三話
「ふぁあ……」
まだ暗い朝。
肌寒いし、霧だって出てる。
寮から出るが、当然誰もいない。
現在4時30分。
眠気を伸びで殺してグラウンドへ向かった。
◇
「よお、タイシン。遅刻しないとは偉いぞ!」
目じりに涙を溜めた眠そうなのがとぼとぼ歩いてきた。
「ねぇ、早すぎない?」
開口一番文句を言われた。
「んなこたねぇよ。昨日やろうと思ってたメニュー一個もこなしてないんだ。さっさと他の連中、追い付いて、追い抜くぞ!」
最強のウマ娘になるって公言しちまった以上、全部全力だ。
妥協は絶対にしないぞ。
その気持ちを込めた目で、アイツに言い放った。
「……!」
眠そうな顔が一気に強張り、スイッチが入る。
やる気満々だ。
「うっし。それじゃ、朝練始めんぞ!」
拳を作って、
「おおおーーー!」
天へ突き上げた。
しかし響くのは俺だけの声。
「………。一気に冷めた」
さっきの釣り目はどこへやら……。しかし、瞼が垂れているが、闘志に火は付いている。
「もっかいいくぞ!」
声を張って、拳を作る。
「頑張んぞおお!」
空へ!
「おおおーー!」
「お~……」
流し作業といった風に、弱っちい拳を上げた。
ま、今日はこんくらいでいいだろう。
そんなことを考えて腕を組むと、面倒くさそうにタイシンが口を開く。
「ねぇ、それ毎回やんの?」
「もちろん!」
「ウザ……」
こうして今日の朝練が始まった。
◆
「準備運動終わったよ。なにすんの?」
完全に体を起こしてタイシンが駆け寄ってくる。
その質問、待っていた!
「俺のとっておきメニューをやるぞ」
ごくり。緊張が奔る。
タイシンはじっと俺のことを見て裾を握る。
そして、拳を握り、突き出した。
「正拳突きだ!」
・・・・・
「は?」
がっくりと肩を落とされる。
「本気で言ってる?」
「本気で言ってる」
疑いの眼差しに、まっすぐな眼差しで返す。と
「はぁ……。分かった。やってあげる」
ため息をつきながらも了承した。
「えらい素直だな」
「まあ、昨日の資料見たし、聞いたし……」
うつむいてぼそぼそ言うが、協力的でなにより。
「よかったぜ」
くしゃっと頭を撫でて、
「んじゃ、始めるぞ」
距離をとって、腕を組んだ。
一瞬の静寂。
お互い表情が引き締まる。
「腰、落とせ!」
しゅっ。すぐに言うとりにする。
「右から交互に、拳を突き出せ!」
「ふっ。はっ——」
二回の突き。
「だめだ、ブレた! 腹に力入れろ!」
「わかった」
「もっかい!」
「はっ、はあっ!」
「その調子だ。微動だにせず正拳突き500回! 終わるまで別メニューはなし。いいな!」
「うん……!」
拳を突き出し、汗が散った。
300回が過ぎた。
「体幹のトレーニングだ。ウマ娘の力は半端じゃない。かといって、誰かにぶつかってもらうのは死んじまう」
右、左……! 拳を突き出す。
「腰が上がったぞ、もう100回!」
「ちいっ……!」
奥歯を噛んで、腕を突き出す。
「自分の力、殴ってるときの力。そいつはとっておきの練習相手だ! 力に振り回されるな! 自分の全力に勝ってみせろ!」
「……ああっ!」
拳が風を切る。
「それに、テメェにはムカつく相手が居るんだろ? うっぷん晴らしにぶん殴れ!」
「はあっ!」
全力の拳が突き出た。
「ブレた! 怒りも制御しろ! いつまで経っても走れないぞ!」
「わかったっての!」
ふるうごとに力とキレが増していく。
コツが分かってきたみたいだ。
こいつ、やると決めたら呑み込みが尋常じゃなく良い……!
左!
「698!」
右!
「699!」
ラスト!
「「700!」」
「っつ、はぁ~~」
空気の抜けた風船のようにタイシンは芝に倒れこんだ。
キーンコーンカーンコーン。
それと同時に6時のチャイムが鳴り響く。
「今日はここまで。明日からは1000回。これを5時30分までにやってもらう。その他にもメニューは山盛りだ。覚悟しとけ」
はぁ、はぁ、と息が上がるタイシン。
近づいて、隣に座る。
「ま、おつかれさん」
「ほんっと、疲れた……」
腕で汗をぬぐった。
仕方がない。
ウマ娘の本気の拳は当たったらどうなるか、想像しただけで身の毛もよだつ。
それほどに重い一発。
制御するには時間と体幹と体力が必要になる。
これは本来して然るべきメニューだと、俺は勝手に思ってるが他にやってる奴は居ない。
隣を見る。
まだしたりないと、飢えた猛獣のように目をぎらつかせた少女が立ち上がった。
その姿が嬉しくて、逞しくて、ほくそ笑む。
「シャワー浴びて飯食え。午後はもっと鍛えてやる」
「手、抜いたら許さないから」
彼女は歩き出す。
小さい背中が遠ざかり、
「これからよろしく、アタシのトレーナー」
一言置いて朝焼けに消え去った。
「カッコつけすぎだ……」
嬉しさの悪態をついて俺も立ち上がった。
◆
「だあああああああっ!」
午後、気合と根性の叫び声がグラウンドでこだまする。
「あと10分! 踏ん張れよ!」
「わかってる!」
何をしているのかというと、ひたすらもも上げ。
30分耐久メニュー。
こいつは一か所で行うことに意味がある。走力アップも勿論だが、固定された芝の上でやることで、感覚を掴ませる。
あくまで走るのは固いコンクリートの上じゃない。
滑り具合、何度も踏んでぬかるんだ馬場。体力を奪われる足場。
砂もそうだ。はげた部分を走るのは滑る。
踏むごとに地面は変わる。どんな状況でも対応できるようにしたいのだ。
そういった地形条件を走力、体力アップを兼ねて行う。
「最後まで体幹を意識しろ。ぐらつくな」
さすがに、きつそうだ。
顔を歪めて、汗が流れる。
「1分! ラストスパート、気張れ!」
「はあああああああああっ!」
全力でももを上げる。
3,2,1,
「よし」
スタン——ッ。
紐が途切れたように息を荒げ座り込んだ。
「はぁ、はぁ、」
息を切らすタイシンをのぞき込む。
「もうひと踏ん張りできるか?」
「当、然……っ!」
ガクガクの足で立ち上がった。
「いいや、今日はやめとこう」
この前に腕立て100回もやったんだ。朝練も兼ねて、本格訓練初日にしては十分な結果だ。
「……っ! やだ、まだだっ!」
切羽詰まって、必死に訴える。
「休むのも特訓。待て。お前に必要なのはそいつだぜ」
まだ何か言いたいよう。無言で俺を睨んでくる。
不本意だが……。
トン——。
肩を少し後ろに押すと
「うわあっ⁉」
足元から崩れ落ちる。
転倒することは分かってた。横に回って素早くキャッチ。
「ほらな。足が棒になっちまってる。今日は休めよ、おっけーな!」
「はぁ……」
観念したようにため息をついた。
「わかった。今日は休む」
「おしっ!」
抱き起こして、芝を歩く。
「—————っ」
不意によろけて肩がぶつかる。
「ごめん」
「いいや。こっちこそ」
無茶させちまったかな。
ちょっと反省だ。
坂を上って、グラウンドから離れた。
「ジュース奢ってやるよ。何が良い?」
自販機の前で立ち止まった。
「いいの!?」
一瞬で疲れた顔が明るくなる。
「ああ。ご褒美ってやつだ」
「えっと、じゃあ……」
商品を眺めて一番上の段に目が留まった。と思ったら目をそらして下の段で何を買うのか悩み始めた。だけど、その表情は微妙。
あぁ……。察しがついた。
ピッ。
最上段のコーラのボタンを押した。
ガコン。
落ちたペットボトルを拾って、差し出した。
「ほいよ」
「………」
しばらくジト目で睨んで、受け取った。
「あんた、もしかして鋭い?」
「いやいや、さっきのはバレバレだったぜ?」
身長足りなくてボタンが押せなかった。というか、俺の前でジャンプして買うのが嫌だったんだろう。
「困ったら言えよ。遠慮はいらねぇからさ」
「……考えとく」
素っ気なく呟いて、プシュッ。キャップをひねった。
◇
教室のドアを開けた瞬間。
「タイシイイン!」
朝っぱらからチケットが飛びついてきた。
「なに?」
「私ね、すっごいうわさ聞いちゃったんだよ!」
拳を握って、元気に笑う。
「噂?」
「あのね、朝のグラウンドに幽霊が出るらしいんだ」
幽霊……?
「のくせに、アンタ平気なんだ」
「うん。幽霊退治してくれるウマ娘が居るらしいんだ」
「ほお、どんな?」
登校してきたハヤヒデも混ざる。
「薄暗い霧の中、幽霊の大男とウマ娘が戦ってるんだ!」
何言ってんのコイツ。
「こう、バーンって何回も殴ってるらしいよ!」
その場で、大げさに拳を振るった。
「バカじゃないの。グラウンドで大男とウマ娘って……」
……あれ?
「朝明け方に戦ってるらしいのだとか、小耳に挟んだな」
明け方。拳を振るってる。霧の中。大男
…………アタシらだ。
「どうかしたかタイシン。顔がやけに強張っているぞ」
「え、あ、そう?」
まっずい。
普通に考えて、でかい声出して正拳突きとか不審者でしかない……。
「でも、すっごいよねぇ」
チケットが遠くを見つめた。
「尊敬しちゃうよ」
笑顔を浮かべる。
「だって、誰も見てないし、知らないのに幽霊と戦ってるんだよ! 頑張っててすごいなあ」
知らないところで、頑張ってる。か……。
「どうしたタイシン。ご機嫌じゃないか」
「……別に」
そうだ。知られてなくても、やってやる!
急に成長して、みんなの度肝を抜いてやるんだ!
順調な滑り出し。モチベーションも高い。けど、三週間後に思うのだった。
「飽きた」
◆
そんなこんなで特訓が始まって三週間が経った。
そんな日の夕暮れ。
「今だっ!」
「だああああああっ!」
全力疾走。
第四コーナーからゴールまで走り抜けた。
今やっているのは第四メニュー。
軽く走りながら周回。そして、俺の合図が出た時だけ全力疾走できるというトレーニングだ。
瞬発力を高める。とタイシンには説明し、やらせている。
基本的に三週間は正拳突き、ももあげ、腕立て、そしてダッシュ。この四つを繰り返した。
「よし。引き続き、コースを軽くランニング!」
◇
くっそ、またここで打ち止め……?
あいつと組んでから一度たりとも全力でコースを走ってない。
こんなので強くなれてんのか。
苛立ち。
最初は例の退学騒動で信用しきっていたけど、これを繰り返す必要はなんだ。
あいつへの疑問が残ったまま、コースを軽く走る。
「今!」
号令。
「はあああああっ!」
全力で走る。
この瞬間が一番良い。
全部を出し切る感覚。
タイムさえ計らせてもらえないのは、ちょっとムカつく。
「やめ!」
楽しい時間も終わって、周回に入る。
「明日で最後だぞ……!」
そう。メイクデビューまであと2日。
これだけでいいはずない。
きっと明日、特別な特訓があるんだ。
そう思って——、
「今だ!」
最後の全速力を繰り出した。
◆
「999!」
「ラストオ!」
「1000!!」
最後の拳を突き出した。
「よし!」
申し分ない。
「完璧にこなせたな! よくやったぞ!」
「うん……」
今回は一度も体をブレさせなかった。
いつもは+100回とかミスでやらせてたが、一発成功したというのに元気がない。
そりゃそうだよな。
強くなれるとはいえ、飽きる訓練ばっかりだった。
「タイシン」
ぼうっと遠くを見つめる彼女に呼びかける。
「なに?」
「今日、最終特別特訓をする。放課後、校門にジャージで集合。いいな?」
「………!」
瞳を大きくして驚いて、やる気に満ちた笑み、自身に満ちた笑みになった。
「わかった。絶対それ忘れんな!」
尻尾をるんるんと左右に揺らして、グラウンドを駆け出たのだった。
◇
「やった!」
思わずガッツポーズをする。
ここまで勿体ぶったんだ。絶対、最高のメニューなはず!
これまでの特訓の成果、確かめてやる!
放課後が楽しみすぎる!
◆
そしてその放課後。
校門の前であいつが待っていた。
「来たな」
白い歯を見せてにやりを笑った。
絶対何かある!
アタシの口元も緩くなってる。
「ねえ、早く聞かせてよ! 特別訓練って!」
「ああ」
どや顔で目を伏せ、自信満々に言い放つ。
「俺と走れ!」
「……………は?」
「神社まで競走だ!」
「はぁ……」
ため息が出る。
「ねぇ、それのどこが特別なの?」
「ま、やりゃ分かるって」
こいつの自信はどこから出てくるのか……。
こうなったたら自棄。
意味なかったら蹴っ飛ばす。
心に誓って、車道の横、ウマ娘用のコースにトレーナーと並ぶ。
「んじゃ、行くぜ?」
お互いに構える。
「よーい」
深く、足に力を入れ、
「どん!」
踏み切った。
全力で駆ける。
「足が、軽い……!」
驚くほど違う。
姿勢が全くブレない。
「なにこれ……!」
鳥になったみたいに自由。
どこまでも、走れる!
「すごいよ、トレーナー!」
嬉しくなって、隣を見る。と、
「居ない……」
当然のごとくトレーナーは影も形もなくなっていた。
「飛ばしすぎた……」
10分ほど待っていると、ようやくツンツン頭が見えてきた。
「たいし~~~ん」
情けない声で、涙をちょっと出して駆け寄った。
「寂しいだろ! お前と走ろうと思ったら置き去りかよ!」
「ごめんごめん」
胸を叩いて謝った。
「でもさ、トレーナー」
「どした?」
「アタシ……速くなってるよ!」
わくわくが抑えきれずに拳を握って言ってしまった。
その姿に満足したのか、安心したように彼は顔を緩めた。
「そうか! やったな! 神社までもっかい競走だ!」
子供みたいに笑った。
「……それ、また置いてかれるよ?」
「それはダメだ! 2キロ」
条件だ。と二本の指を立てる。
「俺を置いてって、2キロ離れたらその場でもも上げしてろ」
「えぇ……」
「露骨に嫌そうな顔すんな。俺が可哀そうだろ?」
全力でどこまでも走れないのは嫌だけど、こいつ見捨てるのも違う気がする。
「……わかった」
渋々頷くと、アイツは仕切り直しだ! と拳を叩く。
「よーい!」
再び構える。
「ドン!」
全速力で走り去った。
「このくらいかな」
体感2キロ走ったら、その場でもも上げしてあいつを待つ。
「……あ」
カーブしてきて見えたツンツン頭。
十分あったまってる足は今にも動き出したがっていた。
「……そうだな」
呟いて、
「あんたが見えたら走るから!」
大声で叫ぶ。
「おおおおーーーー!」
拳を上げて更にでかい返事が返ってきた。
よし。そうと決まれば……!
「はああっ!」
ダッシュだ!
「見えた」
ダッシュ!
「来た!」
ダッシュ!
「ツンツン!」
ダッシュ!
それを繰り返して……。
「着いた……」
天までつながってそうな長い石の階段が現れた。
「ぜぇ……ぜぇ……」
骸骨みたいになって、息を切らしながらバカがたどり着いてもも上げをやめた。
「おつかれ……」
うずくまって肩で息をしながら労った。
「いや、あんたの方が疲れてるでしょ?」
「お前は、平気なの?」
「うん」
「まじか、すげぇな……」
「当たり前。ヒトとウマ娘の差ってやつ」
あたりを見回して……。
「ちょっと待ってて」
それに向かって歩き出した。
◇
20キロくらい走ったんだ。さすがにキツくて座り込んだ。
「あいつ……顔色一つ変えずに走りきるとか」
凄すぎるぜ……。
デビュー戦、楽しみすぎる。
「はい」
そんなことを考えてると、上から声が掛かった。
見上げた先にはスポドリを差し出すタイシン。
「今日くらいはアタシが奢るよ」
「さんきゅ」
それを笑って受け取った。
少し休憩し、日が傾いてきたころ。
「お参り行こうぜ?」
せっかく神社に来たんだ。
このところトレーニング三昧でゆっくり話する機会もなかったので誘ってみる。
「手ぶらで帰るのも癪だし、いいよ」
立ち上がって、ゆっくりと長い石段を上った。
◆
「人、多いね」
少し込み合った境内。
「だな」
右に逸れて、林の方へ歩き出す。
「どこ行くの?」
「とっておきの場所」
「へぇ……」
林の中を歩いて、開けた場所にたどり着く。
小さな社と、柵に囲われた崖。
喧騒の無い静寂。
目の前に広がる、夕日に包まれた町。
「いい場所だろ?」
「うん……」
「さきにお参りしちまおう」
隣にある小さな社の前でしゃがむとタイシンも来た。
手を合わせて目を閉じる。
「神様……頼んます。タイシンを最強にするために力ください……まじで……」
「ねぇ……」
手をこすり合わせてると、ジト目で見られた。
「声出すぎ……」
「い、いやあ、緊張しちまってな」
「アンタが走るわけじゃないでしょ……」
他人事のように呟いて、目を閉じた。
こいつ肝っ玉座りすぎだろ。
とにかく!
神様!
こいつに力貸してやってください!
二拍して、立ち上がる。
すると、タイシンは俺より早く祈り終わったようで。
「こっち」
ぽんぽん、と。たったひとつのベンチに座って隣を叩いた。
お言葉に甘えて、そこに座った。
ぼんやりと夕日を眺める。
「ねぇ、なんで今日アタシと走ったの?」
不意な疑問。
「前約束したじゃねぇか。『今度走ってくれよ』って」
そういや、そんときもこの空模様だったな。
「あ、でも今回はノーカンだぞ! お前と一緒には走ってないからな」
「え……」
「併走できるようになるまで付き合ってもらうからな!」
「一生じゃん……」
ぼやいて、まだ、続ける。
「でも、それ以外にも理由あるんでしょ?」
鋭い視線で胸の内を言い当てた。
こいつ……、心でも見えてんのか?
「まあな、聞きたかったんだよ。お前が走る理由」
白状。
「お前の口から、一度も出なかったからな」
「そっか」
夕日が横顔を照らす。
瞼を閉じる。
そして、もう一度、開かれる。
瞳の中に炎を写した。
「アタシは、バカにしてきた奴ら全員黙らせる」
そして自嘲気味に笑った。
「歪んでるでしょ?」
日が落ちて、周りを暗闇が包み込む。
「歪んでるが……」
点滅しながら街灯が俺たちを照らした。
「いい理由だ」
「はあ?」
「それがお前に火をつける。心ごと利用してゴールを奪え」
立ち上がって、風が舞い、彼女は俺を見下ろした。
「当たり前」
宣戦布告。
「一着とって、あんたをビビらせるから!」
闇を切って拳が突き出た。
頼もしくて楽しみなその姿で、こっちも挑発的な笑みが浮かぶ。
「期待してるぜ」
こいつは絶対に強くなれる。
もし。全員黙らせることだけが理由なら、俺は出走を取り消していた。
だが、あいつは『歪んでいる』ことを理解していた。
抽象的な対抗心ってのは愚者を苦しめて、投げ捨てる。
それを持ってレースをするんだ。
『自覚』をしなければ、絶対に飲み込まれる。
それをわかってんだ。
賢く、謙虚だ。
小さい体の下に、いくつもの経験がある。ただのガキじゃない。
それを今日、確信できた。
「帰るか」
「……うん」
暗闇の中を歩き、階段を降りて神社を後にした。
そして、ウマ娘用の道と歩道の境界にて。
「先帰ってろ。門限がそろそろまずい」
もうすっかり日は落ちていた。
「………」
何故か重い空気。
妙に、怪訝な顔で睨まれる。
「えっと……」
「今までトレーニングばっかでアンタと話してない」
タイシンはぴょい、と軽くステップを踏んでこっちに来た。
「帰るまで、話に付き合ってもらうから」
隣で意地でも動くかと袖を掴まれた。
これに関しちゃ、俺が100悪いな……。
「一緒に寮長に怒られますか……」
降参。
頭を掻いて、仄かに灯される歩道を歩き始めた。
◆
———いよいよ、ナリタタイシンの『メイクデビュー』出走の時。
『晴れ渡る空のもと行われる、札幌レース場。芝2000メイクデビュー。9人のウマ娘たちが挑みます』
ゲートに入る。
『レース準備が整いました』
さあ、見せてやれ。
ガコン——。
『スタートです!』
初陣だ!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次はレースです。
俺もワクワクしてます。
そして、1話より3000字多くなっているのですが、前後編に分けた方が良いのでしょうか……?