ペルソナⅤ -NOCTURNE   作:唐揚ちきん

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第三話 ワールド・デッド

「して、(あるじ)よ」

 

 アルセーヌが仰々しい口調で蓮に呼びかける。

 

「あの程度の悪魔に遅れを取る実力で、悪魔(ひしめ)くこのアマラ深界へどのような方法で到達したのだ?」

 

 蓮は少しだけ考えた後に返答した。

 

「まず……」

 

「ふむ」

 

「呼び方はジョーカーでいい。お前に呼ばれるなら、そっちの方がしっくり来る」

 

 真顔で呼び方に対する注文を付けた。

 口に当たる部分もない癖にアルセーヌは噴き出す。

 

「フハハッ! 何を語るのかと思えば……ハハハッ! 良かろう。ならば、ジョーカー。我が問いの答えや如何に?」

 

 ペルソナだった時に比べ、情緒の豊かになったアルセーヌは蓮に尋ねる。

 すると、彼は包み隠さず、これまでの経緯を説明した。

 あらましを語った上で自分たちも詳しいことは分かっていないと伝えると、アルセーヌは深々と頷く。

 

「なるほど。ならば、ここがどのような場所かも分からないのだな」

 

「ああ」

 

「ならば、語ろう。ここはアマラ深界。マガツヒ……感情を持つ存在の生体エネルギーの流れる道の最深部に存在する深淵だ」

 

「よく分からない」

 

「いうなれば、世界の底。地獄のような場所とでも認識すればいい」

 

 あまりピンと来ていない様子の蓮にアルセーヌがそう答えると、モルガナは顔を(しか)めた。

 

「地獄かよ。そりゃあ、“悪魔”も居る訳だ」

 

「そう言うな、猫よ。ここには頼れる私も居る」

 

「お前だって悪魔なんだろ……って待てよ、ワガハイの言葉が分かるのか?」

 

 モルガナの言葉を理解できるのは、集合認知の世界で“モルガナが話す”ことを認識した人間のみだ。

 先の悪魔であるベリスですら、モルガナのことをただの猫と認識していた。

 本来ならば、会ったばかりのアルセーヌがモルガナの言葉を理解するのは不可能だ。

 しかし、アルセーヌはフンと鼻を鳴らすような声を漏らすと、大袈裟に肩を竦めて見せた。

 

「私はジョーカーの元ペルソナなのだぞ? 即ち、ジョーカーの一側面としての記憶も有している。当然、お前が喋れるという認知もな」

 

「なら何で猫呼びなんだよ。その理屈ならワガハイの名前くらい知ってるだろ」

 

「知れたこと。今のお前はただの無力な猫に過ぎない。そんな畜生風情、わざわざ名前を呼ぶに値しない」

 

 侮蔑を含んだその発言に、モルガナはカチンときた様子でアルセーヌではなく蓮へ叫ぶ。

 

「蓮。お前の元ペルソナ、性格悪いぞ! 何とかしろよ!」

 

 蓮はモルガナの苦言に対し、他人事のように受け流す。

 

「ドンマイ」

 

 真顔でのサムズアップ。

 

「……お前、時々返事が雑になるところあるよな」

 

 もはやこれ以上言葉を重ねても無意味と判断したモルガナは話を切り上げた。

 代わりに蓮がアルセーヌに脱線していた本題を投げかける。

 

「俺たちは現実世界で悪魔に襲われて、偶然あったドラム缶のような機械に触れたんだ。それから周囲が激しく揺れたと思った瞬間、ここに辿り着いていた」

 

「偶発的に転輪鼓(てんりんこ)に触れ、アマラ深界へ転移してきたという訳か。なるほど、合点が行った。ならば、悪魔を一体も使役していないのも当然か」

 

 アルセーヌは己の顎を撫でながら思案する。

 その様子は生えてもいない顎髭を撫でつけるようでもあった。

 

「ちょうどいい。アマラの主たる“閣下”より燭台(メノラー)と共に頂戴したこの御宝(オタカラ)をジョーカー、お前に授けよう」

 

 赤いタキシードのような衣装の懐から、一丁の拳銃を取り出し、連へと投げ渡した。

 それを受け止めると、連は()めつ(すが)めつ眺めてみる。

 一見、大型のハンドガンのように見えたがよくよく見ると上部の辺りに開閉機構が付いている。

 外装からは重火器というよりも、閉じられた電子機器のようにも思えた。

 

「これは銃……じゃない?」

 

「ほう。流石は元・我が主。審美眼は確かようだ。その通り、それは銃火器の類ではない。“GUMP(ガンプ)”と呼ばれる召喚機だ」

 

「召喚機?」

 

「正確には、悪魔召喚プログラムの入った銃型のハンディ・コンピュータだ。ジョーカー、引き金(トリガー)を引いてみろ」

 

 アルセーヌに促され、連は躊躇(ためら)いなく、GUMPの引き金を引く。

 すると、先端のバレルに当たる部分が縦に開き、左右に分かれた内側からはモニター画面とキーボード付いたパーツが展開された。

 端的に表現するなら銃の先端にモバイルパソコンが付いたような形に変形した。

 

「閣下が蒐集(しゅうしゅう)したもの故、中に悪魔は入っていないが、パスワードも設定されていないようだな。これを使えば、悪魔と交渉し、仲魔(ナカマ)にすることができるようになる。もっともこのアマラ深界に住まう悪魔は閣下の下僕故、交渉はできないだろうがな」

 

「さっきから言っている閣下というのは、誰のことだ」

 

「悪魔であれば、知らぬ者は居ない地獄の首魁(しゅかい)とでも言っておこう。それほどの者であってもこの怪盗からは御宝を守り切れなかったのだがな」

 

 自慢げに懐から、先が七本に枝分かれている燭台を連に見せつける。

 もったいぶった言い方で相手を持ち上げたのは、それを出し抜いた自らの手腕を誇るだった。

 連はそれを聞いて、僅かに考えてからアルセーヌに尋ねた。

 

「予告状は出したのか?」

 

「いや、そのような暇はなかったのでな。このメノラーを狙う魔人は私以外にも多かった。危うく、私が盗み出す前に他の者に掠め取られるところだった」

 

「それは……怪盗じゃなくて、ただの窃盗(せっとう)なんじゃ?」

 

「怪盗だ。このアルセーヌが行った盗みだぞ? 断じて窃盗などではない」

 

「でも、何の予告もなく盗むのは窃盗……」

 

「怪盗だ」

 

「……怪盗かも」

 

「いや、そこで言いくるめられるなよ!」

 

 堂々と言い切るアルセーヌに丸め込まれそうになった連を、蚊帳(かや)の外だったモルガナが正気に戻す。

 手段において犯行予告を行ったり、常識的にはあり得ない方法を用いて盗みを行う。

 それが怪盗としての定義。

 単純に人目を忍んで、物品を盗むだけなら、それはもはや窃盗以外の何物でもない。

 怪盗という行為に誇りを持っているモルガナだからこそ、アルセーヌの発言は許し難かった。

 

「何が魔人だ。お前なんか怪盗じゃなく、泥棒だ! やーい、泥棒ペルソナもどき!」

 

「ど、泥棒だと……! この怪盗紳士の代名詞でもあるアルセーヌに向かって、よもや泥棒呼ばわりとは畜生とはいえ、()し難いぞ!」

 

 モルガナの発言にプライドを傷付けられたアルセーヌは激昂し、人差し指をモルガナに向けて何度も振り下ろす。

 猫相手に激怒するその様は、少なくとも紳士にはほど遠い姿だった。

 かつてのペルソナの醜態に目を背けたくなった連だったが、流石に捨て置く訳にもいかず、場を取り持った。

 

「まあまあ、二人とも落ち着け。それより、この場所から出るにはどうすればいい?」

 

 アルセーヌは出るはずもない咳払いで、意識を切り替えると彼に向き直る。

 

「……そうだな。本来であれば、ここへ来た転輪鼓を使うのが正攻法なのだが……。喜べ、ジョーカー。魔人である今の私なら転輪鼓を使わずともアマラ深界から脱出することができる」

 

 先ほどの醜態を誤魔化すためなのか、アルセーヌはやたらと大仰な仕草で自己の有能さを喧伝する。

 直視するのが少し辛くなってきた連だったが、真顔でぱちぱちと拍手をして頼んだ。

 

「それじゃあ、俺たちをここから出してくれ」

 

「お安い御用だ。少し揺れるが我慢しろ」

 

 言うが早いか、アルセーヌは指を鳴らした。

 その瞬間、以前転輪鼓で転移した時にも味わった振動と酩酊(めいてい)感にも似た目眩(めまい)に襲われる。

 気が付くと、周囲の景色は茶色い活断層でできた迷路ではなくなっていた。

 

「何だ、ここは……」

 

 だが、連が知っている世界でもなかった。

 大地はコンクリートでもアスファルトでもなく、黄色い砂が覆っている。

 砂漠としか言いようのない地面からは思い出したかのように不自然に灰色に変色したビルなどの建造物が取り残されて(たたず)んでいる。

 それだけならまだいい。

 強く歪んだ心を持つ者の歪んだ認知が具現化した異空間、〈パレス〉を知っている連からすれば、まだ理解の及ぶ光景だった。

 しかし、その連ですら呆然とせざるを得ないのはそこではなかった。

 ()()()()()()()()()()

 比喩ではない。地球が球体をしていることを述べている訳でもない。

 自身が今立っている大地が、巨大な球体の内側に位置しているのだ。

 球状の空洞の内面に地面が張り付いているとでも言えばいいのだろうか。

 その中央。球体の中心で太陽のように輝く発行体が浮遊している。

 

「おかしなことを言うな、ジョーカー。まるでこのボルテクス界を初めて見たかのような言い草だ」

 

「ボルテクス界……?」

 

 理解が追い付かないまま、アルセーヌの言葉をオウム返しで繰り返す。

 

「そういえば、『東京受胎』をどのようにして生き延びたかまだ聞いていなかったな。ジョーカー、お前はすべての人間が息絶える時空の歪みをどうやって人間のまま、乗り越えたのだ?」

 

 その台詞を聞いた連は文字通り、言葉を失った。

 心の怪盗団のリーダーと呼ばれた男は、己の理解できる範囲を逸脱する異常な事態に呆然としていた。

 知らない内に、彼にとっての世界とも呼べる東京は――死んでいた。

 




久しぶりの投稿になります。
こちらも不定期になりそうですが更新していきたいと思います。

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