タイシンと究極バカ   作:かわだ

16 / 16
十三話 Move on

 

 ウイニングライブを見届け、場所は変わって焼肉屋。

 

「今日も俺のおごりだ! 嫌ってくらい食えよタイシン!」

「見栄張るのもほどほどにね……」

「一冠ゲットしたんだぜ? はしゃげはしゃげ!」

 

 ジョッキを持ち上げ、クールな表所を崩さないタイシンの肩をバンバン叩く。

 

「はいはい」

 

 呆れた風にあしらうが、嬉しさは隠せない。口元がほんの少し吊り上がったタイシンもグラスを持ち上げた。

 

「しゃあ! タイシン! 皐月所おめでとおおお!」

 

 立ち上がって、ビールを掲げて音頭を取ると店が全部丸ごと一体になって。

 

「「「「カンパーイ」」」」

 

 たくさんのジョッキがぶつかり合った。

 皐月賞というデカいレースを取った影響はすさまじく、タイシンは店のヒーローになっていた。

 

 酔っ払いの酒の肴としてだったが、悪い気はしていないらしい。それはバカ騒ぎする大人たちをそっと笑って見つめる横顔からわかった。

 

  ◆

 

「てゆーかさ、鬼脚ってアンタが付けた名前でしょ?」

 

 肉を突っつきながら、試合を振り返って訊いてきた。

 

「バレたか」

 

 レースが始まる少し前。俺は放送席に行って、こう伝えた。

 

「タイシンがレースで勝ったとき、『鬼脚炸裂!』って言ってくれって頼んだんだ。カッコいいだろ?」

「はぁ……。ま、いいんじゃない」

 

 いつものことね。と関心を示さず焼きあがった肉をほおばった。そのとき、なにか引っかかったのか、眉を顰める。

 

「ねぇ……鬼ってなに?」

「それはだな! ビビっちまったんだよ。お前の走り見てこえーと思った。だから……いって!?」

 

 脛にとがった一撃が入る。

 

「イメージダウンだっつの! 蹴るよ!」

「もう蹴ってる!?」

 

 脛をさすっていると、ポケットに入れていた携帯が助け船の様に振動した。

 

「感謝したいが、今日くらいゆっくりさせろって……」

 

 たいぶ酔いが回ってきた。ぼやける思考の中で、番号を見ずにスマホを耳に当てた。

 

「もしもし、なんのゴヨウでしょうか?」

 

 しゃっくり出しながらじゃないと喋れない。

 

「随分と楽しそうだな。トレーナーよ」

 

 やけに冷静な、よく聞きなれた声。いいや、半年ぶりの声に背筋が凍った。水風呂に飛び込んだときに目が覚める感覚と同じだ。

 

「ご無沙汰してます……ボス」

 

 ちびっ子の元気な声ではなく、ドスの効いた低音に烈火のごとく正座した。

 

「祝福。皐月賞。素晴らしかったぞ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「問題。だが、お前は半年間、どこで何をしていた?」

「山で修行を。届けは出しました。問題はないかと……」

 

 ボスはなんでキレてんだ……? 正式な手続きを通してやったことなんだが……。

 

「否定。問題、大ありだ」

「ご冗談を……」

 

 子どもボイスどこ行ったんだよ。恐怖で顔が引きつってる。明日は顔面筋肉痛になりそうだ。

 問題ってなんだ? タイシンの学業に関しては修行の合間にやらせた。遠征という形で審査も通した。タイシンに不利益は無いようにしたつもりなのだが……。

 不安要素を列挙するが、まるで心当たりがない。

 

 思考に耽っていること一分。無言の末に放たれた言葉は——

 

「減給! 半年分の給料無いぞ」

「——ぺ?」

 

 俺の生活をぶち壊した。

 

「まじすかあああああああああ!?!?!?」

「肯定。詳しくは郵送されている書類に目を通すように!」

 

 ぷつ———。

 そう言い放ったボスは無慈悲に電波をぶった切った。

 

「タ……タイシン……」

 

 顔を上げ、正面で焼肉をつっつく少女に向かって、こくりと頷く。

 合図だ。今の会話、ボスの声デカかったから、きっとコイツは気付いてる。俺が金無いの分かってる。俺はタイシンを信じている。きっとここで御馳走様を言うはずだ。きっとそうだ。

 さび付いた機械のように首を縦に振る俺。それを見てにっこりと微笑むタイシン。

 

 口を開き、飛び出した一声は——。

 

「店員さーん。一番高いお肉持ってきてくださーい!」

 

 高らかに店に響き渡った。

 

「喜んで!!」

 

 野太い声が厨房から響き、俺の財布に終焉が訪れたのだった。

 

 

  ◆

 

 皐月賞から一日が経った。理事長らにお説教を喰らった帰り道。

 

「やっちまったなー」

 

 俺てっきりタイシンだけのトレーナーって気分だったが、二年後は他の娘のトレーナーになってるかもしれないもんな。

 

 理事長曰く、俺を指名してくれる本格化を迎える前のウマ娘が数人いるらしく、クラシックに入る前は彼女らの面倒を見ることも仕事のうちだそうだ。

 彼女ら曰く、俺を指名した理由はタイシンをデビューさせたことらしい。

 

「出世したなー俺も」

 

 一年半前、クビが切られそうだったのに。

 

「けど、出世はしても金は無い」

 

 ぺらっぺらの財布を広げてため息を一つ。二人の英世が俺の生命線。給料日までどう生きようか……。

 

「日が暮れるな。そろそろ帰らねぇと」

 

 オレンジに染まる街。ベンチから腰を上げる。

 ここは丘の上の神社。万策尽きて神頼みと思ったが、そう簡単に打開策は見つからなかった。

 

「さ、切り替えてモヤシでも食べるとすっかね!」

 

 テンション上げて、振り返ると——。

 

「あ……」

 

 小さな声がした。期待と不安が出した吐息のような声。

 たっ、たっ、たっ。追い求めるように、階段が小さな音を響かせる。

 

「……なんだ」

 

 赤髪を揺らして駆けあがってきた少女は俺を見るなり肩を落とした。どっかの誰かさんみたいだ。

 

「なんだとはなんだ、嬢ちゃん」

 

 小柄のジャージ姿のツンケンした少女に声をかける。

 

「おっさんには関係ないよ」

 

 ポケットに手を突っ込んで口を尖らせる。

 

「お、おっさん……!? 俺まだギリ二十代だぞ。おっさんじゃねぇよ! ぜってーおっさんじゃねぇ!!」

「うっわ、声デカい。めんどくさいな……」

「クソガキめ……」

 

 プルプル震える拳を自制の心でなんとか収める。悪態をついた少女はポケットから手を出し、頭を掻く。ただ……その片手には包帯が巻かれていた。

 

「————!」

 

 少女ははっとして目を見開く。自分でも違和感に気付いたのか、そっと腕を下ろした。

 

「ケガしてんのか?」

「それこそ……関係ないだろ……」

 

 牙を抜かれたように威勢がなくなり、俯いた。

 なんか訳アリみたいだな。少し気になって、上から下へ視線を向ける。……ふむ。

 

「見たところ、嬢ちゃん運動部だろ。それも三年ってとこかな」

「は、はぁ? なんで分かるんだよ!?」

 

 考察をそのまま口にしたが、ビンゴ。

 

「その使い込んだジャージを見りゃ一発で分かる。ついでに言うと、夏の大会への予選の最中に手を故障。ズボンが熱で溶けてるから、競技は室内。バド……ではないな、バスケだろう。……どうだ?」

 

 ドキリ。彼女の瞳が大きくなる。どうやら正解のようだ。しかし数秒経てばさっきの仏頂面に戻ってしまう。

 

「キモ……。アタシのストーカ?」

 

 少女は罵倒するなりゴミを見る様な視線で身体を抱いた。

 

「んなわけねぇだろ! テメーは俺の対象外だ! 胸デカくして出直せ」

「はあ!? 信じらんない。最っ低」

「もとはお前が売った喧嘩だろうが」

 

 いい言葉に買い言葉。ヒートアップしそうな展開だったが、俺の腹の虫が鳴って肩を落とした。

 

「「はぁ……」」

 

 らちが明かない。と二人してため息をついた。その瞬間、ため息は疲れた笑いに昇華する。

 何やってんだか。冷静さを取り戻して、傷ついた少女に励ましを送ることにした。

 

「バカ娘、気ぃ張り詰めんな。ま、頑張れよ」

 

 軽く手を振ってあしらうと、

 

「なんかごめん。おっさんも少しは休みな。こんな胸なしにキレてもしょうがないよ?」

 

 いたずらな笑みを返させる。

 

「ははは」

「かはは」

 

 付き物が取れたように二人で笑った。

 

「イラついてんのはわかったぜ。俺でよけりゃ愚痴くらい聞く」

 

 そう言うと、どきりと少女の体は跳ねる。

 

「……いいの?」

 

 小柄な少女は不安を抱いた子猫のような瞳で俺を見上げる。こうしてれば年相応だ。ここであったのも何かの縁。悩める若人の心を洗ってやることにした。

 

「ああ。知り合いじゃない方が話せることってあるからよ」

 

 待ってろ。と言って、くしゃりと頭を撫でた。

 

 

  ◆

 

 

「ほらよ。ブラック飲めるか?」

 

 差し出したのはコーヒー缶。神社のベンチに座る赤髪は振り向いた。

 

「……ありがと」

 

 素直に頷いて受け取った。

 

「大人だな」

「……うっさい」

 

 聞き覚えのある一言。コイツ、やっぱ似てんな。

 カシュ。缶を開けて一口すすり、遠い目をして少女は口を開いた。

 

「あんたの言った通り、バスケやっててさ。三年間レギュラーとろうとして頑張ってたつもり。でもさ……見てよ」

 

 彼女は手を広げて体を見せて自嘲した。

 

「こんな小柄な女がスタメン取れると思う?」

「相当な技術がない限り難しいだろうな」

 

 真摯に努力し続けたスポーツマンにくだらない優しさは要らない。まっすぐぶつからなければ、全てを否定することになる。

 その言葉を聞いて、少女は安心したように深く頷いた。

 

「結局三年になって、最大限強くなったつもり。ようやくスタメンに届きそうだった。手ごたえは在ったんだ……」

 

 数秒の沈黙。少女は夕日を見つめて、全てを受け入れた処刑人ように穏やかに微笑む。

 

「でも、だめだった」

 

 春だというのにひどく冷たい風が吹き抜けた。

 

「スタメンは結局取れず、努力がから回って手首を骨折。最後の大会だってのに……バカだよね……」

 

 他人事のように自分を語る少女。それはまるで過去の俺を写す鏡のように見えて、心臓が痛んだ。だから、伝えたくなった。

 

「バカでもいいじゃねぇか」

 

 息詰まったとき、俺が本当に欲しかった言葉を言ってやりたいと思った。

 

「何言ってんの? ダメだよ……。結局無駄だったわけじゃん。三年間の努力が消えたんだ……!」

 

 震えた声を振り絞って、俺を睨む。少女の瞳に涙が溜まる。悔しさの涙が。

 

「泣けるくらい努力した。それだけは誇れる。だけど……現実は上手くいかない」

 

 夕日が沈んだ。

 胸が締め付けられた。努力は必ず報われるとは限らない。非情な現実ってのは子供にだって容赦なく降り注ぐ。だから、俺はコイツが築いた事実を言わなくちゃいけなかった。

 

「それでも。お前はカッコいい」

「……はあ?」

 

 訝しんだ視線を向けられるが、気にせず言葉を続ける。

 

「だってよ、無謀だって言われようが自分を貫き通したわけだろ。それって、すげぇカッコイイぜ?」

 

 夜空を見上げて言い放った。隣からは何も聞こえない。ただ俺の声だけが風に乗って運ばれる。

 

「お前はカッコイイ。だから、戯言に付き合ってくれ」

 

 こくり。視界の隅で小さく赤い髪が縦に動いた。

 

「周りのヤツらに言われなかったか? 『結果が悪くたって、自分を貫けたならそれは糧になる。これから胸張って生きれる』ってよ。それは負け犬に送られる、綺麗ごとだ。けどよ、負け犬になっちまえば良いことだってある」

 

「……?」

 

「負け犬の特権は一度キラキラした言葉を受け入れちまえば、二つや三つ受け入れても気にすることはないってこと。つまり無敵なんだよ」

 

「無敵……?」

 

「ああ。負け続けるやつに、慰めの綺麗ごとは胸に刻まれる。それに対して負の感情を抱く。だけど、全部マジだって思いこんでみると、不思議でよ。そいつは勇気に変わってくれる」

 

 恥ずかしいが、言ってやる。笑っちまうくらいクセェことを。

 

「負け犬の俺が信じた綺麗ごとは——運命だ」

 

「え……?」

 

 ほんの少し顔を上げた少女。そいつの眼尻は赤く腫れていた。自分を思い出す。

 

「運命ってのはある。辛い目にあった、がんばって耐えた、努力した、ご褒美みたいなものがあるって俺は信じてる。そんなモンはデータに無いし、バカげてる」

 

 俺はそっと夜空に左手を掲げた。一度は壊れた腕。夢が詰まっていた左腕。それが壊れて、絶望した。だけど、それのお陰で出会えたひとがいる……そして今、ここに居る。

 

「バカげてるが、きっと願えば、諦めずに自分を、カッコイイを貫けば……」

 

 月を拳の中に収める。

 

「運命を掴める」

 

 俺は左手の力を抜いて、少女の頭に乗せた。

 

「お前はよく頑張った。すげぇカッコイイ。だけど、こんなとこで終わる信念は持ってねぇはずだ」

 

 その一言で、俺の左手は押し返される。

 

「負け続けたなら綺麗ごとを抱いて勝て!」

 

 真っ直ぐに言い放った言葉に、少女の頭に力が入る。

 

「まだ大会は終わってねぇ。今お前が全力出すのは治療だ。絶対に間に合わせるって気持ちがあれば、治療期間なんざいくらでも縮む。そんなわけない? かもしれねぇが、俺たちが掴むのは運命だ。バカ上等。絶対になんとかなる」

 

 くすり。少女は小さく鼻で笑って、力強く俺の手を跳ね飛ばした。

 

「バカじゃないの?」

「バカだよ」

 

 俺を見上げた少女の顔には陰りなんて一切なく、闘志で満たされていた。

 

「人のこと散々負け犬とかいってくれちゃって。決めつけんのが早いんだよ。絶対勝ってやるから!」

 

 笑顔で放たれた言葉。そいつは挑戦状。だから俺もそいつを拾い上げる。

 

「できんのかよ? お前に」

 

 ベンチから飛び上がり、赤い髪が夜闇に揺れた。

 

「当っりまえじゃん!」

 

 くるりと踵を返して、真っ直ぐな拳が飛んできた。それを見て、俺も頬が緩んだ。俺の鏡はぶち壊れた。ここからはアイツの道。その一歩を見れて、安心した。

 

「吹っ切れたな」

 

 ベンチに全身を預けて、月のように輝く少女を見上げた。

 

「おかげでね」

 

 その瞬間。さっきまでが嘘のように静まり返った。夜の神社。二人でクソ真面目な話してたのが急におかしくなって。

 

「はっ」

「あはは」

 

「「ばっかみてー」」

 

 ふたりして笑い飛ばした。

 

 

  ◆

 

 

 一頻り笑ったあと、清々しい気持ちで俺たちは話ができるようになった。

 

「ここまで付き合ってくれたなら、あたしの失敗も聞いてくれる?」

 

 自嘲気味に笑う少女だが、俺の瞳から目を逸らさない。その視線に安心して首を縦に振った。

 

「あたしさ、最低なことしちゃったんだよね」

 

 低い声で発せられた一言には自責の念が強く含まれている。けれど、それは過去の自分を俯瞰できた証拠。黙って耳を傾けることにした。

 

「あたしって小柄じゃん? だからバスケでもスタメン選ばれないし、努力しても無駄だって思ってイラついてたんだ」

 

 言葉を噛み砕く。

 

「だから、同じ境遇のヤツに言ったんだ。『お前の未来当ててやるよ……ポッキリ折れてジエンド。やめときな。負けるだけだ。最悪全部を失う』って」

 

「そいつはなんて答えた?」

 

「『————黙って見てろ』」

 

 少女は清々しい顔をして空を見上げた。

 

「震えた。二つの意味で。なんで折れないんだよって怒りと、自分が間違っているのかって不安で」

 

 瞼を閉じる。

 

「それで見に行ったんだよ。そいつの終わりを」

 

 淡々と吐き捨てられる言葉には泥の様な濁った怒りが籠っていた。

 

「絶対に負けると思ってた。あたしと同じになる。はやく醜態を晒せって、憎みながら睨んでた」

 

 奥歯を噛んで、濁ったため息を吐き出した。

 

「それでも、アイツの脚は止まらなかった。あたしの目はそいつから離れなかった」

 

 眉を顰め、過去を振り返る。

 

「そいつは絶対に勝つって言われてた二人に食らいついて——足掻いて、叫んで、勝ち切った」

 

 深い、深い、深呼吸。

 

 

「カッコよかった。……カッコよかったんだ」

 

 

 少女の顔は崩れ、奥歯を噛んで、俯いて、涙を流した。

 

「チビで……弱い筈なのに……一生懸命走る姿が……カッコよかった」

 

 鼻水をすすって、肩を震わせる。

 

「なんで……あんなこと、言ったんだよ……あたし」

 

 大粒の涙を流しながら蹲り、体を震わせる。彼女は自分を許したからこそ、その涙を流せる。

 

「お前はどうしたい?」

 

 それを見下ろし、静かに問う。長い沈黙。少女の胸の中で、多くの結論が渦巻いている。いくつもある選択の中で見つけたのは。

 

 

「…………謝りたい」

 

 

 とても単純な答えだった。その答えを聞いて、俺は彼女の背中を思いっきり叩いた。

「なら簡単だ。お前が勝て」

 

 ぐしゃぐしゃな顔を上げて、きょとんと首を傾げる。

 

「はあ?」

「夏の大会で優勝すんだよ」

 

 にかっと笑ってみせた。

 

「で、インタビューでこう答える。『チビだから負けるって言って悪かった。こうして証明した。だからごめん。やっぱ、あたしたちは強かった』ってな」

 

 崩れた顔をほころばせて、少女は頷いた。

 

「いいじゃん……。それ」

「だろ?」

 

 にやりと、二人で笑った。

 

「頑張れよ、クソガキ!」

 

 拳をそっと突き出す。

 

「上等だよ、おっさん!」

 

 ぱちん。小さな拳の重なる音が、夜の世界に響き渡った。

 少女はボロボロのジャージの袖で涙を拭いて、挑発的な瞳を向ける。

 

「約束してあげる。あたしはもう、なにが相手でも負けない」

 

 真っ直ぐな言葉。それで、彼女の心は真っ白になった。色を付けていくのはこれからだ。未来に期待をもって、進んでいける。……最高の瞬間だ。

 

 

  ◆

 

 

「落ち着いたか?」

「うん」

 

 真っ赤だった顔が、元の色を取り戻した時。

 

「じゃ、そろそろ帰ろうぜ」

「そうだね」

 

 ベンチから立ち上がって、俺たちは街を見下ろした。そこで、ひとつ聞いてみたいことが浮かんだ。

 

「なあ、お前が喧嘩売った相手って誰なんだ?」

 

 気になった。この少女に似た境遇のヤツは多くいるだろう。だからこそ、その壁を乗り越えたヤツに興味が出た。

 

「言ってなかったね」

 

 月を見上げて、少女は名前を飛ばす。

 

 

「ナリタタイシン」

 

 

 心臓が跳ねて、血が沸騰した。こんな最高な巡りあわせがあっていいのか。頬が吊り上がって仕方がない。俺も月を見上げて、言い放つ。

 

「やっぱあるぜ。運命ってのはよ」

 

 

  ◆

 

 

「まさかアンタがタイシンのトレーナーだったなんて……」

 

 気恥ずかしさを隠し、そっぽを向く少女。

 

「びっくりだよな」

 

 笑って神社の石段を下る。

 

「運命ってオカルト信じそう……」

「ばっか、若いうちは運命を信じろ!」

「うっわ、宗教勧誘始まったよ。てか、おっさんは運命信じるほど若くないでしょ?」

「まだピチピチの二十代だ!」

「おっさんが喚いてるぅ~~」

「このガキがぁ!」

 

 軽口をたたき合ってるうちに平地に着く。すると、少女は思い出したかのようにはっとして、鳥居まで走ってしゃがみこむ。

 

「よかった~」

 

 なにやら大きい四角い箱を片手で引き上げると、安心から肩を落とす。

 

「なんだそれ?」

 

 傍らから覗き込むが暗くてよく見えない。

 

「今日クビになったバイトの鞄。走って配達するの無理だったね。中身ぐっちゃぐちゃになるし」

 

 苦笑する少女が足を進めると月明かりに照らされて、鞄に印刷された文字が目に入った。『UMA EATS』。その瞬間、電撃が奔った。

 

「それだあああああ!!」

 

 金のない俺。少女のやってた走って配達。それが電気回路のようにバチンと繋がった。

 

「なに?」

「なあ、クビになったならそれ譲ってくれねぇか!」

 

 頼む! と全力で頭を下げる。

 

「えー……」

 

 多少引き気味で少女は俺を見下すが、

 

「売ったらちょっとは小遣い入ると思ったけど……あんたには礼があるしね。いいよ」

 

 仕方ないねと、配達リュックを差し出した。

 

「まじか! くっそ嬉しい。ありがとな!」

 

 舞い上がって何べんも頭を下げた。その様子に呆れて、少女はため息をついた。

 

「あんた、さっきのカッコイイモードはどこいっちゃったの? アホ丸出しなんだけど」

「それはそれ! これはこれだ! よっしゃ、がんばんぞ!」

 

 色々と思考が巡って、いても立っても居られない。最後に少女に向き直る。

 

「じゃ、俺は行くぜ。ありがとな。えっと……」

 

 そういえば、コイツの名前聞いてなかった。

 

「朱音リツ」

「おっけえ! サンキューな朱音!」

 

 俺はリュックを背負って、準備完了。

 

「おっさんも、ありがとね」

「おっさんじゃねぇ! お兄さんと呼べ!」

「うっさい、おっさん」

「てめぇ……」

「はは、冗談」

 

 鳥居を出て、帰る方向を互いに見る。どうやら逆方向みたいだ。朱音は振り返って、大きく手をふった。

 

「じゃあね! あたし、がんばるから!」

「おう! テレビ見んぜ!」

 

 大きく手を振り返して、俺たちは笑顔で走り出した。

 

 

  ◆

 

 

「ということで!」

 

 昼間のトレセン学園。正面にはタイシン。俺は原付にまたがり、リュックを差し出した。

 

「特訓始めんぞ!」

 

「…………は?」

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
どうも河田です。プリステで短編出したり色々してたので久々の更新です。
究極バカ、気づいたら一周年ですね……。時の流れにビビってます。
一年書き続けられたのも読者の皆様のお陰です。ありがとうございます!

(自分は一年前の原稿を読み返して悶えてます。多少マシな文章書けるようになっているとよいのですが……!)

何はともあれ、皐月賞の清算が終わった今、次回からはダービー編です!
プロットは書きあがっているので、早めにアップできるように頑張ります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。