ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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第二話 リユニオン・ファントムシーフ

 茶色の壁は、地殻の断層のようにいくつも微妙に異なる色の層が折り重なって広がっている。

 土でできているのかと思い、蓮は壁に触れるが、想像とは違って硬質で冷たい感触が指先に返って来た。

 

「無暗に触るなよ。ここがどんな場所かも分かってないんだから」

 

 四足歩行で脇を歩くモルガナが珍しく本気で注意する。

 不用意だった、と一言謝った後、蓮は再び通路を進む。

 どこまで続いているのか分からない茶色の空間に嫌気を感じ始めて来た時、大きく開けた場所へと出た。

 

「お、ここは広い空間だな。出口が近かったりしないか?」

 

 閉塞感から解放されたおかげかやや弾んだ声でモルガナは周囲を見回す。

 パレスでもメメントスでもないのはまず間違いない。

 もし認知世界ならモルガナはデフォルメされた二頭身のマスコットのような姿になっているはずだ。

 黒猫の姿のままということは逆説的にこの場所が、現実世界だということになるのだが……。

 

「色彩が地味なパレスみたいだ……」

 

 茶色や焦げ茶色の壁や天井で構成されている空間は、人工物を彷彿とさせる。

 しかし、流れる雰囲気が現実味が薄い。

 浮世離れしたような場所とでもいうべきだった。

 

「……よもや、このアマラ深界に人間の来訪者と会い(まみ)えようとは」

 

「っ!」

 

 蓮の鼓膜が何者かの声音を捉える。

 振り向くと、すぐ近くの床からまるで這い出るように影法師が出現した。

 影法師は一瞬にして、形を真紅の馬に跨った青い鎧騎士へと姿を変える。

 

「これは行幸。その身に満ちたマガツヒを我へ献上するがよい」

 

「シャドウ!? ……いや、こいつも悪魔か!」

 

 三又の槍を携えた騎士の悪魔、堕天使ベリスは兜の隙間から覗かせた眼光を細め、獰猛に笑った。

 認知世界の中で見るシャドウとは違う、根源的に人類とは相容れない雰囲気を漂わせている。

 マガツヒという物が何を指しているのかは不明だが、蓮を見る眼差しは人間がご馳走を前にしたような激しい食欲に満ちていた。

 蓮は意を決して、顔から仮面を剥ぎ取るような仕草で叫ぶ。

 

「来い! デカラビア!」

 

 愚者のアルカナに属するペルソナの名を呼んだ。

 

「何!? 汝、もしや悪魔召喚師(サマナー)か!」

 

 ベリスは突如、己よりも位の高い堕天使の名を叫んだ蓮に警戒し、三又の槍を構える。

 だが、蓮の周囲には一向にデカラビアは現れない。

 

「……!? コロンゾン! アメノウズメ! プリンシパリティ! ピシャーチャ! ネコショウグン! ブラックウーズ!」

 

 ……ペルソナが出ない!?

 保持しているペルソナの名を手当たり次第に叫ぶものの、どれだけ声を枯らしてもペルソナたちは召喚されない。

 困惑してモルガナへ視線を移す。

 

「威を示せ! ゾロ! ……駄目だ。ワガハイのペルソナも出せそうにない」

 

 彼もまた蓮と同じく、ペルソナを出せない様子だった。

 周囲の景色がパレスに似ているから、もしかしたらと期待したが、この場にペルソナを喚び出すことは叶わないようだ。

 一方、ベリスの方はハッタリに踊らされた形になったせいで、激昂する。

 

「人間の分際で、この堕天使ベリスを愚弄するとは……。汝のような愚物は苦しみの果てに死ぬがよい!」

 

 憤怒を(みなぎ)らせたベリスは、槍を大きく振り上げた。

 殺意のこもった一撃は、蓮の腹部目掛けて伸ばされる。

 ……無理だ。避けられない!

 このまま、ここで死ぬのか。

 

「危ねー! 蓮!」

 

 べリスの乗る騎馬の頭へとモルガナが飛び掛かり、噛み付く。

 大した手傷にはならない。だが、今まで視界にすら入らなかったような矮小な獣が絶対的強者たる己が一部に牙を剥いたことでべリスが動揺し、槍の切っ先が蓮から逸れた。

 

「くっ……何のつもりか! この脆弱な畜生風情めがっ」

 

 腕を振るい、拳を叩き付けるようにモルガナを払い除けた。

 

「あうっ……」

 

 正しく人外の膂力(りょりょく)で叩かれたモルガナは床に転がり、血の粒を吐き出す。

 

「モルガナ!」

 

 骨まで砕かれたのか、その場で横に倒れたまま、モルガナは小刻みに痙攣する。

 自分を庇って、傷付き倒れた仲間を蓮は見ていることしかできない。

 今の蓮にはペルソナも便利なアイテムも、武器すらない。

 吐血して転がっているモルガナに止めを刺そうと槍を振り下ろそうとした。

 

「やめろ!」

 

「人間、汝は後程可愛がってやる。しばし待て」

 

「……お前の目的は俺だろう? それとも俺が怖いのか?」

 

 蓮はべリスを睨み付けた。

 恐怖はある。躊躇はある。

 事実、彼の脚は震えている。

 だが、それ以上に大事な仲間を目の前で殺されそうになることを看過できなかった。

 黙っていられなかった。

 

「なれば……汝から死ね‼」

 

 矛先が倒れているモルガナから蓮へと変わる。

 容赦のない三又の槍が蓮の眉間目掛けて、振り抜かれた。

 反射的に目を瞑ってしまう蓮。

 

「………………?」

 

 しかし、いくら待っても何の衝撃も訪れない。

 恐る恐る目を見開くと、鋭利な刃は蓮の顔の数センチ前で静止している。

 三又の槍は、真横から伸ばされた赤い腕に止められ、それ以上先へは進まない。

 

「な、何者だ!? 我の槍を阻む汝は……!」

 

 べリスが突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に声を荒げる。

 だが、現れた存在はべリスではなく、蓮へと話しかけた。

 

「相変わらずのその覚悟。己の信じた正義を貫くためなら死すら(いと)わぬ愚か者。流石は我が元・器と言ったところか」

 

「お前は……!」

 

 響いたのは蓮に似た声音。しかし、高圧的で自信に満ちたこの声の持ち主は彼ではない。

 彼の一部であった仮面。最初に手に入れた強き意志の力。導き手にして冒涜者。

 逢魔(おうま)掠奪者(りゃくだつしゃ)――。

 

「――アルセーヌ!」

 

「再び、お目に掛かれたな。かつての主よ」

 

 丈の短い深紅の夜会服に漆黒の翼。シルクハットと二本角の下に光を拒絶するが如く反射する目鼻。

 その姿はかつて蓮が持っていた愚者のアルカナ、アルセーヌに他ならなかった。

 今もなお武器を突き付けられていることも忘れ、蓮はどこからともなく現れたアルセーヌに目を奪われた。

 べリスは己が存在を無視されたことで更なる怒りの業火を燃やし、魔法を放つ。

 

「我を意にも返さぬ無法者よ! 死を以って償うがよい! 『ムド』」

 

 黒い煙のようなものがアルセーヌに向けて纏わり付く。

 呪殺の魔法により、呪い殺そうと魔力がアルセーヌを襲う。

 しかし――。

 

「呪殺魔法か……、生憎と私には耐性があるのでな」

 

 呪殺の霧を槍を掴んでいない方の腕で薙ぎ払う。

 難なく、呪殺魔法(ムド)を打ち消されたべリスは驚愕の声を上げた。

 

「何……!?」

 

「今度はこちらの番だ。『エイガオン』」

 

 広げたアルセーヌの手のひらから黒い衝撃波がべリスを弾き飛ばす。

 三又の槍すら手放してべリスは騎馬ごと後方へと転がった。

 

「こんなものはオタカラとすら呼べん」

 

 奪った槍の柄を握り締め、圧し折り、転がったべリスへと緩やかな足取りで近付いて行く。

 騎馬に身を起こされ、態勢を立て直したべリスはがむしゃらに大規模な火焔魔法を打ち放つ。

 

「く、来るな! 『マハラギオン』!」

 

 周囲を覆うような炎の波がアルセーヌや背後に居る蓮たちをも呑み込まんと迫り来る。

 僅かにアルセーヌが背後を気にするように顔だけ振り返った。

 忍び寄る炎の津波は彼らは居る場所まで流れて行くだろう。

 それを確認して、べリスは邪悪に笑った。

 やはりこの悪魔はあの人間たちを守るために現れたのだ。

 

「ククク……。これだけの火焔魔法、あの人間たちもたたでは済まぬだろう。彼奴らの傍に行き、庇ってやってはどうだ?」

 

 人間たちを守るために火焔に焼かれて手負いになったこの悪魔を倒す。

 火焔の波から助かった人間たちは僅かな安堵を得た後、庇護者を失った絶望を味合わせることができる。

 屈辱を晴らし、より多くのマガツヒも手に入れる一石二鳥の方法。

 べリスは己の企みに自画自賛する。

 

「お前たち、悪魔の考えは浅はかだな……」

 

 アルセーヌはそれだけ呟くと、指先を真っ直ぐに伸ばし、高く掲げた後、一刀に振り下ろす。

 

「――『ブレイブザッパ―』」

 

 炎の波を手刀が両断し、その衝撃が奥に居るべリスまで切り裂く。

 騎馬ごと真っ二つに斬られたべリスは、激痛による悲鳴を上げながら、消滅する。

 

「ぐ、がああああああああああああ!」

 

 断末魔の叫びがこだますると、舌を広げていた炎の波は吹き消された蝋燭の火の如く一瞬で消えた。

 僅かに焼け焦げた袖を眺めたアルセーヌは、何事もなかったかのように蓮の元へ戻る。

 

「息災か? 元・主」

 

「あ、ああ……」

 

 頷く蓮だったが、声を掛けられるまでアルセーヌの強さに言葉を失っていた。

 今のアルセーヌはペルソナとして共に居た時とは比べ物にならないほど強力な力を持っている。

 だが、今はそれよりも優先すべきは、モルガナの容態だった。

 足元で伏しているモルガナに膝を突いて、触れる。

 辛うじて呼吸をしているが、それでも激しい損傷をしているのは獣医でない蓮でも分かった。

 

「モルガナ!」

 

 アルセーヌはその様子を見下ろしてから、指をパチンと鳴らして呟く。

 

「『ディアラハン』」

 

 淡い光がモルガナに降り注いだかと思うと、弱々しく息をしていたモルガナは何事もなかったように起き上がった。

 

「ん? あれ、苦しくない。っていうか、身体が軽い」

 

 不思議そうに前脚や後ろ脚を見るが、痛みどころか、体力さえも回復している。

 

「治癒魔法を使ってやったのだ。感謝しろ、猫」

 

「うおっ! 何だ……って、こいつ確か蓮が最初に使ってたペルソナじゃねーか」

 

 モルガナが助かったおかげで少しだけ冷静になった蓮は、その言葉に頷きながらも、アルセーヌへ疑惑の目を向けた。

 確かにアルセーヌは蓮のペルソナだった。

 だが、それはあくまでも過去の話。

 ペルソナ同士を合体させて、新たなペルソナに返る『ペルソナ合体』を行なった時にアルセーヌは消滅したはずだ。

 それに加え、この場所ではペルソナを召喚することは叶わなかった。

 故に蓮は断定する。

 このアルセーヌは、自分のペルソナではない。

 

「お前は……何だ?」

 

 そう尋ねると、アルセーヌは楽し気に笑い出す。

 

「フハハハハハ! 窮地を切り抜けても油断せぬ警戒心と、都合のいい状況に流されぬ推理力。見事なものだな。――そうだ! ()はペルソナではない! お前から切り離され、集合無意識の海を漂い、このアマラ深界で新たに個として誕生した悪魔!」

 

 そこで芝居が掛かった調子で一拍置いて言う。

 

「言うなれば……『魔人・アルセーヌ』とでも名乗ろうか」

 

「『魔人・アルセーヌ』……?」

 

「ああ、そうだ。それが今の私を表すただ一つの名だ」

 

 アマラ深界という新出単語も詳しく知りたいところだが、それよりもまずはこのアルセーヌがどういう存在なのか知ることが先決だ。

 今回は助けてくれたものの、彼が先ほど襲って来たものと同じ悪魔であれば、いつ何時、自分たちに牙を剥いて来てもおかしくはない。

 

「お前は……俺たちの味方なのか?」

 

「そうだな……。お前がかつて私に見せた覚悟と信念を変わることなく、見せてくれるのならば、再び難局を打ち破る力を与えてやってもいい。どうだ? 誓えるか?」

 

 己の一部(ペルソナ)ではなく、異なる知的生命体(悪魔)との契約。

 常人ならば躊躇うだろう選択に蓮は迷うことなく、答えた。

 

「誓える。だから、力を寄越せ」

 

「よかろう。契約は成立した。ならば、形式に乗っ取ってこう名乗るべきだな」

 

 アルセーヌは大仰に貴族めいた作法でお辞儀を一つ、蓮に見せる。

 

「私の名は『魔人 アルセーヌ』。これからはお前の力になろう。今後ともよろしく」

 

 




とりあえず、ここまではどうしても優先して書きたかったところです。
これからは他の作品も更新しながらのんびり投稿していく予定です。

ちなみに『魔人 アルセーヌ』のスキル構成は、チュートリアルのやたら強いアルセーヌにそれらしいスキルを足した形になってます。

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