タイシンと究極バカ   作:かわだ

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決戦前



六話 (加筆版)

  六話

 

 

「ねぇ、涼子って誰?」

 

 

 ガシャン——。拳と机が音を立てた。鍛え抜かれた鉄槌。いまにも机が崩れそう。

 

 

「アンタとの関係は?」

 

 疑問は突き刺すような視線で言い放たれた。

 

 タイシンは目をそらさない。ものすごい剣幕で俺を睨んでる。

 

 

 おっそろしい……。

 

 音ゲーで任されたからなのか、かーなりご立腹。

 

 

 夜のトレーナ室。チケット陣営に宣戦布告された後、二人でここへ帰ってきた。

 

 

 目標を定め、談話するために来たのだが、机越しでパイプ椅子に座るタイシンはご機嫌斜め。

 

 怒涛の質問攻めを予感したので、しばらく黙って部屋が静寂に満たされたとき、腹を括って口を開いた。

 

 

渚涼子( いしだりょうこ)……俺のライバルだ」

 

「ライバル……?」

 

「少し長くなるだろうが。気になるんだろ?」

 

 視線を送って意思を問う。

 

 タイシンがこくりと頷いたのを合図に、俺は語り始めた。

 

 

 

「若きにして最強と言われたウマ娘を育て上げたトレーナーだ」

 

 

 数々の名トレーナーが集う中央。その中でも三本の指に入るであろう実力者。と俺が勝手に思っている。

 

 じっくり一人だけを育てるスタンスを持つ彼女が初めて育てたウマ娘は出走したレースで一度しか負けなかった。

 

「というか、ウマ娘たちには有名な話じゃないか?」

 

 説明を切り上げて、タイシンに視線を移す。

 

「え、あ、あ~~。そうかな」

 

 露骨に目をそらして、苦笑した。

 

 

 コイツ、自分のことに精一杯でトレーナーのリサーチもしてなかったとは……。

 

 欠点であり、支えるべき点が浮き彫りになってきたかもしれない。

 

 

「これがアイツが誰かって質問への返答。次は、関係だったな」

 

 

 言うと、視線はこちらに降ろされる。興味あり。好奇心に瞳を少し大きくした。

 前にもこんなのあったな。何がそんなに気になるのかねぇ……。少女の考えは分からん。

 

 

 気になって練習がおろそかになるのはいけない。今のうちに全て話しておくことにした。

 

 

「涼子は俺と同じ高校で同じ部活だった」

 

 

 野球部のマネージャー。というよりかは監督だな。

 

 ただの高校生が、すべての練習メニューをくみ上げ、戦略を練り、野球部を導いたんだ。

 

 あいつに頼りっぱなしだったのが、学生時代の反省点。

 

 

「そして卒業後、またここで出会ったんだ」

 

 

 俺がたどり着いたトレセン学園。そこに、ヤツが居た。白髪で余裕ぶって笑うライバルが。

 

 

 目の前に座る少女を見つめる。俺が育てるべきウマ娘を。

 

 意思を感じ取ったのか、タイシンも眉を顰め真剣な面持ちで向き直る。

 

 その目の奥を見つめて、言う。

 

 

「だからこそ決めた。俺はあいつに勝ちたい」

 

 

 言い切って脱力。

 

 

 背もたれに全てをゆだねた。腕を組んで天井を仰ぎ、ため息を一つ。

 

「でも、言いたくなかったなぁ……」

 

「なんで?」

 

「だって、バリバリ私情じゃねか。余裕の笑みを打ち負かしてやりたいっていう、はたから見たらちっぽけな理由だぜ?」

 

 

 自嘲的に笑うと、タイシンは俯いて。

 

 

「いいんじゃない。アタシだって、反発心で動いたわけだし」

 

 

「……はっ」

「……ふっ」

 

 お互い見合って、鼻で笑い飛ばした。

 

「お互いちっぽけなこと気にしてるよな」

 

「そうかも。でも」

 

「「気になっちまう(気になる)」」

 

 二人から乾いた笑いがもう一度出た……。

 

 

 ふと、さっきの出来事を思いで出して指を差す。

 

「お前もイラっとくると思うぜ?音ゲーで勝ったとき、絶対俺らが来るまでどや顔してたぞ、アイツ」

 

「ふぅん……」

 

 重く眉が下がる。

 

 タイシンの目の中は怒りと闘志でピキピキ燃え上がっていた。

 

 変なスイッチ入れちまったかと不安を感じたが、次の一言でその不安もかき消えた。

 

 

「アタシ、アイツに勝ちたい」

 

「…………!」

 

 

 彼女の眼に灯っていたのはゲームで負けた悔しさじゃない気がした。涼子自身に対抗心を燃やしている。

 

 

「アタシも、チケットとアイツに勝ちたい」

 

 

 口元を歪めて、タイシンは言い切った。

 

 

「ナメられるのが一番嫌い」

 

 

 俺の瞳に目の前のウマ娘の闘志が移された。

 

 

 そんな目見せられちゃ、こっちも燃えるってもんだ。

 

 

「いいぜ。勝とうぜ、アイツらに!」

 

 

 口端を吊り上げて、俺もタイシンを睨みつけた。

 

 

「さっきの宣戦布告忘れた?」

 

 

「ちげぇよ。ただ、お前のやる気にもう一回焚きつけられただけだ。全力でお前を強くする。ついて来いよ?」

 

 

「当たり前。明日までにメニュー。考えておいてよね!」

 

「おうよ!」

 

 

 こうして打倒チケット陣営へ向けた特訓が始まった。

 

 

  ◆

 

 

「正拳突き終わったよ」

 

 

 朝一番のトレーニング。

 

 

 相変わらず、グラウンドには俺とタイシンしかいない。霧にまみれた午前5時半。

 

 

 汗一つ掻かずに、体が温まったというふうに千回の正拳突きをこなしてきた。

 

 

「うっし、それじゃ新メニューを伝えるぞ」

 

 

 昨日完成させた分厚い紙束を片手に向き直る。

 

 

「これからやってもらうのは——」

 

 

 ごくり。目の前の少女は何が来るのかと、構える。

 

 

「ランニングだ」

 

 

「え——?」

 

 

 あっけらかんと肩を落とすタイシン。

 

 

「どうしたよ……?」

 

 

「いや、アンタのことだから訳わかんないトレーニングするんだと思ってたから、拍子抜けだった」

 

「今、必要なのは基礎トレーニングだと判断したからだ」

 

「どういうこと?」

 

 

「正拳突きやらはお前が自主的に基礎練をしていたから+αの総仕上げとして取り入れたんだ。そしてその貯金が尽きた」

 

「変なトレーニングは身体能力全部上げてからってことね」

 

 

「そゆこと」

 

 

 日は完全に上り、寮から朝練に顔を出すウマ娘がちらほら現れ始める。

 

 

「よし、んじゃグラウンド20周! はじめ!」

 

「え、多すぎない!?」

 

「このくらいこなしてみせろ。チケットに負けられねぇだろ?」

 

「……うん!」

 

 

 足を引いたタイシンは、颯爽と、風と共に吹き抜けた。

 

 

  ◆

 

 

 そうして年末のGIホープフルステークスまで特訓を重ねた。

 

 ランニング。筋トレ。タイヤ引き。水泳。

 

 

 全体の能力値を底上げして、GIIIとGIIを勝利。着実に成長し、12月を迎えた。

 

 

 ある日の芝の上。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 ひたすらダッシュのあと。タイシンは体力を使い果たして座り込んだ。

 

 

「お疲れさん」

 

 

 紙束片手に彼女の隣に座る。

 

 チェックで埋め尽くされた紙束。

 

 

 基礎トレーニングやレースをこなした証。それを覗き見て、タイシンは口を開く。

 

 

「ねぇ」

 

「ん?」

 

 

「アタシ、強くなってる?」

 

 

 実感が湧いていないような、浮足立った声音で訊く。

 

 

 

「当たり前だ。チェックリストを全てこなして、レースも勝った。強くなってないわけがない」

 

 

 断言した。

 

 

「数か月の練習の日々。地味ではあったが、決して無駄じゃない。安心しろ。お前は強くなった」

 

「そっか」

 

 

 実感が無いのか……。

 

 いままでしてきた普通のトレーニング。それは確かに皆がやっているものだ。

 デビュー前にしていたものとは毛色が違う。

 

 だが、強くなるためには、これもまた必要なことなんだ。

 

 彼女に渦巻くごく少量の不安感。

 

 取り除くために、俺は断言で返すことしかできなかった。

 

 

 

 小さな風が芝を撫でた。ぱらぱらと脇に置いたボロボロの紙束がめくれる。

 

 

 午後の練習だってのに、とても静かだ。

 

 

「トレーニングしてると時間が過ぎるのがあっという間」

 

 ぽつりとつぶやかれた。

 

「だな」

 

「メイクデビューから数か月経ったのに、全然実感ない」

 

「俺もだ」

 

 

 全力で物事に打ち込むと時間は一瞬だ。

 

 あっという間に過ぎ去っていく。

 

 

「最近、チケットとかハヤヒデと合ってないんだろ?」

 

 

 練習レース三昧。自由な時間を与えてはいるものの、彼女は一人で行動することが多くなっていた。

 

 偶然居合わせたときも一人だったので少し、気になっていた。

 

 

「みんな特訓に夢中。一分でも長く走っていたいんだと思う。アタシだってそうだし……」

 

「そうか」

 

 

 遊びを全て捨てて、全力で挑む。

 

 本来なら羽を伸ばした方が良い。だが、それを本能的に許さないんだろう。

 

 すげぇぜ、こいつらの気合は。

 

 

「ねぇ、トレーナー」

 

「なんだ?」

 

 

 答えた瞬間。ピロン。とポケットの中から音がした。

 

 

「……なんでもない」

 

 

 何かをひっこめて、確認しなよと促された。

 

 音源の正体はニュース記事の通知だった。

 

 

「ほおう……」

 

 

『ビワハヤヒデ 朝日杯FSにて一着』

 

 

 ポップアップにはそう表示されていた。

 

 

「タイシン」

 

 呼んでスマホの中を見せる。

 

「へぇ……」

 

 隣に座るタイシンは俺の手元をのぞき込む。

 

 彼女は口元を歪ませて文字をなぞる。

 

 

「『今回のクラッシックはビワハヤヒデ一強か。』ね」

 

 

 記事には動画が張り付いていた。

 

 タップし、再生する。

 

 

「今回のレース。堂々の一位。力強い走りでした!」

 

 

 インタビュアーが芦毛のウマ娘にマイクを向ける。

 

「ありがとう」

 

 

 それに対しクールに返答するハヤヒデ。

 

 

 記者会見場には彼女とそのトレーナーが並んで取材を受けている。

 

 

「トレーナーさん。クラシック級での進む道は何なのでしょうか?」

 

 

 一同がごくりと生唾を飲み込む。

 

 騒がしかった会場が無音になる。

 

 皆、彼女の一言を待っている。

 

 マイクを持って発したのはただ一言。

 

 

「クラシック三冠を目指します」

 

 

 堂々と和泉トレーナーは言い切った。

 

 

 静寂を切り裂いて、シャッター音の嵐となる。

 

 

「先ほどの走り。まさに三冠を制するにふさわしいものでした。一強。その名が当てはまるウマ娘だと思いました」

 

 

 感極まってか、楽しみなのか、リポーターの声は高く、大きくなっていた。

 

 そんな彼女をたしなめるように、冷静にビワハヤヒデは答える。

 

 

「一強、ですか……。私は違うと断言します」

 

 

 どよめき。

 

 

「で、ではあなたに並ぶほどのウマ娘が居るというのですか!?」

 

 

 驚きながら質問する。

 

 

 その問いに無言で頷く。

 

 

「それは、誰なのでしょうか?」

 

 

 彼女は一度目を伏せ、そっと息を吐く。もう一度、視線を起こして、ぎらついた笑みで言い放つ。

 

 

「次のホープフルステークスを見れば一目瞭然。全てが分かるだろう」

 

 

 その一言で動画は終わった。

 

 

 

 画面から顔を上げて、横を見る。

 

 

 彼女は無言で立ち上がって、大きな背中を見せた。

 

 

「アタシ、もうひとっ走りしてくる」

 

 

 言うが先か、芝の向こうに姿を消した。

 

 

「……絶対勝つ」

 

 

 タイシンの後姿からは闘志がにじみ出ていた。

 

 しかし、どこか揺らいでるような……。脆さも垣間見えていた。

 

 

 

「いける。アイツなら、勝てる」

 

 

 言い聞かせるように呟いた。

 

 

 走る姿を眼に刻み。拳をぎゅっと握りしめた。

 

 

 

 

 ホープフルステークスが今、始まる——。

 

 




二週間経ってしまいました。
死ぬほど忙しくて死にそうだったので、気長に待っていただけると幸いです。
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