寸前。
それよりも、アタシの目は目の前に釘付けにされていた。
「来たか!」
「来たね!」
後ろに視線を送るライバル。にやりと笑みを浮かべてアタシを出迎える。
「来たよ……。アンタらを抜き去るためにね!」
「いいだろう……」
「くぅう! 燃えるなあ!!」
心の底が沸騰する。
こんなに熱くなれる瞬間があるなんて……。最高……っ!!
劣等感、トラウマ、実力。過去のアタシはもう超えた。
あとは、全力をぶちかます。ただそれだけ。さあ、始めるか!
「「「勝負だ!!」」」
三人の息が重なる。目標は一着だけ。永遠にも感じる一瞬の戦いが始まる——。
◇
「なあ、ナリタタイシンの追い上げヤバくないか?」
「大口叩いただけあるなぁ」
「ていうか、こんな子居るなんて聞いてないんだけど!?」
評価が逆転する。
「ここまで来たんなら応援しないのは嘘だ!」
「今、三位か。凄いじゃん!」
「あの二強に食らいつくなんて」
「もう並んだぞ!? 分からなくなってきた!」
会場全員が息を呑む。
「これが特訓の成果か……面白い!」
「大丈夫、ハヤヒデは負けない……!」
「うそ……あのチビがこんな……在り得ないって!!」
「全力出し切れ! タイシイイイイイイン!!」
声が響く。たくさんの思いが混ざり合う。
「はあっ!」
残り40。
◇
今更出し惜しむ必要なんてない。もっと、もっと、もっと。
「——速く!」
『三人一気に加速する。ラストスパートだああ!』
「「「うおおおおおおお!!!」」」
歓声が破裂する。
「負けるもんかああ!!」
「勝つのは私だ!」
「絶対、負けないよ!」
三人の肩が並んだ。
視界が開けた。
真っ白な世界。
『波乱、波乱! ラストスパート! 三人の決着! 誰が栄光を掴むのかああ!!』
「はあああああっ!」
隣の肩が、前に出る。
『ビワハヤヒデ逃げ勝ちか!?』
「うおおおおおおおっ!」
隣の肩が、前に出る。
『ウイニングチケット、体制有利か!?』
ゴール板が近づく。
レースが終わる。
「まだだ……。まだ、終わってない。まだ、ギア、上げてやる!!」
踏み込む。足が壊れるくらい、強く、強く、強く、踏み込む!
『ナリタタイシン! 限界を超える!』
息が詰まる。二人の肩は視界から消す。目標はゴールだけ。アタシにできるのは、信じて進むだけ。
『残り15』
突き動かすのはこの気持ち。
『三人が、もう一度並ぶ!』
勝ちたい。
『ハヤヒデか、チケットか、それともタイシンか!』
残り10。
負けたくない。
負けたくない。
絶対、絶対、絶対に……
「勝て! タイシンッ!」
「————っ。勝ちたあああああああいっっっ!」
声に背中を押され、最後の一歩を踏み切った。
『ゴールイン!』
瞬間。頭は真っ白になった。
「———!」
勢いが止まらずに、頭から芝に突っ込んだ。
「うわあっ!?」
体全体を地面に押し付けて、回って回って、ようやく止まる。
「はぁ……はぁ……」
仰向けになって、肩で息をした。
ヤバ、なんも聞こえない。全部使い果たして、何もできないな。
瞼を開けば、雲一つない蒼天。頭を撫でる芝。
「出し切った……全力!」
空に拳を掲げて、満足した。きっと今のアタシは笑ってる。
そういえば……決着はどうなったんだろう。
「ぐっ……」
ガクガクと悲鳴を上げてる足で何とか立ち上がって。大きな掲示板を見た。
ちょうど、『確定』の文字が出る。
一着—————14。
「え———?」
また、頭が真っ白になった。
14って、アタシの番号、だよね?
「かった……?」
G1で。初めてのクラシックで。初めて……。だめだ。なんか、よくわかんない。
無音で真っ白になった世界で、呆然と立ち尽くしていた。でも、一つだけ、よく知った、大好きな、声が届いて、
「やったな……タイシン!」
無音の世界がぶち壊れた。
『鬼脚炸裂!! ナリタタイシン、堂々の一着! 皐月賞を制したああああ!』
歓声がはじけ飛んだ。
振り返ると、溢れんばかりの笑顔がそこには在った。
「すごいぞ! ナリタタイシン!」
「生意気だけど、よくやった!」
「二強倒すなんて見直したよ!」
色んな言葉の数々。祝福の言葉。今まで生きてきて、こんな言葉かけられたことなかった。
「ほんと……調子いい奴ら……」
ぼろくそ言ってたのに、いざ勝つと手のひら返して、何様だよ。
呆れた笑いが腹の底からこぼれて、アタシは、そいつら全部ぶん殴る勢いで拳を突き出した。
「ざまあみろ!」
…………。
「っぷ、ははは。あははははは!!」
笑いがこみあげた。アタシ一人のだけど。それにつられて、みんなが笑う。バカみたい。
でも……最っ高!
バカ笑いしていると、後ろから声がした。
「負けたよ。タイシン」
凛々しい声に振り向いた。
「ハヤヒデ」
清々しい笑顔を見せて、彼女は口を開く。
「勝利の方程式は未完成。作り上げるのが私の目指すところだ。だが……」
手を差し伸べる。
「もう一つ目標ができた」
闘志が灯った瞳をぎらつかせ、彼女は笑う。
「君を倒す。次は絶対に負けない」
言い放った一言に胸を貫かれて、これで終わりじゃないと、心に炎が着火した。
「望むところ! やってやろうじゃん!」
差し出された手を握り返して、笑って見せた。
そうしてハヤヒデは、大きな背中を見せて、歓声に包まれて戦場を後にした。
「タイシン。強くなったね」
透き通った声に振り返る。
「チケット……」
清々しい笑顔を一瞬見せて、いつもみたいな満開の笑顔を咲かせた。
「すごかったよ! タイシンの気迫。絶対負けないって伝わってきて、ゾクゾクした!」
「アンタこそ……強かった。怖いくらいにね。でも、『ここ』が最後に力をくれた」
心臓に親指を立てた。
「アタシたちは、アンタたちに勝ったよ」
チケットも手を差し出した。
「本当に強くなった。追いつけないかもしれないくらいに。でも、次は私たちの番。今日は負けたけど、次は負けないよ。ダービーだもん!」
可愛らしいけど、挑発的な笑顔を向けてきた。応えないわけにはいかない。
チケットの手をつかみ取って、アタシも一発かます。
「ダービーだとか、関係ない。アタシたちはもう、アンタらにはまけない! 最強のウマ娘になったんだからね!」
言い放つと、チケットは目を丸くして、にやりと笑った。
「トレーナーさんの為にぃ?」
「……はあ?」
「ラブラブだな~~タイシンたちは」
何を言ってるんだ。このバカは。
「うっさい、蹴っ飛ばすよ!」
「こわーい! 涼子さん助けてーー」
わざとらしく逃げてくチケットを追いかけようとしたけど、足が言うことを聞かなかった。
「勝負だよ。次は勝つ!」
最後にそう言い残してチケットは逞しい背中を見せて歩き去った。
「最強……」
不意に出た単語。
アイツが、アタシを選んだ理由。
『俺は……、誰に反対されようが、世界に反対されようが、タイシンを最強のウマ娘にしてみせます。それが、幻の投手の今の夢です』
懐かしい言葉を思い出した。
「『ここ』に残ってたんだ」
色んな事を経験した一年だった。
修行して。初めて勝って。負けて。壁にぶち当たって。這い上がった。
色んな思いを乗せて走った。走り続けた。
この歓声が、この景色が、その終着点か。
柵を飛び越えて、アタシをここまで連れてきてくれた諦めの悪いバカが走ってくる。
両手を振って、漫勉の笑みを浮かべる熱血バカをじっと見つめて、ほくそ笑んだ。
そいつが、世界を震わせるくらい、デカい声で訊いてきた。
「タイシン! どうだよ! 最強の景色は!」
だから、負けないくらいデカい声で、デカい笑みで、アタシは叫ぶ。
「最っ高だああああああああっ!」
この気持ちがアタシの、アタシたちの『 感情ノ黎明 』 だ。
多くは語りませんが、一言。
最高傑作が書けました。
この話を書き上げることができたのは、ここまで読んでくださった皆様のおかげです。
ありがとうごさいます。
これからもタイシンたちの物語は続いていきますので、続けて読んでいただければ幸いです。
次回はダービー編です。
ストック貯めて週一連載とかに戻してみたいです。
その進捗は(https://twitter.com/kawada456)にて更新していきますので、ぜひフォローしていただきたいです!!
「プリティーステークス25R」に出ようと思っています。
その動向もTwitterにてお知らせしますので、何卒
結局長くなりましたが、あとがきまで読んでくださってありがとうございます。
それでは、次回もお楽しみに!