4話にしてようやくタイトルある回です
四話 Start !!
騒がしい会場。
澄んだ青空。
とうとう来た。この日が……。
涼しい風が髪をなびかせ吹き抜けた。
会場を外から眺め、拳を握る。
深呼吸。
「行くぞ」
「……うん」
深く頷いて、俺たちは戦場へと一歩足を踏み出した。
◆
控室の最終会議。
「タイシン」
無音のなかで、呼ぶ。
「なに?」
離れて座っていた彼女が歩いてくる。
その動作はぎこちなく、顔にはかすかに不安が揺らいでいた。
不安。
戦いで最も不要なもの。
選手は全てをレースにかける。
こいつだってそうだ。
だが、一点。不安が介在した瞬間に、負けるのだ。
トレーナーとして、タイシンの全神経をレースに向けさせる必要がある。
一時のプレシャーとなったとしても、言うんだ。
「勝てよ」
ただ一言。そう告げた。
「……当たり前」
炎の揺らぐ瞳で俺を見つめる。
張りぼての瞳。虚勢を張って、睨む。
張りぼてだが、そこには信念が宿っていた。
大丈夫だと信じ、追い打ちをかける。
「黙っていたが、これまでの修行は全て末脚を鍛えるためにあった」
隠していたことを告げる。
三週間の特訓。真意を聞いて、想定外のことに驚き、決意を固める瞬間。成長出来る大切な瞬間だ。
「……いや、知ってるけど。なにどや顔で言ってんの?」
「・・・・え?」
眉をひそめて一蹴された。
がっくし肩を落として開いた口が塞がらねぇ。
こっちが予想外のことに俺が驚いてしまった。
「この展開、師匠からの衝撃の告白で自信持たせる熱いとこだろ!」
頭を抱える。
計画が全部ぶっ壊れた。どうやって自信持たせて緊張ほぐそう……。
だらだら汗を流しながら地面を見ていると、
「……ぷっ」
正面から笑いが降ってきた。
「アンタ、カッコつけるの向いてないね」
笑みを浮かべるタイシン。
緊張は、ほぐれたらしい……。
「練習メニューの効果を教えてもらったのと、この前の夜。作戦は追い込みって聞かされた時から想像ついてたよ」
◆
神社からの帰り道。夜風が吹き抜け、月明かりが俺たちを照らしていた。
レース二日前。俺は簡潔に告げた。
「作戦は追い込みだ」
「わかった」
タイシンは驚かず、ただ頷いた。
新たな作戦を知らせると、こいつは絶対に時間外まで自主トレする。それを防ぐべく前日に言った。
◆
「『一瞬を逃すな』。アンタが付け足した言葉。これだけ聞けば全部つながる」
思い返しながら彼女は言う。
「そっか……」
経験から勝手に導き出される解。
こいつもレースのことしか考えていない。
いい心構えだ。
なら、思う存分、俺はプレッシャーをかけられる。
乗り越えさせる。
最後の最後までこいつを強くする。
「本来なら、初めての作戦で『勝て』なんて言わない。どういう意味か分かるか?」
睨む。
「勝てるんでしょ? アタシなら」
睨み返す。
「そうだ。今日までの特訓でお前は強くなった。ぶっつけ本番だろうが構わねぇ」
そっとほくそ笑んで、
「全員まとめてぶち抜いてこい!」
願いと覚悟を込めて、思いっきり拳を突き出した。
「言われなくてもやってやるから」
暑苦しい、とウザそうにそっぽを向かれたが、その顔には、選手の笑みが浮かんでいた。
突然。コンコン。ドアがノックされる。
「ナリタタイシンさーん。準備お願いします」
「は、はい!」
決戦前。
笑みは消え去り、震えた手を拳を作ってかき消した。
「行ってくる」
タイシンの表情は硬くなり、目を合わせずに部屋を後にした。
「まだ緊張、してるよなぁ……」
震えた後姿を見届けて、頭を掻く。
あいつには今回のレースは色んなものがのしかかってる。
退学を勧められた後、最初のレース。
トレーナーとの最初のレース。
そして、過去に投げかけられた言葉の数々。
さっきの問いには乗り越えた。それは成長の証だ。
しかし、過去にがチラついて緊張するのも無理はない。
どうにかして、和らげることはできないか……。
腕を組んで考えていると、
「……!」
いい考えが思いつき、俺はパドックへとダッシュした。
◆
『8番人気ですが、しっかりとしたスピードを兼ね備えています。決して侮れませんよ』
人の波をかき分けて、パドックの最前列にたどり着いたときにはすでに8人目までの紹介が終わっていた。
『最後です。9番人気。ナリタタイシン』
壇上に現れたタイシンに無数の視線が集中する。
『彼女の脚は最強だ。とトレーナーが豪語していました。どんなレースになるのか期待しましょう』
「っ、あのバカっ!」
顔を赤くしてうつむくタイシンが、俺を見つけて睨みつけた。
そんなとき、低い声がいくつも上がった。
「あのウマ娘、ずいぶん小柄なんだな」
「あんな体で周りと競い合えるのか?」
「下手したら飛ばされちゃうだろ」
「ケガしないといいけどなぁ……」
不安の声。心配の声。
誰一人として、ナリタタイシンを正面から見ているやつが居ない。
「…………っ!」
奥歯を噛んで、俯いた。
言い返せない悔しさを我慢する苦い顔。
そんなのはお前に似合わねぇよ。元気出してくれ。さっきの自信を見せてやれ。
過去と緊張を吹っ飛ばす。
自分で気づいたころには、鉄柵を両手で握りしめて、息をありったけ吸い込んで——
「とぅあいしいいいいいいん!!!!」
呼んでいた。
「ぐあんぶあれえええええええええッ!!」
叫んだ!
バカでかい声が轟いて、人で溢れた会場が何にもない無音になる。破るのは
「はあっ!?」
あっけにとられた彼女の声。
俺は静まり返った人の山を見て、拳を上げる。
「テメェら!! 声ちっせぇぞおおおおおお!」
「ちょ、だ、黙れって! 何してんの!」
後ろでわめくが、知ったことか。
もう一回、タイシンを見て、鉄柵を握りしめる。
「応援だ! せーーのっ!」
叫ぶ!
「がんばれたいしいいいいん!」
俺だけの声が響いて、
「~~~~~~っ!」
若干目じりに涙を浮かべて声にならない声を上げた一秒後。
みんなの顔色が変わった。
「そうだよな」
「デビューするんだ。俺たちが応援しないでどうする」
「よし、がんばれー!」
「応援してるぞー!」
会場が明るくなって、みんながタイシンを見た。
「「がんばれタイシーン!」」
嬉しくって、タイシンに白い歯を見せて親指を立てると、
「…………」
むすっと睨まれた。
「後で蹴っ飛ばす」
不穏なことを呟いて、今までを鼻で笑い飛ばした。
不安や緊張。全部取っ払って挑戦者の笑み浮かべながら戦場に向かったのだった。
◇
『晴れ渡る空のもと行われる、札幌レース場。芝2000メイクデビュー。9人のウマ娘たちが挑みます』
『前日の雨でやや重馬場となりましたが、この影響がどう出るか』
鳴り響く放送。
ざわついた観客席。
それらから遮断された空間に足を踏み入れる。
ゲートの中に入り、深呼吸。
この瞬間が一番集中できる。
『レース準備が整いました』
足を引いて、体制を低くする。
いつでもこい。
金網を、睨みつけた。
ガコン——。
『スタートです!』
一気に視界が開ける。
◇
「行ってこい。タイシン」
鉄柵を握って、後姿を見送った。
◇
『好調なスタート』
他全員を後ろから睨む。
『二人の激しい先行争い。先に出たのは1番』
アタシの作戦は追い込み。タイミングを絶対に逃さない。
心に命じた。
『おっと、重馬場が効いてきたか。心なしか走りづらそうだ』
え……?
重馬場って……。これ、全然きつくないけど……。
思った瞬間、経験がフラッシュバックする。
「その場でもも上げ30分!」
あいつのメニューの方がよっぽどキツかった……!
確か、自分で足場をぐちゃぐちゃにして、負荷をかけるんだっけ。
「うん……!」
走れる!
『第二コーナーを曲がって直線。激しい先行争いは続く』
アタシ、あの中にいたんだ……。
最後方から眺めて分かった。
激しいせめぎあい。あんな中に居たら、小柄なアタシは吹き飛ばされる。
和泉トレーナーは正しかったのかもしれない。
色んな思いが渦巻いたが、首を一度振って切り裂く。
今は、アイツが強くした末脚で、レースを取る。余計な考えは一切なし!
『1番。前に出た。集団をどんどん突き放していく』
『この展開どうでしょう?』
『彼女の脚質には合っています。どうレースが動くのか、面白くなってきました!』
逃げに作戦を変えたのかってくらい突き放していく先頭。
これまでなら、このタイミングで突っ込んでいった。
焦りはない。突き放されたとしても、まくって差し切ってやる。
今は、焦りが全くない……。
「……!」
この前の神社までのダッシュ。
焦らされた待ち時間ってこのための……。
アイツ、やっぱすごい!
◇
「いいぞタイシン……!」
今までの走りは予想通り。いいや、それを上回るくらい完璧だ。
スタミナも残ってる。
重馬場もしっかり乗り越えて、仕掛けるタイミングを狙っている。
それさえ間違えなければ……
「頑張れ、タイシン……!」
拳を握って、レースを睨んだ。
◇
『第三コーナーを曲がる。以前先頭は1番。最後方の9番、ナリタタイシンと10馬身も離れている』
うっさい。これから変わるんだ。
じりじりと加速し、瞬間を狙う。
差しウマ娘が邪魔で前が見えない。
でも一瞬。視界が開けるときがある。
そこを絶対に逃さない。
アタシは……負けない。
『第四コーナーカーブ』
視界が開ける。
青空が見える。
ゴールが、見えた!
「ここ……っ!」
全力をこの脚に乗せて、踏み込む……!
飛ばす。
ぶっちぎる。
「だあああああああっ!」
『抜け出してきたのはナリタタイシン!』
『爆発の様な加速!?』
何回、ランニングからのダッシュ繰り返したと思ってんだ!
『最後の直線。勝負所!』
「だああああああっ!」
足を緩めず、突き進む。
三人一気に追い越した。
『ナリタタイシン。驚異的な末脚を携えて、先頭集団に突っ込むつもりだ。これは、大丈夫なのか!?』
『あんな小柄で集団に……』『自殺行為だ』『痛々しい……』
嫌な言葉が脳裏によぎる。
その怒りを、力にするんだ—————!
「大丈夫に……」
観客席が近づく。
「「きまってんだろ!」」
アイツの声がした。
絶対に、勝つ!
強く、深く、踏み込んで、先頭集団に突っ込んだ。
「だああああああっ!」
ただ走る。
直線。
集団の間を駆け抜けて、最後の一人を目視した。
瞬間————。
「きゃ——っ!?」
隣の娘が、バランスを崩し、肩がぶつかり合った。
『接触か!?』
心配なんてすんな。
こんなので倒れるわけない、じゃん……!
「正拳突き舐めんな!」
よろけそうになった体を足裏で踏ん張って支えて、勢いを加速に変える。
踏み出す。
集団を置き去りに、先頭まで、走る……!
『な、ナリタタイシン。ピンチを超えて先頭へ挑む。駆ける、加速……』
「だあああああっ!」
隣に並んだ。
隣に、並んだ!
目の前を塞ぐデカブツは居ない。あるのは空と、芝と、ゴール!
『残り200!』
『勝つのは1番か9番か』
「アタシに……」
力いっぱい、全力、全部、脚に乗せて、最後の踏み切り。
息を吸って————駆ける!
「決まってんでしょっ!」
隣にはもう何も見ない。
全力で、最後まで、ゴールまで!
奥歯を噛み締めたとき————
「たいしいいいいいいいいいいん!」
バカの叫びが届いた……!
「だあああああああっ!」
喉が裂けそうなくらい叫ぶ。
ゴールまで……アイツのとこまで、走る!
10,5,1………!
ゴール板を、駆け抜けた!
立ち止まって、肩で息をする。
辺りが静かだ。
もしかしたら、頭が真っ白で何も聞こえないだけかも。
掲示板を見上げた。
赤いランプが光った先。
てっぺんに表示されたのは、9番。5馬身差。
「勝っ、た……」
ははっ、震えた笑い声が勝手に出る。
「勝った……!」
観客席に目を向ける。
そこには、アタシ以上に喜ぶバカが居た。
「うおおおおおおおおおタイシンうおおおおおおおお!」
滝の様な涙を流して、両手をぶんぶん振っている。
最後のレースかよってくらいの動き。
メイクデビューなのにね。
勝負はこれからだ。
もう一度、掲示板を見る。
五馬身差……。
全力で、勝ったんだ。勝ち取ったんだ。
ざまあみろ、って感情なのか。嬉しいって思いなのか。どっちか分からないけど、とにかく、観客とアイツに向かって拳を突き出した。
◇
「うおおおおおおおタイシンうおおおおおおおお!!」
雄たけびを上げた。
『勝ったのはナリタタイシン! 見事に制しましたあ!』
歓声が上がる。
「よくやったぞ。タイシン!」
でっかいガッツポーズをして最初の戦いが終わった。
◆
「よっ」
レース場からの通路。
そこで、彼女のシルエットが近づいてきた。
「やったな」
「うん」
顔が見えて、微かに笑った。
わずかに目を伏せる。
見上げた時には笑みは消え、真剣に俺を見た。
「これが始まり。次も勝つよ」
挑発的に、そしてクールに言い切ったが、その拳は熱く震えていた。
「おう! キッッッツいトレーニング大量に用意してやんよ」
「上等。さ、帰ろ」
顎で帰路を差して歩き出す。
その帰る気満々の背中に疑問が浮かび、一言声をかける。
「なあ、ライブはどうした?」
「…………」
返事をせずに固まった。
「いや、うん。分かってる」
歯切れ悪く返事すると、最悪なタイミングで放送がなる。
『ナリタタイシンさん。至急ライブ控室までお越しください』
「おい……」
「行ってくる!」
反対方向へダッシュした。
後姿を見て頭を掻く。
よっぽど嬉しかったんだろう。
普段なら説教してたが、今日は多めに見てやるよ。
俺もその観客席に向かって歩き出した。
◆
人によって本番はここから。
ウイニングライブ。
俺はその辺の指導はしていないので結構楽しみだったりする。
トレセン学園のシステムで、ライブの練習を兼任するトレーナーとトレーニング専門の二つに分かれている。
俺は後者。
というか、前の担当はそんな指導受けずとも歌とダンスが大好きなウマ娘だったから、教える必要がなかったのだ。
アイツのライブは完璧だったが、タイシンはどうなんだろうという期待を膨らませ、会場へ行く。
見下ろすとメイクデビューなのに人でごった返していた。
「いつ見てもすげぇよな……この人数」
レースは最前列で見てたが、ライブ逆。一番遠くから見守る。
レースで勝ったタイシンはセンターの座をもらった。
あいつがかわいいダンスをするのはギャップあるな。楽しみだ。
ニコニコして待つこと10分。
ライブが始まって3分。
俺は————頭を抱えた。
「ひびけ ふぁーんふぁーれ!」
ぎこちない笑顔。
「とどけ ごおる まで」
固い動き。
「ァイ びりーぶ」
上ずった声からの————
「ゆめのさきまで~!」
左右逆の決めポーズ。
「カーーーーーーーーー」
口があきっぱ。
「やらかしたあああああああ!」
全力で頭を抱えた。
まっずい、理事長とか、トレーナー陣に怒られる。
もしかしてダンスレッスンサボってたのか……?
幸い、温かい目で見守る会場の人たち。
タイシンは今にも羞恥心で泣き出しそう。
俺も恐怖で泣き出しそう。
新たな課題も見つかって、無事? ナリタタイシンはメイクデビューを果たしたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ようやくメイクデビューできました……!
一番面白いところで更新遅くなって申し訳ありません。
PCがぶっ壊れていました。
進捗報告できるようにTwitterアカウント貼っておきます。よろしければフォローお願いします。(別規格の発信もしていこうと思ています)
進捗ヤバそうなときにだけ使うかもしれないです(笑)
@kawadakaname