タイシンと究極バカ   作:かわだ

3 / 16
ザ・修行編




三話

  三話

 

 

「ふぁあ……」

 

 

 まだ暗い朝。

 肌寒いし、霧だって出てる。

 寮から出るが、当然誰もいない。

 現在4時30分。

 

 眠気を伸びで殺してグラウンドへ向かった。

 

 

  ◇

 

 

「よお、タイシン。遅刻しないとは偉いぞ!」

 

 目じりに涙を溜めた眠そうなのがとぼとぼ歩いてきた。

 

「ねぇ、早すぎない?」

 

 開口一番文句を言われた。

 

「んなこたねぇよ。昨日やろうと思ってたメニュー一個もこなしてないんだ。さっさと他の連中、追い付いて、追い抜くぞ!」

 

 

 最強のウマ娘になるって公言しちまった以上、全部全力だ。

 

 妥協は絶対にしないぞ。

 その気持ちを込めた目で、アイツに言い放った。

 

 

「……!」

 

 

 眠そうな顔が一気に強張り、スイッチが入る。

 

 やる気満々だ。

 

 

「うっし。それじゃ、朝練始めんぞ!」

 

 

 拳を作って、

 

 

「おおおーーー!」

 

 天へ突き上げた。

 しかし響くのは俺だけの声。

 

「………。一気に冷めた」

 

 さっきの釣り目はどこへやら……。しかし、瞼が垂れているが、闘志に火は付いている。

 

 

「もっかいいくぞ!」

 

 声を張って、拳を作る。

 

「頑張んぞおお!」

 

 

 空へ!

 

 

「おおおーー!」

 

「お~……」

 

 

 流し作業といった風に、弱っちい拳を上げた。

 

 ま、今日はこんくらいでいいだろう。

 そんなことを考えて腕を組むと、面倒くさそうにタイシンが口を開く。

 

 

「ねぇ、それ毎回やんの?」

「もちろん!」

「ウザ……」

 

 

 こうして今日の朝練が始まった。

 

  

  ◆

 

 

「準備運動終わったよ。なにすんの?」

 

 

 完全に体を起こしてタイシンが駆け寄ってくる。

 

 その質問、待っていた!

 

「俺のとっておきメニューをやるぞ」

 

 

 ごくり。緊張が奔る。

 タイシンはじっと俺のことを見て裾を握る。

 

 そして、拳を握り、突き出した。

 

 

「正拳突きだ!」

 

 ・・・・・

 

「は?」

 

 

 がっくりと肩を落とされる。

 

 

「本気で言ってる?」

「本気で言ってる」

 

 

 疑いの眼差しに、まっすぐな眼差しで返す。と

 

 

「はぁ……。分かった。やってあげる」

 

 

 ため息をつきながらも了承した。

 

 

「えらい素直だな」

「まあ、昨日の資料見たし、聞いたし……」

 

 

 うつむいてぼそぼそ言うが、協力的でなにより。

 

 

「よかったぜ」

 

 

 くしゃっと頭を撫でて、

 

 

「んじゃ、始めるぞ」

 

 

 距離をとって、腕を組んだ。

 

 一瞬の静寂。

 

 お互い表情が引き締まる。

 

 

「腰、落とせ!」

 

 

 しゅっ。すぐに言うとりにする。

 

 

 

「右から交互に、拳を突き出せ!」

 

「ふっ。はっ——」

 

 

 二回の突き。

 

 

「だめだ、ブレた! 腹に力入れろ!」

 

「わかった」

 

「もっかい!」

 

「はっ、はあっ!」

 

「その調子だ。微動だにせず正拳突き500回! 終わるまで別メニューはなし。いいな!」

 

「うん……!」

 

 

 拳を突き出し、汗が散った。

 

 

 

 

 300回が過ぎた。

 

 

「体幹のトレーニングだ。ウマ娘の力は半端じゃない。かといって、誰かにぶつかってもらうのは死んじまう」

 

 

 右、左……! 拳を突き出す。

 

 

「腰が上がったぞ、もう100回!」

 

「ちいっ……!」

 

 

 奥歯を噛んで、腕を突き出す。

 

 

「自分の力、殴ってるときの力。そいつはとっておきの練習相手だ! 力に振り回されるな! 自分の全力に勝ってみせろ!」

 

 

「……ああっ!」

 

 

 拳が風を切る。

 

 

「それに、テメェにはムカつく相手が居るんだろ? うっぷん晴らしにぶん殴れ!」

 

「はあっ!」

 

 

 全力の拳が突き出た。

 

 

「ブレた! 怒りも制御しろ! いつまで経っても走れないぞ!」

 

「わかったっての!」

 

 

 ふるうごとに力とキレが増していく。

 コツが分かってきたみたいだ。

 

 こいつ、やると決めたら呑み込みが尋常じゃなく良い……!

 

 

 左!

 

「698!」

 

 右!

 

「699!」

 

 ラスト!

 

「「700!」」

 

 

「っつ、はぁ~~」

 

 

 空気の抜けた風船のようにタイシンは芝に倒れこんだ。

 

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 それと同時に6時のチャイムが鳴り響く。

 

 

「今日はここまで。明日からは1000回。これを5時30分までにやってもらう。その他にもメニューは山盛りだ。覚悟しとけ」

 

 

 はぁ、はぁ、と息が上がるタイシン。

 

 近づいて、隣に座る。

 

 

「ま、おつかれさん」

 

「ほんっと、疲れた……」

 

 

 腕で汗をぬぐった。

 

 仕方がない。

 

 ウマ娘の本気の拳は当たったらどうなるか、想像しただけで身の毛もよだつ。

 

 それほどに重い一発。

 

 制御するには時間と体幹と体力が必要になる。

 

 これは本来して然るべきメニューだと、俺は勝手に思ってるが他にやってる奴は居ない。

 

 

 隣を見る。

 

 

 まだしたりないと、飢えた猛獣のように目をぎらつかせた少女が立ち上がった。

 その姿が嬉しくて、逞しくて、ほくそ笑む。

 

 

「シャワー浴びて飯食え。午後はもっと鍛えてやる」

 

「手、抜いたら許さないから」

 

 

 彼女は歩き出す。

 

 

 小さい背中が遠ざかり、

 

 

「これからよろしく、アタシのトレーナー」

 

 

 一言置いて朝焼けに消え去った。

 

 

 

「カッコつけすぎだ……」

 

 

 嬉しさの悪態をついて俺も立ち上がった。

 

 

  ◆

 

「だあああああああっ!」

 

 

 午後、気合と根性の叫び声がグラウンドでこだまする。

 

 

「あと10分! 踏ん張れよ!」

 

「わかってる!」

 

 

 何をしているのかというと、ひたすらもも上げ。

 30分耐久メニュー。

 

 こいつは一か所で行うことに意味がある。走力アップも勿論だが、固定された芝の上でやることで、感覚を掴ませる。

 

 あくまで走るのは固いコンクリートの上じゃない。

 

 滑り具合、何度も踏んでぬかるんだ馬場。体力を奪われる足場。

 砂もそうだ。はげた部分を走るのは滑る。

 踏むごとに地面は変わる。どんな状況でも対応できるようにしたいのだ。

 そういった地形条件を走力、体力アップを兼ねて行う。

 

 

「最後まで体幹を意識しろ。ぐらつくな」

 

 

 さすがに、きつそうだ。

 

 顔を歪めて、汗が流れる。

 

 

「1分! ラストスパート、気張れ!」

 

「はあああああああああっ!」

 

 

 全力でももを上げる。

 

 3,2,1,

 

 

「よし」

 

 

 スタン——ッ。

 

 紐が途切れたように息を荒げ座り込んだ。

 

 

「はぁ、はぁ、」

 

 

 息を切らすタイシンをのぞき込む。

 

 

「もうひと踏ん張りできるか?」

 

「当、然……っ!」

 

 

 ガクガクの足で立ち上がった。

 

 

「いいや、今日はやめとこう」

 

 

 この前に腕立て100回もやったんだ。朝練も兼ねて、本格訓練初日にしては十分な結果だ。

 

 

「……っ! やだ、まだだっ!」

 

 

 切羽詰まって、必死に訴える。

 

 

「休むのも特訓。待て。お前に必要なのはそいつだぜ」

 

 

 まだ何か言いたいよう。無言で俺を睨んでくる。

 

 不本意だが……。

 

 トン——。

 

 肩を少し後ろに押すと

 

 

「うわあっ⁉」

 

 

 足元から崩れ落ちる。

 

 転倒することは分かってた。横に回って素早くキャッチ。

 

 

「ほらな。足が棒になっちまってる。今日は休めよ、おっけーな!」

 

「はぁ……」

 

 

 観念したようにため息をついた。

 

 

「わかった。今日は休む」

 

「おしっ!」

 

 

 抱き起こして、芝を歩く。

 

 

「—————っ」

 

 

 不意によろけて肩がぶつかる。

 

 

「ごめん」

 

「いいや。こっちこそ」

 

 

 無茶させちまったかな。

 ちょっと反省だ。

 

 

 坂を上って、グラウンドから離れた。

 

 

「ジュース奢ってやるよ。何が良い?」

 

 

 自販機の前で立ち止まった。

 

 

「いいの!?」

 

 

 一瞬で疲れた顔が明るくなる。

 

 

「ああ。ご褒美ってやつだ」

 

「えっと、じゃあ……」

 

 

 商品を眺めて一番上の段に目が留まった。と思ったら目をそらして下の段で何を買うのか悩み始めた。だけど、その表情は微妙。

 

 

 あぁ……。察しがついた。

 

 

 ピッ。

 

 

 最上段のコーラのボタンを押した。

 

 

 ガコン。

 

 

 落ちたペットボトルを拾って、差し出した。

 

 

「ほいよ」

「………」

 

 しばらくジト目で睨んで、受け取った。

 

「あんた、もしかして鋭い?」

「いやいや、さっきのはバレバレだったぜ?」

 

 身長足りなくてボタンが押せなかった。というか、俺の前でジャンプして買うのが嫌だったんだろう。

 

「困ったら言えよ。遠慮はいらねぇからさ」

 

「……考えとく」

 

 

 素っ気なく呟いて、プシュッ。キャップをひねった。

 

 

 

  ◇

 

 

 教室のドアを開けた瞬間。

 

 

「タイシイイン!」

 

 朝っぱらからチケットが飛びついてきた。

 

「なに?」

 

「私ね、すっごいうわさ聞いちゃったんだよ!」

 

 

 拳を握って、元気に笑う。

 

 

「噂?」

 

「あのね、朝のグラウンドに幽霊が出るらしいんだ」

 

 幽霊……?

 

「のくせに、アンタ平気なんだ」

 

「うん。幽霊退治してくれるウマ娘が居るらしいんだ」

 

「ほお、どんな?」

 

 

 登校してきたハヤヒデも混ざる。

 

 

「薄暗い霧の中、幽霊の大男とウマ娘が戦ってるんだ!」

 

 何言ってんのコイツ。

 

「こう、バーンって何回も殴ってるらしいよ!」

 

 その場で、大げさに拳を振るった。

 

「バカじゃないの。グラウンドで大男とウマ娘って……」

 

 

 ……あれ?

 

「朝明け方に戦ってるらしいのだとか、小耳に挟んだな」

 

 

 明け方。拳を振るってる。霧の中。大男

…………アタシらだ。

 

 

「どうかしたかタイシン。顔がやけに強張っているぞ」

 

「え、あ、そう?」

 

 

 まっずい。

 普通に考えて、でかい声出して正拳突きとか不審者でしかない……。

 

 

「でも、すっごいよねぇ」

 

 チケットが遠くを見つめた。

 

「尊敬しちゃうよ」

 

 笑顔を浮かべる。

 

「だって、誰も見てないし、知らないのに幽霊と戦ってるんだよ! 頑張っててすごいなあ」

 

 知らないところで、頑張ってる。か……。

 

「どうしたタイシン。ご機嫌じゃないか」

 

「……別に」

 

 

 そうだ。知られてなくても、やってやる!

 急に成長して、みんなの度肝を抜いてやるんだ!

 

 

 順調な滑り出し。モチベーションも高い。けど、三週間後に思うのだった。

 

  「飽きた」

 

 

 

  ◆

 

 

 そんなこんなで特訓が始まって三週間が経った。

 

 

 そんな日の夕暮れ。

 

 

「今だっ!」

「だああああああっ!」

 

 

 全力疾走。

 

 第四コーナーからゴールまで走り抜けた。

 

 今やっているのは第四メニュー。

 軽く走りながら周回。そして、俺の合図が出た時だけ全力疾走できるというトレーニングだ。

 

 瞬発力を高める。とタイシンには説明し、やらせている。

 

 基本的に三週間は正拳突き、ももあげ、腕立て、そしてダッシュ。この四つを繰り返した。

 

 

「よし。引き続き、コースを軽くランニング!」

 

 

  ◇

 

 

 くっそ、またここで打ち止め……?

 

 あいつと組んでから一度たりとも全力でコースを走ってない。

 

 こんなので強くなれてんのか。

 

 苛立ち。

 

 最初は例の退学騒動で信用しきっていたけど、これを繰り返す必要はなんだ。

 

 あいつへの疑問が残ったまま、コースを軽く走る。

 

 

「今!」

 

 号令。

 

「はあああああっ!」

 

 

 全力で走る。

 

 この瞬間が一番良い。

 

 全部を出し切る感覚。

 

 タイムさえ計らせてもらえないのは、ちょっとムカつく。

 

 

「やめ!」

 

 

 楽しい時間も終わって、周回に入る。

 

 

「明日で最後だぞ……!」

 

 

 そう。メイクデビューまであと2日。

 

 

 これだけでいいはずない。

 きっと明日、特別な特訓があるんだ。

 

 

 そう思って——、

 

 

「今だ!」

 

 

 最後の全速力を繰り出した。

 

 

 

  ◆

 

 

「999!」

 

「ラストオ!」

 

「1000!!」

 

 

 最後の拳を突き出した。

 

 

「よし!」

 

 

 申し分ない。

 

 

「完璧にこなせたな! よくやったぞ!」

 

「うん……」

 

 

 今回は一度も体をブレさせなかった。

 

 いつもは+100回とかミスでやらせてたが、一発成功したというのに元気がない。

 

 そりゃそうだよな。

 強くなれるとはいえ、飽きる訓練ばっかりだった。

 

 

「タイシン」

 

 

 ぼうっと遠くを見つめる彼女に呼びかける。

 

 

「なに?」

 

「今日、最終特別特訓をする。放課後、校門にジャージで集合。いいな?」

 

「………!」

 

 

 瞳を大きくして驚いて、やる気に満ちた笑み、自身に満ちた笑みになった。

 

 

「わかった。絶対それ忘れんな!」

 

 

 尻尾をるんるんと左右に揺らして、グラウンドを駆け出たのだった。

 

 

  ◇

 

 

「やった!」

 

 

 思わずガッツポーズをする。

 

 

 ここまで勿体ぶったんだ。絶対、最高のメニューなはず!

 

 これまでの特訓の成果、確かめてやる!

 

 放課後が楽しみすぎる!

 

 

 

  ◆

 

 

 そしてその放課後。

 

 

 校門の前であいつが待っていた。

 

 

「来たな」

 

 

 白い歯を見せてにやりを笑った。

 

 絶対何かある!

 

 アタシの口元も緩くなってる。

 

 

「ねえ、早く聞かせてよ! 特別訓練って!」

「ああ」

 

 

 どや顔で目を伏せ、自信満々に言い放つ。

 

 

「俺と走れ!」

 

 

「……………は?」

 

 

「神社まで競走だ!」

 

「はぁ……」

 

 

 ため息が出る。

 

 

「ねぇ、それのどこが特別なの?」

 

「ま、やりゃ分かるって」

 

 

 こいつの自信はどこから出てくるのか……。

 

 こうなったたら自棄。

 意味なかったら蹴っ飛ばす。

 

 

 心に誓って、車道の横、ウマ娘用のコースにトレーナーと並ぶ。

 

 

「んじゃ、行くぜ?」

 

 お互いに構える。

 

「よーい」

 

 深く、足に力を入れ、

 

 

「どん!」

 

 

 踏み切った。

 

 

 全力で駆ける。

 

「足が、軽い……!」

 

 驚くほど違う。

 

 姿勢が全くブレない。

 

「なにこれ……!」

 

 鳥になったみたいに自由。

 

 どこまでも、走れる!

 

「すごいよ、トレーナー!」

 

 嬉しくなって、隣を見る。と、

 

「居ない……」

 

 当然のごとくトレーナーは影も形もなくなっていた。

 

「飛ばしすぎた……」

 

 

 10分ほど待っていると、ようやくツンツン頭が見えてきた。

 

 

「たいし~~~ん」

 

 

 情けない声で、涙をちょっと出して駆け寄った。

 

 

「寂しいだろ! お前と走ろうと思ったら置き去りかよ!」

「ごめんごめん」

 

 

 胸を叩いて謝った。

 

 

「でもさ、トレーナー」

「どした?」

 

「アタシ……速くなってるよ!」

 

 わくわくが抑えきれずに拳を握って言ってしまった。

 

 その姿に満足したのか、安心したように彼は顔を緩めた。

 

 

「そうか! やったな! 神社までもっかい競走だ!」

 

 

 子供みたいに笑った。

 

 

「……それ、また置いてかれるよ?」

 

「それはダメだ! 2キロ」

 

 

 条件だ。と二本の指を立てる。

 

 

「俺を置いてって、2キロ離れたらその場でもも上げしてろ」

「えぇ……」

「露骨に嫌そうな顔すんな。俺が可哀そうだろ?」

 

 

 全力でどこまでも走れないのは嫌だけど、こいつ見捨てるのも違う気がする。

 

 

「……わかった」

 

 渋々頷くと、アイツは仕切り直しだ! と拳を叩く。

 

「よーい!」

 

 再び構える。

 

 

「ドン!」

 

 

 全速力で走り去った。

 

 

 

 

 

「このくらいかな」

 

 

 体感2キロ走ったら、その場でもも上げしてあいつを待つ。

 

 

「……あ」

 

 

 カーブしてきて見えたツンツン頭。

 十分あったまってる足は今にも動き出したがっていた。

 

 

「……そうだな」

 

 呟いて、

 

「あんたが見えたら走るから!」

 

 大声で叫ぶ。

 

「おおおおーーーー!」

 

 

 拳を上げて更にでかい返事が返ってきた。

 

 よし。そうと決まれば……!

 

「はああっ!」

 

 ダッシュだ!

 

 

「見えた」

 ダッシュ!

 

「来た!」

 ダッシュ!

 

「ツンツン!」

 ダッシュ!

 

 

 

 それを繰り返して……。

 

「着いた……」

 

 

 天までつながってそうな長い石の階段が現れた。

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 骸骨みたいになって、息を切らしながらバカがたどり着いてもも上げをやめた。

 

「おつかれ……」

 

 

 うずくまって肩で息をしながら労った。

 

 

「いや、あんたの方が疲れてるでしょ?」

「お前は、平気なの?」

「うん」

「まじか、すげぇな……」

「当たり前。ヒトとウマ娘の差ってやつ」

 

 

 あたりを見回して……。

 

 

「ちょっと待ってて」

 

 

 それに向かって歩き出した。

 

 

  ◇

 

 

 20キロくらい走ったんだ。さすがにキツくて座り込んだ。

 

 

「あいつ……顔色一つ変えずに走りきるとか」

 

 

 凄すぎるぜ……。

 デビュー戦、楽しみすぎる。

 

 

「はい」

 

 

 そんなことを考えてると、上から声が掛かった。

 

 見上げた先にはスポドリを差し出すタイシン。

 

 

「今日くらいはアタシが奢るよ」

 

「さんきゅ」

 

 それを笑って受け取った。

 

 

 

 少し休憩し、日が傾いてきたころ。

 

「お参り行こうぜ?」

 

 せっかく神社に来たんだ。

 

 このところトレーニング三昧でゆっくり話する機会もなかったので誘ってみる。

 

 

「手ぶらで帰るのも癪だし、いいよ」

 

 

 立ち上がって、ゆっくりと長い石段を上った。

 

 

  ◆

 

 

「人、多いね」

 

 

 少し込み合った境内。

 

 

「だな」

 

 

 右に逸れて、林の方へ歩き出す。

 

 

「どこ行くの?」

 

「とっておきの場所」

 

 

 

 

 

「へぇ……」

 

 

 林の中を歩いて、開けた場所にたどり着く。

 

 小さな社と、柵に囲われた崖。

 

 喧騒の無い静寂。

 

 目の前に広がる、夕日に包まれた町。

 

 

「いい場所だろ?」

 

「うん……」

 

「さきにお参りしちまおう」

 

 

 隣にある小さな社の前でしゃがむとタイシンも来た。

 

 手を合わせて目を閉じる。

 

 

「神様……頼んます。タイシンを最強にするために力ください……まじで……」

 

「ねぇ……」

 

 

 手をこすり合わせてると、ジト目で見られた。

 

 

「声出すぎ……」

 

「い、いやあ、緊張しちまってな」

 

「アンタが走るわけじゃないでしょ……」

 

 他人事のように呟いて、目を閉じた。

 

 こいつ肝っ玉座りすぎだろ。

 

 とにかく!

 

 神様!

 こいつに力貸してやってください!

 

 

 二拍して、立ち上がる。

 

 

 すると、タイシンは俺より早く祈り終わったようで。

 

 

「こっち」

 

 

 ぽんぽん、と。たったひとつのベンチに座って隣を叩いた。

 

 お言葉に甘えて、そこに座った。

 

 ぼんやりと夕日を眺める。

 

 

「ねぇ、なんで今日アタシと走ったの?」

 

 

 不意な疑問。

 

 

「前約束したじゃねぇか。『今度走ってくれよ』って」

 

 

 そういや、そんときもこの空模様だったな。

 

 

「あ、でも今回はノーカンだぞ! お前と一緒には走ってないからな」

 

「え……」

 

「併走できるようになるまで付き合ってもらうからな!」

 

「一生じゃん……」

 

 

 ぼやいて、まだ、続ける。

 

 

「でも、それ以外にも理由あるんでしょ?」

 

 鋭い視線で胸の内を言い当てた。

 

 こいつ……、心でも見えてんのか?

 

 

「まあな、聞きたかったんだよ。お前が走る理由」

 

 白状。

 

「お前の口から、一度も出なかったからな」

 

「そっか」

 

 

 夕日が横顔を照らす。

 

 瞼を閉じる。

 

 そして、もう一度、開かれる。

 

 瞳の中に炎を写した。

 

 

「アタシは、バカにしてきた奴ら全員黙らせる」

 

 

 そして自嘲気味に笑った。

 

 

「歪んでるでしょ?」

 

 

 日が落ちて、周りを暗闇が包み込む。

 

 

「歪んでるが……」

 

 

 点滅しながら街灯が俺たちを照らした。

 

 

「いい理由だ」

 

「はあ?」

 

「それがお前に火をつける。心ごと利用してゴールを奪え」

 

 

 立ち上がって、風が舞い、彼女は俺を見下ろした。

 

 

「当たり前」

 

 宣戦布告。

 

「一着とって、あんたをビビらせるから!」

 

 

 闇を切って拳が突き出た。

 

 頼もしくて楽しみなその姿で、こっちも挑発的な笑みが浮かぶ。

 

 

「期待してるぜ」

 

 

 こいつは絶対に強くなれる。

 

 もし。全員黙らせることだけが理由なら、俺は出走を取り消していた。

 だが、あいつは『歪んでいる』ことを理解していた。

 

 抽象的な対抗心ってのは愚者を苦しめて、投げ捨てる。

 

 それを持ってレースをするんだ。

 『自覚』をしなければ、絶対に飲み込まれる。

 

 それをわかってんだ。

 

 賢く、謙虚だ。

 小さい体の下に、いくつもの経験がある。ただのガキじゃない。

 

 それを今日、確信できた。

 

 

「帰るか」

 

「……うん」

 

 

 暗闇の中を歩き、階段を降りて神社を後にした。

 

 

 そして、ウマ娘用の道と歩道の境界にて。

 

 

「先帰ってろ。門限がそろそろまずい」

 

 

 もうすっかり日は落ちていた。

 

 

「………」

 

 

 何故か重い空気。

 

 妙に、怪訝な顔で睨まれる。

 

 

「えっと……」

 

「今までトレーニングばっかでアンタと話してない」

 

 

 タイシンはぴょい、と軽くステップを踏んでこっちに来た。

 

 

「帰るまで、話に付き合ってもらうから」

 

 

 隣で意地でも動くかと袖を掴まれた。

 

 これに関しちゃ、俺が100悪いな……。

 

 

「一緒に寮長に怒られますか……」

 

 

 降参。

 

 頭を掻いて、仄かに灯される歩道を歩き始めた。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ———いよいよ、ナリタタイシンの『メイクデビュー』出走の時。

 

『晴れ渡る空のもと行われる、札幌レース場。芝2000メイクデビュー。9人のウマ娘たちが挑みます』

 

 ゲートに入る。

 

『レース準備が整いました』

 

 さあ、見せてやれ。

 

 ガコン——。

 

『スタートです!』

 

 初陣だ!

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございました。
次はレースです。
俺もワクワクしてます。


そして、1話より3000字多くなっているのですが、前後編に分けた方が良いのでしょうか……?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。