ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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プロローグ ターゲット・アンノウン

『代々木公園で起きた暴動事件の犯人を改心させて欲しい』

 

 怪盗チャンネルにそんな依頼が書き込まれたのはつい、今しがたのことだった。

 サイトの管理人である三島はデスクトップパソコンの前で、改心させて欲しい人間をランキングを導入しようとしていた時に、その書き込みを見つけた。

 

「流石にそれは改心とかじゃなくて、警察が逮捕する案件でしょ……ていうか、あれ企業と市民団体の衝突だって話だし」

 

 確かに今夜、渋谷区の代々木公園で通信塔の建設を巡って、暴動事件が起きていた。

 この暴動で辺りは一時騒然となり、建設反対派の市民グループに多数の死傷者が出たとの速報ニュースが、既にインターネット上にもいくつも出回っている。

 心の怪盗団を調べ回っていた警察もこの事態は無視できず一旦調査の手を緩めて、そちらに人手を割り裂いているが、一向に事件の犯人の目星は付いていないらしい。

 

「怪盗団はあくまで法で裁けない悪人を改心させるのが目的なんだから、そんなのよりもブラック経営やってるらしいオクムラフーズの社長とかを改心させる方がよっぽど……」

 

 怪盗団を初期から応援していた支援者として、彼はその依頼を無視してランキングシステムの導入を再度行おうとした。

 しかし、その手を途中で止めて、ふと友人の顔を思い浮かべる。

 こんな時にあの一見大人しそうに見えて芯の強い彼ならどう答えるだろうか……。

 そう考えた三島はスマートフォンを弄り、彼にSNSでチャットを送った。

 すぐに返って来た応答は。

 

『分かった。調べてみる』

 

「二つ返事かよ。でも、あいつらしいな」

 

 怪盗団と違って、身近でそれ故にその強さをまざまざと見せ付けてくる友人。

 だからこそ、三島は彼を指針にしていた。

 

「まあ、俺も俺で怪盗団のためにできること頑張りますかね」

 

 そう言って彼は怪盗チャンネルの更新作業を再開させた。

 

 

 ***

 

 

 チャットを受けた相手、雨宮蓮がSNSを閉じると、屋根裏部屋で共に暮らす同居人が見計らったように話しかけてくる。

 

「蓮。お前も分かってると思うが、ワガハイたちはその犯人の名前が分からない限り、手出しはできないぞ」

 

 同居人、正確には同居猫であるモルガナが彼に言う。

 滑らかに人語を話す黒猫は、今まで乗っていた蓮の肩から床に飛び降りる。

 

「恐らく、パレスやメメントスを使えば、その暴動事件の犯人を改心できるだろう。だが、まずはその相手の名前を特定しなくちゃいけない。警察でさえ、容疑者の特定できてない犯人の名前をどうやって調べるつもりなんだ?」

 

 苦言を呈するモルガナに蓮は眼鏡の奥に灯る真っ直ぐな眼差しを向ける。

 

「頑張る」

 

「具体的なプランなしかよ! それなのに安請け合いしやがって。ホントお前は……」

 

「猫の手も借りたい」

 

「素直に手伝ってくれって言えよ! なんだ、その妙な言い回し。お洒落なつもりか!」

 

 文句を言いつつも、モルガナはどこか呆れたように承諾する。

 

「分かったよ。お前、言い出したら聞かないもんな。なら、早速明日から調査するために今日はもう寝るぞ」

 

 彼は一度決めたことは何があっても曲げない。

 その頑固な性分は、共に幾つもの危機を乗り越えたモルガナは嫌と言うほど熟知していた。

 

「まだ寝ない」

 

「寝ろよ! へそ曲がりか! 他にすることないだろ!?」

 

「寝る」

 

「…………時々、お前、訳分からない対応するよな」

 

 冗談のつもりなのか、はたまた何も考えていないのか、判別に困る返答でモルガナを振り回した蓮は、ようやくベッドに寝そべった。

 布団の上で丸くなるモルガナを眺めながら、ゆっくりと目を(つむ)る。

 するすると思考は闇の中に落ちていき、意識は深い海の底へと潜るように遠のいて行った。

 

『……やがて来る、力を失くした世界。それは無へと、ただ向かうだけ』

 

 朧気に溶けゆく自意識の中、聞き覚えのない女性の声が響く。

 

『ならば、その世界を救うため、その身を母の宿りへと帰そう』

 

 穏やかで静かなその声は告げる。

 

『世界は、また生まれ変わるため、死んでいかなければならない……。世界はその罪で滅び、人は皆消えていく……』

 

 穏やかな日差しで顔を隠された女性は話し続けている。

 だが、その言葉は蓮にではなく、別の誰かに語り掛けているように思えた。

 

『――――私はもう、世界の終わりにも涙を流すことはないでしょう。でも、私は次に生まれる世界でも君を見ていたいと思っているわ……』

 

 愛しさと切なさが入り混じり、絡み合った複雑な想いの乗った言葉。

 それは一体、誰に投げ掛けられたものなのだろうか。

 その疑問を懐いた時、蓮の意識は再び現実世界へと引き戻される。

 

「おい。起きろ、蓮。今日は日曜だけど暴動事件の調査に行くんだろ?」

 

 目覚まし時計の代わりに耳に響くのはモルガナの声。

 上体を起こして未だ夢から覚め切れていない頭を押さえる。

 すると、心配そうにモルガナが顔を覗き込んで来る。

 

「どうしたんだ? 頭、痛いのか?」

 

「……変な夢を」

 

「夢? まだ寝惚けてるのかよ」

 

「いや、何でもない」

 

 蓮はこれ以上、夢の話をしても意味がないと割り切り、そこで会話を打ち切った。

 何故か酷く胸騒ぎがした。

 まるで急がなければ、本当に……。

 本当に世界が終わってしまうような、そんな気がした。

 朝食を適当に済ませた後、居候先の監視者にして喫茶店ルブランの主人、佐倉惣治郎に挨拶をして出て行く。

 

「おい、お前。休日の朝っぱらからどこに行くつもりだ?」

 

「代々木公園」

 

 正直にそう答えると惣治郎は露骨に顔を(しか)めた。

 

「何しに行く気だ。あそこは昨日暴動事件で騒ぎがあったって話だぞ。お前、自分が保護観察中だってこと、忘れてねえか? そんなとこ行って厄介事に巻き込まれたら退学どころじゃ済まねえぞ」

 

 それなりに付き合いも長くなれば、彼が本気で蓮の身を案じてくれていることは分かる。

 もしここで、その暴動事件を調べに行くと言い出せば、惣治郎は絶対に止めるだろう。

 ここは慎重に言葉を選ばなくてはいけない場面だ。

 蓮は悩んだ末に答えを絞り出す。

 

「……モルガナに(つが)いを作ってやろうと思って」

 

「おい。ちょっと待て! ワガハイはニンゲンの女の子が好きなの! 杏殿みたいな!」

 

 肩に乗っていたモルガナは己の名誉のために必死になって、否定するが惣治郎にはニャーニャーと鳴いているようにしか聞こえない。

 

「確かにそいつもオスなら番いにも興味あるだろうが、二匹もウチじゃ飼えねえよ。子供まで作り始めたら手に負えないからな。まあ、なんだ、余計なことに巻き込まれる前に帰って来いよ。双葉が寂しがる」

 

 そう言って、彼はカウンターでコーヒーを淹れる作業へと戻る。

 蓮はホッとした表情でルブランから出て行くと、扉の外で溜息を吐いた。

 

「……切り抜けたな」

 

「『切り抜けたな』じゃ、ねーよ! ワガハイをダシに使いやがって! 名誉棄損だぞ!」

 

「切り替えて行こう」

 

「上手いこと言ったつもりか! 腹立たしい無表情しやがって」

 

 ぎゃあぎゃあと喚くモルガナを、動物愛護団体が見たら卒倒しそうな手付きで無理やり鞄の中に押し込むと、蓮は最寄り駅である四軒茶屋駅まで走った。

 ホームでちょうどやって来た電車に乗り込むと、そのまま代々木公園駅まで向かう。

 その間、鞄の隙間からもの凄く不機嫌そうな眼差しが蓮を睨んでいたが、気付かない振りでやり過ごした。

 駅から出ると、鞄のチャックを開ける。

 恨めしそうな表情で顔を覗かせたモルガナはじいっと突き刺すような視線を送った。

 

「悪かった」

 

「この埋め合わせは銀座の寿司折りで支払ってもらうぞ」

 

「善処する」

 

「胡散臭い政治家か! そこは素直に頷いとけよ! ……ったく、それでどうやって調査するつもりなんだ」

 

 呆れた様子で話題を転換したモルガナに蓮は少し考え込む。

 死傷者が数人も出た代々木公園はまず間違いなく立ち入り禁止になっているだろう。

 何より現場に遺留品が残っていたなら警察が回収していない訳がない。

 となれば周囲の住民に話を聞いて回った方が建設的だ。

 

「聞き込みをする」

 

「まあ、それしかないよな。それにしても聞き込みか。何か探偵の真似事みたいであのいけ好かないアケチを思い出して嫌だな……。ワガハイたちは怪盗なのに」

 

「たまには探偵になるのもあり」

 

 聞き込みに対して乗り気でないモルガナに対し、蓮の方は妙にやる気に満ちていた。

 怪盗というアイデンティティに拘りがあるモルガナと違い、別段、蓮は探偵という職業に隔意を抱いてはいなかった。

 むしろ、夜は怪盗。昼は探偵という二律背反する役割に少し興奮していた。

 意気込んで代々木公園駅周辺の住民に声を掛けに行く。

 モルガナはそんな蓮の姿に、白い目で「変質者みたいな声掛けして捕まるなよ」と鞄の中から冷めた応援を送っていた。

 しかし、予想に反して蓮の手際はよく、行き交う人々に卒なく情報を集めていく。

 喫茶店ルブランや掛け持ちのバイトで(つちか)った社交スキルを惜しげもなく発揮した彼は、さほど時間も掛からずに公園付近での情報収集を終わらせた。

 

「やるな、蓮。伊達にコンビニと花屋と牛丼屋のバイトを掛け持ちしてないな」

 

「ふっ……」

 

 モルガナの賞賛にしたり顔で眼鏡のブリッヂを中指でクイッと持ち上げる。

 

「でも、最近はどのバイトもめっきり行ってないよな。働くの面倒くさくなってないか?」

 

「くっ……まあ、それは置いておいて」

 

 スマートフォンのメモ帳機能に書き留めた情報を再度、整理し始める。

 昨日、代々木公園で起きた暴動事件の全容は以下のようなものだった。

 大手通信企業、『サイバース・コミュニケーション社』が代々木公園に夜間、通信塔建設を行なっていたところ、自然保護を標榜する建設反対派の市民グループが工事中止を訴えて、現場作業員の工事を妨害し、暴動事件に発展した。

 その際、死傷者が三名。いずれ建設反対派のも市民グループから出たとの話だった。

 パトカーや救急車が来て、うるさかったと近隣の住民は証言してくれた。

 ここまでなら、大事ではあるが、あくまで現実的な暴動事件でしかなかった。

 しかし、蓮は聞き込みをしている内に妙な噂話を耳にした。

 

 曰く、『あの暴動事件で悪魔の姿を見た』。

 曰く、『死傷者は悪魔によって惨殺された』。

 

 警察でさえ、まともな証言とは取り上げない様な骨董無稽(こっとうむけい)な話。

 けれど、蓮はその不可思議なものの存在を知っている。

 パレス、メメントス、シャドウ……そして、ペルソナ。

 認知世界。現実とは異なる空間に存在するそれらを知っている彼には、その“悪魔”というものを一笑に付すことはできなかった。

 

「モルガナ。シャドウは……」

 

“悪魔”と言われて真っ先に連想したのはシャドウのことだった。

 シャドウは何故か神話に登場する神々や悪魔、幻獣の名を冠している。

 もしかしたらと考え、モルガナに尋ねたが、彼はあっさりと否定した。

 

「シャドウはあくまで認知世界にしか存在しない。現実に現れて、まして人間を殺すなんてこと……」

 

「有り得ない?」

 

「少なくともワガハイが知る限りではな」

 

「そうか……」

 

 ならば、別方面――つまり、サイバース・コミュニケーション社について調べようと検索エンジンを使おうとスマートフォンを見ると、SNSにメッセージが来ていた。

 差出人は三島。用件は、代々木公園の暴動事件についてだった。

 

『あの後、こっちでも調べてみたけど、あの事件を起こした企業、サイバース・コミュニケーション社ってとこらしいんだ』

 

 こちらでもその企業について調べている旨の返答を送るとすぐに三島から応答が返って来る。

 

『そこのCEO。氷川って男なんだけどさ。結構黒い噂があって、何でも裏でカルト教団と通じてるとかって話』

 

『カルト教団?』

 

『詳しくは知らないけど“ガイア教団”っていう、自然や万物との調和を題目としているカルト宗教組織だよ』

 

 三島のそのメッセージに蓮はふと聞き込んだ内容と重なる部分を見出す。

 サイバース・コミュニケーション社の通信塔建設を妨害しようとした、自然保護を標榜する建設反対派の市民グループ。

 ひょっとすると、この市民グループはガイア教団の人間だったのではないか。

 もしもこの推測が正しければ、単なる自然保護団体と企業の揉め事ではなく、カルト教団の内輪揉めということになる。

 

『他にガイア教団についての情報は?』

 

『どうだろ。一応、ヤバいカルト教団ってぐらいしか表には出て来てないけど……。その(くだん)の氷川も今、行方不明だって話だし、これ以上のことはネットには出回ってないな』

 

 手詰まりか、と思い、一言感謝のコメントを送り、メッセージを閉じようとする。

 だが、ポケットにスマートフォンをしまう寸前、三島からメッセージが飛んできた。

 

『あ、確か“月刊アヤカシ”ってオカルト雑誌でそういうの取り上げてたのを見た気がするけど、書店で軽く立ち読みしたくらいだからあんまり覚えてないな』

 

「月刊アヤカシか……」

 

 近くに本屋でもあれば、探してもいいかもしれないが生憎と付近にその類の店はない。

 今度こそスマートフォンをしまうと、モルガナに今の話をする。

 

「今更、原宿か渋谷に戻って本屋に行くっていうのもあれだよな。ならダメ元で代々木公園に行ってみるのもいいんじゃないか?」

 

「現場に入れるとは思えない」

 

「別に現場に行けなくてもワガハイたちみたいに暴動事件を探ってる奴が近くに居るかもしれないぞ」

 

「一理ある」

 

 少なくとも書店でオカルト雑誌を探すよりは期待できそうだ。

 そう思った蓮は代々木公園の入口へと向かった。

 公園の入口まで行くと誰かが立っているのが見えた。

 一眼レフカメラを持ったその人物はこちらを向いて、どこか皮肉気な笑みを浮かべた。

 

「今日はよく少年に会うな。中高生の中だとやっぱり昨日の事件に興味津々なのかね?」

 

 襟足の長い、口回りに髭を生やしたその男は、初対面にも(かか)わらず、蓮へとそう尋ねた。

 

「そちらも似たようなものでは?」

 

 臆することもなく、一眼レフカメラを見ながらそう返すと一瞬だけ虚を突かれたような表情をした後、クツクツと笑い声を漏らす。

 

「ああ、カメラ(これ)ね。デバガメにでも見えたか? 好奇心があって立ち寄ったが、一応仕事なんだよ。現場の取材。ま、こんななりでもジャーナリストの端くれでね」

 

 ジャーナリストと言われ、自然と知り合いの記者の大家一子を頭に連想する。

 改めて考えると彼女も彼女でラフでフランクな格好をしていた。雑誌の特色にも寄るだろうが、堅苦しい格好は必要ないのかもしれない。

 そんな風に蓮が考えていると男は名乗った。

 

「自己紹介が遅れたな。俺は(ひじり)丈二(じょうじ)。月刊アヤカシってオカルト雑誌を書いてるモンだ」

 

「……! 月刊アヤカシ」

 

 まさか、つい先ほど三島から聞いた雑誌の名前に思わず、反応する。

 

「お、知ってるのか? ひょっとして購読者? だったら、来月号は楽しみにしててくれよ。何たって、あのガイア教団と氷川の謎をクローズアップして書くつもりだからな」

 

 




積んでいたペルソナ5(無印)をクリアした記念に書いてみました。
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